2020年

4月

10日

五感の鋭さ(諜報と筋トレ)は自然の中で養う 役行者

東京は181人(国内574)、またも記録更新です。

まさか数日後に東京4桁全国5桁・・・?  恐怖が頭をよぎります。

 

私は昨日初めてマスクをつけたまま法要(本堂でない場所)を行いました。

勿論、事前にお断りをさせて了解いただきました。

その閉鎖的空間で一番イケナイといわれる「大声」を出しますからね。

「私が感染者」である事も考える時期だと思います。

 

聞くところによると今、当地では「東京から来ました」の如く言うと「後ろから石が飛んでくる」くらいだと。

首都圏在住の子供達、親の葬儀にも出席できなくなっているようです。

今キャンペーンの如く「Stay Home」「家に籠れ」「外出するな」について、それはそれで確実に効果は上がるのでしょうがその本当の意味は他者との接触機会を少なくすることに決まっています。

ウィルスは「ヒト―ヒト感染」であってヒトそのものが感染源ですから当然です。

 

要は人間社会と隔絶した仙人の如くの生活環境に浸っていればまず感染しないということになります。また違ったウィルスの感染はあるでしょうが・・・

まぁそのような隔絶に生活することはできませんし、今時の宗教関係者であってもそれは稀有なスタイル。

まぁ仏教というものは極論、釈迦の法・・・信仰を伝播(感染)拡大してきたものですからね。どちらの宗教もそれは同じで自分オンリーで「たすかる」(小乗)のでは衆生救済の理念から離れてしまいます。

 

アマゾン川流域に住まう原住民にもその病の発生があったという件も聞きましたがそれは誰かがそのウィルスを持ち込んだということでしょう。

その感染源となった人の悔恨は別としてその病の僻地での発生、確率的には低いはず。

またアマゾン川流域に住まう人たちであっても現代社会と完全な隔絶はもはや無いに等しいかも。「他者との接触」に関して意外に大いにあるのかも知れません。まぁ例外のくくりで。

 

接触感染で一番に気がかりなのは閉鎖的空間で人が集まることです。ということで「家族」という集合体を考えれば「家に籠る」ということはその「閉鎖的空間に集まるな」の推奨と矛盾しているのでは・・・

軽症者は家に居ろと言われても、自分が感染者かどうかも分からない中(簡単に検査してくれない)、「家」という空間に居ればその同居の家族は「どうするんだ」という単純な疑問が生じてきます。

またトイレという感染場所第一のスペースが同一であることは最大のネックですね。各人それぞれのトイレがあれば別でしょうが・・・

そして全員感染し隔離されたとしたらペットたちどうなるの?

 

感染-陽性と発症にタイムラグがありますのでその期間、感染に気付かないうちに買い物等「不要不急にない」外出をして他者と接触、感染拡大をしてしまいます。

 

現在、バカバカしくも「宣言」による方向性について今更ながら、都と政府で「対立」しているよう。

やることなすこと施策の発想は稚拙に極まるの感。

 

個の利権とプライドがこの国を無茶苦茶にしてしまいました。

これからどっと亡くなる方が溢れかえるかも知れないというのにお粗末そのもの。

その責任の取り方たるや如何に。

下剋上の世ならばとっくにその首は飛んで槍の先に刺され雄叫びとともに高く晒されているはず。

徳政一揆の声が民衆から自然発生的に起こらないということはみなさん結構裕福なのかも。

 

さて、岩船寺の岩船墓地について3回ほど記しましたが車を停めた公民館からほんの少々岩船寺寄りの今度は向かって右側の山に分け入ります。

手前、不思議な札「文殊」が掛けられたお宅がありますが(表札ではありません)、これはかつて岩船寺前にあった「文殊院」というお寺の名から。

おそらくその寺のかつての有徳人の家系か住持の系統かも知れません。

地元ではそれが「岩船寺前」を意味する地名のような意味合いになっているのでしょう。

 

その語は「慈心」と以前記しましたが昨今政治にそれを感じなくなったと思うのは私だけなのでしょうか。

 

その右手の山(「行者の背」)には薄暗い細道が続き50メートルほど進むと右手に分かれる上り道があります。

その先には江戸時代の役行者の石像があります。

私はその役行者については興味の外ですが、かつて當麻寺にもそれが祀られていたのを見ました。

まぁ彼らと言えば真言系世界からの派生、特に中央のやり方に反発したというか、独自世界を求めての山籠もりのイメージがあります。

 

奈良興福寺辺りの真言、律宗の流れを組む修行僧が既成権力とのしがらみを離れてこの当尾に展開(・・・別所)したのが始まりですがそれすらも許容できないとさらに奥に籠ったのが「役行者」の流れかと。一説に彼らが木津川を辿って伊賀に移り、伊賀忍者の元になったともいいます。山から下り民の中に、人々を率いれば「揆を一」にすることができます。

信長と徹底抗戦した気概のルーツかとも考えられます。

 

山に籠れば俗に混じらず・・・これはウィルス(感染する煩悩)から身を守る一番の対策。体も鍛えられますが考え方としてはそれ結構に古いものがあります。

 

画像②③④⑤は公民館先右側の「行者の背」への曲がり道。

以前の画像と先日この前を通過した際、そのギャップも面白いと思って車を降りました。

浄瑠璃寺方面から円成寺方向に向かう途中です。

⑥の分かれ道までほんの少し歩くだけ。そこからさらに少々。これからの時期、此処へ立ち寄ればタケノコ泥棒と思われるかも。

 

石像はごく小さく近年のものですが、その像を囲う石塔ベースや「笠」など、おそらく室町からそれ以前まで遡るかもしれません。パーツ寄せ集めての工作です(場所はこちら)。

 

 

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2020年

4月

09日

東名阪を伊賀で降りて笠置から加茂のコース

ひょっとして「感染者は頭打ちに・・・」と思ったのはここのところの東京の80人、83人と二けたが二日続いたこと。

ところが昨日は一気に144人と一日の新記録が出てしまいました。神奈川67人に静岡も今日一日で5人とこれまたどちらも新記録(全国では515)。

 

当地には仕事で、学業で首都圏にて活動している子供たち、縁者のいる家庭は少なくありませんのでそれぞれ自分たち以外の心配というものも尽きません。

お寺で言えばそちらに住まう檀家さんがいらっしゃいますので皆さんのお顔が浮かんできます。

どうかお元気にすごされていますよう。

 

ただし都心学業中の書生さんたち、今またぞろ故郷帰省中。

これから地方に広がらなければいいのですが。若者と年配者では感染による反応・症状が違ってきます。

 

いたるところモニターから見られる繁華街は閑散としていて、もはや不気味世界というべき。

本当にヤバそう。

にもかかわらず昨日発せられた閉店要請の件(使用制限)・・・「閉鎖すべき場所」「イベント」に葬祭場、法要、葬儀が入っていませんね。特に私どもが頻繁に出入りする場所ですので注目です。

 

火葬場はさすがに閉めることはできませんが「葬儀と法要はあとからゆっくりやりましょう」のアナウンスが出たとしても不思議はないところ。

そこのところハッキリと推奨するくらいのお頭はないのでしょうか。

その空間はかなりリスキーですがこれまで何度も記していますように私から「できない」の意思表示はできないのです。

 

そして相変わらずトーキョーと政府は「ああする こうする」と一向に決められぬ様。まるで「緊急宣言発令ごっこ」です。

埒が明かないとはあのことでしょう。

先日市中の閉店願いをされた店ではあの会見(私はライブで見ていませんが)によって「即日」を勘違い、翌日には店を閉めるなどしたよう。

実はその「スタートの日」があったようでそれは店を閉める必要がないのに閉めていたということだったよう。

折角の商売の機会を奪われたということですね。

 

きっと「決めた」という方も何を決めたのか「分かっちゃいない」ということなのかも。

 

また「躊躇なく躊躇する」の如くモタモタの見苦しき御仁は「前置きの長い、おしゃべり好き」がその性質(タチ)です。

何か出た時「私の手柄」「私のおかげ」感溢れてその時間はウザさしか感じませんね。下手な手品師の如くです。

「呉れてやる」の大枚広げた数字も元をただせば国民の血税です。もっともそれも「やるやる詐欺みたいなものか・・・」

テレビ好きの私も彼らが出てきたら時間の無駄。さすがに即切りしていますがね。

 

さて、先日の日帰り奈良行脚のスタートは南山城(昨日)でしたが、東名阪道は伊賀で降り笠置山を木津川超えに見て加茂に入りました。これは当尾に向かう初めてのコースでした。

私のいつものスタートより2時間ほど遅かったため、通勤時間に重なりタイムロスは多かったかも。

山添まで行ってからの柳生経由の方が距離は多いですが時間は短かったような気もします。

 

いずれはお寺の遠足に入れたい笠置のお山。

過去ブログを見まわしたら6回ほど記していました。

桜の季節は最高ですが、春は雨が多いですからね。

雨に降られたらあの山はキツイ。

しかし今年に限っての今頃はなぜか晴れ間が多いような・・・

 

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2020年

4月

08日

阿弥陀如来坐像摩崖仏の仏谷へ

日本に未だ感染の超爆発に至らない件、世界では摩訶不思議に思っているようです。

色々な説が飛び交ってどれもこれも一理あるとは思っていますがこれも「なるほど」と思ったのが日本独特の「畳文化」。

要は「靴を脱ぐ」ということです。

当たり前の事ですが玄関で靴を脱いでから居間に入って寛ぎ、食事をとるということですが、その件も感染を抑えるに大きい習慣といいます。

 

要は靴周辺に着いたであろうウィルスを家庭内に持ち込みにくくしているということが畳文化ということですね。

以前といえば履物と言えば草鞋。

屋敷に上がるには水を張った盥を持ち出して足の汚れを洗ってから座敷に上がったものでした。

 

昨日は外遊びにアルコール消毒液を持参することを記しましたが一言追加いたします。

車で目的地に向かっても手洗いと食事はとりますがその件が一番怖いところです。

よってその容器ごと持って出るというのがそれですが、その消毒液の出番は手指の消毒だけではありません。

車に乗る前に足元と靴、靴裏にも噴霧します。

そうしないと付着したウィルスを車内に持ち込んでしまい、もしそれが閉鎖的空間の車内で浮遊したとしたらまずアウトですから。

 

とにかく目に見えない敵と戦っている最中です。こちらも色々作戦を考えて行動しなくてはなりませんね。

私はどうしても法要に出なくてはなりません(不特定多数の密閉空間での読経)ので「その時はしょうがない」という身ですができるだけ「できることはやる」というつもりです。

ただし籠りっきりなどはご協力できません。

 

昨晩夜7時からはBS「にっぽん縦断 こころ旅」に。

お隣の愛知県でした。

三河湾の篠島へ自転車とともにフェリーで向かうというものでしたが、途中立ち寄った店の鉄板あつあつナポリタンは美味そうでした。名古屋圏特有のものですね。

来週からは静岡県に移動しますので少し楽しみです。

また4月11日(土)よる9時「柳生一族の陰謀」も今気合を入れて視聴を待つ番組。

大河ドラマ「麒麟~」の「松永久秀が柳生宗矩」というキャストです。

 

私の「こころの故郷」など格好良く言わせていただければ「南山城、当尾」ですが昨日記した「半径1㎞」に人は居ないだろうと思わせる場所といえばそちらでも特に人家が見えない山谷です。

今年5月のお寺の遠足はこちら当尾の野山を歩くというものでしたがそれは既に中止としています。

 

一昨日、相良から真っ先に向ったのは当尾の大門仏谷と呼ばれる場所でした。ただしこちらは遠足のコースには入れていません。

岩船寺から「わらい仏」経由浄瑠璃寺のコースでクタクタになっている皆さんをこちらの谷まで引き回すのは気の毒ですからね。時間があれば顔色を見て案内したいとは思いますが。

 

一昨日の一番の目標は少々の人出は覚悟しながら「人気の桜 この一本」を見ての日帰りの行脚でしたが、まずはこちらの阿弥陀さんを奥方に紹介しその下でウグイスの声を聞こうという企画です。

 

大門仏谷石仏は以前ブログでも記しています。

その際は「川はない」ようなことを記しましたが谷あいとなっていてほんの小さな川が流れ全体は湿地帯です。

また、前回ブログの標識の通り製作年代については不詳で推測となりますが、そちらでは鎌倉初期になっていました。

 

しかし、川勝政太郎氏による書物では平安末期との評価。

当尾では最も古い摩崖仏となりますが、

①幅のある円い仏顔②肩が盛り上がって首が埋まるような豊満な仏身がその特徴といいます。

 

二重光背形に裳懸座の上に坐する半肉彫りで印の結び方は定印の如くですがよく見ればちょっと違う・・・

いずれにせよ約2.6mの大きさは圧巻です。

 

仏師大工の名も施主の名も伝わっていませんが、1200年以上経ってもその「仕事」が評価される事は凄いことだと思います。

口だけ名ばかりの人が出だしたらそれは世紀末なのでしょう。

この阿弥陀如来の前でもただ私は「まぁいろいろたのむ」と合掌。それは「また次に来させていただくこと」が主眼ですが・・・。

とにもかくにもこの大きな自然に包まれて

「たのむ一念の時 往生一定御たすけ治定と存じ このうへの称名は 御恩報謝とよろこびまうし候」(改悔文)の通り。

 

「加茂青少年山の家」近くに車を置いて⑨の道を進みます。

そのまま車で行こうと思えば行けますが停める場所ナシ。すれ違いもできず。

そして道を真っ直ぐ進めば東小墓地方向(その手前の石仏群)になります。

 

⑩画像左に下り100mも歩けば左側に摩崖仏が見えて来ます。

実はこちらには畑があって耕作者、所有者がいらっしゃるということですので人が全く居ないということではありません。

 

①②は午後の青空の下、その日の最終目的地周辺からの図。

仏谷はまだ陽が低くて肌寒さが際立ちました。

 

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2020年

4月

07日

隔絶した秘密の場所 とにかく医療関係者に敬礼

いよいよ「なんたら・・・宣言」だそう。

重い重い腰をあげてのいやいやの愚図愚図でしたが、ここまで社会がぶっ壊れてのそれ・・・皆さん冷笑しているのでは。

静岡県は入っていませんでしたが。

 

「外に出歩かないこと」「次は自分である」というのはわかっていても人は理由を付けてなんとか自由に行動しようとしますが、それは当たり前です。

ずっと籠りっきりなどできるワケもなく。

だいたい不健康そのものです。外出制限も人を精神的にオカしくすることは重大事案ですよ。

 

私のその籠らない理由とは「人混みではない」「昼間」「開放的空間」ならば・・・です。

浅薄な毒舌でしょうがその条件が重なればウィルスに感染する理由が見当たりませんね。外の陽光下では紫外線の力もあってウィルスの感染はナイに決まってる・・・の判断です。

境内に居たとしてもたくさんのお参りの方と雑談すればその「おそれ」は大きくなりますし。

 

「人との接触を8割減らせ」ということですが自然世界には100%人々と隔絶できる場所はまたぞろありますからね。

そこへは自動車での移動ができる人に限りますが。

 

ということで昨日月曜日はお寺は完全休業。

閉じこもるでなく夫婦で朝早くから飛び出しました。

 

「家にずっといることが肝心」とか「協力ください」の体のいい事を言っていますがそもそものこの蔓延の引き金は遅々としてやることをしてこなかったあの人たちのツケですからね。

まぁ自分が苦しい思いをするのは真っ平御免ですし蔓延の手助けをすることはできませんので十分なケアはしなくてはなりません。

外に出れば食事と手洗いの場が一番の危険エリアとなりますが、山の中以外は消毒液を持っての行動でした。

 

そして、齢を重ねて春の桜に対する「美しい」と単純に思う気持ちはいよいよ増幅し、以前の「春と言えば梅」が完全に逆転してしまいました。

もっとも梅の時期といえば「春」とは言っても極寒時期であってこの時期の桜満開の「温暖さ」とはケタ違いに心身ともオープンな気持ちにさせてくれます。

 

梅が日本的に奥深いほんのりした初春の味わいでしたら桜満開は本格的始動のイメージですからね。

ところが最近の自粛ムードはその花を楽しむこともタブーの錯覚。まぁその要点は「人混みとどんちゃん騒ぎ」禁忌の件だと思うのですがね。

 

今、自然社会は桜が大いに自己主張(生命の息吹)しているところですが「桜はまた来年に」のキレイごとは癪に障ります。

仏教的思考でいえば「来年の今頃ってあなた生きてるつもり?」

・・・それって結構傲慢な思考なのです。

いつもいつも「これが最期」(一期一会)のつもりで今を生かされていることを考えなくてはね。

 

自然の動きは着々です④。

③は半径1㎞に人は居ないような場所ですが、私たちより先に2種類のどなたか、この辺りの主の存在を。

その水飲み場にやってきたと思うその足跡です。

人間は動物たちにも感染させるようですが・・・

 

①②は閉店している店の看板に何故か集合の図。

外に出ればこのような不思議な光景に出会えるかもしれません。

 

防備を怠らず外に飛び出しましょう。

何より医療に従事する皆さんのご苦労、本当にありがとうございます。

 

それにしても指定された区域の葬儀、法要の開催について今後どうなるものか見物です。勿論当地も私どもも。

 

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2020年

4月

06日

岩船墓地の埋め墓と受取り地蔵 詣り墓は自宅に

東京都の最高記録更新。昨日1日で感染者は142名。

私事、法要は私1件、横浜の息子は2件。

その開催の場は閉鎖的空間での「集まり」ですがこの期に及んで「できません」などとはこちらから切り出せませんからね。

何事も「できない」と一言で返せない性分ながらさすがにこればっかりはどうしても今一番に怖い。

まぁそれはできないことばかりの中せめて日頃の希望、モットーとしてあるだけですからカラ元気のようなものですから。

 

本堂の空間は天井が高いので少しはマシですが、薄ら寒い風も通る中、障子を2か所開けかつ、お隣りとの距離を置いての着座でした。ただしストーブは点けました。

そして当然ながら「人数を絞って」(施主)の開催だったとのこと。

 

お国の方でも色々なケースで「これはダメ」といった指示をしっかり出してくれれば何事もやりやすいのですが、すべてにおいて「自己責任(自粛)でどーぞ・・・」ですからね。

その語ほど「責任逃れ」が匂うものはありません。

何を考えているか常人の想像及ばぬ「マスク大臣」の周囲に、非常事態宣言の「出せ」「出さない」の不毛の問答はいい加減「つきあっていられない」というのが本音。

誠にもってバカバカしいことです。

時間の浪費・・・というか人生そのものをムダ使いさせられているような気がして・・・

 

昨日のEテレ「心の時代」。

国立がん研究センター元総長という方のお話を聞きました。

最愛の妻に先立たれ精神と肉体のボロボロ、疲弊からの立ち直りとそれからの希望についてお話しされていました。

 

当家でも時として「どっちが先か」問答・・・になりますが、「次は私だ」とそれぞれが言い張って話はそれでおしまい。

そんな時間が保てることがまさに「安養界(安楽の浄土)に至りて妙果」・・・「幸せ」なのでしょう(「至安養界証妙果」~正信偈) 

いつかはどちらかがそれを体現することになるのですが、どちらにせよあとのことは「まかせる」以外ありません。

昨日の私のお話は「楽」とは「まかせる」などと持論を。

 

さて、岩船墓地の六地蔵の先には埋め墓+受取地蔵の形態の墓地があります。

地蔵大小2体というカタチは近年のアドリブかもしれませんが、棺を置く台は取ってつけた感はありません。たとえばこれまでどういった活躍があったのだろうか・・・などと森の中で想像を膨らませる私がいます。

また、葬列はどんなものだったろうか・・・などなど。

 

詣り墓はどちら・・・と思うところですがコレは特に墓地に無くてもいいのです。

墓地の一番デカい石塔の類にそれを思いますが埋め墓に近くなくても構わないわけで。

ということでその「詣り墓」を何処に設けるか・・・といえば最近は専ら「自宅」なのですね。

 

生活の場の面前、庭などに石塔を建てるなどしてお詣りするという形式になるようですが、その発展形が当流で言えばお内仏なのでしょうね。

要は仏壇へ・・・ということになります。

 

当牧之原周辺は以前ですと自宅の庭に直接遺骨を納めた墓を建てることも散見さられていました。

当尾から奈良にかけてのそれら風習はピンと来ないところがあるかも知れませんね。

ただし日本の仏教文化の中心地域の思想でした。

 

 

 

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2020年

4月

05日

岩船墓地の笠付石龕六地蔵 岩船寺口三差路

昨日の東京は118人とついに三桁の大台です(全国で367人)。

まだグラフは上を向き続いていますね。

昨晩のEテレ「パンデミック」緊急対談からの声、「日本人は想像力不足」(最悪のことを想定しての最高の防御ができない・・・)

に納得。

スペイン風邪など「パンデミックの歴史(ただし歴史的には人間とウィルスとの闘いはそう古くない・・・)」からの切り口でした。

パンデミック「100年が1回が10年に1回」の頻度アップについて人間の無秩序な経済活動(開発発展・・・文明化)を起因としていることも示唆していました

文明というものに付いて回るのがウイルスとも。

 

投げかけられた2つの選択「国家による統制か自己コントロール」 ②「国家主義による孤立かグローバルな連帯か・・・」

難題の壁に当たりましたが・・・正解はまだ先。

つまるところキレイ事と言われるかも知れませんが「自由と連帯」に決まっていますがね。

 

「外に出歩かないこと」「次は自分である」ことを皆が思えばウイルスに勝てるのはわかっているのですが・・・。

 

本日も当月中旬開催予定の法事について開催確認の電話がありましたが、一応はお斎の席は辞退させていただきました。

最後に「その時、私がどうなっているかもわかりません」と。

 

それにしてもドカーンではなくてジワジワの増加、倍々にならないところは不思議です。

増加がピタリと止まって振幅が無くなってくれればあとは下降線が望めるのですがこのジワジワがもしかして「終息も近い」の希望からくる判断の遅滞を招くこと、それは恐ろしいこと。

 

昨日は11時から奥方と本堂にて「春の法要」のお勤め。

檀家さんには「中止」の回覧を出していますので参加者はナシ。それにしても外のお天気ときたら穏やかな晴れ渡る空気に包まれて、開催していたとしたらさぞかし寺楽市も盛況だったろうと悔しくもありました。まぁこういうこともあらぁな・・・

 

境内では一昨日には本堂南側の足場を完全撤去していましたが工事に伴った小物の片づけとハイビスカスたちの整理。

これも奥方と二人で。

テレビでは「コロナ離婚」とかの新語が。

旦那が家にいるストレスから奥方が切れてしまうという現象があるようですが、当家の奥方は

「そんじゃあ、あたしはどうなるんだ」と苦虫を潰したような顔をしていました。

 

寺の坊守の仕事は供花(生け花)仏供と打ち敷・・・だけではありません。

植木屋、土木、塗装工、トビにコンクリ工事に各解体処理等「なんでも屋」の補助です。だから大事。

「ありがとう 〇〇〇」(まんぷく 長谷川博己風に)ですが息子にもそんな嫁さん来てくれるかな? 阿弥陀さん・・・

 

墓参の方たちとお互い距離を置いての雑談がしばしありましたがある方の息子さんが出張で中米の某所に向かったという件。このご時節かなり無茶な話と思いました。

あちらの国に行っても14日間の「ホテル留め置き」の処置がまずあるそうです。

 

先日は名古屋からの法事出席の方が新幹線ガラガラについて仰っていましたが、その航空機は200人乗りにもかかわらずお客は5~6人だったと。

乗員の方が多く、航空会社は名実ともに「あがったり」でしょう。

弱小旅行会社のみならずそれでは大手であってもアップアップでは・・・

 

オリンピック開催の動向と経済の停滞を気にするあまりの後手後手の躰はあとから糾弾してやらなくてはならないところですが今は医療崩壊を止めることに力点を置かなくてはならないのでしょうね。

 

昨日も医師の感染多数発生のニュースがありました。

ベッド不足、医療従事者のマスク等防御対策の不備は勿論の事「医師」の健康の確保は「最第一」。医師たちが伏してしまったら誰が診てくれるのでしょう。

まず医者と医療従事者に向かえ・・・です。

優先順位の一番ということですが、あのグラフがどこまで上り詰めれば気が付くのでしょうかねぇ。エライ人達は・・・

国民の思うところとこれほどのギャップがあるとは思いもしませんでした。

 

拙ブログで「止めるのは学校ではなくて山手線」と記したのが

3月2日。その直後に春の法要と寺楽市、そして5月のバス遠足までも中止の結論を出したワケですが、タラレバ失礼、少なくとも今から1か月前に1週間でも「都内の移動をストップしよう」と電車を止めなくても「できる限り動くな」の要請を出していれば今のような状況にはなかったのでは・・・

経済界からは反発が起こって後ろ髪を引かれるのでしょうが、そこを決めることができるかどうかが決定権者の役廻り。

 

目先の損失に気を取られ、判断の遅れから大きな損失を招く・・・この件、「はやくはやく」であってウィルス対策では当たり前の事。

「大丈夫(だろう)」のフレーズ、以前から適宜記していますがその語は私の大嫌いな言葉です(→ 高を括る 仏法のことははやくはやく)。 

その気持ちが少しでも心に浮かんだら・・・「痛い目に合う」という経験則からきているのですが・・・。

 

昨日の岩船寺墓地の続き。

石龕双仏の笠を記してきましたが、その墓地の道にお出迎えされるのが六地蔵の石龕です。

勿論大きな笠がありますし当然ながら「六仏」ということになります。すべて地蔵ですがね。

特に真宗以外のお寺の門の内外によくお目見えする六地蔵のパターンでもあります。

 

ただし石龕六体地蔵は標識にある如く珍しく古式。鎌倉期と伝わるようです。

また大きさも1m超えと立派で寄棟の笠、軒の反り具合も見ものです。

昨日記した岩寺歴代の墓地のスグ近くの道道端にさりげなくあります。

 

尚、画像⑥は浄瑠璃寺からT字路手前の標識。⑦T字路左が加茂駅方面⑧、いわゆる当尾の「辻」方向となります。

結構に道は狭いです。右が岩船寺。

このT字路を右折して少々、公民館の裏手に⑨の地蔵の案内板が見えます。

 

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2020年

4月

04日

岩船寺墓地 歴代墓 笠つき石龕仏 ミニ

昨日の東京の新規感染者は89名。

ここから減っていけばいいのですが全国では3日で1000人(昨日は333人)も増えていますからね。

 

情報公開にしろすべてが後手後手になっているのはやはり危機意識がナイ、浮世離れの一言に尽きます。

今回の「アベノマスク」とやらの処断もだれかに知恵を付けられてからのスバラシイご発案だったようですが、この件でこれまでのすべて色々がそんな感じの「裸の王様」的発想だったのかとがっかりもかなりの域に到達。

改めて政治の低レベルを見せつけられたわけですが要は「できる」はずなのに失敗と汚名(昨日の「泥」)を恐れて日和見となる傾向です。

 

それでいてお頭の中は短絡。

回路がショートしているというか経験少ないのか無知なのか国民の殆どの人が思うことは「バカ」・・・。

 

たとえばマスク不足の件では転売の違法化について決めることも遅くてまた決めてからの猶予も期間がありすぎでした。

転売不届き者へのペナルティもなく見せしめがナイのでその手の連中は懲りないですね。

手を変え品を変えまた社会の足を引っ張りますからね。

形式的でも「罰」は作っておかないと・・・

人間は「懲りない」生き物。他の動物と違います。

数度の学習、小知恵をつけて「アレンジ」しますからよりタチが悪いのです。

 

宗旨的にいってそこに「気づき」と反省があればベストなのですが、ソーリ殿はそういったこと含めてすべてに「気づき」がナイ。反省の弁など絶対に口から出ませんね。

泥かぶり御免の戦隊ヒーローでなくてはいけないようですが我々はそんなものを望んでいません。

 

そして、問答無用の政府によるマスク買い上げ、配給などの完全管理などは理由を付けての「できない」の一点張り。

台湾などできているではないですか・・・

 

今回それこそ「私の責任」と胸を張ってやるべきでした。

そして未だマスクが出回らない理由を追求して欲しいものです。

「あなたがたのうちのだれかがガメって、稼いでいるのでは?」

などと下衆の勘繰りをしてしいます。

ただの被害妄想ではないような。

 

そして発症者の感染起因の探求。

「わからない」「しらない」人ばかり(感染経路不明)が増えているのは「黙秘」なのでしょうね。蔓延もここまでくると仕方ないのかも知れませんが。

 

どこで感染したかの心当たりですが「発症者当人の希望で」もあって公開されません。

それが公開でるかできないかでは、社会の対応に関わってきますし「本当の事」が知りたいのです。

ところがそれは秘密にされてしまうのですね。

 

夜の遊興等、いかがわしい店(なんば花月風に)での感染の疑いがあったとしたら・・・「どこで・・・」と聞かれても「わからない」と返答するでしょう。お店の御常連でしたらお店にも迷惑がかかりますからね。

それが感染ルート調査の限界。

 

プライバシー、個人情報の壁とはいいますが、そういった最低限の情報を隠すことに刑事罰をちらつかせるなどして周知させなくてはならないレベルでしょう。

「わかりません」「知りません」「言いたくない」で済ませていいのでしょうかね。

こういった件は強制力と「嘘がバレたら」のペナルティを設けることは必要だったのでは。

 

政治もノー天気なら国民も同じ。少しくらい時限的強制力があったとしても協調はできますね。「自粛」というものはそもそも人間は苦手なのです。

とはいいながら、当流宗旨に戒めと強制はナイのでした。

よって私に愚痴は言えても説得力まったくナシ。

 

て、昨日は笠ありの石龕仏について記しましたが、岩船寺墓地といわれる森の中、突き当りの土葬墓の手前に岩船寺歴代の墓地があります。

新装の五輪塔が目に入りますがその裏側に小粒ながら古式石塔の面々が集合しています。

手前側の石龕双仏の上に辛うじて笠が載っています。

この形式は軸部と笠のパーツに分かれますので往々にしてバラバラになってしまうもの。

よって軸部で笠が無くともかつてはそれがペアであって今は失っているのかもしれない・・・と。

石龕双仏の後ろに控える五輪塔レリーフもなかなか素敵です。

 

この道の各所見やれば、墓塔パーツがゴロゴロと転がっています(場所はこちら)。

浄瑠璃寺から岩船寺に向かい、岩船寺手前の岩船寺口T字路を右折したところに公民館がありますが、その裏の道を行きます。

距離は200m程度でしょうか。

 

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2020年

4月

03日

泥を被るのは・・・明徳の別所石龕仏 地蔵+阿弥陀双仏

昨日も東京は感染者97名の新記録更新。

遂に東京の私の友人のその友人に「陽性反応が出た」との報せ。

数字が上がれば当然に確率から言ってそろそろどちらかからその手の件が出るかとは思っていましたが、いよいよ「包囲網狭まる」の感。

イタリアやスペインだと1日の死亡者数はそれにゼロを1つ加えたような強烈な数字ですからまだマシなのでしょうが。

日本もそれを追いかけるとは・・・考えたくありません。

 

「マスク6億枚!!」も「1日8000件の検査対応!!」のアナウンスも結局は実現に至らぬ様子を見せつけられて、これはやはり根拠レスの適当な数字を掲げての「その場しのぎ「と評するべきなのでしょうね。

文句はいえません、悲しきかな私たちが「選択」した連中ですから。まぁせめて愚痴だけでも・・・

 

酷いものです。

病気なのか病気に罹っていないのかを判定する検査数について「日本はドイツの1/17」というニュースがありました。

 

検査を少なくさせたのは五輪開催のためのご体裁というのは当に承知しています。

延期か決まってガッツポーズを皆さんでされて安堵の雄たけびをあげていたそう。

願いが成就されたのですからいつまでも意固地にならず検査数を上げて欲しいですね。

装置も検査薬の技術も輸出国である日本にそれが「できない」という理由は浮かんで来ません。やらないだけ。

 

ちなみにその「日本はドイツの1/17」ニュースの記事から。

「実際のPCR検査の数は1日6000件ではなくて2000件を超えたことはなし。29日時点で合計5万4千件。そしてドイツは15日時点で16万7千件に達していた。」とのこと。

 

その判定で出た数字こそがすべての対応の根拠となるのですがね。

正確な市中感染者数が把握できないでいてそれでも何かしなくては・・・という発想から「マスク2枚漏れなくお届け」といった付け焼刃以下の冗談の如く発想が浮かぶのでしょう。

国民の命を守ることは「検査数」以外何物でもありません。

あのインフル薬を発症7日以内に処方できれば治癒率は格段に上がるようです。

判定ができなければ処方はできないのですから。

 

ところがあいかわらずPCR検査の正確性は低いだとか、患者が増えて病院がパンクする・・・等言ってそのスジの「やらない」ことの正当性を後押しするような弁もありますが、それは詭弁です。

判断がまず第一、「家に居ろ」の支持も投薬のタイミングもまずそれが判断材料でしょうに。

 

さて、奈良市内から県道186号線(福住矢田原)福住インター方向に向かいインター手前の下入田「笠阿弥陀石仏」について先日記しましたがこの道路上少々奈良市内寄りの三差路に大きめの花崗岩製石龕仏双仏があります(場所はこちら)。

ちなみにその三差路の直進が福住インター、左折するとゴルフ場になります。

ただ車を走らせているだけで気が付くくらいアピールしていますのでスグにわかります。

 

地元では古くから「泥かけ地蔵」と呼んでいるようで、安産祈願で「泥をかけた」という風習があったようです。

向かって右側に来迎相の阿弥陀と左に錫杖と宝珠パターンの地蔵二体で、当尾千日墓地などでも見たタイプです。

 

人がどうにもならないはずの四苦(生老病死)のうちの2題「生」と「病」の件を阿弥陀と地蔵に泥を被ってもらって何とかそれを「私が」成就したいという風習です。

人間界はといえば逆にエライ人に限って泥を被ることを嫌がります。

次は「仏」の心の人を選ばなくてはね。

 

寄棟造の笠があります。笠の存在は先日の阿弥陀石仏と同様ですがどちらもそれが残存しているということは経年の移動やら損傷から免れているということで案外貴重なもの。

他所、笠ナシのものが散見できます。

判読できませんでしたが、軸部両側に

 「明徳元年~1390~(庚)午卯月十一日 奉造立之 

         右為ニ親(聖)霊也 (孫次郎)敬白」 と

 

元号(北朝)の「明徳」の出典は『礼記』の「在明明徳」から。

「大学之道、在明明徳、在親民、在止於至善」

今の政は「不明明徳、不親民、不止於至善」。

 

左脇に板碑風角塔婆が「刺さって」いますがこの石仏と同等以上に古いかも知れません。下の部分がどうなっているのか興味がありますが、引き抜くわけにもいかず合掌して失礼しました。

 

 

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2020年

4月

02日

一乗谷南側「上城戸」は突破しやすそう

昨日はこれまでの最高、全国で261人の新たな感染者が出ました。ピークはまだまだ先なのでしょうね。

アメリカのトランプのコメントも必死さを漂わせるようになりました。ロシアもまた同様。まさに地球規模の窮地に至る感。

そしてアメリカの航空母艦(二艦)からの患者発生の報がありました。艦内は閉鎖的空間で先般のクルーズ船と同様の環境でしょう。

結果はまぁ推測できますね。

全乗員退避させろの声が上がっているようです。

 

思えばこれほど効果的なテロ攻撃の素材はないということ。

どちらもウィルス対策、まずは俊敏な国内閉鎖を心掛けないとミサイル1つ2つ撃ち込まれた以上の被害を被ることがわかったというわけで。

わが国で言えば「その手(ミサイル)の防衛こそ」の大枚つぎ込んで・・・の勇ましいお話が闊歩していましたが、何のことはない、目に見えないミクロの世界からの使者に国家崩壊の危機に至る様を見せつけられているのですから。

 

これからバイオ産業と医療、人材育成の方へより多くのお金を注ぎ込まなくてはイケませんね。そちらの方が平和的でいい。

人々の健康に直接かかわりますし一石三鳥(平和的対策・的を射た防御・人々の健康)の考え方ともいえましょう。

 

地球からどれくらいの人類が消えるのか・・・数年後にその数字が掴めるのでしょうが・・・。

誰だよ、重篤で死に至るのは「持病を抱えた年寄りだけ」(だから普通に振る舞え)と言ったバカ者は。

世界中で子供・若者が亡くなってますよ。

 

やります、検討します、未だかつてないスゴイこと・・・とソーリ殿が仰っていましたが昨日はそのスバらしい発表がありました。

満を持して・・・出た「布マスク2枚、漏れなくお届け」だそう。

ホントに凄かった・・・

 

「これだ」という具合にご当人が装着した姿を見やれば大昔、不良の小僧が着けていたタイプのよう。

やっぱあの人はアホでした。

それに気遣い忖度している連中は哀れですね。

気づいて欲しいですよ。気の毒なのは国民です。

 

 

雨降りの昨日は奥方と食料品の買い出しです。

以前も記しましたが雨や湿度はウィルスの活動を鈍くすると信じての行動です。

そして感染は夜間の密室空間多しという御説も信じます。

昼間ならば雨でも紫外線は降り注いでいるはずですし。

そこで天井の高そうな大型SCまで足を伸ばしました。比較的空いていましたので絶妙。

日々感染者数は増えつつありますが静岡人はのんびりです。

 

気の小さい私は使用後アルコール消毒をして使いまわしているマスクを装着した上にネックウォーマーを口鼻にあげ、かつ

パーカーのフードを被り市販のウィルスやPM2.5を抑制するバリアスプレーを顔と髪に吹きかけてもらってからの入店。

 

半分、面白がってのスタイルでしたが奥方が撮ったその風体については「どこかの国の人・・・」(息子)と「テロリストの如く怪しさ」(墓道氏)を醸し出しているようでしたが、私としてはそもそも人目など気にしませんのでこれでOK。ガード性は満点です。

 

勿論それと同等のいで立ちの人は皆無、マスク姿は目立ちましたが1/4くらいはノーガードだったような。

そしてどちらにおいても他人様が近づいてこられたら空間同一を避けるようにして俊敏に動きました。

 

また、一番に気にかけていたことでいつかは出ると覚悟はしていた葬儀式での感染報告があがってきたこと。

そちらで坊さんからの陽性が出たかは不明ですが、もし法事でそういった事が判明した時点で陰性陽性かかわらず即自宅待機となりましょう。

惚けて法事に出席したとしたらそれはほとんど犯罪行為ですからね。

 

ちなみに拙寺で言うと一昨日、昨日と予定されていた法事(昨日は四十九日)のキャンセルが続けて入りました。

昨日の御門徒様は「住職の意見を聞いて決めたい」ということでした。

勿論私は「中止の判断はご英断」であると即答しました。

忌日のシバリについては当流にそのこだわりはないことも。

ただしお斎の予約がされていましたのでそちらもキャンセルとなっています。飲食店は最悪の状況ですがそれも致し方なし。

 

それにしても国会などはパチンコ屋同等の集団密集の場、一人出たらあっという間でしょうね。どうなるものか興味深く拝見させていただきます。

 

さて、先日は一乗谷の下城戸について記しました。

そちらは私どもがそちらに向かうに当たっては毎度の「正面玄関」となるわけですが実際の「大手門」的な方向は南面、いわゆる「上城戸」が正面という説が有力です。

京を意識し将軍を迎えるとなればそれは当然のことかも知れません(場所はこちら)。

 

こちら「上城戸」は下城戸に比べて開口部が広く、残存遺構はストレートな土塁状となっています(高さ約5m、幅13m、長さ105mの土塁+堀の掻揚)。

この上城戸から下城戸の間が「城戸ノ内」であって朝倉家代々と一族の居館に家臣団屋敷、商工業者家屋に寺院に墓地といわゆる「城下町」を形成していました。

 

ただしこのストレートは防御性からすると一見の威圧感はあってもまったくもって実践的に「なっていない」感。

守りに人数を割かなくてはなりませんし大軍勢に対しては成すすべはないに等しいでしょうね。

南側に湿地帯を設けるなどのイメージはわきますが如何にも直線的な土塁は脆弱。

攻め手からすれば左右山裾からの侵入を図るのでは・・・

 

⑥は上城戸土塁から北側を⑦が南側。

⑧は下城戸。

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2020年

4月

01日

「歳月人を待たず」陶淵明と善導の「日中無常偈」

昨日の感染者は東京の78人のブッちぎり(3/31増加数は全国200人 大阪28 静岡3)の数字は圧巻。新記録でした。

以前東京の数字が「80人」にのせたあたりが「医療崩壊のライン」・・・などとどなたかが仰っていましたがこのペースだとその80どころか三桁も明日当たりに・・・という勢いです。

隠れていたというか隠していたというか「よくもまぁ」と呆れるばかりではありますが東京の崩壊については気がかりでもあります。何より人命にかかわりますからね。

 

「外出禁止」になれば定期通院のある独り暮らしのお年寄りなどどうやって生活すればいいのですかね。

勿論、東京くらいの都市にあってはその辺りの件、完ぺきな対応を用意されていることでしょう。期待していますよ。

宅配便も止まったとしたら補給もできませんからね。

 

「PCR検査はやらない」(厚生省大坪氏)理由、そのバックボーンはオリンピック開催の体裁(官邸)であって、その延期が決まった途端に検査を一気に増やしたとすればその魂胆はもろバレです。

よってそれが検査数を大きく増やせない理由なのでは・・・などと考えてしまいます。

今それを完全に行ったとしたら・・・どのような数字が出るのでしょう。きっと病院はパンクしますね。

 

昨晩海外からの報道がありました。

「東京五輪組織委員会理事を務める広告代理店電通元専務の高橋治之氏が、五輪招致を巡り招致委員会から約9億円相当の資金を受け取り、国際オリンピック委員会(IOC)委員らにロビー活動を行っていた」です。

なるほど・・・どこまでえげつないのでしょう。

海外からは勿論その誘致のインチキについての指摘がぶり返すでしょうね。

セレブレイト・・・フォーチュネイト・・・とラップの韻踏みではありませんが「それで本当によかったの?」と思うところです。

 

検査についてどこの国でもやっていることが「できない」理由は「それ(隠し事がある)しかない」という結論に至ります。

それは感染者数の隠蔽ということになりますが、もしその意であったとすればこれから東京の感染者、いや首都圏も含めて「大爆発」となるやも知れず。

振り返れば「大丈夫終息するから」の楽観が大手を振っていた「時間」があったことは確かでした。

 

昨日も記しましたように今は崖っぷち。悠長に「検討」している時間などありません。

 

そしてさらに「このパンデミックの終息に数年かかるかも・・・」とのWHOの方の意見がありましたがそうだとしたら1年延期の画策はじめ何から何までオリンピックの件は徒労に終わるということです。

お調子者が揃った人類に自然界からの「しっぺ返しが来た」とそれこそ常套句となった「真摯に」の通り「粛々と」受け入れる時なのかも知れません。

何事も早いところ「手を引いた者勝ち」か・・・痛みが少ないうちに。

 

やはり今、直近防衛策としてはせめて2週間分の食料くらいは買い溜めておくのも一手でしょう。既にそんなレベルかもね。

奥方は神川県内在住の母と息子に「当面の食糧確保は必然である」の如く連絡していました。

 

さて、昨日の夜、たまたまNHKのラジオから陶淵明(365-427)の「雑詩」「歳月人を待たず」の詩が聞こえてきました。

その詩の冒頭の部分から当流お馴染み七高僧の一人善導さんの「日中無常偈」を連想しましたが、善導さんは613-681の人と言われていますので陶淵明の方が大先輩。

 

まず日本人にはその詩の最後に記された「歳月人を待たず」はあまりにも人口に膾炙していますから特に著名です。

 

人生無根蒂 飄如陌上塵 分散逐風轉 此已非常身

落地爲兄弟 何必骨肉親 得歡當作樂 斗酒聚比鄰

盛年不重來 一日難再晨 及時當勉勵 歳月不待人

 

一番に善導さんが無常偈にとり入れたのでは・・・?と思うところが冒頭の「人生無根蒂」。

要は「根なし」で「足元」がしっかりせずにフラフラの躰の件から始まり「歳月不待人」と閉める詩ですが「無常」溢れる人生観。

そして「だからこうすべき」の部分は「若い時など二度とこないのだから酒を飲んで騒ごう」ということのような・・・。

 

あたかも(ウィルスが蔓延しようが)「若い連中は飲み屋に大勢で繰り出して楽しく酒を飲もう」の如くではありますが、「歳月不待人」の直前の「及時當勉勵」に着目しなくてはなりません。「時に及びまさに勉励すべし」の「時に」は「時機」。

闇雲ではなかったはず。

年がら年中酒飲んでバカ騒ぎをしろなどとは言っていませんね。

 

やはりそのものズバリ今は「歳月不待人」なのです。

ヤバいですこの時間も。

尚、詩の解釈はネット上に溢れています。

 

画像は①は「舞鶴」。

②は本堂裏のヤマザクラ数輪開花の図。東京ソメイヨシノに比べて開花は遅かったです。その奥に先日「そろそろ撤去」と記した足場が見えますが、少々気になる手直し箇所がありますので、そいつをやっつけてから・・・という段取りとなりました。

③は本堂経机の「日没無常偈」を記した紙片。オリジナルの音符が記してあります。

「至心懴悔」「日没無常偈」も時に単独で勝手に詠ませていただいています。

 

私の法要のバリエーション、趣味的に挿入するもので、当流大谷派の形式からは逸脱している向きがあります。

正統派の息子からすれば邪道と酷評されますが、私は「まぁいいじゃねぇか」と意味不明の開き直り。

おそらく彼はこの「音符」の紙切れは継承しないでしょうね。

私は法要とはいいますが「独演会、寺コンサート」のつもりで下手クソなりの絶唱を試みます。漫然とパターン化した法事はイヤですからね。

 

 

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2020年

3月

31日

若狭(鯖)街道 朽木の手前の崖っ淵 信長の隠れ岩

未知との遭遇にあって人々はどちらでも井戸端会議風「論壇」花盛りの様です。静岡の感染者は一気に4名増えて8人。

いよいよ庫裏へこもりっきりになってその「井戸端」でさえ参加したくなくなります。

 

先日のウィルス罹患初期症状の「味覚と嗅覚が無くなる」の件は素人の一つの判断指標となりました。

これはかなり信ぴょう性が高いのでは・・・各方面からその情報は上がっています。

 

また、最近になって囁かれ出した~まだ「噂」程度のものではありますが~「BCG接種をしている国の感染者数は少ない」→「BCGが新型コロナウィルスに有効」という件、面白いところです。私ども日本にはその予防接種を取り入れていますので「へぇ~」と少しばかりうれしくなりましたね。

日本において比較的発症者が少ないというところ、各国で「不思議」の声が上がっています・・・ひょっとしてそれか・・・とも。

 

今のところ半分「眉に唾」程度と思いますが、実際に感染者に対する死亡者の割合を見るとBCG接種を取り入れている国とそうでない国との比較では歴然の違いがあります。

日本では高齢者の死亡率が高いものがありますがそれは接種が常態化した1951年以前の世代だから・・・という論理も成り立ちます。

ちなみにイタリアとアメリカにはそのシステムが無いようですね。

 

それなら私たちは大丈夫・・・などと言って大手を振って外を出歩く気にはなれませんが・・・。それはまだ確定したおはなしではないということです。

ただし気持ち的には優位性を感じてしまいました。

ということで息子の乳幼児時代の検診手帳を引っ張り出して確認するほどでした。奥方と私においてはそれを接種した記憶がありますからね

 

 

以前ニューヨークの地下鉄でマスク着用の東洋人がただそれだけでブン殴られたというニュースがありましたが、マスク嫌いの欧米人は今、こぞってマスクを取り合っていますね。

 

マスクに完ぺきを求めることはできませんが、それなりの効果は出ているでしょう(効果なしを言う人は多いですが・・・)。

感染の確率は下がるでしょうし、また何より他者に対しては大いに有効でしょう。

 

トランプも自国民にマスク着用を推奨しBCGの効果を検証、もしそれが有効な予防につながるのでしたら大至急それを国民に接種させた方がいいのでは・・・。

今一部の国の機関ではその検証に入っていると聞きます。

 

どちらのエライ人たちも一度決めたことを曲げるのがお嫌いです。

特に当国でいうあーでもないこうでもないの「経済対策」のあれこれ決まらないこの時間というものはバカらしく感じますが、結局終いにはやることになるのでは・・・と思う「消費税をゼロ」の件、現状頑なで譲歩する様子は見せていません。早々にオリンピックの日にちだけは決めたようですが。

そっちの方が「心配で心配で・・・」という御仁がいるのでしょうね。

 

これは撤収戦の下手を打つ姿を見ている様です。

要は次のチャレンジを見据えての立て直しという発想が出てこないというわけか・・・。

未練たらたら適格な決断ができないとはまさに愚か。

 

いわば今の日本は崖っぷち。

今後の倒産ラッシュに超絶大不況が見えているのにもかかわらず悠長なものです。

ここはキレイさっぱり消費税をゼロにしてまた出直すというのがよろしいかと。国民の半数はそれを待っているのでは・・・

 

さて、昨日記した鯖街道(若狭街道)朽木は織田信長の金ヶ崎(またはこちら)からの逃走経路としても歴史に登場する場所です。

浅井・朝倉はじめ明智光秀も松永弾正も家康、秀吉も登場する戦いですから比較的登場人物はオールキャスト的。

大河ドラマではさらりとやるかしっかり描くかは微妙なところですが(大抵は一目散に逃げるシーンでおしまい)私は朽木の領主朽木元網をどう描くかも興味があります。

信長が「必死の形相で逃げてお終い」でしたらその演出はないでしょうね。

 

画像は鯖街道国道367号線。

朽木三ツ石信長隠れ岩(場所はこちら)。

急傾斜で荒れた足元、スグそこ・・・とはいえ辿る道をも不明になりつつある場所です。

何よりカメラ片手の登攀はキツいものがあります。両手はあけて軍手の装着が望ましいですね。

もし滑落したら酷いことになりそうですのでここばかりは「自己責任」と記させていただきます。

川の中のあのデカい石を見て「ひょっとして・・・」などとまた山の上を見上げては不気味な思いに襲われもしてきます。

 

私どもからすればここいら辺りで信長が討ち取られていればと考えると以後の余計な戦いによる血は流れずまた、大いに違う歴史があったのかとも思う所ですが、信長のこの撤退の早い決断は彼にとっては大成功だったというわけです。

窮地の判断力は生死にかかわります。

 

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2020年

3月

30日

足利義晴・義輝仮御所 幕府支援者 朽木氏岩神館

東京の医療崩壊が始まりつつあるようです。

私の屋根仕事ではあるまいし滑り出したら止まらない・・・を感じる爆裂の様。

またも感染者数が更新されました。

たれもかれも「自分は大丈夫」の無根拠の「私主義」による行動の結果です。

一番に怪しくて信用がおけない者は「私である」のにね。

 

以前拙ブログにて「止めるのは学校ではなくて山手線」などと書き散らかしましたがそれは3月2日の4週前のこと。

 

これまでくずぐずもたもたの躰を晒していましたがあの段階で東京全体の活動を止めていれば今のような爆発は無かったのでは・・・などと思います。

あたかも「小田原評定」を見ているようで。この期に及んで「検討、検討」のオンパレードでまったくバカみたい。

 

横浜の息子は吹雪の中2件の法事を何とかお勤めできたようです。何とか何とかうまい事やり過ごして欲しいものです。

ちなみに彼にご法話は何だった?と聞けば(Lineです)真面目にも「悪人正機」と返ってきましたので奥方の弁「適当なことをいってんじゃねぇよ」を伝えるとブチ怒っていました(ブチは静岡弁「ひどく」「とても」です)。

彼は一所懸命にやってるようです。

それこそ何事も開き直りの「本願ぼこり」でなく本当の自分を「知ること」ですね。

 

さて、昨日は大河ドラマのお楽しみについて記しましたがやはり大河について。昨日のドラマ内、足利義輝のあの描き方となると三好長慶ほか一統は悪役・・・が推察されて世間様のイメージは悪くなる・・・と危惧した次第。

大河ドラマに三好長慶を・・・を応援する私には分が悪い展開でしょうか。

 

ドラマの展開の中で意外だったのが義輝が逃げ込んだ「朽木」の名が出てきて、番組最後の紹介にもあったこと。

まったくサプライズでした。堅田の名も早くも登場していました。

 

朽木といえば琵琶湖近隣、地区的にいえば高島という括りになりますが、京都と小浜を結ぶ主要な街道の中継点。かといって少しばかり地味な場所。

 

日本海からの新鮮な魚を運ぶ別称「鯖街道」とも呼ばれる戦略的にも重要な道ですね。

先日、高島清水山城について触れましたがそちらの近く琵琶湖に注ぐ安曇川伝いに進めば朽木の地に当たります。

 

この道を京都方面に進めば大原を経て50㎞弱で京都市内、白川通に入りますのでわざわざ「大津辺りまで戻って・・・」などと考える必要はありませんね。東上する際はしばしば京都から大津に出ています。

バカ混みの三条、五条からの京都インター方向を避けてこの比叡山を回り込むようなコースを選択することもありました。

 

この朽木は近江源氏佐々木信綱、高島氏系で「高島七党」の一家とります。

朽木氏岩神館は岩神村の河岸段丘上にあった城塞で佐々木信綱が承久の乱(1221)の戦功によって朽木荘を得て、三男の奏綱(六角氏祖)に守護職を譲った後に朽木に入ったといいます。

元は京都北白川の寂楽寺の寺領だったそうです。

 

城館の位置は当初、朽木村市場付近が通説だったようですが最近の調査から現在の興聖寺が朽木氏城館だったことが分かっています。

江戸中期に佐々木信綱開基の興聖寺が今の位置に移転してきたということです。

本堂裏側の様子はかつての空堀、土塁の遺構を窺うことができます。

 

特に戦国末期は朽木氏の幕府補佐役(12代足利義晴・13代義輝将軍)として名を残しています。

弱体幕府将軍がしばしば近江への逃避行をしていますが、坂本から朽木は毎度の場所。仮御所ということになります。

 

ドラマでは義輝と光秀の接見の場がこの朽木館でしたが、そもそも将軍義輝の名乗りはこの朽木館でした(場所はこちら)。

 

その父、将軍義晴が朽木稙綱を頼って2年半の間こちらに滞留していますが、稙綱は将軍の気を安らかにするために銀閣の庭園を真似て蓬莱池泉観賞式庭園を造ります(享禄元年1528)。

それがそちらにそのまま遺っています。

 

本堂に光る四ツ目(→福知山城朝暉神社)に朽木氏菩提寺らしい笠塔婆風石塔の紋が。

本堂の脇に何げなく立つ石標⑪も興味深く拝見。

庭園作庭時のものかも。

 

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2020年

3月

29日

40t巨石 圧巻の食違い 一乗谷「下城戸」

浜岡の叔母のケアへ向かいました。

ノーマスクで「私は風邪などひかないから」といいながら元気にスーパーマーケットを闊歩している様子に苦虫を潰している私どもがあります。「マスクなんていらない」と、聞く耳持たず。

 

静岡県の感染者3名は上出来・・・などと思っていれば浜松で4名目が出てしまいました。

それでもお隣の愛知、神奈川に東京の突出(昨日だけで63名)と比較すれば許容範囲でしょう。

 

ただし今叔母から「ウィルスかもしれないから来て・・・」などと言われたとしたら二の足を踏みますね。

介護・看病に行くことを考えるとどうしていいかわかりません。

 

こればっかりはどうなるかなどわかりませんが、この辺り地域の様子といえばいつもと同じ。

ただ一体ここの人たちの頭の中はどうなってるの?と首を傾げるのはパチンコ屋駐車場満車の件。

あちらは普段以上に人が集まっているような気がします。

身近な場所のお遊びには打って付けの場所なのでしょうね。

 

思うに感染経路不明の方たちの中で「パチンコ屋行ってそこが怪しい」とは言えないかも。

「軽率だ・・・」と後ろ指を指されかねませんが、ではどうしてそこは「自粛しないの・・・?」という単純疑問が発生。

ウラで何かの力が動いているのか・・・などとも考えてしまいます。少なくともこのような御時節、ご指導があっても不思議がないと思うのですがね。学校を休ませておいて大人はパチンコ屋でお遊戯・・・いずれこの辺りも爆発するのでは・・・

 

そしてまた壮大で情緒的、哲学的そして現状の詳らかなご解説の演説を聞きました。しかしながら「これは結構」などともろ手を挙げての評価をされる方は少ないのでは・・・いつもと同じというか私たちが承知していることばかりの復習談。 

これは昨夕の総理殿の会見です。

 

国民の望んでいるのは「そこじゃない」・・・「痒い所」ではありませんでした。

既に報じられている内容の繰り返しと、自画自賛的大風呂敷を広げて「凄いの出すよ、出すよ」の手品師の如くに感じました。

素早く迅速に・・・の言葉は聞き飽きましたが、ピンとこない。

現状何も進んでいない事がよくわかりました。いずれも「検討します」ですからね。

 

「そうじゃない」との反論をされるのなら、政府が表明してから相当期間経った「マスク数億枚増産確保」の拡声、一体今どうなっているかご説明いただきたいものですね。

いまだ店頭にマスクの一枚も並んでいませんよ。医療現場であってもその不足の悲鳴が未だ鳴りやまず。

 

お口だけの「凄いよ、やりますよ」のアナウンスはもう結構。

形式重視のうえ「実行力」と俊敏行動の欠落は見ていてほとほと痛すぎます。

対応が甘く、また遅い・・・これが永遠に続くが如くです。

 

人はもはや修行者のようになっているかの躰。

それでも我慢するのみなのですね。

たとえ自身が亡き者になったとしてもです。名実ともに「仏」になれということですね。

 

漫然として危機意識が無く自己保身に走る人たちを揃いに揃えた結果のその咎である・・・と断じたとしたら何も関りのないと思っている庶民には気の毒ではありますがね。

 

痛めつけてきた自然がここへきて人類淘汰の牙を剥きだしたなどの因果を考えたくありませんが、私たちは今、立ち止まって色々考えなくてはならないことが山積ですね。

この災禍を生き抜けたとしたらまた知恵を寄せていかなくてはなりません。

 

当流の「正信偈」には「仏」としての働きのことを記した

「遊煩悩林現神通 入生死園示応化」

なる一節があります。

「仏」として往生(往って生まれる)しても修行者・・・菩薩同様に動き回って煩悩世界との往来をし「応化」(救いの手だて)する・・・というその「働き」の件です。

 

為政者たちにその「応化」を期待しても絶対に無理。

なぜなら彼らは我らよりも余程ドロドロの煩悩ジャングルに生息しているからですね。

魑魅魍魎の群衆であるともいえましょう。

 

洋楽好きの私のイメージでいえば毎度お馴染み大好きなGuns ~の「Welcome to the Jungle」のイントロが聞こえてきます。

歌詞にある「金さえあればおまえの病を何とかしよう」は如何にも示唆的。

まるでウィルスからのメッセージの如くでもありますね。

 

さて、桜の季節といえば昨年の一乗谷の私の独り占め空間が思い出されます。

満開が去年と同様なら今年も4月中旬頃だと思いますが枝垂れのキレイさは最高でした。今年あたりの人の出はより一層少なそうですから満喫できそうですね。

 

大河ドラマではこれから明智光秀は道三の死とともに美濃を去りここ一乗谷に現れることになりますが、ドラマのストーリー進行についてはわかりません。

イキナリ越前ということはなく将軍や三淵藤英からみでの越前への下向でしょうね。

そこの描き方も面白いところです。

 

撮影はセットが主となりましょうが現地撮影するのかな・・・と思うのがこちら。大河ドラマ盛り上げのためには現地撮影というのがスジでしょう。

というと一乗谷の顔といえるその入口にある圧巻の積み石「下城戸」(しもきど)が思い浮かびます。屋形跡の門も悪くないですがこの石積みの方がより城らしい食い違いの枡形カットです。

 

昨年のお寺の遠足ではこの前にバスを停車いただいて希望者だけですが降りていただきました。

そうしないとバスは屋形近くの再現区域まで行ってしまい、折角の遺構を見落とさせてしまいます。よって700mくらいを歩いてゴールするワケですね。

 

一乗谷の西は標高200mの御茸山、東と南は400m超えの山々に囲まれて北のみがわずかな開口部になっています。

その北側は福井平野を流れる足羽川に支流の一乗川が天然の外堀となすロケーション。

 

その足羽川は「府中」一乗谷と福井平野の田園地帯に三国湊を結ぶ物流の「道」でもあったわけですが、一乗谷側からすればやはり一番の脆弱性を思料したでしょうね。

その表れがこの遺構、下城戸です。谷口の狭量になっている箇所ですから効果的に機能していたでしょう。

 

ただし南側2㎞ほど上流に「上城戸」の土塁がありますが、「上」の通りそちらが大手、この北側の「下城戸」が搦手というのが通説のようです。そしてこの二つの城戸の中にあるということから「城戸ノ内」。そのエリアをいわゆる「一乗谷」と

呼ぶのでした。

画像⑥⑦に見えるのが標高約470mの一乗城山の裾(下城戸登城口)。

 

 

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2020年

3月

28日

下駄を履いてもこっそり 音を立てるな Fortunate 

芸人さんや若い野球選手まで有名人の名があがりだしました。世の人たちは一層差し迫った危機を感じ、いよいよ委縮していくのかと思いきや東京の若い衆ときたら微塵にもそういった気持ちは起こさず殆ど危機感はゼロの様。

凄いといえば凄い根性・・・。渋谷の夜を大騒ぎしている様子が報じられていました。

 

まぁ「自分は大丈夫」の人間本来の持つ「問題は他人事」の性なのでしょうが、若い衆がこの病気に対して高をくくっている様子はそれもこれも政府主体で「恐れるに足らず」「重篤に至る(死ぬ)のは持病を持った年寄りだけ」等々の五輪開催の是非に発展しそうな重大事案の火消しを企図するコメントを並べ立てたことに起因しているのでは・・・。

若い連中がウィルスのキャリアとなって社会に蔓延させるかも知れないと拙ブログでも記していたと思いますが政府等、エライ人たちに限って吐いたセリフといえば御馴染みとなった「正しく恐れろ」でしたね。