2021年

3月

08日

道明上人御廟塔 長谷寺回廊脇九重?塔

温暖な遠州にあって寒地からの移住者に唯一「寒い」と思わせるのが「遠州の空っ風」でしょうね。

要は季節風、冬季の北西の風のことです。

 

これは平坦な地形以上にここでは通称「原」と呼ぶ台地上、それも西側の谷に近い場所というのは谷から吹きあがる風が強くなる場所。

ここのところ「春」を断言したくなるようなお日和になって油断がありましたね。

 

やはりより温暖な地の沖縄で秋に吹き出す「ミーニシ(新北風)」を思い出します。ずっと海に浸かっている仕事の身には応えました。ミーニシが吹くと内地に帰りたくなったものです。

「温かい」の意識の中で突然味わう逆パターンは心身ともに痺れますね。

 

昨日は原の、厳密には東萩間中原なる地の「仁王辻霊園」にてご納骨の儀がありました。新しい墓碑が多いのですがその墓地の名はどこか味わいがあって明治初期の茶園開拓団の墓碑たちも少なくないと言われます。

 

そちらの昨日の吹きっさらしはキツイものがありました。

参列者全員その思いだったでしょうが、施主の機転は素晴らしいものがありました。

私が「この強風でお線香に火が付けられる?」と振ると(境内であれば適宜ガスバーナーなど駆使しますがそれは持参しませんでした)「今日は焼香はナシで・・・」と言ってくれました。

 

風と火といえば各地で発生した山火事を思い起こすところですが今回の「焼香ナシ」は適格な判断だと思いました。

突飛に「風林火山」などいう言葉も思い起こしますが風に煽られた猛火で山谷を総なめさせることになりかねませんからね。

 

ということで冷え切った体の疲労度は高く、法縁終了後は布団の中に潜り込んで爆睡、夕刻になってようやく復活できたという次第です。「寒い」を感じることが如何に疲労度をアップさせるか(免疫力を低下させるか)よくよく感じます。

暖地の静岡に住まう私は、日本中、寒すぎる地はいくらでもある中、贅沢を・・・とは思いますがその環境に慣れ切っている身ですから。 私の耐性は温暖地仕様になっています。

 

さて、奈良に戻ります。あの時も寒かったですがお遊び仕様となれば少々心身の構えは違ってきます。

長谷寺の仁王門を潜ってスグ、圧巻の登廊(のぼりろう 399段)の右脇下の層塔に目が行きます。

それが道明上人御廟塔とあって長谷寺の開山といわれる道明上人を顕彰するもののよう。

 

凝灰岩製で風化が進んでいますので古さを感じますが「奈良県史7」では室町後期との指摘があります。無銘ということもありますが反りがのっぺりとしたところがその理由でしょう。

 

 

 

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2021年

3月

07日

2020年移住希望地ランキング 降雪しない仕合せ 静岡

宣言の2週間の延長とやらが決まったそうですが、当然のことでしょうしそれだけでいいの?というのが本当のところ。

元の木阿弥の愚ほど阿保らしいことはないですからね。

先のことなどどうなるかわからないのは当たり前のことですが

経済大切とばかりに先走ってイイ加減なところでスタートを切って世間の雰囲気を弛緩させればピシッとやられることはこのお頭の緩い私であってもわかること。

何度も何度も同じ轍を踏む愚の骨頂を見せつけるのか・・・その2週間とそのあとの方向性が見ものです。

 

昨日は久しぶりに土曜日の法事がありました。

土日連続の法事は去年以来でしょうね。

この日は三回忌の法要でしたが参加者は2名。

ちょうど一周忌から1年ぶりですが昨年も2人っきりの法要でした。

もちろん昨年の3月となれば得体のしれぬ疫癘蔓延の始まりの時期でしたが、まさかその1年後が同じような状況下にあるなどと誰が予想したでしょう。

多くの親戚、孫たちを集めての開催を期待していたにも関わらずこのようなカタチとなってしまったことは悔やまれることです。まぁ悔やんだとしても「病」に関しては私たち人類は「俎板の鯉」の如くの立場。

どうにもその流れはまかせるしかない・・・というところですね。

ただただひたすら耐えてやり過ごすのみ。

経済が疲弊したとしても命さえあればその後はなんとか復活も遂げられましょう。

 

早い再開は望みません。ゆっくりのんびりそれでいてしっかりと進んでほしいものです。

 

一昨日は地元ニュースで賑わっていたのは「2020年移住希望地ランキング」でわれら静岡県がトップに躍り出たというものでした。

ベスト5は①静岡②山梨③長野④福岡⑤宮城でしたが過去のベスト5を見てみると静岡県は2015年から4位 3位 3位 2位 3位の順でここで初めて1位になったのでした。

毎年ベスト5には入いるが1番にはなれないという歯がゆさがあったためか地元の放送局での紹介では各声が上ずっていました。長野と山梨には勝てないという雰囲気もありましたからね。

 

地元の私でさえそれら他所との比較で一言「当然」であると思いますしその理由を一つだけあげれば何より「温暖な気候」にほかなりません。

雪が降らない、積もらないということもそれによる生活の難渋さを考えると大きい意義があるかと。

「寒い」ということが心筋梗塞や脳溢血の発症に大きなウェイトを占めるでしょうし。

 

そこには首都圏の皆さんの潜在的な静岡憧憬の心があるということなのでしょうがそれを地元自治体がどう捉え、ネガティブ思考満載の地元の皆さんとともに前向きに歩めるか・・・今すぐ対応すべきテーマですね。

 

①はモクレン満開の図。

毎年私の無粋な作業によって開花は少なめでしたがここ二年程手を付けなかったことによって案外と花がつきました。

ただし夏場はデカイ葉が茂ってうっとおしくなります。

 

②は北側の塀ですが、台風被害の残り、いつ倒れても不思議はないという代物ですがこちらもお寺の掲示板とするべく今年から始めた「沙汰day night 三昧」のアピールをしたところ。

3月は27日土曜日になります。

 

掲示物をここに貼り付けると風で飛ばされたり雨でやられて台無しになるので少々工夫してみました。

コレでダメならまた考えることにしましょう。

④は墓地石塔撤去完成の図。あとはコンクリ屋の工事を待つばかり。尚ご遺骨は本堂後堂に一時ご案内してあります。

 

 

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2021年

3月

06日

久々「仕事ないですか」の人が来訪するも

昨日は久しぶりに本堂西側古い墓地のシュロの木の繁茂の剪定作業を行いました。

以前から「そろそろ・・・タノム」の声があったのですがそちらに手を入れ出せば相当な時間を要することになりますので二の足を踏んでいました。

しかしあの墓地は拙寺の古くからの檀家さんの墓地が並び、そういった声がここであがってくるということは申し訳なくも皆さんも少なからず同じように思われているのではないかと。

口では「ああしろこうしろ」とは言わないものの内心は・・・というところです。

よって雨の予想もありましたのであの「父の木」の太い方の伐採作業は中断しそちらをさらっと行った次第です。

といってもやることが多すぎてどうにもなりませんので「少しずつ」ということで対応させていただきます。

 

そんな中、一昨日父の木を伐採着手したその日の晩、真っ暗な玄関で呼び鈴が鳴りました。

すると以前(4,5年ほど前)境内の雑用をしたことがある人が立っていました。何か仕事をさせて欲しいとのことでした。

たしかあの時は時給1000円で昼食付でお願いした覚えがありますが「次は本堂床下の作業」と振るとふっと消えて顔を出さなくなったのでした。

 

先日来の他家のクリーニングで皆さんが集合した際「伐採の片付けの仕事をどなたか頼みたいね」とあった際「○○さんなら喜んで来る」との会話がありましたが私は「それは無理でしょう」と一蹴した記憶がありました。

 

その方は軽度の知的障がいのある方でしたからまるで差別でもしているかの如く聞こえたのかも知れないとスグにフォローの言葉を付け加えました。

伐採等の現場は健常者であっても慣れない人は事故と怪我がつきものだということです。

自身のことは当然、他者への配慮が肝要であるのがこういった現場作業です。車の往来がある場所でしたし・・・

 

私も何度もネガティブ状況を体験しています。

拙寺の伐採作業では近所の聴力に障がいのある方に手伝いを依頼したことがありましたがロープを保持していた伐採材を落下させ庫裏の瓦を割ってしまったことがありました。大きな出費で涙が出そうでしたが、ついデカイ声で「何やってんだ」と罵ったところ次から二度と来なくなりました。

 

思い出すとキリがありません。

以前の会社で伐採した材を片付けている際、その材が頭に当たって流血した元自衛隊の方なども相当集中力の欠落しているを思う人でしたが、その人が会社に来なくなった理由は2トン車満載の荷台の上で居眠りして地面に落ちて骨折したことからでした。

 

仕事には適正というものがあって特に今障がい者、女性進出等叫ばれる時代ですが、人によっては無理なものは無理でしょうね。

私は道路公団の下請け会社の仕事で班長の「オレの現場」というプロ意識を伝授されましたが、やはり仕事に事故と怪我はあってはならないこと。自分が管理しているとなれば尚更で半端な気持ちで来られても困るのです。

まずは適正のある人選が基本で「頭数」というワケにはいかないというのが外仕事です。

 

その後彼はしばらくしてまたフラっとやってきて雑用を所望したことがありました。

その時はこれといって雑務が無かったため断って年配の檀家さんを紹介したところ作業のあと彼は金銭の無心をしたそう。

私はそれに大いに憤慨して「それはダメ」と厳重注意した経緯がありました。紹介者の私にクレームがありましたね。

 

一昨日の彼は一見して酷く痩せていて以前の如くの体格とは雲泥の差でした。病気と身の上の不遇を語り出したのですが困窮の原因は仕事が長続きできないその性質だということがわかります。

生活保護が認定されなかったということについて語っていましたがそもそも彼は母親と兄と同居していますのでそれはムリでしょう。

 

明るい時間に来てくれれば何とか策を思案できたでしょうが何せ夕食前ののんびりタイムの出来事。

そしてこのコロナ蔓延の時期、だからこそ彼の「仕事が無い」ということはわかりますが私も彼と長時間一緒に仕事をしなくてはならないことは目に見えていますのでここは躊躇します。

 

まして、今の私の仕事は結構ハードなお仕事が続きます。

「チェーンソーを持ってあの木の頭を伐ってこい」などと言えませんし、助っ人として地上でフォローを頼むといっても木の上の私の方が不安で仕事になりませんね。

8時間彼と一緒に居て仕事を指図するのも辛いことです。

のんびりマイペースで仕事をすることができなくなってしまいますから。

 

よって今回はお断りさせていただきましたが帰り際に「お金を貸してください」と。

聞けば藤枝に次の仕事の面接に行くにあたりその交通費が無いとのことでした。

その日は彼の母親の車でこちらまでやってきているのにオカシな話と感じました。そもそも母親もお兄さんもいるのですからまずはそちらからでしょうね。

まぁ、複雑な家庭であることは聞いたことがありますが・・・。

 

まぁ恥を忍んで彼の家から10㎞ほど離れたこちらまで夜間訪れたというのはよくよくのこととは思いましたがやはり金銭について「お貸しすることはできない」とこれも丁重にお断りしました。

今は少しばかり後悔していますが。

 

南側墓地の地盤改修工事が始まりました①②。

今度の予算は前回の約3倍。

墓石4基の「一旦撤去して建碑」は予想以上に経費がかかります。奥方が言うには「これ以上人を雇うおカネはない、お前働け」ですから。

出費が嵩む外注工事は「これが最後にしてくれ」と念を押されています。

 

それにしても大層な接待(タダ飯タダ酒三昧)を受けてのうのうとしてウソばかり仰る公務員がいて、方や2000円の金策に寺へ夜に来る人がいる・・・

まぁエライお方たちはおカネに困ったことが無いのでしょうね。「社会の歪」はこういうところにも感じます。

 

彼が次に昼間やってきたら西側墓地の掃除とカンタンな伐採をお願いすることにします。それなら彼一人でできるでしょうし私は時々状況確認に行って適当な事を言っていればいいだけですからね。

しかしもう、おそらく来ないでしょうね。

お国の方で面倒を見てもらたいレベルなのですが。

 

③は最近片付けの手伝いに行っていたお宅の最後の大物。

物置は3個あって撤去費用各1万円の見積もりがありました。

一番大きな画像のもの以外はバラバラにして金属屋に持ち込みました(無料です)がこの大物について引き取ってくれる会社が現れてその搬出の図です。

3人工で殆ど半日かけていました。

壊して捨てることは比較的ラクですが再使用するとなると思わぬ時間と労力がかかりますね。

庭の伐根にユンボを入れることになっていましたが重機が入ればものの10分でペタンコにすることができますから。

 

 

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2021年

3月

05日

さらば 父が愛でていた植栽 合掌して伐採

昨日の夕刻、一時の酷い寒さがなくなったこともありますが、ひとっ風呂浴びての温かくなった体にほっこりと機嫌を良くして奥方の散歩に付き合いました。

波津の街区を歩いていると家屋片付け中の秋野氏がひょっこり偶然、窓から顔を。

どうやら一仕事終わって休んでいたようです。

軽トラを取りに来なかったため「どうしたの?」と聞けば、自家用車のトランクに積んで処理場に行ってみたとのこと。

ロクすっぼ積み込みできなかったようでしたが「ご遠慮なく」と伝えました。

 

昨日の処理場は一時持ち込み不能の時間があったようです。

燃やすゴミのホールから出火したのでしょうがそれほど珍しいことではないのでは・・・まぁ通常あってはならないことなのでしょうが、ゴミの中に発火性のものが入っていることがあり得るからです。その有無について中身を確認する方法はまったくありませんからね。

時折放水している様子も見受けられますしいわば日常茶飯事的なのかも知れません。

まぁそのお隣に焼却炉がありますのでそちらから火が延びてしまうこともあるのでは・・・。

 

そして私が「日の高いうち」に風呂に飛び込んだのは昨日もチェーンソーを振り回して木クズだらけになったからです。

悲しいかな私の判断のまちがい、剪定伐採をしすぎたことによって立ち枯れしてしまった槙柏と杉が合体した木です。

父親がよくこの木を「珍しきこと」と愛でていたことを思い出します。

ここでまた一つ父との思い出のモノとの決別があったわけですね。

 

一人の人間の一生が終わった時、溢れるばかりの色々なモノたちと対面させられることを知りましたが、思い出のこもった植栽というのもこれからの「わかれ」のテーマかもしれません。

この木は私が枯らそうと思っていたわけでもなく、父を追うようにして枯れ死したようにも感じます。

私も多様に植栽を境内に入れましたが、息子にそれらすべてを任せることも罪なこと。放置されることはやむを得ないでしょうしそれに耐えられない個体は滅するでしょう。

やはり同様にしてその主人と一生をともにすることになるということでしょう。

息子も私の遺したモノたちを処分する際、そんな感慨にふけるのかな・・・とも。

 

昨日は細い方を下ろしました。

ケチな根性はここでも発揮され、長めの丸太チェアーでも・・・などと考えて切断を控えました④。

ところがこれが重たくて重たくて・・・やっとのことで奥方の力を借りてここまで転がしてきました。

実は現在改修中の南側の墓地に置こうと考えたのですがこの分ではユニックを持ち込まなくてはどうにもならないでしょうね。

当初太い方とで2本ばかり作りたいと思いましたが・・・余計な事を考えると疲労度が数倍上がります。

 

昨日は奥方は外出していましたので一人仕事でしたが残りの太い方は助手としてロープワークしてもらうことにしています。

ある程度切れ目を入れて樹上から退避し、引っ張り降ろすことになります。一本丸ごと根本から・・・はラクそうですが長すぎてリスクが大きすぎます。場合によってはコンクリート舗装部分を痛めるかも知れませんね。

 

下ろす場所が限定される場合は吊るし切りといってバンドとロープを駆使した伐り下ろしを選択します。

ハナからユニックを借りて来ればずっとラクなのではあります。

ただしその過信は禁物。立ち木の重さは半端でなく昨日も大型クレーンが木と一緒に引き倒されていたニュースを見ました。

 

 

 

 

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2021年

3月

04日

見廻りと記して「みかえり」 初瀬見廻り不動尊

昨日は地区の一般ごみ収集の前日ということもあって叔母の家の片付けに。

叔母は「泥棒が入る」というのが口癖であらゆるところに施錠しておいた挙句毎度の如く「鍵がない」とそれを探し回って無駄な時間を過ごす時期がありました。

玄関ドアを二重ロックにして鍵を紛失、そのたびに鍵屋を呼び付けたり近所の皆さんに訴えては一騒動起こしていました。

思い出すのは筋向いの奥さんが手伝いを依頼しその人が力任せにドアを引っ張った際、勢い余って金物が顔に直撃して眼鏡を壊したこと。

「気の毒だ」ということで眼鏡を弁償したこともありました。

 

泥棒が入るという妄想によって鍵をかけまくり毎度毎度余計な苦難を味わうという姿は一言で「痴呆」とは言っても相当周囲を困惑させます。

放っておけばいいものをご親切に菊川署に通報した方があった時、保護者として私が呼び出されたこともありましたね。

 

裏に住む青年に「あいつが盗った」などという言いがかりについて「名誉棄損で訴えられる」と叔母を諫めたこともありましたが痴呆の人に正攻法で対峙することは無意味なことですね。元気すぎるほど元気(説得力がある)ですので第三者はてっきり騙されてしまうのです。

 

その後痴呆はおかげさまで酷い進行に至らず昨日記した通り要介護「2」と「3」の間というところですが「自宅には戻れない」とのご指摘の通り、部屋を片付けに行っています。

 

その部屋の箪笥2竿と離れの六畳間の鍵が不明につき「そろそろ大ハンマー・・・」を持ち出そうかというところ、ギリギリのところですべての鍵を発見することができました。

鍵の発見ときたら解錠につきお宝ご対面のお楽しみとなります。期待を込めてすべての鍵付きひきだしなど解錠するもすべて叔母さんの大事にしていた衣類のみでした。

またも強烈な古着の山に辟易とさせられながらゴミ類を纏めて帰宅しました。

衣類はまた次の機会に市役所に持っていくことにします。

さて、先日は久しぶりに奈良の地に舞い戻ったわけです。

あの時は不法投棄のメッカなどと超失礼千万な物言いをしたわけですが本当の奈良は歴史的遺物が溢れた地「日本一」であることは言うまでもないこと。

 

奈良市から福住に向かうあの道にはたくさんの石仏を見ることができますがその道から阪和道を直交して長谷寺方向に向かいます。

「そろそろ長谷寺」といったタイミング、谷筋の道は右に初瀬山左手に初瀬ダムを過ぎたあたりの右側に「見廻り不動」なる摩崖仏があります (場所はこちら)。

作者は空海と言いますが定かなところはわかりません。

 

立札を見れば「みまわり」ではなく「みかえり」。

目を凝らして何度も見かえしますがまったくハッキリ仏の姿は見えてきません。お顔は何となくわかりますが体の部分から摩滅が激しく「みかえり」の姿がイメージできませんね。

私の「みかえり」のといえば菱川師宣の「見返り美人」か永観堂の「見かえりの阿弥陀」ですが・・・

「奈良県史7」によればあまり充実感がなく表現力の不足が目立つ・・・様式から見て室町末期の造立・・・と。

 

ただし仏教的に言って仏(私の場合は阿弥陀さん)の方から始終見られ、監視されているという風に思うことの重大性。

心強いものがありますしすべてにおいてその意味は重く価値ある意義を考えます。

「廻り」の方がより一層「監視」に重点が置かれていているような・・・しばしば路線逸脱する私がそこにいるということなのでしょうね。

そして人は費やした労力に「みかえり」を期待したり。

叔母さんにこれまで小遣いを貰い続け、鰻を幾度も振る舞ってもらうなどどこまでも図々しい私・・・

 

その思想が無くなりつつある今、人は孤独に悩み、自分勝手に行動し、思い上がり、協調せず、独りよがりの暴走に至るのでしょうね。

⑤は奈良方向、右手に初瀬ダム。⑥が長谷寺方向。 

 

 

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2021年

3月

03日

13の付く日 今年度の静岡別院無料公開講座6回 

1月に大腿骨を折った叔母のリハビリは進んで、退院の期日が迫っています。

今後介護認定の運びとなりますが見た目「3」だが時々「2」のようにもなるとのこと。

この要介護の認定が「3」か「2」ではまったく違ってきますね。「3」となると「身の回りのことほぼ全てに介護が必要な状態」を認定されることを言いますが「2と3」の間には「特別養護老人ホームの入居」の可否のラインが存在します。

そちらに入れるかどうかで経費も違ってきます。

ただリハビリの方がまだ不完全で完全復帰というわけではありませんので「イキナリ特養」ではなくリハビリ付きの施設に1クッション入れての入所がベストかと思われます。

 

しかしながら現実問題としてそれらへの入所には順番待ちがつきもの。

「3の認定になったのでヨロシク」などとお気楽に入所できるワケではありませんね。

榛原病院強制退院の期日は4月下旬まで延長ができそう。

認定前であっても入所予約だけはできますので適当に順番の行列に並ぶ事にします。

 

独居生活不可のご指導があったため浜岡の叔母の自宅を整理することになりましたが、よくよく調べてみれば他者の地所に家を建て借地権が設定されていました。

ではそれを相続して他者に家を貸して賃料をいただくか・・・ということも検討しましたが、それにはリフォームが必要となります。

ということで地元の不動産屋に赴き、その手の労力が無駄にならないかどうか実勢状況を伺いに窓口へ。

 

築年数から考えて「リスクの方が多い」との評価で叔母の自宅の改修は諦めることとしました。

リフォーム代金に加えて「雨漏りがあったら約100万円の修繕費」の想定に投資は「やめた」を即断しました。

一番の理由は「最近ことに新規入居者は減っている」との需要減衰の現実がありました。

家を維持しても入居者がいなければ追加の投資が徒労に終わりますね。

 

今後家屋内部の物品の整理廃却をしていきますが建屋をどうするかが最大案件・・・地権者と交渉を進めていかなくてはなりません。

要は家屋を壊して更地にするのかそのままでいいのかが問題です。更地にするとなると100万円の出費が発生しますが契約書のない口約束の時代でしたから、それについて私は借地権の買い取り請求から初めようかと思っています・・・

 

そこに来て昨晩埼玉在住の叔母の妹、勿論父の妹ですがその家に住んでもいいかも・・・と連絡がありました。

その人には娘と孫たちがいますのである程度のことは任せられますが、一番近いところに住む近親者ということで私(というか主に当方奥方)の方に何かとヘルプの依頼が来るかと思います。

勿論奥方は戦々恐々の躰でしたが・・・。

面倒なことが舞い込んでしまうということなのでしょうがそうあれば室内の清掃については「勝手にしてくれ」と放り投げることができそうです。

 

立ち止まって考えると親戚筋の終末施設の管理者になっているような気がしないでもありません。

御主人のお墓もこちらにありますしね・・・

 

さて、今年度の静岡別院の公開講座の日程が出ました。

駐車場スペースが少ないという難点がありますが、岡崎辺りよりも断然近いというメリットがあります。

こちらには故人永田さんに幾度かお付き合いしていただいた思い出があります。

人の話を聴くことは特に大切です。

 

 

 

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2021年

3月

02日

奈良 峠の八大龍王大神鳥居周辺は不法投棄のメッカ

北関東の山火事は何とか鎮火に至ったということで一安心でした。

2月は相当降雨が少なかったようでいつもの調子で馴れ馴れしく火を取り扱ってかつ大いに油断した結果あのような火災になったということなのですが、それにしても全国的に「まずは故意だろ・・・」と限りなく放火を疑うような野山の火事が頻発していますね。

勿論全部が全部ということではないですが人というものは心のどこかにこっそりと「火をつけてやれ」という邪気が起こるのでしょう。

 

憂さ晴らしの愉快犯もあるでしょうしいわゆる常人(ここでは一般の人)には理解不能の理屈があるものです。

こういったことを記しているとどうしてもクリムゾン(King Crimson)世代の私としては「21st Century Schizoid Man」などのメロディーを思い起こしてしまいます。

時折テレビの挿入局にさらっと使われていたりしますね。

そのタイトルの通り正常と異常の境目がなく、やはり常々自己の異常についても了解している私ですが、かといって別段それをネガティブに考えていません。

なにせ私以上にオカシな輩はまたぞろ揃っているというのが人間社会だからです。

皆さんは心当たりありませんか・・・

 

 

昨日のブログで自然界にプラスチックが溢れ、生物、人類の生命の危機が迫っているという内容の番組について記しましたが、みなさんその件表向きは合点賛同し、その対策について順応したかの態度を示すのですが実際、というか現実はやはりその表面とは相当乖離していると思われますね。

それは野山はゴミだらけだからです。

 

ゴミの件、頻繁に処理場を往来している身ですのでその分別の苦労、家電等処理への多額の処理費発生についてまさに体験しています。

家電三品目以外の家電でも高額な処理費の発生する代物は多岐にわたりますね。

家電でなくとも金庫など内部に耐火煉瓦が入っていますので通常の処理場では受け付けてもらえません。

 

分別が面倒かつ処理費に出費が嵩むとなると人はそのゴミをどうするかといえば一番簡単なのが野山へブン投げることを思うのです。一番カンタンで経費のかからない・・・ただし犯罪。

以前拙寺境内に投げ込まれた液晶テレビについて記しましたが山の谷底にうっちゃれば「誰にも迷惑をかけていないだろ」というのがその人の単純発想かも知れません。

大型冷蔵庫8000円、金庫5000円(一般処理業者)・・・一緒くたに谷底に放り投げる人が後を絶たないのは人の心の中に異常な何かが起こる(否 もともとある)から。

 

私が奈良市内から白毫寺の南を通過して名阪国道の福住や天理方面に向かうには福住矢田原線というアップダウンが結構ある峠道を通過します。

静岡県人の私が気安く通過する道ですので地元の人達は当たり前の道なのでしょうね。よって対向車にはケアしなくてはなりません。

その道の谷側に白い鳥居があることを以前から気づいていましたがある時、その鳥居を覗いてやろうと車を停めたことがありました。

 

①の如く鳥居の上部だけが道沿いから見えていました。おそらく伐採物等を「処理」したのでしょう。

「八大龍王大神」とありますが地元では古くからその信仰があったのでしょうね。

そしてその鳥居の向こう側は今や自然の「ゴミ処理場」と化していました(場所はちら)。

 

龍といえば特に大雨、水害の天変地異、自然界の災禍をコントロールしてくれる守護神。

このザマを見て、自然は人の思いとは裏腹に動くはずだと合点するのでした。

自然への畏怖というものが消えた人間の末路とは・・・

近い未来にもっと恐ろしい何かが待ち受けているような気がして・・・

 

山中谷筋に監視カメラを敷設していかないと人の不埒で悪辣な心を擡げるのを防げないかもね。

 

前述のクリムゾンの曲の歌詞に「本当に必要としているものは何も手に入らない」という件があります。

人々が求めているものは唯一心の安定、「安心」であると考えます。

それが一切、実は「手に入らない」ことを示唆しているように感じます。

 

 

 

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2021年

3月

01日

迅速に動いて引越し手伝い 先方寺院にご挨拶

「宣言解除」の言葉が独り歩きしているのでしょう、各地で人出が増えているとのこと。

その言葉の意味は違えど国民の捉え方としては「元のように自由な世界が戻る」に他なりませんね。

いくらどうこうと国の方で添え書きしようとも末端にいる我らとしてはそう捉えることはやむを得ないことです。

よって「元の木阿弥」のリバウンドを想定しての遠足中止の決断をしたのでした(昨日ブログ)。

 

だいたいガースーの息子殿が主導して国民の税金で養われている上級公務員殿、「断らない女」とやらなどなどに一食7万円余のお食事ご接待の乱舞の状態を見聞きしていればあ奴らの言っていることを「まともに聞いちゃあいられない」というのは致し方ないでしょうよ。

 

タレントのビートたけしがニュース番組で「こういうことを言ったら怒る人がいるかもしれないが」と前置きしながらガースー息子の風体を「ヤクの売人のよう」と言い放ったのは言いえて妙。ニヤリときました。

あの感じはそう見えても不思議はありませんね。同感でした。

「怒る人」といえばご本人か本当の「ヤクの売人」なのでは?

「一緒にするな」と。

 

それにしてもみっともない絵でしたね。

「親の背中を見て子は育つ」とよく言われますね。

わたしも法話などで子供には仏の威厳と敬意と畏怖の存在を知らしめていく必要があるとお話させていただいています。

人とは自分の力だけでは生きていけない弱い存在であることを「強い父」が手を合わせて礼拝する対象があってその背中を見せるべきであると思いますがここは「どんな背中見せたんだい!!」と突っ込むところかも。

 

昨晩はNスぺの「プラスチックごみの限界」についての番組を視聴しました。循環型システムの構築によって未来(破綻寸前)を変えていくことに賛成。

これも私自身の問題でした。

ペットボトル飲料の購入を避ける・・・まずこれから始めようと思います。綿100%衣料にこだわってフリースなどプラ・ペット製品は絶対に着ないことなどは既に実践していますがね。

 

その番組の直前は大河ドラマでしたが今回初めてそれを視聴しました。たまたま冒頭部分で「阿部正弘」の文字が目に入ったからでしたが、先日、高速道路上で見たトラックに記されていた家紋「違い鷹の羽」を見て助手席の奥方に講釈したばかりでした。

奥方は今回こっそり大河を最初から観ていたようですが、私が阿部正弘が出てくれば「あの家紋も見られるぞ」と言えば「着物の紋にそこまでこだわるワケない」と言い出しましたので私は「甘い!!時代考証も風俗交渉もそこのところは厳しくやるはず」と問答となりました。

 

結果は私のアタリ。

しっかりと違い鷹の羽が画面からハッキリとわかりました。

何故に阿部正弘かといえば大奥女中帰りの波さんの持ち帰ったあの着物の裏の生地の紋がそれでした。

限りなくこじつけに近い・・・と呆れられるところかも知れませんね。

 

さて、先日高速道路場で見た家紋というのは息子の引っ越し手伝いからの帰り道でした。

信じられないように広い唖然呆然の間取りの家で驚くばかり。家賃は勝手に苦労してくれ・・・というところで大きい荷物、といっても主な物は冷蔵庫と洗濯機とテレビの搬出搬入の手伝いをして早々に帰宅しました。

もやもやが他に残ったのは地元のレンタカー屋で軽トラを借りてきたこと。

普段ならその軽トラを駆使して動き回っているのにお金を出して借りてくるとは・・・なんとも。

当初は一応「それで行こう」との提案も奥方から却下されて、安心安定の四駆車で向かったのでした。軽トラ高速行脚は疲れますからね。

 

今度の家の素晴らしさを一つ挙げればお寺から「徒歩1分(もかからない)」という利便性。

寝坊という大チョンボをしでかす傾向の彼には絶好の立地でしょう。

 

そしてガースーの御曹司の奇異なご様子について記しましたが「そんじゃあお前の息子はどうだ」と言われるのは当然でしょう。生憎私の背中にはカネの臭いも名声も地位もないしがないド田舎の貧乏寺の学ナシ品格ナシの坊主の背中から染み出すものしかありませんのであえて見せられるものといえば突発性の挙動のみ。

いい意味でいえば「意表を突く俊敏迅速な動き」ですね。

そういえばそれって案外大切なことなのかと思うことがあります。

 

エライ人達は今大抵「スピード感をもって」と同じ語彙を好んで使用しますがそれを連発するということはそもそも遅延感満載だということ。

どなたかが記していましたが「スピード感をもって」など語句は「日本語になっていない」といいます。

要は「俊敏迅速に」と言えばいいのに「私の立場」で「早い」を感じればイイという変な言回しなのですね。

 

帰りに息子がお世話になっているお寺に立ち寄ってご本尊、住職、副住職に敬礼。お育ていただき有難く感謝、今後ともよろしくお願いしたい旨丁重にご挨拶させていただきました。

ていっても息子が言うには「ずっとしゃべりっぱなし・・・」と苦虫状態でした。

 

現状何とかやってくれているようです。

先方は大分その息子の性質に困惑しているところもあるようですが、背伸びしてもしょうがない、ありのままでやらしていただくほかありませんからね。

まぁ世の中広いといえども「ありのまま」がある程度許容されるという組織は真宗寺院くらいしかないかも知れません。

親子ともども如来さんに甘やかされている・・・といったところか。

 

「現状」と記すのは「人」とは根本的に信用がおけないからです。未来はわかりません。勿論それは自分筆頭に。

いつ「ヤクの売人」になるやも知れず。

無常を表す「物皆幻化」四文字熟語については先日記したばかりでした。

 

画像は息子がお世話になっているお寺の今年のカレンダーに添えられた文言。

息子の名が見えますがまぁあの文言を自身の頭で考えたのかについては棚の上に置いておくことにします。

私は毎度の如く①そのものですね。

 

 

 

 

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2021年

2月

28日

やめたやめたぁ~バス遠足 沼津千本松原

関西圏の宣言解除の件、言うまでもなく時期尚早でしょうよ。

これで第四波の確率は大分上がったのでは・・・

まったく我慢ができないおエラ方揃いで困ったもんで。

これではいつまでたっても収束はできないような気が。

ゼロとは言いませんが、もうちっとばかり感染者を減らすという発想努力には至らなかったのでしょうかね。

 

ということで「まとも」とは感じられない施策に匙を投げるべく4月中旬の拙寺バス遠足は中止にさせていただきました。

昨年に続きまたしても・・・です。

施策といっても殆ど無策に近い後手後手の躰、毎度辟易とさせられますが今回の中止の件最大の理由はワクチン接種の遅れですね。

 

私は「ワクチンどうでもいい派」で日和見の立場ですが、参加者の大部分を占める65歳以上の皆さんの接種は4月には終わっているという算段でした。

 

エライ人の類は「リーダーシップ」とかいう御託を並べて悦に入っているところをよく見ますが、世界の「ワクチン競争」で後塵を拝する様たるや惨めなものです。

「ナンバー1じゃなきゃダメ」とか言っているクセにね。

ここで私の不思議4題。

 

①世界のワクチン製造会社に大枚おカネをばら撒いているのに

 お鉢が回ってこない不思議

②国産ワクチン「できるできる」と言いながら一向に現実化し

 てこない不思議

③ロシア製のロケットみたいな名前のワクチンが予想以上に効

 きかつ格安なのに導入が進まない不思議

④イスラエルは全国民に接種完了できているのにいつまでも「できないできない」という不思議

 

番外

 お退きあそばしたあの陳腐マスクの前ソーリ殿が吹聴してい

 た特効薬アビガンは一体どうなったかの不思議

 

 

どれもこれもこの苛々は厚労省がらみのモタモタ不効率の旧態依然の役所仕事が諸悪の根源(発端はクルーズ船? 米専門家の「日本政府の検疫は感染をとどめるものではなく、船内で感染を広げているという証拠が山ほどある」)であると思いますが如何でしょう?

 

バス会社はじめ京都のホテル、予約していた奈良の飲食店には申し訳ありませんが、これも国のモタモタによる庶民不安心が原因です。

どうかご了見くださいますよう。

まぁ各地で県外移動の自粛を呼びかけています・・・

中止というのが適切な判断でしょう。

尚、10月に再び予定しています。

 

さて、昨日の首塚に続き千本松原の風景を。

千本の松という名称ながら千本のレベルではありません。

30万以上といわれますが、これは近年の植栽維持の成果です。

やはりかつての県の方針で強硬された浜松の遺跡上開発の件がありましたがその昔、この松林の県の伐採計画があったそう。

しっかりした反対運動のおかげで市民、県民として「松を守る」という意識が育まれていったのでしょうね。

 

しかし松といえば設楽原信玄塚の無残のとおり病害虫に弱し。

30万本のうち一本でもマツクイムシの侵入を許してしまったら全滅の憂き目ですからね。

地元の松管理者の努力が窺えます。

 

①②は首塚の石碑から海に続く道。①が東側②が西側。どちらも海風の影響を受けて陸側に傾斜しています。

あの日はお天気の具合が良くなく富士山は見えませんでした。 

 

 

 

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2021年

2月

27日

沼津千本首塚 首塚だからといって首だけじゃない

先般逝去された方とかつてお話したこと。

大正末期に拙寺檀家さんの家に生まれた方で8人きょうだいの3人の男子の末っ子。

 

「親に邪険にされて養子に出された」ことを愚痴っていたことを思い出します。幼き頃の辛かった思い出話を聞きました。

自分だけ小遣いをもらえず、当時拙寺にて手伝いをして何がしかの小銭を貰っていたとも。

 

養子に入った家は奥さんの母親(?)が出た家のようで両養子としてその家の業を継いだとのこと。

七年ほど前に奥さんが亡くなった際、流れでその家の菩提寺で葬儀を行ったものの「南無阿弥陀仏」が忘れられなかったのか、ある気づきを得たようで拙寺に納骨を・・・と参られたのでした。

たまたま奥さんの生まれた家が門徒寺ということもあったのでしょうがその方の子供の頃の寺での思い出がその決断となったということなのでしょう。

 

子供の頃の思い出が齢を重ねたある機会の判断を左右させるほど重大な方向性を持つことは意外と思いましたがやはり「邪険にされた」とはいえ先に往った親への思いが少なからずあったのではないでしょうか。

そこには自分を養子に出し、悲しく寂しい思いをさせた親への「恕」というものが。

当人は生前、私に「自分が亡くなったら元の姓に戻して葬儀を・・・」と言い残していましたね。

ただしその件ご家族とのお話の中「それはムリ」ということで故人にはご了見いただきました。

私と故人との秘密ですが過去帳には記させていただきます。

 

一昔前の法事といえば本堂、境内は子供たちの参加で溢れていたよう。

当家13代目の私の爺さまはこどもたちに合わせたお説教をしたことを聞いていますが、今の法事には小中高の子供は殆ど見かけなくなりました。

学習塾にクラブ活動等々で法事の出席は親のみというパターンが多くなったということです。そもそも子供がいないというのも現状。

よって今の子供たちの「お寺のイメージ」というものは極端に少なくなってしまったのではないでしょうか。

寺での「体験」そのものが無くなったということです。

考える場として何かを提供できない歯がゆさというものと大いなる力量不足を感じますが、学習塾やクラブ活動の必要性はあるとは思うものの、仏教的理性、徳、反省、感謝の心を違う観点から育む事は人間成就のうえでむしろ不可欠と感じますがね。

 

さて、先日の小和田先生の講演(「戦国の女性たちと城」)の中で触れられていた今一つの女性活躍の場。それが戦闘参加の推測でした。

「千本松原の戦い」による戦没者の墓とみられる首塚についてです。

 

墓と言っても一緒くたに遺体を放り込んだような塚だったのでしょうがその墓で発掘された遺骨調査の結果の男女比ですが男5に女3だったということ。

同時にこの塚は戦による戦闘員に近い者たちの墓であったというのが調査後の一つの結論であっていずれの被葬者も若者ばかり、熟年と幼少者はいなかったとのこと。

そこに女性戦闘員の存在、戦国の強い女性が示唆されているのでは・・・というところ。

 

信長による有岡城の虐殺の場合は無抵抗の女子供を片っ端から殺していますのでもしそういう処刑的なものであればこういった青年層ばかりとはならなかったはず。そこに「戦闘員が主体である」という結論が生まれたのでした。

 

この塚が作られた経緯は明治三十三1900年の暴風雨が去った翌朝に千本松林で発見されたもので、倒れた松の根元に露出した頭蓋骨がゴロゴロと出て来たことから。

 

古人骨の専門家、人類学者の鈴木尚氏の調査論考が沼津市のサイトにさらっと紹介されていますのでそちらをどうぞ。

そして「沼津市千本浜の首塚と関東地方の中世日本人頭骨」

なるタイトルの論考を。

 

現状は海岸線に並行して走る千本松原通に旧東海道から直交しようと進んだ辻にそれらを集めて埋葬した石碑が建っています 

(場所はこちら)。

 

位置的には狩野川という天然の要害周辺ということになりますが付近には三枚橋城戸倉城(またはこちら)そして興国寺城(またはこちら)がありますが特にこの湾曲した海岸線、通称千本松原といえば天正七年の武田水軍VS北条水軍から始まった地上戦が繰り広げられた地。

ここで大規模な戦闘が行われたことはわかりますが空しくも双方とも滅亡しているということは何かと寂しい。

 

無意味な戦争を繰り広げ、消耗し結局は絶滅戦。

人間の愚かさを見る思いですが同じようなことを今、国レベルでやっていそうな感じもしないわけでもありませんね。

 

尚、「首塚」とはいうものの首だけではなく、他の部位は相当数頭骨含めて波に洗われてしまったというのが通説。

現状105人分の頭骨部位が出ていますが実際はその3倍はあったかも・・・ともいわれています。

 

 

 

 

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2021年

2月

26日

書き損じハガキ古ハガキを郵便局で新しいものに

昨日も関東地方で失火のニュースがありました。

自分自身のミスにより財物と家族の命を危うくさせ、しばしば他人の生命財産まで奪うことになる「凡ミス」は昔から特に注意に注意を重ねるよう幾度にわたって聞かされてきたことではありますが、絶対にそれは起きてしまいます。

これも「私(に限って)は大丈夫」の慢心からなのでしょう。

人というものの性なのでしょうが「自分が一番あやしい」ということを常に頭に入れておくべきですね。

 

私は高所での仕事は同年代の人よりは比較的多い方だと思いますが、それは本堂の屋根に上がったり木の伐採作業が必然的についてまわる環境ですからですね。

ただし「落ちること」については人一倍恐怖を感じつつその対策については頭を凝らしています。

一番にイケナイことは「慣れ」いわゆる慢心ですね。

 

火の取り扱いについて人は「慣れている」を思っていても万有引力の法則以上に人がコントロールするに難儀なもの。

まさに他人ではなく自分の事ですね。

 

コントロールしてやろうと思ったかどうだか他人事として面白いのは名古屋の知事リコール署名のインチキについて。

佐賀市で偽署名のバイトを募って名簿から書き写させていたことがバレてしまったそうですが大村知事を引き釣り降ろそうと躍起になっていた「あの方たち」が一番に「怪しい」と思うのが誰もが思うことではないでしょうかね。

 

当局がそのカネの出所をしっかり洗っていけばわかるのでは・・・。

名古屋の広告会社とやらの口座を押さえて誰がおカネを出し指示していたかしっかりと捜査していただきたく思います。

そういうインチキがまかり通るなら社会への「信」がいよいよ消え失せてしまいます。

 

「アルバイトに支払った総額は、1500万円」といいますので、このリコール署名偽造の犯罪行為をやらかしかつそれを支払える財力のある者が下手人でしょう。

大赤字になったことは言うまでもないことですが余興でやれる人間はそうは多くありませんね。

もしある程度の有名人でしたら慢心にもほどがありましょう。

 

イザとなったら「記憶にない」「知らない」「誰かがやったこと」などいい加減な嘘っぱちを並べ立てるのでしょうが、そういう輩はやっぱり・・・地獄に堕ちますぜ。

 

さて、昨日は溜まった書き損じのハガキと古いハガキを郵便局に持ち込んで新しいインクジェット対応のハガキに交換してもらいました。

父親やら昔の会社の同僚を思い出しますが書き損じたハガキをゴミ箱にポイしてしまう光景、ケチな性質の私はいつも「もったいない」でした。

 

全部で101枚の各額面のハガキを持ち込んで63円となったハガキを64枚+切手61円分に交換完了です。

手数料505円は持ち込んだハガキで支払いができます。

 

先日窓口でちらっと聞いたゆうパック代金の切手支払いについて念押し質問をしました。

「荷物に切手を貼り付けてください」とも言われていましたが

「そんなの面倒だから窓口で切手で支払うのは如何?」と。

するとそれもOKとのこと。

 

切手の活用方法としてこれも一手と思ったところです。

①は持ち込んだハガキたち。昔の年賀状の文言に久し振りに合点。「物皆幻化」<ものみなげんげなり>。

③は郵便局前、いわゆる旧相良バスターミナルの様子。

ほとんど建物は取り去られてしまいました。

更地にしたらいったい何になる?

 

④⑤舞鶴殿は玄関上の屋根上で我らの出入りを監視。

彼女の大きさからしてこの高さは人の10mくらいか・・・

運動神経の良さが高所を気にならなくさせたのでしょうね。

高所で居眠りするほどの慢心のネコが落ちる場面を何度も見ていますからやはり油断は大敵なのでしょう。

 

 

 

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2021年

2月

25日

3年計画変貌中の勝間田城へお越しください

関東地方での山火事の件、日本全国他人ごとではありませんね。

特に空っ風の吹く遠州地方では冬場と言えば常にその不安が付きまといます。

これまで私の知る時代に当地に大きな山火事や大火が起きなかったことは幸運以外の何物でもありませんが(歴史の流れの中では何件か聞いています)、今後もその恐怖から逃れることはできないでしょうね。

本当にお寺が焼失するなどニュースは如何にも気分が悪くなります。

 

異常乾燥と強風の環境の中に人為的ミスが重なった時大きな災禍となって人々を襲うことは周知してはいますが、やはり人智は自然の力には及ばないと見て、幾度も同じような過ちを繰り返しているように感じます。

「おい、オマエのことだ」と自身自重。

その一番に過ちを犯しやすき身を承知しなくてはなりません。

 

さて、昨日も記しましたよう全国に古城数ある中、当時の形状を復元しようと木々の伐採をしようという発想は以前から散見されるもののそれを実行するとなるとなかなか難しいのではないでしょうか。

地権者等権利関係が広大な地域において統一できるかといったらムリでしょうし、そもそも整備と維持に資金がかかりますからね。それをやっていこうという市の姿勢はうれしく思っていますが、財政状況の良くない当市において、よくそれに踏ん切りを・・・と驚きでもあります。

 

今見る山城と言えば永年の放置により荒れ果て樹木に覆われているのが当たり前。

殆ど外見は「ただの山」の如くですね。

では当時の山城はといえば街道筋を見渡せるよう樹木を払った禿山です。

街道筋から見ても威容でもってアピール度をアップしなくてはなりませんし眺望が効かなくては他の勢力の動きが掴めません。

 

そして何よりもその禿山化の重大意義は、麓から火をかけられる不安を取り除き、かつその材を燃料とするためですね。

この「火」というものを巧みに使用することで戦いを有利に導こうという感覚は常に誰もが持っていたことでしょうね。

乾燥期の強風となれば「風上から火を放つ」ことは常套戦術ですので逆に「風下の茂みに伏兵」などは下手を打つことになったでしょう。

 

イメージ変貌中の勝間田城はおすすめ。山城の教科書の如くわかりやすいですよ。

まだ工事が進んでいる最中ですが是非にお越しください。

 

駐車場が5台のスペースしかないというところと駐車場から5分ほど農道を上らなくてはならないのがちょっとお気楽ではないというところ。それは以前と同じですが。

 

 

 

 

 

 

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2021年

2月

24日

小和田先生講演会 勝間田城伐採3年事業 

昨日も午前中にチェーンソー仕事にちょっぴり顔を出したあと午後から「い~ら」で催される小和田先生の講演会に向かいました。

参加者は当市の女性団体連絡協議会が人数を半分に絞って募集したものでその「50%」は殆ど満席になっていました。

1300開式でしたが1230には一般席最前列に着座。

午前中の仕事の疲れでその30分は口を開けて(おそらく)の爆睡タイムでしたが司会者の声で目を覚ますと、市のお歴々が目の前にズラっと居並んで酷く驚かされました。協議会の会長さんは檀家さんですし・・・

 

私の目的は小和田先生のお話ですのでまったくお構いなしですがね。

タイトルはまさに今風、「戦国の女性たちと城」でした。

江戸期の天下泰平の世になって女性の地位は低下したものの戦国期といえば女の出番は結構にあって「戦う女」など枚挙にいとまがないくらいと①備前常山城の鶴姫②豊前鶴崎城の妙林尼③伊勢安濃津城の富田信高の妻等をあげていました。

 

特に私は山内一豊の妻千代の「敷銭」についてなるほどと思いました。

例の馬の買い入れ金の「へそくり」の件ですがそれは実はそのような類のものではなく「敷銭 しきがね」といった婚姻時の持参金があるものと。

これは離縁の際には持ち戻るものですので夫の家の経済基盤には組み入れられないものとのこと。

それを夫の為に妻がたまたま提供したというストーリーですね。

 

さて、小和田先生のその日の午前中といえば学芸員の松下氏と勝間田城の散策をしたとのことでした。

小和田先生と勝間田城で思い出すの馬洗い池から出た木簡の萩間枡てすがお話の中でもそれに触れられていました。

 

勝間田城は今年から3年計画で「戦国の城」化するために木々の伐採事業を進めています。 

本来山城といえば木が生えていない禿山ですからそれに近づけるため市が本腰をあげたといったところ。

全国無数にある山城を当時の面影に再現するという試みはそうはありませんからね。

今後の変貌が楽しみです。

 

ということで現状出丸と三の曲輪の間の木々がバッサリと伐られている様子を。

中にはケヤキ系の大木やら良き材の株も見られてその再利用の有無について思ったところ。夥しい木材の量ですからね。

あの太いケヤキはそうはないのでは・・・木質が硬いのでチェーンソーの悪戦苦闘の跡が切株に見られました(樹脂製の楔の残骸に摩擦で焼け焦げた切り口等)。

 

⑤左が出丸跡と登城口。

②③の先が三の曲輪方向。

静岡空港の管制塔までスカーンと言う具合に見渡せます。

今は春霞がかかって富士山はうっすら・・・ですが。画像では浮き出てきませんね。

 

 

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2021年

2月

23日

越生行脚の報せ 梅園と太田道灌と渋沢平九郎に因む町

アメリカの旅客機(B-777)のエンジン炎上と部品脱落トラブルの画像を見せつけられて、小心者の私が思うところは「誰が飛行機などに乗るものか!!」です。

飛行航路下に住まうことのリスクも大いに感じました。

海外旅行などコロナとあわせてどちらにも行きたくもなし。

あの画像は「ありえない」というか殆ど映画の世界のようなもの。

沖縄への未練はさすがに残りますが奥方は「イイ齢して真っ黒になってどうするの」と言いますし。

ということで奥方の、トルコへの夢も諦めていただきましょう。

 

年明けくらいから右腕に痺れが出現しました。

両腕関節と左ひざの痛みについてはすでに慣れによって何とか誤魔化しながらの生活となっていますが、それにこの右手の痺れの追加とあっていよいよ「年齢相応」を思うところです。

腕の関節に左ひざについてはその酷使について心当たりというものが重ねてありますが、「痺れ」については不気味です。

 

楽観的にみれば先日の通夜の日の午前中にチェーンソーを振り回して他家立ち木の伐採を2本ばかり行ったことによるものかと心を収めますが・・・、しかし以前記したことがありますが頸椎の出っ張りが神経を押している症状の進行という最悪も頭をよぎります。

だいたい後者の方である(良くない方)というのがいつものパターン(悪い方・・・)ですが、医者の見立てでは「即手術」で次の「交通事故等、何かの衝撃時」には「致命的」と脅されています。

何らの対処もしていませんので仕方ないといえば仕方なし。

 

その手のしびれから来るものなのか、今回の法事ではピンマイクが上手く装着できないという不都合がありました。

要は親指と人差し指に力が入らずピンの挟みの部分がうまく開けられないというもの。アレは洗濯ばさみのようにとはいかず小さくて結構に力が必要なのです。

もたもたあたふたしながらで、マイクのカバーが外れて衣の中に落ちたりした挙句、なんとか装着、それでいて通夜が終わった後担当から「マイクのスイッチが入っていませんでしたね」。まったくがっかりでした。

何処行っても我ながらバカ丸出しの躰で恐れ入ります。

 

さて、日曜日のポカポカ陽気の中、「行って来た」と言う具合に「山ガールの女墓場放浪」の友人から画像が送られてきました。だんだんと私の希望の沿うものになってきて嬉しい限り。

良いお天気に誘われて越生の野山を散策してきたよう。

 

この「越生」と言う地は神奈川東京の居住経験のある静岡県人の私にはまったく馴染のない町ですが、意外な有名人の名が出てきました。

特に拙寺境内には山吹が二株植えられていますが、それが太田道灌のあのエピソードからでした。

太田道灌については拙ブログにても何度か記していますが、神奈川から静岡に大いに関わった人ですね(→ブログ  ヤマブキについてはこちら)。あの黄色の花もそろそろの季節ですね。

 

そして今一人が渋沢平九郎。

高身長色白のあの容姿は殆ど役者顔。映画の中の一コマのよう。新選組土方も勝海舟も鉄舟もイケメンでしたね。

政治屋の顔とガースー息子と「不適切な関係」と言われる公務員殿の面々・・・貧相に感じるのは私だけ?

齢をとった威厳というものもまったくなしですね。若きOSAKAに「無知」とこき下ろされたあの御仁「2F」レベルではいかにもいかにも・・・

平九郎は幕臣として奮戦し死した若者でした。

 

 

 

 

 

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2021年

2月

22日

梅は満開 主役はバトンタッチ 半袖OKの昨日

驚きと発見は日々あるものですが、先日の「そうだったの!」と口を開けてしまった件。

拙寺九代住職祐厳の娘「今井こと」が川崎の笠原家七代笠原八郎左衛門に嫁いで文化十四1817年に亡くなったことを以前記しましたが年齢は七十一歳だったことがわかりました。

笠原家過去帳を開いて判明したのですが拙寺の過去帳にはその記載がありませんでしたので。

 

年齢については現代のようにその多い少ないについてあまりこだわらない時代でしたし、寺の方が「無生法忍」なる仏法に関わる「忍」について触れるにあたってその件に執着するのはあまり具合がよくないでしょうからね。

 

尚、「忍」の感覚は「認」であって「言」が付いていませんが「たしかに承認させていただく」の意となります。

ただし当流においてはそれも「他力」であることは言うまでもないことですね。

 

その川崎笠原家の母上さまが体調不調とのことでお会いしたのが先々週の事。

それが最期のご挨拶となったわけですがその際はノー天気にも風呂用の薪に使っていただくための材木を当家に持ち込んだ際のことでした。

汚らしいツナギの躰でしたが「食べ物が口を通らなくなった」という現実を知らされ案内されるまま寝室まで。

これまでの炬燵にいらっしゃる姿とは違い介護用ベットに休まるまま二言三言会話を重ねました。

 

枕許に差された数輪の梅の姿を見て、「次は桜の季節、温かい春が待ち遠しい・・・」などと自分でも「何言ってるんだろ・・・」と思いつつ食が戻ることを期待しながら失礼させていただきました。

そののち訃報の報せがあったのでしたがその「温かい春」とは桜の咲くお浄土となってしまったのでした。

年配の終末期の方に向かって「頑張って」などとは言えませんし、そんなときは言葉を選んで、支離滅裂な会話になってしまいます。

 

故人の生まれは「大正十五年」と最初に聞きましたがスグにまた違う縁者から「昭和元年だよね・・・」などと言われたため自分のイメージだけでその場で推論してしまいました。

故人の誕生日は1926年の12月24日でしたからそれなら「昭和」だろうというのが私のお頭の貧弱さ。

要は大正天皇→昭和天皇の時期を考えて年末のその時期ならばまずは「昭和」を思ったのでした。

 

調べるとびっくり、大正天皇が亡くなったのは1926年の12月25日でした。ということならば大正十五年生まれということで間違いないでしょう。過去帳はずっと元号が使用されていますので・・・どこかの代でいずれ西暦に統一してもらってかまわないと思っています。

それにしてもまたも「大正」生まれという奇特な年齢の方が亡くなってしまいました。

 

さて昨日のウソのような暖かい一日は今年の梅の季節は「おしまい」と境内の紅白がその季節の主役交代を告げているようでもありました。

⑤はシダレウメが咲き始めたところですがその下にある「コマツオトメザクラ」という品種の花芽が膨らみだしたところ。

既に色づいています。

墓地のヤマザクラはまだまだの様ですが。

暖かくなれば生き物たち、特に人間にとって体力維持がラクになりましょう。

 

 

 

 

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2021年

2月

21日

藤枝仮宿朝比奈川 八幡宮は岸和田岡部長敬

先日は運転の上手下手について記しましたが最近はことにプロのドライバーによる唖然とするような事故が見られます。

清水の保育園に突っ込んだトラックの画像は凍り付きそうになりましたが(幸い子供たちは無事)一昨日は相良片浜の150号線を走るトラックが民家に突っ込みました。

榛原方面に向かう途中、その片付け現場の前を通りましたが帰りも萩間川の橋の手前のカーブでクラッシュ処理中の現場に遭遇、事故現場を見ながら「自分は気を付けよう・・・」ではありますがいつもながら自分が一番に信用のならないものであると付け加えておきます。

 

片浜の突入事故はケガ人も出ていますが、道路を逸れて脇に突っ込んでしまう理由について「記憶がない」が流行っているよう。

これはガースーの御子息から営業活動のご接待を受けたという総務省局長殿がその話の内容について「記憶にない」とか胡麻化そうとその言い逃れの弁として流行らせているからでしょうかね。

都合の悪いことについてそれを理由にするというのはとりあえず面倒くさいお説教を受けるよりマシ・・・というところかもしれませんが私どもからすればまず「テキトーなことを言ってやがる・・・」ですね。

 

中には本当に病的に記憶が消えるという方もあるのでしょうが、そうやたらと記憶が無くなるという方は責任のある(命にかかわる・・・)立場にあるお仕事に就くのはダメでしょうね。

子供がこっそり食べたお菓子について親に問い詰められて「知らない」と言うのと同じ。

ガキの言い逃れの語をエライ人達が保身の逃げ口上と使うというところは耳慣れして逆に幼き者への教育によくないことですがとにかくそれはみっともないへ理屈ですね。

 

さて、昨日は藤枝仮宿の「おしゃもっつぁん」なる不思議な

塚について記しましたがその掲示板によれば八幡大菩薩の名がありました。

近くの若宮八幡宮は元はと言えば石清水八幡宮から勧進したとのことですがこちらの本殿は岸和田城主岡部長敬が建てているそう。

ご先祖様の発展ベースとなった地を忘れず武家が奉る八幡神社への各奉納の後が見られます。

この岡部と言えば今川✖徳川✖武田時代の高天神から相良城破却まで色々あって遠州には昔から縁の深い家ですが代々比較的短命ですね。

命のことはおまかせとはいうものの、その存続が家の存続にかかわる時代、それでもうまく立ち回った家でもありました。

 

 

 

 

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2021年

2月

20日

藤枝仮宿朝日山城 御屋敷 おしゃもっつぁん

ワクチンの接種が始まったようですが量的に入手が間に合わず地方への配分が遅れそうとのこと。

まぁ大抵の人が打ち終わるのは夏以降になってしまうのでは?

早々の国産自前ワクチンが待たれるところ。

 

ワクチン会社数ある中今のところ変異株には対応できそうだというのがワクチン会社の主張ですが、ウィルスの変異は次々に起こり得ますのでどこかでワクチンなど「へでもない」変異種の発生もあるかも知れません。

ドイツでは感染力と致死率が従来型より高い英国由来の変異株の感染者が2週間前の6%から22%(全感染者)に急拡大しているそうで今後のさらなる拡大のおそれがありそうでまだまだ油断できるレベルではありません。

日本では英国産でも南アフリカ産でもない変異種の出現の報がありましたがそれこそ「日本由来」? 今後世界に「デビュー」するかも知れません。

感染力や毒性が従来型より強くワクチンの効きが悪いなどいう最悪のこともしっかり考えて宣言解除という方向を出してもらいたいものです。

早く「解放・自由」にして次に再緊急事態などいうヘマをやらかせばオリンピックなど消え去って国民としてはむしろ将来の安心が得られることは確かですが。世界との交流はまだ先の事にして欲しいというのが本音。

 

さて、藤枝の朝日山城について記しましたが、その根古屋、「御屋敷」付近は現状農地となっていますが、遠くからでも一目でわかる塚が見られます。

以前記した設楽原の連吾川近くで見られる「土饅頭」の如くですが墓ではなく祠の址のよう。

掲示板の如く説はいろいろあるようですが私の目からすれば塚、要は墓のように見えますが・・・(場所はこちら)

 

 

 

 

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2021年

2月

19日

朝日山城主郭部は開削の残念 墓域に五輪塔残欠

政治家のセンセーはお顔の皮が厚くなくてはやってられない・・・とはよく聞くもののお母さんセンセーはまた大変。

昨日のテレビはオリンピックの「ヤメタ」というか民意と世界の声によって引き釣り降ろされたあの御老体の「娘だ」、娘の方は「父だ」などと相互に吹聴する「父子」の件、先日来の「父」についでその「娘」の方の話題一辺倒でした。

あまりにどうでもいいのでテレビはオフしておきましたが。

 

その「娘」は「お父上」の力で政治家のセンセーに引き上げられた元オリンピック選手ですが、その責につき、かつての酒の席での破廉恥な失敗を蒸し返されることになるのでしょうがその件この世の倣い。覚悟の上でしょうね。

 

「忘れた頃にやってくる」税務署や相続の件記してきましたが

昔の失敗を蒸し返されてもね・・・子供の知ったところになって 「お母さんスゴイ!!」なんてね。

私なら「穴があったら入りたい」ようなレベルですが・・・さすが図太い。関西では「厚かましい」とよくいわれるヤツです。

いずれにせよ、私のあずかり知らぬところ。

 

さて、先日に引き続き堀底大手道の朝日山城 (場所はこちら)。

この山の高さを感じない山頂部(標高100 比高80)にある曲輪類は発掘調査はまだのようですが廃城後に作られた神社のために遺構は破壊されているために不詳のところも多く、先日ブログ掲示板画像の如く「推定」の域は出ないでしょうね。

そもそも破壊開削が行われている場所を調査するにヤル気というものが萎えてしまうでしょう。

 

このように古城址に後世神社を作るというパターンは全国各地に見られますね。また、NHKにNTTの鉄塔建設もまたごぞって遺跡を壊していますが城郭擁護派としてはガッカリな景観となります。

 

この城の登城口の脇に真っ赤に目を引く鉄骨の階段があります。その上部は墓域になっていて小型五輪塔、一石五輪塔の残欠が散らばっています。

古い時代のものでしょう。 

 

 

 

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2021年

2月

18日

1月の叔母入院の請求書 SC目立つ撤退のあと

先日は東京在住の檀家さんと雑談タイムがありました。

「車は怖いから電車とバスで来た」とのこと。

何が怖いかといえば、前回相良のスーパーマーケットの駐車場に車を停めて買い物を済ませて車に帰ると運転席のドアが開けられないほどにビタリと寄せて車を停められてしまったと。

 

仕方なく助手席側から入って逃げ帰ったとはいいますが大人しそうな相良の人も無茶な嫌がらせをしますね。

他府県ナンバーいじめについて色々聞いていますが初めて聞くタイプです。

その幅寄せ停車をした人はさぞかし運転に自身があるのかもしれませんね。まぁバカバカしく無意味な他府県ナンバーけいさつ。

 

話は変わりますが、榛原病院の駐車場での出来事。

叔母の洗濯物の交換の際、二人で行く必要もなく奥方がロビーまで行き私はいつものように運転席待機。

風が強く車が揺れていましたが、右隣のスペースにバックで駐車しようとしたピンク色の車のさらに右側の白い車が大きく揺れるシーンが目に入りました。

目を凝らすとまさにそのピンク車が接触しているところ。

そこで一旦その車は前進。

白い駐車中の車にはそのバックして接触、凹んだ箇所にピンクの塗料がバッチリついていました。

するとそのピンクは左側の私の方向に真っ直ぐバックしてきたところで肝を冷やし思いっきりクラクションを鳴らしました。

そのピンクの運転手は一瞬の躊躇はありましたがさらにバックする気配がありましたので私は即座にそちらから脱出したという次第。

 

私は違う場所に停めなおしてその後の様子を凝視していると切り返しを十数回行ってやっと駐車完了していました。如何にもドベタというか集中力100パー欠落の躰の70~75くらいの男性でした。その人はぶつけた場所を確認するでもなく救急外来の入り口に消えていきました。

 

時々身に覚えのない傷が自分の車についていることはありませんか? これでだいたいその理由はわかりました。

「車の運転」と一言でいうものの、上手な人も超苦手の人も色々いるワケで。

 

しばらく待機したあと被害車両の運転手が戻れば一部始終を話そうかと思いましたが奥方が先に戻りましたので失礼させていただきました。

私はかつてショッピングセンターで自分の車がドアパンチを喰らっている様子をあとから録画モニターで見た事がありますが病院の駐車場は特に怖いものがあります。

高齢者=とは言いませんが運転「不自由」な方が多いような気がします。

いつもぶつけられても平チャラな車に乗ってれば心配はありませんがね。

 

さて、1月中旬に大腿骨を骨折、入院した叔母の請求書(1月分)が届きました。

手術のうえあれだけの面倒をかけての金額ですから、まったく有難いことです。テレビ視聴代金半月で5000円は別に届けに行くわけですがうかうかしているとスグに「テレビカードよこせ」の電話がスタッフからかかってきます。

のべつまくなしテレビを点けっぱなしにして居眠りしている様が窺えますがそれは父親も同じでした。似た者兄妹です。

 

②③は先日ブラついたSCの様子。

相当数の撤退店舗が見受けられました。無残な画です。

 

 

 

 

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2021年

2月

17日

堀底大手道 藤枝仮宿朝日山城と御屋敷

「ばんたびアルコール消毒」のマスク生活には慣れてまったく苦にならなくなりました。

外出時についそれを忘れて恥をかくことが無いよう、車の中に「置きマスク」までしています。

家の中ではマスクを外していますので玄関で呼び鈴が鳴った時などはそれを着けることから始まりますので少々時間を取るようになりました。

そういう手間含めてすべてか何気ない習慣になっています。

 

先日はショッピングセンターに奥方と食料品類の買い出しに。

いつもは車の中で待っている私ですがその日は店内まで同行。

今マスクは不織布マスクの上に布マスクの二重は当たり前です。

その時は人の多さを見て首巻を鼻まで上げてトリプルでの対策でした。効果はわかりませんが、しないよりマシだろうという自己満足です。ただし人相は悪いものがありますが。

勿論各持参している携帯用アルコールボトルにて「何か触ったら一吹き」を心掛けています。

これから暖かくなって3枚重ねはさすがにムリですが、2枚はアリかも知れません。

ただしそれでぺらぺらおしゃべりをしていると知らないうちにどちらかのマスクがズレていて恥ずかしい様になりますから気をつけないと。

 

そのトリプルマスクの形相について「奥の墓道」氏に、どうだ・・・という具合に評価を問えば、「悲しいかな 目が出てる」と。

それは仕方ないところでしょうが、そこは「目をつぶってください」・・・

 

さて、登城路の掘底道について昨日勝手な推測をしましたが、小さめ城塞に見られる大手、堀底道の当地近隣の城址としては藤枝仮宿の朝日山城を思い出します。

「御屋敷」なる根古屋を思う古字の地を前面とすればその背後の城塞への登城路は大手道を推測します。それはまさに竪堀。

堀の規模は大きく、その道を攻め上るには左右上部からの横矢・横槍・投石の猛烈を覚悟しなくてはなりません。

現在はその形状は現場ではよくわかりますが、画像にすればただの茂みにしか見えません。

そして今の登城路はその空堀に並行して小径が作られています。

 

「駿河記」の「朝日山城跡」記述(城郭大系)。

「此処は本城にて、山麓の万福寺(廃止)の後山が平居住の処ならむ。岡部氏数世所拠之なり」」

 

上記「御屋敷」跡からは陶器片の出土があったそうで、規模は100m四方。典型的な国人領主の館を推測します。

 

 

 

 

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2021年

2月

16日

堀底大手道と想像してみる 秋野氏寄贈の汐見台山林

ここのところ不動産の相続について記しましたが、誤解を招くおそれがありますので追記です。

特に先日は国は遮二無二「税収アップの模索を」ということも記しました。

そこで「節税」という語彙を使用したわけですがここは少々訂正させていただかなくてはなりません。

 

納税とは「日本に住むというコストである」との割り切りが必要であるというのが大前提になるのであって叔父が言うには税務署員が「やってくる」ということに関して①ただ闇雲に訪れているのではない②国民の懐事情について100%把握していて「行きます」の連絡があるということは殆ど「怪しい」と見込まれたこと③殆どの民間の節税とは詭弁であってまずは脱税である・・・といいます。

 

要は腐るほどたくさんある「怪しさ」は把握しているもののガッツリと成績のあがる案件を吟味しての行動が現状というのは人員配置と調査に限界があるからです。

「節税できた」と喜んでいる人は大抵は「お目こぼし」で悦に入っている程度。

お調子にのっていれば何時かはターゲットにされるワケです。

 

やはり叔父の談ですが、豪勢な生活(高級車を乗り回し、豪邸を建て)を送り税未納についてアゲられた事業主はまず没落する・・・というジンクスは生きていると。

真っ当な生活と真面目に納税することが世渡りの基本ということを指摘していました。

 

では真っ当な節税とは何か・・・

稼いだおカネの納税については無論のことですのでやはり相続と贈与について。

財産を子に残したいというところは親の切なる気持ち。当然でしょう。

しかしおカネにしろ不動産にしろ財産の移譲には課税されることになります。ただし相続税の場合3000万円+相続者数✖600万円(だったと思う~)は非課税となりますからそれ以上の財産の額(をお持ちの方に)課税されることになります。

要は一人息子だったら3600、二人だったら4200という感じ。

 

節税は脱税に等しいと前述しましたが実はその控除額以上の財産を持つ者が相続税を考える場合の節税方法がありますね。

それが一人1年に1回110万円以下までの贈与税非課税というもの。お金持ちの皆さんはそれを利用しない手はありませんね。

こつこつ10年間贈与を続ければ1100万円の控除となりますから。庶民でも中流の上、向きの節税方法でした。

たくさんの財産がありすぎてそれでは収まらない人達もいらっしゃるようですがそれらを「隠す」ことによってみなさんアゲられるわけです。

叔父はまともな法定の節税とは「それしかない」に等しいと。

 

さて、山城や砦の頂上付近の主郭へ辿る道筋として竪堀と排水を兼ねた「堀底道」がありますがひょっとしてこちらは・・・と浮き足だった場所があります。

まぁ「こじつけ」部分ありますが私としてはまんざらでもない・・・というところ。

 

その地は拙寺近隣の秋野家所有の土地で地目が山林。

相良でも高級住宅地と言われて久しい汐見台です。

それでいて地目は山林ですので無価値ということで不動産屋も取り合わないとのこと。

その地元歴史に詳しい秋野氏がお寺に寄贈することを提案されました。

セールスポイントは「30~40㎝径のヒノキ」の存在。

「将来の本堂の柱用に育ててみてはいかが・・・」ということでその弁に惹かれてそちらの森に足を踏み入れてみました。

 

住所は汐見台20-1と20-2の二筆170坪と少々。

特に向かって左側の土地はまさに谷筋というかいわゆる城郭の用語でいう堀底道を思わす形状。

ひょっとするとその上部に何らかの城塞が存在していたか・・・などと想像したのでした。

 

上部は「いーら」や保育園があってもはや跡形もない状況ですから確認の術がありません。

ましてその南側尾根部は大規模な工事により開削中です。

 

ということでその贈与について了見し私の最近の藤枝法務局参りとなっていたのでした。

 

城塞としての推測を主張する根拠は牧之原台地の先端U字型に海側に張り出す舌状台地の最奥にあたる場所だからです。

今は汐見台という地名がありますがこちらは旧地名「波津谷」、場所については過去にブログでも記していますがこの谷筋はかつて海との関わりの深い・・・港湾施設のある、いわゆる海賊組織の城だったことを想いました。勿論武田の手によるものですね。

 

今は小堤山公園は上部を取り去られていますが航空画像①②③からもそのU型の最奥部であること、③画像からは樹木の反射具合から谷筋がわかります。

④は現地の正面。道路を隔てた場所は住宅地で「山」と言っても街路沿いになります。

⑤⑥はヒノキたち。細目のもの含めると10本はありました。

⑦は山の頂上方向を見上げたところ。開削部分が見えます。

このトップにハコを建設するというのでしょうか。

⑧はバイパスからの画像であの山の裏側が汐見台となります。

⑨の図面緑色部分がそれですが赤部分は今、更地で売りが出ています。

⑩画像は一応は「1000円」という価格で購入することになりました。

 

向かって二筆の区画ですが一つは昔から秋野家の土地だったようですが秋野氏の父上がお隣を追加して購入したものだそう。

バブルの頃でしょうかこちらでも坪28万はあったのではないかといわれます。

 

尚、昨日紹介した坪単価の時期は平成9年。

バブル終焉後の有耶無耶時代の価格で、金融機関がもがいて価格の値崩れを抑えて懸命に維持していた頃。

帳簿操作でのやりくりが銀行の疲弊を招いたことは御承知の通りです。

昨日のあの土地もバブルの頃は40はあったのでは・・・

不動産投資は本当に怖いですね。

今は都心で無理して買ったタワマン族が苦しみの声をあげていると聞きますが・・・無理がたたった(借金)ところにコロナで給与が減額、最悪手放すことになるなど・・・今は買った価格で売れるなどの物件は限られています。

 

尚、汐見台の土地は山林につき固定資産税は微々たるもの。

海抜20mの高さとお寺から近いところも魅力です。

ご先祖様が安政大地震で避難した小堤山はもうありませんので今回避難地として逃げ込む場所を設けられたことは有難い。

いいご縁をいただき感謝いたします。

 

 

 

 

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2021年

2月

15日

相続「3カ月ルール」再 それでも相良が良かった頃

あの3.11以来、10年。

その余震が一昨日再び「やって来た」わけですがタイミングとしてもオリンピック強行派としては追い込まれたような気がします。まぁどこ吹く風の躰で突き進もうとするのでしょうが。

 

コロナのうえに地震の再来でこれからノー天気にお祭り騒ぎができるのか・・・

「社会の落ち込んだ気持ちを盛り上げる」などと言う人がいますがおカネをコロナで大分散財したところ、さらなるネガティブ要因となるやも知れません。

それによってコロナが再蔓延したらどうしてくれるの?

同じ船に乗っているのだとすれば「オリンピックやりたい派」と方向性の違う人はみんな一緒に沈没の憂き目にあうということになります。

浮れている人たちにはかないませんね。

抜けたくても抜けられない歯がゆさがあります・・・。

 

昨日立ち話をした檀家さんは7年ほど前に定年退職して100歳手前の母親を一人で自宅介護されてます。

大変なご苦労です。

未婚の女性ですがただただ日頃の鬱憤と経済的困窮についての愚痴をこれでもかという具合に話されていました。

 

ご当人も「つまらぬ愚痴を聞いてくれてありがとう」と最後に仰っていましたのでそれは重々承知の上だったのでしょう。

奥方も離れたところでそれが聞こえていたようで「三食しっかり食べて おやつまで」の自身と比較、そういえばその方はかなり痩せぎみでした。

私どもはやはり「甘い」境遇の部類なのでしょうね。

「力仕事ならお手伝いしますよ」と言って別れました。

奥方は「食べ物の差し入れをしたい」と言っていましたが・・・

勝手な自己満足であってはいけません。

 

昨日は相続の「3カ月ルール」を記しましたがその補足。

「督促状」の類というものは心当たりがなければ即ゴミ箱行きといのが最近のならいなのですが、それは「架空請求詐欺」が蔓延しているから。

その行動(ポイ)は思わぬ悲劇を招くというのが昨日記した振った沸いた相続の件でした。

ゴミ箱行きを推しても中には稀とはいえ正真の督促状が入っていることがあるということですが、その放置することがまた酷い結末となるという事実。

そもそも正真か虚偽のものかは冷静に思量すればまずわかるはずです。

ですから機械的にポイ、あるいは見て見ぬフリ、知らんぷりは絶対にありえない対応ですね。

何とも「3カ月の放置=相続の承諾」は決まりごとですからね。

 

何故に3カ月の期限で機械的に相続の承諾となるかといえば国は個々の「不動産」の使い道は無く、市区町村からしてみても固定資産税の取りっぱぐれを防ぎたいというところがあるはず。

すべての相続者から不動産を負の遺産として相続放棄されてしまったらいわゆるいつもの「経済が動かなくなる」というのでしょうね。

 

相続放棄地となった不動産は即座に国庫に入ると思いがちになりますが、実際は殆ど放置家屋、草ぼうぼうの荒れ地となりますし市区町村からいっても放置されることは具合が良くありません。

基本的に責任者(相続者)を確定させ、処理(相当経費と労力の投資を)してもらうことに重大意義があるのです。

 

そうは言ってもかなり理不尽ともいえる強制相続に近い、法のあり方への逃げ道も作っておかなければ人心は荒れます。

よって「早く動いた人」(3カ月)のみに与えられた恩恵が相続放棄の道なのでした。

 

相続はイイことばかりではなく超絶マイナス事案も多くあるということを記してきましたが、承認と放棄の中間に「限定承認」というものがあってすべての相続がプラスになる可能性があれば相殺プラス分のみを相続するという手があります。

 

推測マイナス分に関してはその発見に時間を要しますのでそういう場合はその「3カ月中」に裁判所に延長申請することができます。

書面の作成は面倒ですが、何しろ3カ月以内に「限定」なり、「放棄」なり何かしらアクションを起こさなければ自動承認したことになってしまうところが怖いところです。

 

俯瞰して一番にわかり難い縁者というのはやはり父母離縁によってそれぞれ新しい家庭を持った場合の複雑さでしょうね。

情報が入りにくいからです。

元の父の負の遺産についてその新しい奥さんと子供の相続放棄があったことなど知る由もありません。

自分として縁を切ったつもりでも法的な相続者として「切れていない」パターン、それら仕事がらいろいろ耳に入ってしまいます。

わからなかったら家系図を作って無料法律相談会等があれば「早めにGO」です。

 

 

①拙寺の近くにはヤギを飼う家があります。

朝夕にその声が聞こえてきますので見に行きました。

最初は子供の泣き声のようにも感じて相当な違和感がありましたが慣れてしまいました。

世の中にはその動物を雑草対策に飼う例を聞き、私もそれを真似しようと一時真面目に検討したくらい。

しかし、そのプラスとマイナス面を考えた結果、マイナスが顕著だったためやめました。

 

②平成9年(1997)の土地売買契約書を拝見しました。

当地相良の良き頃と思いますが1坪258000円とあります。

この土地は先日記した150号線北側、現状坪1万円、実質5000円台の土地に近い場所ですからその差は強烈です。

相良の人達の口から愚痴のようなものしか出て来ないのもこんなところからでしょう。

親たちは子に財産として残そうと懸命におカネを溜めて購入、子たちは負担になるようになったそれを必死に処分を試みるというのが今の相良。

ヤル気も失せましょう。

 

 

 

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2021年

2月

14日

「3カ月ルール」のホラー やってくる 増えた貰い物

昨晩23時過ぎの地震は当地には緊急地震速報はなく、突然にふわふわっと「揺れてる」と思うくらい。

同時に横浜の息子から「長く揺れてる」と実況のlineがありました。

震度6強は屋根が落ちた駿河湾沖の地震で私どもが味わった6弱

より強い震度です。

夜明けとともに被害の状況が飛び込んでくるのでしょうが、震源地付近の皆様、度重なる地震の襲来、お見舞い申し上げます。

 

毎年この時期となれば近江だ京都だ大和に摂河泉とほっつき歩きながらの体力維持と「さぁ、さぁ・・・」の浮ついた気持ちになるところですが、今年はちょっと違います。

 

まだまだ関西地区もコロナの終息は程遠いということで、いくら私の行く場所は「人が居ない」と言えどもいざ罹患となればやはり「迂闊な行動」と後ろ指となってしまうことは避けられませんね。

これまで第三者として見聞きしていてわかることはまずその件をダンマリで済ますことはできないということですから。

よって最近は人の家の片付け作業で体力維持。叔母の家も手付かずでまだまだ続きそう。

 

昨日に続いて不動産の件。

私の叔父は不動産業ですが、いわゆる町の不動産屋さんではなく一時は競売物件専門に特化した仕事を単独でしていました。

要は裁判所が絡むほど権利関係が複雑化している普通の人なら絶対に手を出せないヤバい物件専門です。

まぁお相手となるのは「そのスジ」の方たちが多く、収益性は多くとも特殊なテクニックが必要となります。

叔父はそれが面白くてやっているから仕方なし。

私と同じというか傍から見たら「変わり者」の部類でしょうね。

 

その叔父は中学校まで相良にいてその後私ども家族が当時暮らしていた家から小田原高校に通ったあと大学の4年間を過ごしてから都内へ。

そして未だ相良の中学時代の友人とも今も交流があるそうです。

その友人は今は神奈川県在住ですが先日聞いた話によると、当時その相良の父母が住んでいた自宅について逝去のあと自宅に離接した不動産屋に売却を依頼したそうでそれが「十年以上経っても一向に売却できていない」とのことでした。

 

隣接しているだけに「駐車場にでも使っているんじゃね?」と私もイイ加減なことを吐いていましたが、それも例の「せんみつ」的生態かとも思ったり。

もしそれがホントだったら固定資産税を客に払わせ続けてちゃっかり土地は利用なんてね。

それでいて文句を言ったりすれば「販促費+管理費」という建前となるのでしょう。

ただしすべて私の根拠の無い推測ですよ。

 

先般は以前私も視聴したNHKの番組「突然の相続でトラブル」という番組のDVDを波津の秋野氏が「参考までに」という具合に持参されました。

あの問題のポイントは①核家族化の進展と②親子は勿論親戚縁者との関係が希薄になったということが根本的原因となっているワケですが、詰まるところ昨日の「忘れた頃にやってくる」のが税務署でなくて督促状だということ。

たとえば叔父叔母等の死亡については風の便り程度に聞いてはいたが数年経ってから何故か自分の所に大金返済の督促状が舞い込んでくるというものです。

 

督促状は故人の借金の肩代わりをさせようとするものですが、まずは固定資産税ほか滞納している税金と社会保障費の類。

そして金融機関から来れば借金が存在していたということです。

 

何故故人に家族があるのにもかかわらず自身の所に借金の督促がやってくるかといえば他の近親者は既に逝去しているかちゃっかり「相続放棄」(自分らだけ)をしていたということです。

尚、相続というと大概はポジティブなイメージがありますがそれはすべてタダで貰う有難さが前面に出てくるワケですが、マイナスの相続も必ず存在しているいうことを覚悟すべき。

そんな相続をしたら子孫にも及ぶ最大後悔もあり得るということです。いいとこ取りはあり得ないのです。

 

そして相続放棄には「3カ月ルール」というものがあって相続権がある者がそれを知った時から3カ月たてば自動的に相続したことになってしまうという殆ど罠に近いような掟があるのでした。

 

舞い込んできた郵便物について「関係ないだろう」と言ってゴミ箱にポイする習慣のある方は特にお気をつけを。

「知った時」は督促が「やってきた」時の場合、その3カ月以内のタイマーはスタートしますが、早々に相続を放棄する手続きをすればまずOKです。

ただし司法書士を通せば10万円内外の出費は覚悟することになりますから突然のショックはあります。

 

家系図を見つつ縁者の「逝去」の件を耳にしたら少なくとも葬儀には顔を出すなど親戚筋集まりの中にいて確かな相続人がいることを確認し、交流を持ち続けていればそんなことになる確率は減るでしょうね。

コロナ禍の葬儀となればますますこの手の話が増えていくかも知れませんが知らんぷりは何事においてもマイナスを生じます。

「私は関係ない」の主張は一切通らないということをご了見くださればよろしいかと。それがこの社会に生かされる掟です。

 

その放置によって不動産・・・負動産を相続して酷い目にあったという方が番組に登場していましたが借金の督促だけに限らずその不動産というものはほとんどの場合ついて回ります。

親戚関係を粗雑にしているといつかそれは「突然やってくる」のです。

スリラー以上に恐ろしい話でした。

 

①②は先日頂いたお裁縫台の天板用に長い脚を作ってみました。天板の重量によって脚と天板を固定しなくとも安定度は抜群です。

③は先日来郵便局バス停に「置いて来たら」と話題になったベンチ。ネコの隠れ家となっていますが、寺楽市の際には表で活躍してもらいます。

その他最近、貰い物が多くて物置は小道具で溢れかえっています。

 

④は鹿児島県警察のサイトから拝借。

現在は削除されているようですが、理由は「根拠レス」とのクレームがあったからだそう。

拙ブログ同様「根拠のない(推測)」はイケないようです。

しかしこの論は私は同感です。

きっとまぁ、ゲーム制作会社あたりからのお怒りの言葉があったのでしょう。

「ゲーム障害という精神疾患」の言回しにはニヤリとさせられましたが。 

 

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2021年

2月

13日

真正極楽寺の東方浄瑠璃世界 石薬師堂 正親町天皇

先月から私は藤枝の法務局に行ったり来たり、私的な仕事を済ませていたのでしたが、別件で地元事情通の方からショッキングな不動産情報を耳にしました。

以前は坪15000円の物件について驚かされたわけ(こちら)ですが今回はそれをさらに下回るという件です。

 

また最近、片付けで出入りしている家の相続人の方が不動産売却の検討をしているため、その最大ネックである「価格」について特に興味のあるところとなっています。

 

時折不動産業の叔父に連絡して情報を得るのは法改正が頻繁ということと税務について不勉強だからですが、昨日叔父が言っていたことは、コロナ禍で政府は思わぬ散財をしたことによってその埋め合わせに税収のアップを考えることは必定・・・ということ。

 

まずは消費税と相続税が思いつきますがどちらも変更したばかりですのでどうするかといえば「解釈の変更等・・・」だそうです。

遮二無二税収アップを図ってくることは間違いなさそうで、うっかりノー天気で税金の対策を講じないと「忘れた頃にやってくる」ことになるかも・・と。

 

このほど聞いたその土地価格ですが国道150号線沿い(山側)の地目農地約100坪。

宅地変更可能ですが海抜は5mもない場所。

その土地を不動産屋に仲介依頼したところ、坪1万で100万円。ただし土地にある植木と石、コンクリートの撤去費20万円と手数料20%(20万円)で残りは60万円とのこと。

 

実質坪6000円ということでさらに税金が発生しますので先祖伝来の土地100坪が50万円?という現実。

土地の上に色々な構造物やゴミ類があればさらに処理費が発生して「実はマイナス」になってしまうというのが当地牧之原市の厳しい現実です。ちなみに構造物解体撤去費は坪2.5万~。

 

ただただ固定資産税の呪縛から逃れ、負の遺産となりうる[負動産]という荷を肩から降ろしたいというのがかつて相良在住だった親族縁者の相続者の願いなのでした。

今、世代交代の進捗によってどんどん人口減少となる当地居住者の最大なる困惑です。

 

私は手数料に関して不審に思って今回も叔父に問い合わせしてみました。

聞けばそれは不動産屋のテクニック。 宅建業法でいえば5%が法定ですので20%は明らかに違法となります。

 

ところがその残りの15%は「足元を見られている・・・?」のではなくていわゆる「広告宣伝費」という名目。