2018年

1月

24日

「籠城」ののちハレ 「傾城」に「浮気城」 

首都高の10時間にわたったといわれる缶詰状態は異常でした。

特に山手トンネルのそれは当事者からすればたまったものではなかったでしょう。排気ガスは酷いものだったことが想像できます。

車から降りて地上の空気を吸いに上がりたくなる気持ちはわかります。お腹もすけば用足しにも行きたくなりましょう。

私は当分の間首都高でもあのトンネルは通過したくないような・・・。何しろ「缶詰」時間の長かった高速道路上は「汚物まみれ」ですから。

あのトンネル区間は長いですから用足しはしやすいため通常の開放区間よりは気軽ですが、きっと匂い等なかなか消えないような気がします。

 

道路管理者のスタンスとしては「構うこっちゃねえから入れちまえ」なんですね。「その時はその時」でおそらく大方あの手の大混乱に陥ることは予想済み。火山の爆発の予想は難しいですが天気となれば殆どその通りになりますが。

 

その件はハナから腹の中にはあるもののそんなことは言えません。事前に全面通行止めにした場合、もし雪が降らなかったとしての一般道の混乱と各方面からのクレームが怖いからです。

そして何よりも首都高は入ロが夥しく存在し、すべて同時に閉鎖することは物理的に不可能なのでしょうね。

閉鎖となれば電光掲示板だけではなく最低は一車配車して掲示と監視を兼ねて常駐させなくてはなりません。それだけの車と人を配置しなくてはならないからです。

 

たとえば「チェーン規制」にした場合はいちいちどんなタイヤであってチェーンが装着されているかを目視する必要がありますし、入ロにその点検と転回させるスペースが無くてはムリな話。

私の経験では、ドライバーは「あーだこーだ」と主張して「その先のスペースで付けるから」とか夏用タイヤなのに「スタッドレスだ」を主張して規制側の言うことなどほとんど聞きませんね。

だいたい事前規制ともなれば「雪なんか降っていないだろう」だの「大したことない」と逆切れされることは必定。

 

しかしながら「これは絶対」と私が思うのがトレーラーです。降雪予報がある場合はその走行に関しては100%事前に規制すべきですね。

10トン超えの大型貨物満載車もかなりヤバいですが、トレーラーはまず橋梁と急坂カーブの凍結箇所は走行不能になります(ちなみにその件あの世界に関わった人ならば常識)。今回の山手トンネルの先頭もトレーラーでしたね。

それでいてアレだけの迷惑をかけたとしても当事者はお咎めはありません。

昔、私が立った箱根新道のチェーン規制の際、トレーラーだけは絶対にシャットアウトしなくてはなりませんが、規制を知っているドライバーはよくそれを突破します。

規制する側としては命が欲しいですから勿論退いて通してしまうことになります。こちらも突破してくることはだいたい腹に入れていますから。

 

そしてしばらくすると「途中で動けなくなった」の通報が入りますが、本当にヤレヤレの感でした。そんな時は「ウニモグ」を手配してスコップ隊が上がりますが、それでもたしか運転手にお咎めはナシだったような。

私の所感では大型車はチェーンの装着はやたらと面倒なことは確かですが、大型車の「プロドライバー」を装う人たちの中、チェーンを装着できない人もかなりいることは確か。

よって一気呵成に突破したいという気持ちになるのですよ。

 

昨日も記しましたがそういう人たちと同じ土俵(高速道路上)に居て「私は装備完璧だから」は通用しませんね。

一般道と違って迂回が効かないうえ何より、首都高は橋梁が多くて凍結しやすいからです。一台止まればそれでおしまい。

鉄則 「降雪情報の確率が高そうな場合高速道路にのるな」

 

それにしても降雪のたびに毎度の大渋滞を惹起させるのは天下のトーキョーとしては情けないことですね。

たとえば用賀料金所でしたら掲示案内と同時に警察官を配備し公権でもってトレーラーの進入を阻むなどを考えて欲しいですね(環八に強制的に下ろすなど)。

 

前回の大雪の際、横浜の「奥の墓道氏」は通勤の行きかえりで「地獄」を味わったということを覚えていますが今回は月・火曜はたまたまシフト上連休だったとのこと。

まさにピンポイントのラッキーさに驚きましたね。

 

雪がそろそろ降りだそうとする午前中に近所のスーパーに買物に行ったそうですが、レジは長蛇の列で「諦めた」と。

停電さえなければ兵糧は1週間分あるとのことで、「これより籠城する」と豪語していました。

 

その日は彼にならって私も寺に籠って一歩も外には出ませんでしたが昨日は所要で静岡市内まで。ついでに食料品売場に立ち寄りましたが東京方面からの品が届かないという掲示が各所で目につきました。

勿論私はあの様子が目に焼き付いていて昨日の静岡行脚は往復とも一般道。東名高速は使用しませんでした。

たしかまだ清水~東京間は閉鎖されていましたね。

 

さて、表記「傾城」とは読んで字の如く「お城が傾く」ことではありますが、読みとしては「けいせい」ですね。

この文字は実は浄瑠璃や歌舞伎の演目のタイトルによく使われています。そのものズバリ「傾城」なるものもありますね。

その意味は「美人」のこと。それから派生して「遊女」とも。

これでピンと来られる方・・・、その通りです。

「美人」は国を亡ぼすと昔から言われているのです。

漢書より

「一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く」から。

ただしなぜにして「けいせい」読みになったかはわかりません。ワープロではしっかり変換候補に出ます。

 

本題は「ふけ」でワープロ変換できない「浮気」。

レインボーロードのところで浮気バス停の前の杜、住吉神社の道路際の図を記しましたが、あの道路を渡ると明らかに「城塞」を推す遺構が目に飛び込んできます。土塁に堀跡の様相です。

 

そうですこちらが「浮気城」です。

住吉神社を中心に外郭一辺100mの四角形、いわゆる国人領主の城館をイメージいますが、断片的に残存する遺構だけでそれは推測のみ。平地で住宅地と化していますのでおそらくそれらの下にも遺構は広がっているのでしょうね。

場所的(こちら)には西隆寺がある位置の方が高くなっている不思議があります。あのお寺も城域内に含まれていた感もあります。

 

日本城郭体系を持ち出せば、創建者は「浮気時房」。

浮気氏は北条氏の出で北条時綱のときに浮気を領しその後、浮気階常は後醍醐天皇に仕えて「藤丸五葉二花の紋」を賜わった。応仁の乱では美作守貞綱が佐々木政堯と三上山麓で戦っている。代々佐々木六角に従っていたが、一時期抗したこともあったようである。佐々木氏滅亡後は織田・豊臣氏に仕えていた。』

元亀元年に織田信長が金森の本願寺門徒(  )と対峙した際に浮気城そのを拠点の一つとしたとありました。

また『金森日記抜』という文書に「守山・浮気・勝部の城に奉行を配した」と。

 

また近州佐々木南北諸士帳の10栗本郡浮磯図書なる名があります。そのスグ上の「追分」の浮鉤藤介の「浮」の文字も気になりますが・・・

また「鈎」( )という地も近隣にありましたね。

 

浮気氏に「浮」つながりの氏族がここにいたことは分りますがその家が「傾いて」今に至ったかは不明です。

ただし近隣地域にその名は散見されるようです

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2018年

1月

23日

「貧賎の知 糟糠の妻」も盲亀浮木・優曇華の華の感

アメリカでもインフルエンザが「10年来の猛威」で流行しているそう。患者急増につき対応薬も不足して感染リスクの高い人が各処置を受けられないといいます。

 

感染リスクの高低は人によって違いますが、高齢者と小児は除いて健常者では「抵抗力が落ちている時」が一番リスキー。

では抵抗力はどういう時に落ちるかといえば「栄養と睡眠」が基本。かといってたらふく飲んで喰って公園や駅のベンチで寝てしまったらアウトでしょう。

外のお手軽の場所とは言わぬまでも自宅に辿り着いたとして安堵油断は有り得ませんね。

しっかりと自身を「管理」していかなくてはなりません。

ということで環境の「良好」な「質」が求められるのです。

 

抵抗力の落ちるのは「疲労」というものが加われば一層のこと。

精神的なものも含めこの時節「クタクタに疲れる」ことはインフルエンザウィルスがまたぞろ浮遊しているこの空間に同居する生身は抗う事はできません。ウィルスの培養生体と化してしまうのです。

それを思いながら昨晩のテレビモニターに映される人や車の大混雑を見て人々の大きなストレスの存在を思いました。

 

もし私がどこかの会社の経営者でしたら自分の会社の社員があの状況に晒される事を思うと心が痛みますね。疲れ切って寝て起きれば遅延発生の交通機関で這うようにして出社。まさに敬服する凄さです。

 

私は高速道路の大渋滞の「缶詰」もかつて経験した事がありますが、あのメカニズムは自身は万端の準備(降雪走行対策)をして走ったとしてもどこかでどなたが事故を起こしたり、チェーン規制が発せられたりノーチェーン車、トレーラー等の走行不能の立ち往生が道路上に乗り捨てられれば道路が詰まってしまうことは当たり前のこと。

私はそれに懲りてから降雪情報のある時に高速道路を使用しないようになりました。

 

そして首都圏でかつてのサラリーマン時代その敬服すべき人々の姿を目の当たりにしていました。

毎度おなじみの光景ではありましたが日本人は忍耐強い。

この関東地方を襲う南岸低気圧の件、先週末から言われていることでしたから、すべてわかっていた事なのですね。

「月曜日は休みにして三連休!!」など言えたとしたら何とも気風がイイ。社員の健康を管理するのも上司・経営者の気構えです。

「自宅=仕事場」の能天気が偉そうなことを言いました。

 

暖かい風呂と食事にありつけることはまさに至福。

たとえば現在の地位に「のんびり」と「胡坐」をかいていられるということは規定の路線の如く感じたとしても「否、そうに非ず」でそれを「盲亀浮木・優曇華の華の御縁」であるのが仏教的機会としていただくことを教えられてきました。

それを感じるか「知るものか!!」と生きるでは将来色々と違った結果を招きますよ・・・と示唆しているのも仏の教えでしょうね。

 

仏教には「善知識」という語があります。

真宗では宗祖と宗祖が選んだ七高僧があげられますし、一般的には的確な忠告をしてくれる(古き)友人でもあります。

コレは自身を否定するような耳の痛い言葉であっても「聞く」ことの大切さをも表しているのかと感じます。

 

表記「貧賎の知 糟糠の妻」は前漢・後漢時代の宋弘という人が言った言葉。

 

 

 「貧賤の知は忘るべからず

          糟糠の妻は堂より下さず」

 

                    です。

 

別に私の地位が向上し安定的な財に恵まれているワケではありませんが少なくとも時に私の不明なところを補足し暖かい食事と風呂という何にも代えられない「幸せ」を提供してくれている人がいます。

敢えて記すことではありませんが有り難い(有ることが難しい)機縁とか言いようがありません。

 

ちなみに私は東急ハンズを辞めた20代後半は沖縄にて時給520円(船舶免許手当50円含む)を体験しましたが、3年目の第一日目のことは忘れもしません、大家さんに家賃を値切り電気を停めていましたので夜間部屋に入った際は真っ暗。

朝起きると奥方の髪の毛にゴキブリの死骸が絡まっていました。私はただ爆笑していましたが。

 

奥の墓道氏とは腐れ縁、高校時代から色々と引きづり回しケチケチ行脚を続けていますが、バス代・電車代をケチるのは当たり前、それぞれ荷物は「坊主持ち」(電柱ごとの交代もあり ※私が持つということではありません)。

これまでで一番「まいった」という思い出は金華山(岐阜城)の登攀でした。

あの時はロープウェイ代をケチりましたが、登り切ったあとの山頂のベンチでは観光客の目も気にせずひっくり返って寝ていました。

 

その「貧賤・糟糠を共にした苦楽」を忘れてしまうのは人の情に反すること、それが昔から言われていることでした。

しかししばしば人はエラくなって都合が悪くなった時、平気で「捨てる」というのが常のよう。

まぁこれは色々、場面俯瞰していただければ感じるところ多々ありましょう。

ただしそれは自分が果たして「どうだ」ということですから、他者にそれを求めることでもありませんね。

 

 

関東は大変な一日でした。

ちなみに当地相良は降雪はいつも通り一切無し。それもまた有り難いことです。

画像は横浜の「知識」からの定点観測の図。

①は13時20分②はその30分後とのこと。③で打ち止めの様。

前回ドカ雪よりはマシとのこと。

 

 

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2018年

1月

22日

近江東西のショートカット レインボーロードから

どうやら御前崎市ではかなりインフルエンザが流行しているよう。A型B型両型とも「賑やか」だそうですが、昨日の法事の施主は「久々39℃の熱になって酷い目にあった」と。

会社事務所という閉鎖的空間でバタバタと連鎖していったといいますが、恐ろしいことです。避けきれるものではありませんからね。

 

話は飛びますがNHKBS放送では731部隊が細菌兵器の開発から中国人人体実験の詳細(前後編)を放映していました。

まったくもって「酷いこと」をしたものでした。関係軍人・化学者は戦後罪を問われず内地に真っ先に帰国していたなどロクでもないワルですね。

果たして地上波で放送できない理由でもあるのでしょうかねぇ、穿って考えてしまいます。

酷い話で耳を塞ぎたくはなりましょうが事実は事実、やったことは真摯に省みなくてはね。

 

まぁあの番組の証言の通りの事を大陸でやらかしていたら、逆にロシアや中国人に同様に惨い殺され方をされたとしても文句は言えないかも・・・と単純に思った次第です。

残虐非道の数々「それが戦争だ」で終わらせてはいけません。

 

私の平熱はだいたい36℃を切っていますが、そのような異常な体温計の数値はあり得ないところ。「墓場」どころか生死を彷徨うことになりましょう。

この齢ともなってそのような思いはしたくないですね。

 

昨日はインフルエンザに加えて「転倒・骨折」は年配者にとって「避けたいところ」のようなことを記しましたが、その家の法事にはかつていらした顔が見えられませんでした。

すると先日の強風の際、車から出ようとした際、ドアが煽られそれと一緒に「飛ばされて転んだ」とのこと。大腿骨を骨折して入院中したといいます。

 

そういえば日中に相当の強風が吹き荒れた時がありました。

あの時は叔母を載せていましたので車の乗り降りにあたってかなりの注意を払ったことを思い出しました。

勿論乗り降りの際、私がドアの開け閉めをしていました。

人が飛ばされてしまうことは思いもしていませんでしたが強風時うっかりドアを開けて、ドアのヒンジを壊したり、隣の車を傷つけても厄介ですからね。

 

今週週初は荒れそうです。

家で大人しくしているのが一番ですね。

 

サテ、先日以来守山市の「浮気」について記していますがあの阿弥陀さんがおはします西隆寺の前の通りを通称「レインボー通り」と呼んでいます。

その名は「架け橋」を示唆しているのでしょうが、その橋とは琵琶湖大橋のこと。守山と対岸の堅田を結びます。

最近は守山から京都方面に抜けるにはこの橋を抜けて、大原を抜ける道を好んで使っています。

 

ただし以前京都白川から志賀街道で比叡山超えし近江神宮脇に出てきた「微妙な」位置で近江八幡の某所をナビに入れたところ大津市内経由を第一候補にしていましたので「バカ機械め」と呆れ果てたことがありました。

ここはこの橋を渡らなくては酷いことになります。

大津市内経由で守山・野洲などのコースは渋滞にハマりに行くようなものですからね。

橋を渡って湖岸道路を使用するのがベストかと。

付け加えますが白川から比叡越えのコースを取るのは名神高速京都東インターまでがべらぼうに混むからです。

 

①岡町交差点に見えるレインボー・・・のプレート。

②浮気バス停辺りから琵琶湖方面を見た図。右に西隆寺。

③は浮気バス停、西隆寺斜向かいの杜。住吉神社になります。

④先日はいつものヒレカツ定食を戴きましたがキャベツの盛りがどう見ても少な目。では・・・と思い近隣のスーパーに行くとこの金額が。

 

主婦の動向としてはまず敬遠の風。半分カットのものも用意されていましたが奥方は「この値段で買う人は特別な人」と。

思いついたのは「キャベツ食べ放題」を売りにしている店。

そちらへ行って思いっきりそれを食べたとしたらその店は悲鳴をあげるのかも。

ブログを記していたらそれを実践してみたくなりました。

客商売、食べ物商売は辛いですね。

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2018年

1月

21日

後学 個人宅書画拝観のお邪魔虫・金魚の糞 図々しい

先日来の春の気配、陽光の下は今年初の半袖シャツ1枚になるなどしばしいい思いをさせていただきました。

ただし各所にてインフルエンザの蔓延ニュースも耳に入ってこれからもしばらくは油断は禁物。

母が世話になっている施設はいくつかのグループに分かれていますが、そのうち1つが「出入り禁止」の御触れ。

聞けば担当介護職員がインフルエンザに罹患したとのことで今ピリピリ状況が進行中です。

週明けから寒波が訪れるとのことで、「来週の東京行きは中止」と早々に。奥方の叔母さんの家のあと片付けはまだ続いています。

 

年配者を抱えている身としては「転倒・骨折」に加えて、この御時節は風邪・インフルエンザの防御が必要となります。

檀家さんのある方は年末に転倒して骨折、手術にまでになったそうですが「リハビリしてお寺の旅行には行く」と言ってくれたそう。つい嬉しくなって榛原病院まで見舞いに行きたくなりました。

からかいに来ていると思われかねませんし余計なお世話の部分もありますのでその件、思案中です。

 

余計なお世話というかおっちょこちょい振りを発したのは昨日も。

地元でも名のある軸装水墨画コレクターだったお祖父さんを持つお宅の代物を拝見したのは昨年の事でした。

全国区で超有名画家の作品と地元の渡辺崋山の弟子(崋山の弟子たちは何故か遠州人多し)等の軸を見た際、真贋について「どうでしょう?」と問われました。

 

私には真贋どころかそれらを比較評価できる目を持ち合わせていませんので冗談で「鑑定団に・・・」などという話も出しましたが取り敢えず、そちら方面に見識のあるH氏に声掛けしていました。

すると県の某所学芸員の方を紹介いただくと先方からも「是非」との回答を戴いて相良までご足労いただきました。

ということで二人の学芸員を引き連れてそのご自宅へ押しかけた次第です。

 

真贋についてはともかくも私は二人の会話の中にまったく付いて行けず、その世界の深さをあらためて実感させられました。

彼らの仕事としては潜在的に民間に散在する資料を確認し、そのデータを持ち帰って時間をかけて検証に入るというのが手筈ですからそのような下世話な(真贋を問う)質問をイキナリすることは失礼千万なことです。

しかし持ち主として知りたいところといえばそれのみと言ってもいいので、本来的な「目的」が微妙に違うことは承知の上「どう?」とつい横槍を入れてうざったくその意見を引き出そうとしている私がありました。

 

とにかく「金魚の糞」として付いてきた私でしたが、午前中3時間以上に渡って、そのたくさんの資料を拝見させていただきまた多くの知識を得ることができました。

とにかく贋作多数の中その世界の専門知識があってこその判断ができようというもの。

単純に言えば絵に矛盾が有るか無いかの消去法しかないのでしょう。他の真筆から比較することは大切ですし何よりも画家生涯の作風が頭に入っていなければ答えはでてきませんね。

 

それでいて専門分野を少し外れると、たとえばこの地域に多数残りまた贋作も多く残るという「山岡鉄舟」の軸に関しては「まったく自信がない」ともその研究員は仰っていました。

私の思いでは「鉄舟」は相良に滞留していた事は事実ですし(布施石油)このお宅の襖絵(襖絵から軸装)に鉄舟がスポンサーを求めて書を記したことは大いに考えられます。

江川坦庵の軸なども同じ韮山出自の柏木俊一の鑑定書まで付いていました。

 

ただしその「鑑定書」というものが今の感覚の信憑性というところからは少々離れていますのでストレートには信じられないところがあるのです。

以前も記しましたが史蹟や歴史を研究し、ある程度(地区歴史家程度)の名前があるもの、そして画家などもよく謝礼の幾らかで「コレは真筆です」の切紙1枚を記したという話もまたぞろのようです。

 

このお宅で聞いて「やっぱりね」と思ったのは以前地元の歴史家に貸し出した史料が「未だ返却されていない」と仰っていましたがその方のそういった件、ここやかしこで耳にします。

私は言葉が悪いのですが半分呆れた行状と辟易となって、それを「死に待ちという」とぶっちゃけました。

 

借りっぱなしにして忘れられるのを待つという方法で、当人に指摘されたら「忘れてました」で済まし、亡くなってしまったら腹の中で舌を出して自分のモノにしてしまうという方法。

骨董品の貸し借りでもよく聞く話。

 

博物館や教育機関、「まともな方」は貸し出しの依頼をする時は必ず借用書と返却予定日を告知してくれます。まあ個人では借りに来られないでしょう。

海千山千またぞろのこの世界、学術よりも趣味とカネにまつわる件に走る御仁も存在することはくれぐれもお忘れなく。

 

画像は鉄舟の御軸。以前私が撮影したもので解読不能。

折角4本並べられて出されていましたが今回はその見学はパスとのこと。

「それでは鉄舟は撤収です!!」とダジャレを言って苦笑いさせるのみのお邪魔虫でした。

 

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2018年

1月

20日

いつの時代も 浮気はダメよ ふたごころ

「一向宗」の呼び名については幾度かブログで記しています。

本来のその意味とは違ってなぜか浄土真宗を他の人がそのように呼ぶことに対しては「詮無き事」、「門徒モノ知らず」と言われても同様に「お構いなし」を決め込んでいたことから大きくそれら流布されて皆さんがそのように呼ぶようになったのでしょうね。

要は肯定も否定もしないという曖昧なスタンス。

元はといえば三河の一向一揆で家康が辛酸を舐めさせられたことから以来「一向宗」が定着したよう。

 

私もどうでもイイとは思っていますがその真宗門徒衆を殆ど外から見たような語に対してまったく悪い気がおこった試しがありませんね。

むしろ後者、「門徒モノ知らず」など私は嫌いな言葉でないことはブログでも何度か記していると思います。

誇らしく胸を張ってもイイかとも、そんなくらいです。

 

喩え「知るものか」と言ったとして

「しらざぁ 言って 聞かせやしょう」などとマジにお説教されたとしても、ハイそれも「知るものか~」とより以上に開き直りそうです。

まぁ別の意味でも「無知の知」は立場上悪くないことだと思っていますし・・・

 

アホ・バカと言われようが阿弥陀さん以外の神仏の事は二の次三の次、敬意は払いますが特に知らなくていいのです。

各宗教施設を訪れて、イキナリ作法等のご注進を戴く事がありますが、育ちが門徒寺であったことからか、私の悪性かはわかりませんがただヘラヘラと笑っているだけです。

勿論、拙寺に観光風の参拝者が来られて、当流にはない何かの件

があったとしても私からは何も言ったりしませんし・・・

 

腹の中で「知らなくてもOK OK」とふんぞり返っている私がしばしばあります。

 

そうなのです、他の神仏に対して失礼な物言いですが、それらについて敢えて知る必要がないということ、当流ではそれらのことを「雑行雑善」やら「雑行雑修」(蓮如さんの「改悔文」等)と呼んでいます。

その「雑行」(ぞうぎょう)の文字は蓮如さんの御文でも頻繁に登場してきますね。

 

「雑行」は「浮気」です。

テレビの雑記事に芸能人の浮気のすったもんだについてよく

報じられていますが「わっちゃあ、 こちとら しるものか」ですね。

結論はそれって仕舞にはロクなことがない。

一つのモノ・コトを一途に大切にそして信ずることこそ救われるということ。

たくさんの利益を得ようと思いたくさんの仏たち神々に参らんとしてもその卑しい強欲はきっと見透かされて「うまくいきっこないでしょ!!」というところも何とも合理的と思います。

 

阿弥陀さん以外の仏や神に心を向けることを「二心 ふたごころ」といって今云う「浮気心」を蓮如さんにはその御文の中で

指摘されています。ということで最初から阿弥陀さんに向かっていない人は無関係です。ただし昔から「忠臣は二君に仕えず」という語もありました。

 

そして蓮如さんは「雑行」に加えて「ふたごころ」という言葉も多用していますね。

一帖~五帖に掲載されている八十通の御文の中でざっと見れば

12回を数えることができました。

 

御文からそれらをピックアップしてみると・・・

 

一帖-2

ふたごころなく如来をたのむこころの、ねてもさめても憶念の

一帖-3

一心にふたごころなく、弥陀一仏の悲願にすがりて

一帖-7

ふたごころなく弥陀をたのみたてまつりて

ふたごころなく一念にわが往生は

一帖-15

一向にふたごころなく弥陀を信ずるばかりなり

二帖-2

弥陀を一心一向に信楽してふたごころのなき人を

三帖-1

かの阿弥陀仏をふたごころなく一向にたのみまゐらせて

三帖-2

後生たすけたまへとふたごころなく信じまゐらするこころ

三帖-3

ただひとすぢに阿弥陀如来をふたごころなくたのみたてまつり

三帖-4

弥陀如来をたのみまゐらせて、ふたごころなく信じ

三帖-7

阿弥陀如来においてふたごころなくは、かならず極楽に往生

五帖-7

なにのやうもいらず、ただふたごころなく一向に阿弥陀如来

 

画像は三帖の御文の「ふたごころ」の箇所5件。

御覧の通り「一向」の語も蓮如さんによって同時に記されているところで、「一向宗」呼び名もまんざらではありませんが。

 

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2018年

1月

19日

闕所(けっしょ)に所払いは咎戒め 淀屋辰五郎

ブログでは近江守山の「浮気」について記していましたがやはり普通に言う「浮気」はイイイメージはありませんね。

 

当流宗旨は以前は「一向宗」なる言葉(真宗学の立場からはあまり好まれない語のようです)で評された時期がありましたが、それは籏頭を「一向専念無量寿仏」として阿弥陀仏以外の神仏には手を合わさないという気概があったからですね。

 

「一心」は何より大切な事なのですがそれは他の色々に於いてもいえる事。よく言われていましたね「選択と集中」など。

先日はその多方面に向かう浮気心の欲求について人々がバーチャルのおカネへ向かう「私のちんぷんかんぷん」、現代版「二心」というか無限の欲求に向かう心の一端について触れました。

 

ビットコイン等の仮想通過の件ですが、ニュースによるとここのところ酷い暴落があって大損を被った人が多数出たとのこと。

色々なところで「破算」的借金を抱えた人たちの声が上がっていました。

私が一昨日テレビにて知った話によると、「360万円の投資が一夜にして1600万円の借金を抱えることになった」と。

これは取り扱い業者によって違いますが元金に対して最大で25倍の投資が可能(この場合最大9000万円)といいます。

そのシステムは急激な変動によって問答無用の「強制決済」が発動されますので暴落ともなれば元金喪失どころかイキナリ大借金が発生するワケです。

 

20代後半から30代の人の「一攫千金」狙いの投資として俄長者の後を追わんと参入したのでしょうが、その辺のリスクを顧みない短慮であったのなら自業自得と単に言うのは気の毒なような気がします。

年初の暴落の際に某飲食店で若い人たちのグループ(見たところ某金融機関の人たちの昼食中)から「今こそ買い時」風イケイケの言葉を耳にしていましたが今思うと「あいつら、大丈夫かよ・・・」と少々心配の感。

 

一部には「今度こそ買い時」風の声も聞こえていますが、アメリカの財務省は仮想通過を「進化する脅威」と今後取扱い業者の検証にはいるそう。

マネーロンダリング対策と言いますが北朝鮮資金の還流の件も米政府は大いに疑っているでしょう。

アメリカが本腰を上げれば浮遊マネーはそちらから引き上げる可能性もありますね。今回の暴落の引き金は韓国と中国の規制の観測だったようです。

 

日本の税務当局も「儲かっちゃった人」に追っ手をかけてくるとのことでその探索に藪蛇の人や企業もあるでしょう。

仮想通過バブルもしばらくは沈静化しそうな気がします。

まぁこのバブルの最後の尻尾の部分に喰らいついたのは日本人投資家といいます。

果たしてわが国でどれくらいの人たちがその大層な借金を抱えたのでしょう。

犯罪に走ったり自暴自棄にならないことを切に願います。

 

今回の仮想通過のバブルは「ボロ儲け」の成功譚を聞かされたワケですが、人々は少なからず羨望の目で見て「次こそ我こそは」という気持ちも芽生えて来るでしょうね。

昔からそのような「浮わっついた世風」「奢侈」について「政」担当者は嫌ったものです。

やはり「淡々と一歩一歩地道に働いた人の人生」のみが美談であってそれこそが推奨したい民の生き方です。

 

さて、昨日NHKの「お名前」番組をぼんやりと見ていると、大阪商人の「淀屋」が登場していました。

紹介されていた「淀屋」の子孫といわれる方が50年前に壊した「淀屋」屋号の彫られた墓石の画像を紹介していました。

 

私の存じ上げる「淀屋」の墓碑は石清水八幡の麓、神應寺 にあります(場所はこちら)。

あの巨大五輪塔の鎮座する手前にそのお寺の山門があります。

 

その淀屋辰五郎(廣當  こうとう)はといえば日本一の豪商と囃された人ですが、今でいうバクチの如くの投機的成功者ではありません。

番組でも紹介されていましたが、土木技術から始まって米市を設立するなど今の大坂商人のベースを作った経営者でもありました。

特に彼の儲けは莫大で、金の使い方も豪快、今の「俄か億り人」など比較にならないほど。

天井にガラスを張って金魚を泳がせて涼を求めたという逸話も有名でした。

 

その淀屋の凋落も「殆ど一夜」で消える事になりますがそれが表記、「闕所」(けっしょ)。

「闕所」は時代によってその捉え方は違いますが、古くは単純に戦いで負けた者の所領を勝者が奪い取るという今云う「所有権の移転」です。

これが江戸期になって庶民の刑罰に伴う仕置きと変化しお上(幕府)が没収というカタチで資財を取り上げるということがありました。

 

その手の横暴理不尽とも思われる施策はトップの殆ど感情論ともいえるもので何らの脈略もスタンダードもないことと思われますが秀吉によるあの「梵鐘の三井寺」潰しもかなり有名な話でした。

 

その淀屋辰五郎に降りかかった「闕所」の処断。

その時彼自身と彼の家族は何を思ったのか心情察するのみ。

推定没収財産は今に換算すると100兆円を超えているといわれています。

お上に100兆円打っ手繰られてケロッとしていたかどうかはわかりませんが彼の場合は少なくとも借金が残らなかったのですからそれでもマシなのかも。

借金を帳消しになって喜んだ大名も内心申し訳ないと頭の上がらない部分も残りましょうし恩は売っているはず。

裸一貫になったというわけではなかったでしょうが・・・

それにしても江戸期の豪商の金持ちぶりというものが半端でなかったことがわかります。

 

①神應寺山門の向かって左側にあの大五輪塔が見えます。

最後の画像が墓地から見た淀川に交わる直前の木津川方向。

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2018年

1月

18日

盲亀浮木優曇華の華 西隆寺 肉彫り五輪塔その他

青森市に「ポンと20億円」というニュース。

匿名での寄付、「短命市の返上のため」に使用して欲しいとのことでした。

長寿命系で静岡県の上位は以前より下降傾向となって現在一番といえば男性で滋賀81.78歳、女性で長野87.67歳と何故か海に囲まれていない地域。

まぁそれを見て昨日の年金の件ではありませんが80歳受給開始を選択する方などは余程の裏付けがある方でしょうね。

ただし当流ではその手の確信は「火宅」と呼びスグにでも瓦解するものと考えますが。

 

そしてその青森県といえば万年の短命県といいます。短命市町村ベスト100を並べると38市町村が青森県内選出だそうですが、そもそも青森に自治体は40しかないというその「天晴れ度」。いったいどうすればそうなるかを調べ、その逆を行けば長寿の途を歩めることは必定ですね。

 

私は兎に角教育だと思います。

親が歯磨きの習慣が無ければ子供は虫歯だらけになるように、タバコ・酒に食生活に無頓着であったら子供たちもそれに随うでしょう。

 

よく青森県人のカップ麺他ラーメン好きと濃い味趣向が取り沙汰されていますがなるほど、他府県の人から見れば呆気にとられるような雰囲気のよう。

しかし、私がその「早死にランキング」を見て思ったのはこの数字。全国男女とも最下位といわれる青森の平均寿命です。

78.67歳と85.93歳ですがぱっと見、まったくご長寿そのものですし上位とそうは大差はなし。

青森を無茶苦茶な食生活とよく指摘されていますが、無謀とも思われる濃い味付けの習慣でもこれくらいの差なら、「悪」と呼ばれようが「平気、平気・・・」と感じてしまうかもしれませんね。

統計の妙とでもいいましょうか・・・。

 

とにかく各疾患の罹患率はトップレベル。

「病気のデパート」とも青森県は揶揄されていますが、かく言う私も78歳(青森県平均の)まで生きていることを断言するなど到底できません。

 

さて守山の「浮気」について記しましたがその読みは難読でした。

ワープロで「ふけ」と入力してもその文字は出てきませんしこれを記すには「うわき」とした方が一発。

「浮雲」は「ふうん」でも変換できますが。

ちなみに「浮木」ですと・・・しっかり変換できました。

また守山の「浮気」の近くは超短命の総理大臣で記憶が残る宇野総理が出た地域とあって当時その人のスキャンダルとこの地の名称と掛けて地元ではかなり盛り上がったと聞いています。

 

「浮木」をあらためて入力してみたのは一応の確認。

仏教ではこの世に「生まれること」「今生きていること」「それらが出会うこと」を喩えで「盲亀浮木」と言うことはブログでもどちらかで記していると思います。

要は殆どあり得ないことが現在進行中であるのがこの私(命)であるということ。

 

仏法と人、人と人の出会いはそれだけに「価値ある機会」(天文学的確率に及ぶ偶然)を知らしめるためにその比喩を使用します。

 

特にその後の後には「優曇華の華」(「盲亀の浮木 優曇華の華~」)という語も連なって言われることがあります。

各意味については割愛。

歌舞伎ではあの源範頼がワリを喰った曽我兄弟(またはこちら)の事件~「出逢い」がポイント~が工藤祐経に巡り合えた際にそのような台詞があったと思います。

 

私の墓場放浪にはそのような出会いはつきもので、感動は常々あります。昨日記した肉彫り阿弥陀仏の石像などもまさに心からニッコリするほどの遭遇でした。

その境内にはまた一つ私の好きな仏塔、五輪塔のやはり肉彫りの石仏があります。

この形式の墓碑は分業の大量生産はできませんし大きさも小さいものではありませんね。

タイプが阿弥陀仏のそれと似ていることから鎌倉期まで遡るかもしれません。

他にも境内にはたくさんの興味深い石仏とその残欠がズラリ。

土留めに使用されているモノもあったりちょっとばかり気の毒なような。さりげなさすぎるのです。

境内から見た三上山。いい景色です。

こういう景色と雰囲気も人をご長寿にするのでしょうね。

 

最後の画像2つは寺の門前にある民家にさりげなく置かれた五輪塔。この手のものが街を歩いて出会えるというのも近江ならでは。つい近くまで行ってご挨拶してしまいました。

 

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2018年

1月

17日

阿弥陀如来石仏 茅葺屋根の本堂 守山西隆寺

昨夕のニュースでいよいよ「70歳」という文字が出現。

これは「公的年金受給開始を70歳超(75歳~80歳)も選択肢」にしようと政府が検討に入ったということでした。

「選択肢」というところはソフトに聞こえますが将来の「一律70歳支給開始」も視野に入れているようにもみえますね。

今にでもそうしたいところはやまやまに見えますが、イキナリそれではあまりにもえげつなさすぎ。

とりあえずは「70歳」にしてくれれば「取り分は多い」というエサを撒かれているようで・・・お国は「柔軟で使いやすくなる制度改善」とは言いながら本音はやはり財源確保のための年金受給者の「残念」狙いでしょう。

 

ちなみに現行ですと受給開始を65歳より後にずらせば1カ月遅らせるごとに0.7%ずつ毎月の受給額が増えるとのこと。

(66歳で受給開始だと65歳の開始よりも毎月8.4%上乗せ)

いまの上限の70歳まで遅らせた場合は、受給額は42%増えるということですが、先日お話した拙寺檀家さんの場合は「そんなの冗談じゃあない」という具合に給付権利発生と同時に受け取りを開始しているとのことでした。

 

穿って考えるとお国は当然にその遅らせた期間の「上乗せ分」の支払いと、保留した人たちの死亡によってまったく支払いの発生しなかった、それまで支払ってきた年金を取り戻せなかった人たちの残念を、コレを「国の儲け」としたら叱られるのでしょうが、その「利益」と現状の支払い「損金」に関して当然に天秤にかけていることでしょう。

よってその42%以上にならんとする数字は、統計学的にしっかりと分析されてしるはずでしょう。まず、この生きるか死ぬかの大バクチ、私たちに勝ち目はないような気がします。

 

それにしてもこれから80歳以上支給開始の上乗せ分などの数字をちらつかさた場合果たしてそれを選択する強者がいるのでしょうか。

拙ブログでも「健康長寿で年金を取り戻せ」などとは記しているもののそれは娘道成寺の「鐘の恨み」以下の謡いにあるよう

涅槃経の偈の如くですからね、人とは・・・。

 

「 諸行無常  是生滅法  生滅滅已  寂滅爲樂 」

 

これらの人の命の刹那の語を感じれば、将来のわが命に対しての保証など一切ナシに等しいのですから。その無常が仏法の根本ですからね。とてもじゃないですが「80歳にします」などとは言えません。

シミュレーションの数値に興味がありますがもしその80スタートにして85で亡くなった場合、100まで行った場合・・・ちょっと知りたくなりましたが・・・。

自信のある方はチャレンジしてみてください。

当流においては「明日ありと思う心の仇桜」ですね。特に私などはその後に続く「夜半に嵐の吹かぬものかは」の「嵐」のところ、年中見せつけられています。

 

さて、近江にいけばどちらに行っても数々の石仏たちにお迎えいただけますが昨日記した守山の「浮気」の交差点近く、東に行ったT字路交差点(岡町)で高くなった場所にその仏たちのお寺はあります(場所はこちら)。

西隆寺です。字面から「幕末?」を思い起こしますがそれは過剰。大河に併せて記したワケではありません。創建は聖徳太子ともいわれているくらいの古刹です。

 

以前も記したことがありますが寺号に「西」がつけばまず御本尊ほか何がしか「阿弥陀如来」かかわりが推察できます。

まぁ単にその寺号は「西方浄土の興隆」を示しているような。

境内をうろつけばやはり阿弥陀さんの座像を浮き彫りさせた石塔が。掲示板によれば鎌倉時代まで遡ると。

天台宗のお寺さんですが、阿弥陀さんと遭遇すればやはり姿勢が正されて手を合わしている私がいます。

これが如く、境内に自然に鎮座していらっしゃるのですが私は余計な事ばかり考えてしまいます。

 

私ならDIYで覆堂を建ててでも雨風から守っあげたいなどと・・・

酸性雨は鉄分の多い石質だとそれを溶かしてしまいますからね。

自然が一番なのですが、それを許してもらえない御時節です。

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2018年

1月

16日

蓮葉 悋気そして浮気 放映は本日16日に変更と

一昨日早朝メールが入りました。

テレビ放映がある(かもしれない)のならば「檀家さんに回文を回すのが親切」との御指摘でした。

私も奥方も、ちょいとテレビ局が来られて撮影していったので、とか放映の予定を告げられたからといって「そこまでやる必要は・・・」と思っていましたのでそれは少々驚きでした。

一応は「かもしれない」程度で境内に掲示し、当ブログで少しばかり触れさせていただくくらいでしたがまさか「回文」とは考えていませんでした。

 

というのはテレビ局というものはあくまでも「予定は未定」なのです。その手の予定というものはしばしば変更されることは日常茶飯事のこと。

特にカメラとマイクが向けられたからといってオンエアされると思うのはまったくの誤解ですね。

 

まず大抵が編集されてボツになるということは普通にありますから。

私が以前某放送局での番組の収録時間は2時間程度あったように思いますが、たまたま「出演」したのは何カットかはあったものの「出た」のはほんの数秒です。

ご一緒された他の方たちで殆ど顔を出さなかった方もいたほどです。

 

そんな折り「出るぞ出るぞ」と言い触らすことは甚だみっともないことですからね。またその「出るぞ出るぞ」の件はここやかしこで耳にしてその実際たるやまったく大したことがなかったなどという評価がされていることがままあることでした。

ところがここで私が敢えてその番組について記すのは・・・

 

メールがあった一昨日、「指摘があったからには」と尻腰をあげて少々早いとは思いましたが4月の「春の法要と寺楽市」の総代・世話人会の招集と5月の京都奈良方面バス遠足の募集にかこつけてその放送日を回文することにしたからです。

何しろ時間の制約がありましたので近隣の檀家さん世話人さんに絞り奥方を付き合わせ殆ど半日をかけて相良・榛原・浜岡を回りました。

すると昨日、局の方より静岡地区の放送日が1日前倒し(本日16日18時10分~)に変更になったとの報せ。

 

一昨日の大慌て振りが徒労に終わって尚、却ってウソの情報を流してしまったことになった結末。

奥方からは「だから※✖▲・・・でしょ」と苦言の嵐。大いに苦虫を潰した感。

まったくトホホというところですが、もはやどうにもならず・・・今は「知るものか・・・」と開き直っています。

せめて後にズレてくれればよかったのですが。きっとクレームの嵐が来ますね。

上映会でもやりましょうか・・・

 

既報の通り愛知・三重・岐阜の三県は犬山の檀家さんからの情報によれば15日に放映されていたようでした。

ちらっと聞いたところによると内容はその回文を要請してきた鈴木氏が「一番映っていた」といいますので、今更ですが「なるほど確信があったのだなぁ」と合点したところでした。

 

さて「京鹿子娘道成寺」の「鐘に恨みは数々ござる」以下「時の鐘の情趣」の部分を昨日記しましたが、その後に続く歌詞に

 

「どうでも女子は悪性者、都育は蓮葉なものぢやへ」

 

があります。「煩悩菩提の撞木町」の前の部分です。

そして

「ふつつり悋気せまいぞと

    矯んで見ても情けなや 女子には何がなる」

 

歌詞カードを見るのは楽しいものですがそもそもこの演目は女子(おなご)の「恨み」(自己の煩悩と時の流れの無常への)を例の「鐘」に向かってぶつけていくというものです。よって女子の煩悩各種を独特の言い回しと言葉で明かしていきます。

その言葉のうち「蓮葉と悋気」について。

これは一言で言って「浮気な心」のことでしょう。

ただしここでいう「浮気」とは今、広く下世話でいう類のものとは多少異にして単純に「うわっついた心」のこと。

 

そしてどちらも時代劇中によく出てくる語ですね。

各ググっていただければと思いますが「悋気」(りんき)についてはたしか前回の大河ドラマの劇中でも使用されていたかと。

そして「蓮葉」については知っている人は知っているその手の言葉ではありますが、私はその単語を女の子の名前で見たことがあります。

 

なるほど「蓮」は男の子の名前に採用されることながらく1番を誇るほど断トツ人気のある字ではありますし、「葉」という文字も最近は女の子の名に使用されている例を多く見ます。

 

ではその「蓮」と「葉」をくっつけて合体、「蓮葉」とすると一体どうなるか・・・コレは昔からこの文字「とんだ尻軽女(はすっぱ)」という意味になるのですが。

日本語の漢字は難しいですよ。

「イイ感じ+イイ感じ」が「とんだ漢字」の意味になってしまう例でした。

ただし名前はそう変えられるものではありませんので付けちゃったものはしょうがない。なんとかトボケて知らないフリを決め込むしかありませんね。一見した漢字の感覚はやさしさ溢れる文字ですから意味なんてどうでもイイかも。

仏教的に言って蓮の葉は「泥に交わらない」(汚泥不染 →蓮の三徳)といいますので真逆の意味になります。

命名する理由はそちらを主張すればイイですね。「知る人ぞ知る」イメージですから。

 

ちなみに上述した中で「尻腰」(しっこし)という語を記しましたがこれは「浮気」とは逆の意味で「意気地」のこと。

多くは「尻腰のない・・・」風に否定語として使いますね。

 

さて画像は三井寺の琵琶湖対岸の鬼門の地、守山の「浮気」という地名(場所はこちら)。

ただしこの「浮気」、「うわき」とは読まず「ふけ」です。

発祥は画像④の通り、琵琶湖には付き物とも言っていい、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」&「紫の煙」からのようです。

⑤画像は②の突き当りの高台からの図ですがこちらの地名は「岡町」(おかちょう)。

こういう地名にぶつかるとどうしても発祥を知りたくなります。

 

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2018年

1月

15日

鐘(カネ)に恨みは数々ござる 時鐘六時礼讃 三井寺

先日境内でお会いした方から第一声「ひでえ目にあった・・・」と。その数日前のこと、拙寺に参ったものの庫裏不在で用足しに出たのが運の尽き、本通り「市場」のバス停に停車したバスの後ろで停車(2台目)して発車待ちしていたところ後方から追突されたとのこと。勢い前にいた車両に玉突き衝突となったそうですが「首だ背中だ痛くて痛くてしょうがない」とここ通院のハメとなったことを話していました。

最初に衝突した方は「うっかりしてしまって」との理由だったとのこと。

 

その語「うっかり」は、まぁ人間の、まさに私のことのようで私などは「ぼんやりしちゃあ いられない」という掛け声だけは一応は大層にあげていますが、ここのところかなり怪しい気配。

人様に怪我をさせるということは基本「傷害」、相手が亡くなれば「傷害致死」要は民事(カネで解決を図る)は当たり前でそうともなれば刑法犯のお仲間です。

 

別の檀家さんの某氏はご家族から免許証の更新停止を切に願われていましたが、直近の事故3件はすべて物損事故であって相手様の人身を傷つけているワケではありませんでした。

そのため免許証更新の際、ご家族が、こうこうこういった理由で免許証の更新を拒絶して欲しいと警察署(公安委員会)に行って相談したそうですが、「それはムリ」と門前払いされたとのこと。

ホントは大きな事故が発生する前に対応していただきたいという願いなのですがそれが通じないのは歯がゆい事でした。

 

昨日報じられたニュースによると携帯電話関係の罰則強化に加えて高齢者運転に関しての本人や家族の相談窓口を開設するとの改正法案を国会に提出するといいます。

責任回避の建て前ではなく良き方向に動いて欲しいと思います。

 

とりあえずの私に直接かかる件はスマホの方。

その操作によって安全を蔑ろにし交通事故を起こしたとしたらそれは酷いペナルティに嵩上げされますが、直接交通の危険を生じない場合でも現状の「5万円以下の罰金」→「6月以下の懲役または10万円以下の罰金」という厳罰化振りです。

 

私が思うのは①厳罰化の旗をここで掲げたということと警察方の取り締まり②ノルマのupに繋がる(検挙効率の良さ)ことから今後街頭交差点に立つおまわりさんの監視の目はいよいよキツくなるということ。

私どもの「安全のため」とはいうものの、結局のところ「罰金」を「予算」として期待する部分が垣間見られる現行制度ですから。

私たち庶民からすれば「カモにはなりたくない」と思ところ。結果、ペナルティ怖さの自己コントロールが発して事故というものを回避できればそれに越したことはありませんが。

 

もはや運転中にスマホはいじれません。

ぶっちゃけ、これまで「少しくらいなら」という気持ちで電話をいじくっていました。

ペナルティ(罰金)が強化されてそれを決断するなど言語道断たる身。ああ恥ずかしい。

 

さて、ブログでは「鐘」についての色々を記していますが、その梵鐘の意義については当流には当流ならではのスタンスがあって、まぁそれは教如さんの「寺再興の決意 寺としての象徴」風のことを記しました。

そしてまた鐘そのものの役割については「時鐘御用」でした。そしてその歴史は?ということについてもよく聞かれるところですがそれを紐解くには古い梵鐘が各所に残っていることもあって少なくともその存在自体はかなり古いことはわかります。

妙心寺と大宰府観世音寺の梵鐘で兄弟鐘といわれているものが西暦600年代後半。後者は菅原道真がその音を聞いて詩にうたうほど。

 

つまるところ仏教伝来以来仏教寺院にはその後に「つきもの」の如く備わるという起源は意外に古かったことがわかります。

そしてその役目とは・・・やはり「実務」としては「時鐘」としてのお役ではありますが、時間の経過とともに日本人の感性に染みわたって時々の「人それぞれの思い」を印象付け、それが今の私たちに伝わってあるのでしょうね。

 

今の「除夜の鐘」108回の意義が「煩悩の払拭」にあるとは言い切ることはできませんが、基本やはり「煩悩」を抱えた身にとっては鐘の音に思うところが多々あるということは確かでしょう。

表記「鐘に恨みは数々ござる」は「娘道成寺」の一節ですが「怨恨」などは煩悩そのものですからね。

またそのあとから「伏見の墨染 煩悩菩提の撞木町」などと洒落た歌詞が出てきます。

そしてそれから「鐘に恨み」の「鐘」が「金に恨み」と掛けられて人々に伝わったのでした。

今となっては「金の恨み」の方がピンときますが・・・。

ここでなぜにして「鐘に恨み」かと思われる方は「安珍・清姫」のお話を思い起こすかそれをググっていただくか。

 

要はこちら(道成寺の娘)の方の「煩悩」はといえば「女と生まれた者のさまざまな心の動き」のこと。障りがある・・・と言われた「女子」(おなご)の。

昔からそれを一言で初期仏教伝承を根拠とした「女人五障」(時に「五障三従」とも)といって蓮如さんの御文の中にもたびたびその「五障」という文字は出てきます。

拙ブログでも幾度か触れたことがあったような・・・(思い出す限り)。

 

以下「京鹿子娘道成寺」の表記「鐘に恨みは数々ござる」以下の部分を記します。

その情景の殆どの部分は能の「三井寺」(作者不詳ながら世阿弥説あり)から引用したものですね。

まぁ鐘つながりということと特に「三井寺」などは仏教的「因縁」を基としたストーリーで、道成寺の「娘」の情念の心の振幅を伝える部分を引き立てるにはよくマッチしているところと思います。

 

「 鐘に恨みは数々ござる

 

初夜の鐘を 撞く時は 諸行無常と ひゞくなり

後夜の鐘を 撞く時は 是生滅法と ひゞくなり

晨朝のひゞきは 生滅滅已

       入相は 寂滅為楽と ひゞくなり

 

聞いて驚く人もなし

             我も五障の雲晴れて

               真如の月を眺めあかさん 」

 

上記「初夜」「後夜」「晨朝」は善導の「六時礼讃」でお馴染み。私も気が向けばそれら「無常偈」を時間に関係なく勝手に読誦させていただいております。

そして、ここで撞かれる鐘が「時鐘」であることがわかります。

また「入相」とは「日没」の事ですがこの詩で「日没」にせず「入相」としたのは字面と音からくる演出でしょうね。

「入相の鐘」の方がいかにも文学的のようでもあります。

 

そしてその音を聞くことによって「五障の雲晴れて真如の月を~」の如くその効果が発揮できたことが謡われています。

「真如」とは仏教語ですが以前流行った「ありのままで~」(Let It Go)の事でした。

ちなみに「如」の文字は本願寺歴代門主が使用していますので、私どもが法名にそれを採用するのはちょいとタブーな字となります。

 

まぁ私はそんなところの能書きはヨシにして、鐘を撞く意義を「スカッとすればそれでよし」などと、かなりよい加減な事を吹聴していますが。

 

画像は三井寺。三井寺には3つの梵鐘があります。

①の鐘楼はブログ再掲載ですが中の「弁慶の鐘」は取り外されていますので現在は観光用のものでひと撞き300円。

④の鐘楼は何とも恰好がいいですね。江戸後期の作です。

かつては「童子因縁之鐘」なる鐘が掛かっていたようですが、例の金属類供出令によって失われ再鋳造されたものが掛かっているようです⑤。

 

鐘に因縁話(ストーリー)を持ってきて、人情とそれを取り巻く不思議な縁を描こうというのは日本の仏教文化の一つなのかも知れません。

「鐘」にハマって演劇の道成寺ものと三井寺に興味がわいたところです。

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2018年

1月

14日

カネカネカネ 梵鐘はいつ聞いてもイイ たっぷり静岡

昨日の続き。

高齢者の車の運転について。

父親の晩年、私が父から「何と親不孝な息子だ」と思われているだろうこと、関係が一層ぎくしゃくしだした要因の一つといえばやはり父親から車を奪った事であることは間違いないところ。

 

母親の指令もありましたが鍵を隠したり靴を隠したり色々試しました。奥方が買い物用にその車を使用している様子を見た父は「オレの車を乗り回していやがる」と罵っていましたが、まぁ奥方はそんな言葉には「微動だにしない大丈夫」でそれを聞いても「ふん」と鼻であしらっていました。

ただし今、息子に嫁が来てくれたとしてそんな「暴言」を吐いたとしたら即刻「実家へGO」されるでしょうね。

 

父親は当初「それでは車を買いに行く」とまるでコンビニにおにぎりでも所望するかの如く近所のディーラーに行ってカタログを持ち帰っていましたが、それを見て私はあれこれ手をまわしてこまめにその希望を断っていました。

今考えると、少々気の毒だったとは感じますが、おそらくあのまま車を運転させていたらかなり酷い事故を起こしていたことは想像できますので、あれも致し方ないことでした。

目視なしのバックによる物損を幾度となく起こしました。任意保険の支払いはうなぎのぼり。

私がもはや運転続行容認できないと判断したのは車幅の考慮をせずに進行、停車している車に接触し大いに自車と相手の車を壊したあげく「あんなところに停めているヤツが悪い」と自己の責任を放棄するような言葉を吐いたからです。

 

おそらくあの父の息子ですので私も同じ道を歩むのでしょうが、できるだけハッキリと自分自身の衰えくらいは認識していたいと思っています。

そうそう、それには「カレーのターメリック」でしたね。

 

おじいさんの事故が立て続けにありましたが、昨日記した85歳の方ではなく91歳の方の件。

 

最近は「ヤバそうな方」の免許証の自主返納流行りではありますが、それって「ちょっと待った方が」という主張を聞いた事があります。

まずは自動車の運転こそ「高度な社会生活」を後押しするもので頭の中の各スイッチングはじめ痴呆の防止には一役買うものですからね。

そういう意味でもその社会に居ることを実感できる最良のグッズといえるのが自動車の運転。それを取り上げてしまうことは「痴呆へGO」を尻押ししているようなもの。

難しい事ですね。

しかし結局はどこかの時点で車の運転をやめなくてはならないのはやはり社会への責任でもあります。

 

ところが前述の方は、そうであったとしてもできるだけ「返納はするな」といいます。

それは痴呆症状が出ている方は「免許証を返納(あるいは失効)したことすら忘却している」ので(ただし車の運転に関してはしっかり覚えている)、時に思いついたように車に乗り込んで出かけてしまうことが多々発生しているといいます。

 

そこで事故を起こした場合、何が違ってくるか・・・

 その91歳の方は免許証は既に失効(6年前)していたそうでその事故ともなって罪状は「無免許過失傷害」となりました。

老人性の判断不良(痴呆症含む)にて運転し(勿論免許所は有り)

事故を起こしてしまったら保険で何とか対応できましょうが、その「無免許」という事案ともなれば・・・その対処力は雲泥の差。

免許ナシに保険などは使えませんね。

 

現状裁判ともなれば人一人の命の値段(民事はカネで解決するしか方法はありません)はまずは1億円というのが相場で、現状任意保険は「対人無制限」になっています。

その「無制限」に請求されるかも知れない保険が「ゼロ」としてしまうのは相当に恐ろしい。

 

結局「免許証」の有無ではなく、当人の判断力理解力があれば安泰なのです。

要はあの「紙っ切れ」の有無は雲泥の差を生むほど重要。

そしてそれを「返納」するとことは車との隔絶ではあるもののもしその事忘れて車に乗れば計り知れないペナルティがありうることを考えていただきたいとその方は仰っておりました。

 

「免許証が有るので車に乗れる」ワケではないですからね。

ご家族の皆さんは法律的に違法でも「乗れちゃう」ということを忘れてはいけません。その時は鬼にならなくては・・・

そういう意味では私は「鬼」になりきりました。

 

①木之本明楽寺鐘楼②赤尾西徳寺梵鐘④と⑤木之元大澤寺の梵鐘。拙寺と同じ名前ということもありますが比較的古くて謂れもなかなか・・・地味な場所ながら私の一番推奨の梵鐘。

 

こちらは近江でも和田山城の麓光明寺の梵鐘です。

和田山城は忘れもしない頂上にスマホを落として七転八倒した思い出がありました。

梵鐘には黄色い線の如く「再鋳」とありますね。

詳細は不明ながら、こちらの以前の梵鐘が拙寺と同様の運命(戦時下の徴収)を辿ったことが推測できます。

今回記した鐘たちはブログで記した場所で再アップのものも含まれます。

 

「たっぷり静岡」は当地NHKローカルで放送日は平日の午後6時10分~です。先般紙屋さんから「早朝より放送局が来てた」との御指摘がありましたが、大晦日の除夕の鐘について少々ですがその放送の中で触れていただけるとのことです。

日にちは1月16日(火)[直近16日に変更するとの連絡がありました]。

尚1月15日(月)は名古屋放送局から放映(時間帯は同じ)されるようでそちらですと愛知・三重・岐阜地区に流れるようです。ひょっとして北陸も?その辺りについては詳細はわかりません。

何しろ友人からは「醜態をまた曝す・・・」と苦笑されています。

 

 

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2018年

1月

13日

キリシタン墓石 京都国立屋外展示

先日も記しましたが当家の近場用の軽自動車はそろそろ10万㎞になろうとしてそろそろ更新の時期かとも思われます。

踏ん切りさえつけば「さあっ」という具合に後継車の選定に入ろうかというタイミングですが車検が来年まで残っているうえ機関はすべてがいたって好調、なによりまとまった金員を用意しなくてはなりませんからね。

 

奥方は消費税が上がる前に「何とかしろ」とのことで尻に火が付いたようでもあります。

何しろあの「あげるあげるお化け」は今度こそホントに出そうで、庶民の冷静な判断力を奪います。

いっそのこともう一回車検を通してやろうかとも・・・

 

もう数点問題点をあげれば私と息子は「MT(マニュアル)派」で奥方は「AT(オートマ)派」。奥方は税金にはここ目をつぶって高速道路が気楽な「軽ではない小型車」を考えているようですが、そうなるとミッションにすることによって当家愚息がレーサー気分を誤解して何かやらかしそうという不安も増長、だいたいその辺りまで会話が進むと話は行き詰まって、また次回は最初から。

 

さて、年配の方の運転による人身事故が立て続けに発生しています。

90歳過ぎの無免許事案に先日の85歳のお爺さんの事故まで。

85歳の方は事故のあとの聴取で「気がついたら事故を起こしていた」と話し、家族からの「運転をやめて欲しい」との懇願を聞こうとしなかったようです。

 

家族の切なる心配も届くことがなく取り返しのつかない「あってはならない」事案を自ら惹起させてしまったのですが、私はその件、まったく切実に考えます。

なぜなら常日頃ブログで記していますが「自分ほど信じられないものはない」からですね。

 

それほどの人間が年齢を重ねて、やはり今しきりに言われている判断力がめっきり劣化する75歳という年齢になったとしたら・・・果たして子供や奥方の「言い聞かせ」に素直に応じて免許証を返上できるのか・・・心底不安ではありますが、やはりこの心にはその時「自分はまだまだイケるかも・・・」という気持ちはあります。

 

自身信じられないクセに大丈夫というなど大いに矛盾していますが、それも私の心。その時はどうなることか・・・不安ですね。

今は一応素直に子供の云う事は聞かなくては・・・と思う所が大ですが私が見てきた齢を重ねたその頃の人たちときたら「100%」の大自信でもって「大丈夫」と仰っていますから。

 

まぁ大きな事故を起こす前に今迄無かったような軽微な事故を頻発するという前兆があることも事実、どう自分自身を客観的に見られるかですね。

免許証の更新システムもあまりにも機械的、もう少し科学的に事故を誘発しそうな認知度の低下を事前に指摘できるよう試験を開発して欲しいものです。

 

そういうこともあって私は奥方にはゴーカートの如くのオートマチック車はやめてクラッチ操作という微妙な仕事が付属するマニュアルトランスミッション車を勧めています。

手先で「D」に入れただけでぶっ飛んでいく車は最近ことに恐ろしく感じるようになりました。

齢を重ねたらMT車。それが自分と家族と他者を守る選択だと思っています。

人生の最終章に入った頃の刑事罰による収監は本意ではないでしょうし、被害を受けた若者と家族のケアは果たしてどうなるのでしょう。

 

この件、被害者側が免許を発した行政と運転を結果的に容認する格好となった社会の在り方についてそれはやはり「道義的」以上に問題提起はできないかもしれませんが私たちの「重い責任」と考えます。

決して私に無関係な話題ではないと思いました。

 

画像はキリシタン墓石。京都国立博物館の屋外展示場にあります。このタイプの墓石はそうお目に掛けることのできるものではありません。

なぜなら、切支丹禁教令の発令から大抵の墓石は破壊されたり埋められたり・・・幕府政権下に「あってはならない」ものでしたから。

私はその手の墓碑といえば思い出すのは尾張栄國寺のそれですがあちらの墓碑(切支丹塚)は供養碑でしたね。また島原市のサイトで同様の画像を見ることができます。

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2018年

1月

12日

仏たちに背中を見られてる 押されてる 京都国立屋外

またご本山、東本願寺にて落書き事案が発生したようですね。 

 

御影堂の土台のコンクリート部分に意味を示さない一文字と長い線状のものが硬いもので描かれていたといいます。

意図を持たず「ただ衝動的」にやらかした愉快犯なのでしょう。

以前もあった渉成園の外塀の落書き(青のスプレー)と比べてどうなのかよくわかりませんが、聞く者の衝撃度からすれば軽微には感じますが。

 

本山はこれを警察に通報して今回の報道になったのでしょうが落書きをしたご本人はさっさと名乗りをあげて「ごめんなさい」をした方が良策と思いますね。

大規模施設では「色々ある」ことは当に承知していることで防犯カメラなどの解析をすれば大抵はどなたかわかってしまうでしょうし。

当然に原状復帰のための作業、工事が伴うことでしょうが、前回の落書き事件の場合は、器物損壊罪で逮捕された人を告訴しませんでした。

「やってしまったことは詮無き事」今後は「もうしない」ということと「ごめんなさい」がハッキリすれば「恕」の精神を発揮するのではないでしょうか。

その法律は「占有者が告訴権を有する親告罪」となりますので要は相手の反省度次第なのです。

 

まぁ何か思う事があってぶつける場所が見当たらず暴発しそうな時、寺にはもっともっと煩悩にまみれて日々悩みまくっている坊さんがいますので一声かけてみるのも一考です。

行動に移す前に話してみてください。スッキリしていただければそれが仏教。

 

ただしすべての行為が「恕される」とは限りませんし悪質極まりない不愉快な事案も私ども周辺でもありました。

 

昨年末のこと相良須々木の檀家さん宅はキレイな塀で道路の境界を区切っていますが、スプレーによる落書きをされてしまいました。

私はたまたまそのお宅の前を通過する際、工事改修中の様子を見ていたため何も知らずに「キレイになりました」と話しかけてしまいましたが、「酷い目にあいました」とその現場の無惨なる画像を見せていただいてからすべての事情が分かった次第です。

 

警察は周辺の防犯カメラの解析を行っているのでしょうしいずれは誰の行為かは知れるところになるでしょうが私が一番にショックだったのは、「この相良で・・・」という地域性でした。都会ではその手の事はまたぞろでしたがまさか相良でとは・・・。

 

拙寺の塀もある意味落書きのしがいのあるフラットなキャンバス風を提供しています。以前から「やられるかも」と皆さんに脅されていますが私はそんな時「相良にはそんなのはいない」と一点張りでしたので驚きもひとしお。

本当に油断のならないご時世となりましたがそのお宅のご家族の皆さんは精神的ショックもそうですがかなりのお怒りでした。

それはそれはその「怒」について、それも致し方ない仕打ちを被ったことは言うまでもないことです。何よりも年末の工事出費も突発的ですからね。

 

その手の事をやらかす者といえば「年端もいかない小僧の浅薄」というのが定番ですがこんなド田舎のケチな町の民家等をターゲットにせずどうせなら昼日中に堂々と国会議事堂の塀や銀座あたりでチャレンジしてみるのはどうでしょう(ただし自己の責任において願います)。

やはりチャリやミニバイクじゃあ無理か・・・

 

こういうことが続けばそこいらじゅうに隈なくカメラが置かれる時代となりますね。

むしろ「監視社会」は古き良き日本人の姿に回帰できるのではないでしょうか。昔の人々の不自由だと思うその根源は「監視」されていることにあったのですから。

私どもは民主社会の漫然に於いて「自由と自己表現」をどこかで履き違えてしまったのでしょうね。

本日も胸に手を当てて・・・と。

 

画像は最後の画像を除いて京都国立博物館の屋外展示場の仏たち。①②がお馴染み阿弥陀三尊像。平安時代の逸品といいます。④が不動明王に⑥が地蔵菩薩。

⑦⑧⑨が大日如来の石仏。最後の画像⑩は西明寺三重塔内の大日如来像

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2018年

1月

11日

燈籠は元来 堂に対してワントップが常

朝から毎度のドタバタ芸。

電池切れ寸前のリモコンキーを車内に置いたところをドアを閉めて、よりによってそこで電池が切れるというタイミングの悪さ。

ガッチリ締め出しを喰らった久々のインドアロックでした。

スペアの場所もわからずに右往左往、定規を引っ張り出してやみ雲に解除を試みるもまったくダメ。そもそもそのリモコンにはスペアが組み込まれているタイプ。

次にハンガーのワイヤーを切って工具を作ろうとワイヤーカッターを持ち出した段階で奥方がもう一つのスペアキーを探し出してきました。

 

は一昨日出先でその症状が出はじめていたことは承知していました。それを思い出して電池売り場でリモコンキーを取り出したまでは良かったものの、極小のネジ4点で蓋があることに気づいて断念していたという経緯がありました。

当方の御近所用に使う軽自動車ですがそろそろ10万キロになろうとしています。ただの電池交換に道具が必要という車種は「腹が立つ」と罵るばかり。

電池の型番でもどこかに記しておけば思いついた時即購入して交換できたはずですし、そもそもキーの閉じ込めをしでかしたのは私の始末。

それにしても電池が切れて勝手にロックしてしまうなどは滅多にないバカバカしさ。私の遠乗り用の車は勝手にロックなどしてくれません。

防犯性なのでしょうが「御親切」が結果、仇となることがあるのは困惑します。

まあ何事においてもそりゃぁそうだ・・・

 

先日は京都国立博物館にある東大寺金堂前の国宝八角燈籠の複製をアップしました。

コピー版をあの本物志向の有名博物館に置くということはやはりそれだけの価値があるからでしょうね。

「奈良時代」(752年大仏開眼)という歴史はそうは見られませんからね。

 

燈籠というものは仏のおはします堂に対して1トップそれもオンリー1というのが仏教寺院の常でしたね。

今では2トップで左右対称の燈籠が立つ御堂も散見しますが・・・

私も気の利いた石灯籠が境内にあってもいいかと思ったこともありましたが、拙寺瓦が崩れたあの地震以降、燈籠を置くことは無理と諦めています。

古式ゆかしく中央に1本立つ姿はいかにも恰好イイものですが狭い境内その分、車の転回の邪魔になりますね。

子供がよじ登って怪我でもすれば後悔もしましょう。

石塔等崩壊の理由の第一は地震よりも、子供の遊びであることは大体わかります。

子供の頃、そういった悪さについて胸に手を当ててよ~く考えると・・・どちらさまも、まっぴらごめんなさい。

 

①②は先日の東大寺発覚燈籠の複製燈籠。画像の映りのイイのがありましたので再アップ。音声菩薩です。

「雲岩寺伝来」とあります石灯籠。火袋に施された装飾、格狭間に蓮弁等見事です。笠は欠損が見られますが・・・

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2018年

1月

10日

小雨走行中 豊郷「雨降野」の地名を見てニヤリ