2019年

11月

13日

磐田の地名「白拍子」 千手の前の墓

水害そのものの発生は一言で「想定外」とカンタンに言われるものですがそこがハザードマップの「浸水想定区域」に指定されるなどしていれば予測が可能だったということで被害にあって初めて気づかされるものです。

 

最近はやたらとそのハザードマップが重宝に語られるようになりました。

そもそもその存在は以前から声高に言われてはいましたがその製作担当各自治体の「温度差」があってなかなかその地元の地形による危険性について公表を躊躇する傾向がありましたね。

また、その公表に「手心」が加えられていやしないか・・・なども気になるところでした。

 

というのはその「地元の地形の危険性」についてマジメに公表したら・・・色々と困る人がいらっしゃるということでしょう。

まずは危険レベルの高い地に今住居や職場を構えている人は不安を増長されるでしょう。

それから不動産屋さん。

投資物件を抱えて、さぁこれから売りまくるぞ !というところにその手のネガティブ状況を発せられたら商売はおじゃんになりかねません。投資金額の回収すらも期待できません。

現住居所有者にとってもそれを売りつけられた、知らなかった、資産価値が下がったと不満も噴出するでしょう。

自治体にとっても人口減少の憂き目に繋がりますしね・・・

 

住居定住の基本というものは安心・安全が専ら中心であってそのあとに快適や利便性などが付いてきますのでイキナリ「危険」ではお話しになりませんね。新規に住まいを求めようという人にとっては「誰が買うか」ということになります。

 

ところが今回の各地水害にあってこれこそが想定外なのだろうと思ったのが水害の死者が「浸水想定区域外」で被災していること。

その理由は各あるにしろハザードマップも結構にイイ加減な想定をしていたということですね。

 

2004~17年のデータでは国内の風水害で「死者・不明者7割が浸水想定区域外」で被災していたそう。「範囲内」は18%「範囲の近く」が16%とのこと。

山あいの中小河川が氾濫した九州北部豪雨の洪水では、「14人のうち12人が範囲外」ということでそうなればハザードマップって無意味? ということになりますね。

 

私が思うにあのハザードマップの主役は「大河中心」なのですね。その大河の支流、小河川流域に関しての浸水想定の指摘は見落としがち。

ところが今回台風の「氾濫」といえば中小河川が主役。そのメカニズムは地形、人為的堰の閉鎖による逆流等色々ですが、その件お上の方で「推定していませんでした」ではお寒いのでは・・・ですね。

 

基本は「フラットな地形」にいたら水害は想定の内。

フラットにない起伏のある地形では土砂崩落のリスクも想定の内。

ブログでも何度か記していますがヤバイと思ったら早めの避難が肝要です。

あと「浸水状況を見に行く」愚行だけはヤメにしなくてはね。コレ男性に多いのですが、嵐の中は家でテレビでも点けてひっくり返っているのが一番。人智を超えた自然の猛威に心配してもはじまりませんからね。私はそんな際、あとから愚痴を言っていましたが。生きていればの煩悩です。

 

さて、「フラットな地形」で大河川+中小河川に囲まれた地といえば先日記した磐田の千手堂周辺など思いつきます。

磐田は古い地名があってその千手堂関連、やはり近くに千手の前の墓がありますがそちらの地名が白拍子(場所はこちら)。

大河のほとりには渡し場と宿場が発達して遊女、白拍子の活躍の場。近くには熊野の長藤がありました。

 

墓石としては熊野のものと異なり笠塔婆。

花頭窓(火燈窓)風彫くぼめの中に文字らしきものはありますが何せ堂の中の格子越し。せめて建立年がわかればと思いますが。古そうには見えませんがどうでしょう。

 

天竜川と太田川の大河の間にある地域で今之浦川にぼう僧川という中小河川に囲まれています。

天竜川の下流部右岸左岸とも昔も今も静岡県内では一番に水害に弱い場所だという感じはありますね。

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2019年

11月

12日

言 ボキャブラリー自虐承認 螺鈿紫檀五弦琵琶

先般「報恩講 日中」が終了しての片付け中、某檀家さんのお婆さんが訪れて私と目が合いました。

「私は〇〇ですが・・・わかりますか?」と少々元気なく言われます。

勿論、ずっとお世話になってお付き合いしている方です。

よって私も明るく「知ってますよぉ~」と返しました。

すると「知ってたのぉ? 最近物忘れがひどくて・・・ところで今日は何かあったの?」と。

何となく歩いていたらお寺に来ていたとのことですがこれまで報恩講といえば真っ先に本堂内に陣取っていた方ですからね。

 

「時間の経過」はどうにもなることではないだけに切ないことです。

「老化の無常」なのでしょうがそれを今は「認知症」といいますね。

「長生き」についてそれが何歳以上かといえば、余り欲張らない数字「80歳以上」(実際はもっと・・・現代の医療発達の恩恵の下にいる我々からは少々ハードルが低そうな数字とは思われますが)、として2025年には、認知症患者が全国で700万人、65歳以上の5人に1人が認知症が発症しているといいます。

 

ということは65歳で認知症の症状が出てそれから「ご長寿」の勲章を得るまでかなり自身も周囲も「切ない」人生を送らなくてはならないということです。

 

その5人に1人の括りからは是非に逃れてうまいこと一生をハッキリ楽しくハッピーに送りたいというのが人情というものですが、そうはいきそうもないということは漠然と・・・。

 

その認知症の初期症状ですが、ちょっとした傾向があってそれに周囲が気づくことによってある程度の修正をさせること、進行を遅らせることが可能だといいます。

それが「特定の言動のパターン」(原田文植医師)だといいそのことが症状の進行を早くする傾向があるそうです。

 

「言動」とはその人がよく口にする言葉(口癖)で、今の「わたし」についてのネガティブ体調、気分について語っる人だといいます。

それが「最近物忘れがひどくなっちゃって・・・」ですね。

 

境内で会うその方はいつも会う人会う人にその言葉を挨拶の如く使用していました。

また他に「面倒くさい」「別にイイ」風の語も認知症状としてよく使われるそうですが、そういえば私も「面倒だしまぁいいか・・・」などしばしばのスタンスではありました。

 

日頃からポジティブな言い回しを心がけることは「言葉」としても大切のようです。

自身承認を毎度言葉にして言い聞かせしているのですから・・・また、私は最近になって「頭が腰が・・・肘が肩が膝が・・・と痛いところばかりを口にしだしました。痛いのは事実ですがそれを口にして繰り返し吐き散らしているのはやはり病的症状に陥れるきっかけになっているような気がします。

 

よし行くぞ さっさとやっつける おもしろい おかしい

 なんとかなる (テレビのアホな政治家に)バカ野郎・・・の

ガハハハッ的イケイケどんどんの超ポジティブ「口癖」がイイのでしょうね。

ネガティブ口癖の人を見かけたらその件指摘して、修正していただきましょう。

「言」は多ければ多いほどいいのです。癖のように同じフレーズを言い出してもダメ。

 

さて東京国立の正倉院展で一番人気の人だかりといえば「螺鈿紫檀五弦琵琶」。勿論あの「国家珍宝帳」に記載がある世界で唯一現存する五弦琵琶です。

以前、僧俗研修会で琵琶の演奏を目の前で見ましたが、そちらは四弦の曲頚琵琶。

五弦は「頚」がまっすぐというところがハッキリした形状の違いですが、その名の通り弦が五本ということで演奏も難しかったようです。

「弦」の方は1本余計にあるかないかで雲泥の差。何せ世界に一つ。

 

経年による劣化は修理によって復元されていてその威容は素晴らしいの一言。世界に「二つとない」ものを拝見できてそれだけで満足ですね。

係員の「立ち止まるな 進め」は「そう急かすなよ」ですが。

 

楽器としてあるのだから弾いてみたい、音を聞いてみたいというのも人情。そこで復元されているものがあります。

要はコピーがあるということ。

よってそれを「復元 螺鈿紫檀五弦琵琶」という風に命名されそちらも展示されていました。そして明るい場所に展示されていて写真撮影もOK

ただしスマホカメラをガラスケースに近づけたりすると係員がすっ飛んできます。

ガラスに接触させるな、との仰せでした。

こちらとしてはガラス反射が撮り込まれるのが嫌で近づくのですがね。

 

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2019年

11月

11日

御正忌 毎年不闕に よろこびてもなほ 欣笑す

大きな法要も無事終了して嬉しく、またほっとしています。

たくさんの御門徒さんの支えがあって大切なお勤めを修することができました。

特に「これ、おかげさま」と一応の感動をさせられたのが手前味噌ながら息子が日中法要にて率先して動いてくれたこと。

彼の御文の拝読など初めて聞きましたのでそれ一層の事。

 

私が「御文は何を?」と聞けば毎年不闕(ふけつ)に」(三帖-十一)を指定してきました。

「え?」と思わず聞き返してしまいました。

内心、「聖人一流(五帖-十)」あたりだろうと思っていましたので。

ちなみにその「聖人一流」とは数ある御文の中で短くわかりやすくかつ御門徒さんにも馴染み深いものです。

 

一方「毎年不闕」の方といえばその4~5倍の長さ。

御正忌となればよく拝読されますが、難しい言葉も出てきて、結構に難解な御文です。それに何より蓮如さんが私の事を怒っているようで・・・

 

拙寺では初めて耳にする方たちが多かったかも知れません。

まぁ「感じだけでも・・・」ということで彼にまかせました。

私も外陣で頭を垂れてその拝読を聞いていて思わずニヤリとさせられましたがその御文の中のフレーズです。

「あまつさえ」など今風な使いまわしではない古風なところ。あの息子の口からそんな言葉が吐かれるなんて・・・と不思議な感覚におそわれました。

 

それにまたその語といえば大抵は「ピシッと」お説教をいただくようなシチュエーションですからね。

テーマとしては拝読のスピード。

もうちっとばかしゆっくりとお願いしたいですね。

 

とにもかくにも彼の成長とその尻腰を押していただいてお育ていただいたお寺のご住職、関係者の皆様に感謝せずにはいられません。 南無阿弥陀仏 合掌。

 

それではそのなが~い御文、「毎年不闕に」の全文を。

 

「そもそも、今月二十八日は開山聖人御正忌として、毎年不闕にかの知恩報徳の御仏事においては、あらゆる国郡そのほかいかなる卑劣の輩までも、その御恩をしらざるものはまことに木石にことならんものか。

これについて愚老、この四五箇年のあひだは、なにとなく北陸の山海のかたほとりに居住すといへども、はからざるにいまに存命せしめ、この当国にこえ、はじめて今年、聖人御正忌の報恩講にあひたてまつる条、まことにもつて不可思議の宿縁、よろこびてもなほよろこぶべきものか。

しかれば自国他国より来集の諸人において、まづ開山聖人の定めおかれし御掟のむねをよく存知すべし。

 

その御ことばにいはく、「たとひ牛盗人とはよばるとも、仏法者・後世者とみゆるやうに振舞ふべからず。また外には仁・義・礼・智・信をまもりて王法をもつて先とし、内心にはふかく本願他力の信心を本とすべき」よしを、ねんごろに仰せ定めおかれしところに、近代このごろの人の仏法知り顔の体たらくをみおよぶに、外相には仏法を信ずるよしをひとにみえて、内心にはさらにもつて当流安心の一途を決定せしめたる分なくして、あまつさへ相伝もせざる聖教をわが身の字ちからをもつてこれをよみて、しらぬえせ法門をいひて、自他の門徒中を経回して虚言をかまへ、結句本寺よりの成敗と号して人をたぶろかし、物をとりて当流の一義をけがす条、真実真実あさましき次第にあらずや。

 

これによりて、今月二十八日の御正忌七日の報恩講中において、わろき心中のとほりを改悔懺悔して、おのおの正義におもむかずは、たとひこの七日の報恩講中において、足手をはこび、人まねばかりに報恩謝徳のためと号すとも、さらにもつてなにの所詮もあるべからざるものなり。

されば弥陀願力の信心を獲得せしめたらん人のうへにおいてこそ、仏恩報尽とも、また師徳報謝なんどとも申すことはあるべけれ。

 

この道理をよくよくこころえて足手をもはこび、聖人をもおもんじたてまつらん人こそ、真実に冥慮にもあひかなひ、また別しては、当月御正忌の報恩謝徳の懇志にもふかくあひそなはりつべきものなり。

            あなかしこ、あなかしこ。」  

[文明七年十一月二十一日これを書く]

 

お話しは「欲宣法 現欣笑」でした。

 

夜はテレビ小僧に復帰。

NHKダビンチ・ミステリー。「糸巻の聖母」ほかパーフェクトで深すぎる芸術の解析とその手法を凝視。

その前の時間は再放送ながらEテレ日曜美術館の「正倉院展」。

強烈なる入館前の画像が放映されていましたが、私が行った東京国立のそれも酷い行列でした。

 

どちらでも驚かされますが、中国からのお客さんたちがこういった場所にも訪れるようになった・・・ということ。

ぼーっとしている私など嫌というほどadidasを踏みつけられてしまいました。

また若い人も多数見受けられました。これは悪くない傾向ですね。

展示されている蘭奢待の前はことに人だかり。前にいたお嬢さん二人組が、「明治天皇、取り過ぎ・・・」と。率直なご意見でした。

三か所の切り取り痕に付箋が貼り付けられていて、足利義政・織田信長そして明治天皇の名が記されています。

 

②図はぐるっと回って私の前に「300人は・・・」の図です。

開館30分前にチケット売り場に到着しましたがため息が出ました。前売りの購入はしていませんでした。

入館開始後しばらく進んで後ろを見れば・・・「2000人は」いたかも。それマジ、マジ・・・。

皆さん行列が苦ではないのでしょうかね。

毎度おそれいります。そういう私もか・・・

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2019年

11月

10日

文化財は永遠に・・・とはいいながら ショッキング

報恩講本法要の準備におおわらわの日々です。

夕刻にはお逮夜法要がありましたが、午後からは法要が入っていました。

施主の住まいは阪神高速の魚崎近く、片道5時間の帰郷、墓参行脚です。

スケジュール的に「その日」だったわけで、まぁ10日の当地各イベントといい重なる時は重なるものです。

 

セッティング準備に境内が慌ただしい中、堂内法要の勤修に参列の皆さんも気が散ったことでしょう。

遠いところから来られているのに申し訳ない気持ちでした。

まぁ事前にその辺りのお断りはしていましたが・・・

お天気はまずまずでお帰りの5時間の間の天候の崩れはないことは有難いことでした。

 

息子も横浜の仕事が終わってからこちらに向かっています。

報恩講は帰って手伝えと強制的に休みを取らされるようです。

 

さて、ショッキングなニュースでした。

私からすれば首里城の炎上の炎と同様、あるいはそれ以上に動揺させられた画像です。

 

11月6日の岐阜新聞によると大垣市綾野の真宗大谷派真照寺でのできごと。

『江戸末期に造られたとされる本堂の正面側の軒が幅約15m、奥行き約5mにわたって境内に崩落した。同寺によると、崩れたのは4日午前11時30分ごろ。

風は強かったものの前兆らしい現象はなかったといい、原因は不明。

1891年の濃尾地震で大きく傾いたが、檀家の協力を得て解体、補強して建て直したと伝わる。その後、瓦は定期的にふき替えていたが、少なくともここ50年間ほどは建物自体の補強工事は行っていなかった。

崩れた軒先は長くせり出し風雨にさらされて老朽化していた。岐阜大工学部の木下幸治准教授(維持管理工学)は「寺社仏閣は耐震設計のような発想がなかった時代に木材のみで造られたものも多く、日頃から専門家に点検を依頼することが非常に大切」と指摘した。』

 

お参りの方がたまたまその下に居なくてよかったです。

住職は本堂の中に居たそうですが・・・

 

「専門家に点検を」の件よくわかりますが、拙寺の状況も上記のお寺と殆ど同じような感じ。

どうしていいかなどわかりませんね。

点検して何かしなくてはならなくなったらまた頭が痛くなりそうですし、黙って見ていていいのかという気持ちもありますが・・・

物のカタチとしてあるからにはいつかは滅ぶのは必定。

永遠にそれを維持させることは不可能と思われますが。

 

①②は先般足を運んだ博物館の図録。

③は牧之原市からの文書お達し。

スプリンクラーに放水銃も欲しいけど・・・

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2019年

11月

09日

磐田の地名千手堂(せんずどう) 「千手の前」の名

今朝の慌ただしい時間の中でしたが、テレビから流れる千葉の知事さんの会見の様子に耳を傾けていました。

会見とはいいながらも釈明ですね。

それは例の台風の翌日に「公用車を飛ばして別荘へ」の「言い訳」といった感じ。

 

「別荘ではなくて自宅」と強調したのは前の東京都知事がやはり「公用車で別荘へ」が問題になって辞職に追い込まれたことが頭にあったのでしょうが、それより今回のテーマは「台風直後に公務を離れたこと」へ沸き起こった疑問ですので、行った場所が別荘だろうが自宅だろうが関係なし。

 

むしろ台風が心配で自宅に戻っていたのでは・・・という職務放棄に近いその「スタイル」~この語は知事が「走る車の中からさーと視察する」やり方の知事ならではのやり方、合理性を主張する際に使用していました~であって自宅に戻ったのは自車をとりに行くためであってあくまでも「私的視察」が主眼であるとのもの。

 

千葉県民の大いなる疑問は甚大な被害が起こった千葉南部ではなく、被害の少なかった東部の自宅?方面に私的に向かったことですね。理由が「自宅視察」ではなくあくまでも県下被害状況の視察であると強く訴えていましたが利害無関係の一視聴者の私が思うところ限りなく付け焼刃的応急の言い訳にしか見えませんでしたね

 

思うに記者の質問に対して「反論」のみに全力を投じるかの如くであって素人目に見ても「そこは謝っちゃった方が・・・」と思うところありました。

何故に素直に私が悪かった、の「ごめんなさい」が言えないのでしょうかね。

おかげで「本当のところ」がよくわかるような記者会見でしたが。

 

元の三文役者だけあって演技は落第点、演劇指導が必要かも。

水の入ったコップを口に近づける場面が何度も放映されていましたが確実に「手が震えていました」。

犯罪心理学の観点から明らかに「嘘をついている時」の興奮状態の反応のよう。

もはや時間の問題というか、地元に総スカン喰らったとしたらひょっとすると千葉県に居られなくなるかも知れませんね。

地元の声がわからなかったトップなのでしょう。

芸人さんあがりの知事ということで「花道」がお好きだったのでしょう。

千葉の人が決めること、私はただの傍観者。

 

さて、手越宿の「千手の前」について先日記しました。

千手って何?と思うところですが、これは「千手観音」からという推測の通りですね。

アリがちな伝承ですが「手越長者」の子生まれ願掛けをその千手観音にしたら、彼女が授かったということですね。

 

そのお寺が磐田市の千手寺です(場所はこちら)。

知る人ぞ知るそちらの住所地が「千手堂」。いつからか発音はなまって「せんずどう」です。

古風な地名「千手堂」。変更されることなく何時までも残して欲しいですね。

 

④の看板以外は千手姫(ここでは千寿姫)の名は見かけませんでした。⑥はこちらの御本尊ではありませんがイメージ画像千手観音。東京国立の1ショット。惚れ惚れしますね。

 

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2019年

11月

08日

この形式はかなり古い 塼仏―せんぶつ 

先日は毎年恒例、報恩講前の「おみがき」。

本堂荘厳お飾り、黄銅仏具をキレイにします。

ご担当地区から12名が集まり、それぞれおしゃべりをしながらののんびりとした作業でしたがおかげさまでお昼前には終了しました。有難いことです。

勿論、私もその中に紛れて舌長、もうちっとばかし手を動かさねばね。

人の会話に入り込んで耳にした単語に反応してのおしゃべり、終わった後からいつもの後悔でした

 

皆さん「腰が(痛くて)」の言葉があった際、その日の朝、ちょうど見た新聞記事から「腰痛持ちも悪くないかも・・・」と。

その記事を見た人もいて「そうそう」と応えていただく方がいたり「え~」という不審を抱く方も。

その記事の見出しが「腰痛持ちの80歳以上 認知症リスク半減」というもの。

 

痛みを感じること=脳の機能が維持されていることなのでしょう。

また、65~79歳の人で膝の痛みに関して認知症になるリスクが1.7倍高く、「膝が痛い」に加えて+「1日30分以上歩かない人」となると認知症に1.9倍なってしまうそう。

要は「痛いから歩かない」という図式ですね。

その80歳以上の「膝の痛み」に関してはデータ不足から差異は見られなかったそうですが、「腰の痛み」に関してそれを感じる人は感じない人の0.5倍とのこと。

 

痛いながらも体に負荷をかけることが健常につながるのでしょうね。

ほどほどというものもありますが「痛い」を言い訳にせず適当に自分に鞭を打つくらいの厳しさも必要なのかも。

楽ばかり求めている自身反省しつつそんな話をしましたが、オチとしては「自分の痛み」を知るということはやはり「他人様の痛み」に関して理解しやすい・・・かも・・・と。痴呆が進んでいる方は他者の事を思う、配慮のようなものが消滅していきますからね。

何にでも「痛い」からは解放されたいものですが悪いばかりではありません。

 

先般、脳動脈瘤が3つ発見されて2度目の手術を無事終えて現在リハビリ中という方とお会いしました。

そしてそのトータル80針以上の頭蓋内開頭大手術の痕跡を拝見しましたがその痛みというものの「筆舌に尽くしがたい」をうかがって私は震えあがりました。

しばしば頭痛に付き合いつつ時として薬の力を借りてしのいでいる私ですので少しばかりその頭痛の辛さはわかっているつもりです。

 

麻酔から覚めた時はそのうれしさ(手術終了の)を通り越して酷い激痛に襲われるのだそう。

その手の手術後の流れだそうですが、目が覚めた途端に質問の「連続口撃」があるそうです。

貴方の名前、何故ここにいるの?から始まって細々とした周辺色々のこと。激しい頭痛の中それに対応するのも辛いそうですね。

 

しかし思いました。

その激痛こそ無事に生還できた証しだったと。

「痛み」というものの有意義にあらためて目覚めさせられました。

 

さて、古仏は古いものほどそのすばらしさと存在意義を感じますがやはり、その強い生命力は特筆です。

美術的には当然に重大な価値を推測しますが、それよりなによりその仏が現在私の眼前に出現していることが奇特なのです。

地震・火災・戦乱の繰り返しに20世紀の空襲など多くの「痛み」を乗り越えて存在しているのですからね。

 

そんな仏たちの中でも表記画像の如くのレリーフ状の仏像は珍しいものがあります。

こちらはその形状のくくりとして「塼仏」(せんぶつ)と呼ばれています。

仏の姿を見ればあきらかに日本の仏像のイメージとは違い、古代オリエントからシルクロードの香りも漂ってきますね。

 

日本にやってきたのは7世紀頃と言われますので、1300年以上の時間が経過しているということ。

この「塼仏」は後世出現する和製オリジナル仏像や石仏とは違って「仏」としての主体というよりも仏具装飾に使われていたというのが専らだったよう。

製造方法は幼稚というかカンタンで子供のおもちゃの如く、雌型の型枠に粘土を押し付けて成型、それを低い温度で焼成したものですね。よって大量生産されていたようです。

しかし壊れやすい、焼成が甘いということもあって崩壊を免れその形状を残しているものは稀でしょう。

 

①明日香橘寺出土三尊塼仏

②高取町南法華寺出土三尊塼仏

 

やはり時代から奈良周辺の出土が多いよう。

型さえ作ってしまえばコピーしまくり・・・ということは大型建造物の壁やら基壇側壁などに貼り付けられたのでしょうね。

 

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2019年

11月

07日

左の伏兵 adidasは3本 板碑といえば2本線 種子

世の中いろいろ人間のやることなすことのアホらしさ(勿論自身も含めて)にはほとほと・・・ニヤニヤと傍観しています。

それを受け入れる側や自分自身の中にある「まともな私」(他力による気づきとしての仏縁)からすれば毎度毎度のヤレヤレ感でしょうし、まぁそれもいつものことでしょう。

「どぉ~」ってことはないといえばそうですが・・・。

 

たとえば各大臣殿が有権者にいろんなモノを配りまくって、あるいは選挙カーのウグイス嬢に余計に報酬を支払ったりの公職選挙法抵触の疑いがバレてクビになった(実際は自分から辞表を出しての逃げ)ことや千葉県の知事殿が実はあの台風当日に自身の別荘に「公用車」で行っていたことがバレちゃった・・・などなど私からすれば「知らぬこと」のスタンスでありました。

直接の関係はまったくありませんからね。

 

ところがこればっかりは「腹が立つ」と思ったのは「週刊文春」( 2019年11月14日号)から。

その大臣職をクビになった河井法務大臣が大臣在職時に車両移動中、秘書に「急げ」と指示し80キロ制限の高速道路を60㌔オーバーの140㌔で走行させたというもの。

 

「へーっ」ですね。

法務大臣が法令順守の精神が欠落していたことは一応は「けしからん」とは思います。

しかしスピード違反など交通違反は誰でもやらかしますからまぁしょうがないか・・・などと。それにしても60㌔オーバーはいくらなんでもやり過ぎか・・・。

 

まぁほとほと呆れて腹が立つのはそれに対して御咎めをしない広島県警のあり方。

検挙しないということは容認したということですからね。

 

「今年3月には、麹町署の巡査が、警察官の交通違反を見逃したとして、犯人隠避容疑で書類送検されている。

一般市民の違反については厳しく取り締まる一方、政治家の違反は見逃していたとすれば、警察への信頼を失墜させることになりそうだ。」と上記取材で締めていました。

 

まさにその通りでしょう。

「ケーサツのインチキまかり通るの」一言ですね。

昨日は静岡県警で万引きがバレて依願退職・・・のニュースが地元テレビで伝えていましたが、その件は「まぁ人間だから」の出来心ということで「しょうがないか」というところもありますが、その交通違反に対する手心について政治家と身内OKのスタンスはあり得ないことです。

警察という組織、「庶民の敵なのか・・・」と感じさせられたワケで。

 

昨晩も賑やかだった覚せい剤や麻薬などに手を染めないマジメな庶民が刑事被害を除いてのケーサツとの関りは自動車で公道を走って道路交通法の令下に身を晒す時が主。

そんな際、良識ある真っ当な方といえば「安全運転さえ」心がければ交通違反のお咎めは受けないだろうと指摘されるでしょうね。

それは至極もっともな話でそれを言われれば私のような不届きものの躰の身としては反論の余地はまったくなし。

 

しかし、私の見て来た交通違反取締現状の意義というものを考えるに、交通事故の予防より、反則切符発行による資金稼ぎのようにしか見えませんね。

それがどちらでも見受けられる「待ち伏せ」の卑屈さです。

 

電柱の陰や街路の死角でかくれんぼ。

そのような姿勢で庶民の理解というものが受けられるのでしょうかね。

もはや「通行税支払いの御時節」くらいの割り切りでその何で検挙されたかの御説教を免れるために開き直ってさっさとサインをしてその場から離れるのでしょうね。

 

ちなみにその庶民の「60㌔オーバー」となれば一発免停。

また「6カ月以下の懲役または10万円以下の罰金」となるようです。

 

そこで先日目前であった話。

私は時折渋谷代官山の叔母の家を奥方の指示により見回りに行かされます。その時、そこからちょっと走った青山通りで見た件。

果たしてどのくらいの方がそれを理解されているかわかりませんが田舎者の私は仰天させられました。

 

車両運転者にとって交差点の右左折の際、どちらかといえば「右折」を注意することはどちらのドライバーにおいても肝に銘じているところ。交通量の多い場所は緊張もしますね。

時差式、右折専用の「→」等信号指示の通りに車両と歩行者に注意して進んで何とかクリアします。

そして「左折」。こちらは比較的楽にイケるというのがこれまでの頭の中のイメージ。

歩行者に注意しさえすれば問題なしでした。

 

しかし現在、都内学校近くの幹線道路では歩行者巻き込み事故の防止が目的ではあるのでしょうが、左折専用の「←」が設けられた信号が増えてきています。

要は青に変わって~それはしばしば歩行者信号の「青」に目が行きがちですが~歩行者がいなくなったからと車を進めてはイケないということです。

自動車用信号が「↑」が出ています。その際「←」の左折OKの信号が出るまで進むのはNG。

「信号無視」で切符を切られることになりますね。

 

私が眼前にしたのはそういった信号の手前100m付近で白バイが「待ち伏せ」しているところ。

そんな新しい道交法違反誘因方式の信号機が社会に出回っていることをドライバーが熟知していない間の荒稼ぎでしょうか、露骨な待ち伏せ検挙が横行しているように感じたのでした。

今がチャンスというばかりにね。

 

白バイ隊員殿は「前方信号機の監視などしていませんよ」くらいで別件「事後処理」をしているかの如くの待機姿勢ですのでカモは次々にやってきます。

「左翼の伏兵」(つい右翼に気を取られがち)が隠れていることに気づいたとしてもそもそも「そんなルールは知らない」という者をターゲットにした新手の信号機への進化があったのでした。

善良な市民は特に注意しなくてはね。

「ボロ儲けじゃね・・・」などと奥方と苦笑いして見ていましたが

待ち伏せ・不意打ちの奇襲作戦は何時の時代も日本国の得意技でした。

しかし庶民を狙い撃ちに対して、偉い人やお友達へのお目こぼしがあるのでは警察など誰も信用しませんよ。あの卑怯道を見ていて気持ちが悪くなりましたね。

その気の毒なシステムに動かされて動いている白バイ隊員に「南無阿弥陀仏」合掌。

 

以前、枕経(20分程度)に呼ばれた際、故人自宅前に置いた車に駐禁切符を切られたそのあと、その通りの茶畑では死体遺棄事件がありました(それだけ通行量の多くない場所)。

ビッシリと警察関係車両やマスコミ各社の車が駐車放置されていましたが「なんで取り締まりしねぇんだ」と大いに疑問を感じましたね。

その仕事にすべていい加減、テキトーしか感じません。

 

さて、昨日は関東に多い「塔婆」形式、板碑の基盤について記しました。この手の石塔系で角塔婆(塔身が方柱状で頭部が方錐体)というものがありますが川勝政太郎氏によればこの角塔婆の一面部分を主体拡大して板碑に・・・という流れがあるようです。

また笠塔婆というスタイルがあって文字通り柱状の石材の頭に「笠」が造形されるものがありますが、「傘が無い」というか欠損しているものがありますのでパッと見て「板碑」と早とちりする場合もあります。

笠塔婆は比較的新しい江戸期のものも出回っていますのでね。

 

やはりこういった石塔は古ければ古いほど感動を覚えるものです。

 

画像はすべて東京国立。

①永仁三年(1295)阿弥陀如来種子(しゅじ)

②元享四年(1324)阿弥陀仏立像 

③元弘四年(1334)阿弥陀如来種子(しゅじ)

④弘治元年(1555)阿弥陀如来種子(しゅじ)

 

私は誰が何と言おうと足元はadidasの3本線です。

板碑の頭(「額」)はといえば2本線(二条線 稀にそれが無いものもありますが・・・)。

関東はあまり好きでない地に成り果てていますので出遭う機会はそうありません。

よってたまに行く博物館で彼らとの絶妙対面が楽しめます。

 

最後の画像は渋谷道玄坂下の交差点。

何故か塔婆(108-とうば 実は109-とうきゅう)が立っているようにも見えなくありません。

となれば墓場か?・・・あの手の塔婆の如く高層ビルが建ちだしました。

私の学生時代といえばよくこちらで遊ばせていただきました。また東急ハンズの本店がありましたのでちょくちょくと・・・今はといえば「いけすかない」街に成り果てたという感。

 

何やら各イベントのあとのくだらない騒ぎをテレビで見てそう思うようになりましたがとにかく人、多すぎ。

できれば行きたくない場所。

本当にマラソンの件、札幌でよかったです。これ以上人を集めてどうするの?トーキョウ。

心から北海道を応援したいものです。

 

ここで板碑の能書きを。川勝政太郎氏によります。

「頭部を山形に作り、その下に二段の切り込み、額部があり、身部の下に根部を作る板状の石塔である。この形式は鎌倉時代前期以来、板状の緑泥片岩を産する関東において大流行した。本来は板状の塔婆なのだが板碑と呼ぶ習慣になっている。塔身部の広いことは本尊をあらわし、文字数の多い銘文を刻むのに適している。形は簡単だがこの特徴が世に迎えられたのであろう。

しかも花崗岩・凝灰岩などを使って作られた厚みのある板碑も全国に散在する。」

尚川勝氏は以下「種子」リンク先ブログ、居神神社で紹介している「板碑」等、自然石のものは別カテゴリーであることを主張しています。

 

種子」=しゅじ・・・「種子字」のことを言います。

私ども浄土真宗にその概念はまったくありませんが密教系の流れには諸仏を梵字一文字で表します。

②画像のように阿弥陀さんの像を丁寧に線刻するよりも仏を表す種子字一文字をど~んと中心に置く方が工数も減って石工も手間いらず。

少なくとも六字の名号を最有力の墓碑とする私どもからすれば工数は1/6ということになります

蓮台も削っておけば敬意もうかがえますし見る者がその種子字を理解できなくても「仏」であることは推測できますね。

 

阿弥陀仏の種子字は画像の通りです。

 

 

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2019年

11月

06日

寺標土台補強完成 板碑のベース(東京国立)はコレ 

岩手県の釜石市がワールドラグビーの年間表彰(キャラクター賞)を受けていました。

東日本大震災の津波被害からの復興を通じてラグビーの価値を高めた」ということが理由だそうです。華やかに盛り上がった今大会にあって地味な裏方としてこつこつと活動してきた成果が認められたのでしょうね。

あの大震災からの苦難を乗り越えての活動が評価されたことは本当によろこばしいことでした。

 

日本全国「自然災害」の増加はどちらでも困りますがこと東北地方の人たちがそういった災害に遭うことを見ると二重三重の苦痛を強いるようで一層のため息が出てしまいます(それは自然災害にあわせて人間の余計な造作・・・厄介な原子力発電所発のいろいろがあったこともありますし)。

 

そこに昨日のニュース。

例の台風19号で仙台市の災害用の備蓄食料が浸水被害にあったとのこと。計約2万7600食の約650万円相当がおじゃんになったようですが、保管倉庫が河川氾濫時の浸水想定区域内にあることを承知していての被災だったよう。

それを言っては気の毒といえば気の毒ですがハッキリ言えばお役人の怠慢ですね。日本全国共通ではありますが。

役所というところはそういったところの改善の動きに関しては甚だしく「遅い」ですから、まぁわからないでもありません。

 

ちょいと市として余計な事を添えるな~と思ったのはおじゃんになった食品は「堆肥などに使用する」そうです。

体のいい変な言い訳・・・と思いました。

要は「土に埋めて捨てる」ことだろうと。

みすみす管理不適格地にあった食料倉庫について放置したことによって起こした損失と、予測する緊急時未対応になりうるリスクについて厳しい目で見る必要がありますね。

全国の自治体は一斉に見直さなくてはなりません。

 

私の地元でそれら非常食でも台無しにされたとして「ちゃんと肥料にしますから目をつぶって」などと言われたら私なら腹を立てますね。それを食い物の恨みといいます。

 

さて、門標補強工事は昨日で完成。

ガッチリ固めました。

逆に逃げの部分をまったく設けていませんので、棹の部分が根元からポッキリということも考えられます。しかしこれ以上の対応はもう無理かも。

そもそもこんな小さな寺の割に大きすぎる石標なのですから。

 

最近エライ人が流行り言葉にした「身の丈・・・」に合っていないということでしょう。あの半分から2/3でも十分でしたね。

まぁその言葉の使用方法としてはそもそも自身の身について語ることであって人様の「身分」について上からどうこう言うことがオカシかったのでした。大した「身」でもないのにね。

 

画像は完成した石標ベース部補強部分と「板碑(いたび)」のベース部分。

板碑は墓碑・供養塔など石標の種類のうち関東地方に多い薄型の石材で塔婆を象った物。

経年のうちベース部が欠落して土に直接挿しているものもありますが自立することはできませんのでベース部とセットというのが常。

それぞれの端末形状を凹凸状にして差し込むのは五輪塔の如くです。まさに碑にとって裏方さん。これがなければぐらぐら不安定な代物となってしまいますから大切なパーツです。

 

今回はその裏方さんだけをアップしましたが、あの口を開けたようなその奥の空間を思うとまた楽しい・・・

 

寺の石標も作りとしては板碑と同じです。

表記東京国立とは勿論上野の博物館のこと。競技場ではありません。

 

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2019年

11月

05日

初期職人のモラルとコンクリートそのものの劣化

関西地区の地震でブロック塀の危険性が大きく問われるようになってから特に各自治体ではその改修に資金援助して既存ブロック塀の解体と別素材での境界フェンスの工作を進めていますね。

よくブロック塀に「鉄筋」の有無について問われることがありますが、一昔前は鉄筋無しなどの工事は当然の如くあったわけで・・・。いい加減というかそれが「予算に応じて」の工事方法の一つであったのですから仕方ないか・・・。

 

かつての職人さんと話したことがありますが、鉄筋どころかブロックの間の空間に親方から「新聞紙を丸めて詰めろ」と指示されていたといいます。

要は生コンをケチるということですが、時として新聞紙も詰めない空洞のままのブロック工事もあったといいます。

まぁそういった工事によるブロックはすでに軒並み崩れ去って今となっては問題として上がってこないのかも知れませんが、ひょっとすると奇跡的に生き残っていて未だ街路に建ち続けているやもしれません。

それを考えると恐ろしいことです。

 

しかしもっと恐ろしいのは橋ですね。

それが突然なくなったとしたら・・・川の中か谷底です。

橋梁型の道路はそこいらじゅうに走っていて最近になって指摘されるところはそれらの耐用年数、コンクリートの経年劣化の件です。

イタリアでは大きな橋が崩れていましたが日本でいうと「長さ2m以上の橋」というくくりだけで70万橋弱あるといいます。

 

また日本の高速道トンネル崩壊事故も記憶に新しいですがトンネルだと1万強。

他に道路・水道管・下水管・港湾施設に空港にビルなど様々な施設に使われているコンクリートですがそのコンクリートたちにブロック塀工事の業者のするようなモラル欠如の姿勢がまったくゼロであるとしたとしても、それらの耐用年数の迫っている、あるいは時間切れの超危険なそれらは今社会に溢れかえっているはずですね。現役として・・・

 

そこいらじゅうに道路に橋にトンネルが通って私たちの利便性は向上していますが、メンテナンス・補修の方におカネを回して行かないとこれから橋やトンネルはどんどん落ち・崩れていくのでしょう。橋などの場合ほとんど新規にかけるのと同様、おカネがかかりそう。

 

ちなみに拙寺寺標が立てられてから約20年。

大型コンクリート製構造物の一般的耐用年数は50年と聞きますが倒れることを殆ど考えていなかったとみえて薄っぺらいコンクリートが張られていました。

やはり劣化は甚だしいものがありました。

今度はステンレス製の鉄筋をベース部に差し込みミキサー車を・・・

本日午後には型枠が外れます。

 

 

 

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2019年

11月

04日

今年はいろいろイベント重複 報恩講 QR再掲

                                                               お手元のスマホでコードを撮影するだけ

 

  PCからは

  https://www.youtube.com/watch?v=DljZBPDaz5g&feature=youtu.be

11月4日は全国的な晴れの特異日だと聞きました。

その前日の11月3日の方がその特異日であるというのが通説だったようですがそれ以上に晴れる確率が高いようです。

自分の頭では「10月10日」が頭にありましたが・・・

10月といえば今年は酷い天気ばかりでしたからね。

 

これから冬季は太平洋側は「乾季」、日本海側は降雪続きでお天気の状況は大きく違ってきますが、その晴れの確率が高いのがわかっているということは計画が立てやすくありがたいことこのうえなし。

 

一瞬、毎年恒例のお寺のバス遠足をこの時期にしたら・・・などと空想したところです。

報恩講にぶつけてもイイかも知れませね。

 

今年の拙寺の報恩講は11月10日(日)でこれは1年も前に決めていたことですが、ここのところの荒天のために地元の各イベントがこの日に集結してしまって寺楽市の出店者が減るようです。

相次ぐ台風による順延でたまたまこの日に変更が集まったということです。

 

拙寺の寺楽市には毎度お馴染みの瓦屋さん、大工さん率いる渡邊商店が関東の風水害で傷んだ屋根の修理に大忙しで不参加になっています。最近の各地の被災で「屋根屋」さんは引く手あまたのよう。たくさんの神社仏閣が被災していました。

 

毎年のように起こる災害の事後対策に出払っているようで、瓦屋さんの不参加も3回目になるかと。

暇に任せて私の寺の境内でたこ焼やだんごを焼かせているのは切ないことですが、彼らが忙しすぎるということは世の中「不安心」の証拠です。

災害襲来の件、もうちっとばかし控えていただきたいというのが願いですね。

 

さて、昨日の法要でお話しした内容もその前日と同様のこと。

やはり「無上甚深微妙の法は~」を引っ張り出したのですが「微妙」=「みみょう」読みもそうではありましたがその直前の「甚深」=「じんじん」読みも国語の読みでは先生から「×」をいただいてしまいますね。

 

だいたいワープロでその字を出したくて「じんじん」と打っても永久に出てきません。

それは通例は「じんしん」がその頭脳のいう「正解」のようでした。やはり古い時代は濁って「じんじん」だったようで、だんだんと濁りが消えていったのでした。

国語の先生の採点はどうするのでしょうね。

両方正解にしてやらないと日本語がおかしくなるような。それも解説付きでね。教師は大変です。

 

「甚」の文字の使用例を今時風に記せば「激甚災害」。

「はげしくはなはだしい」とその程度の深さを形容しています。よって「甚深」(じんじん)は「深淵、奥深い」という意となり「微妙」(みみょう)と連なる「甚深微妙」は「至上深淵なるすばらしさ」を表現しているのでしょうね。

よってますます「微妙」を「ビミョー」とあたかも否定示唆の用語として使用する流行言葉を吐く人に「カチン」ときてしまうのでした。

まぁ私の「カチン」は聞かなかったことにするだけですが。

 

①は恒例布施氏製作の拙寺報恩講ポスター。

③は一昨日も記したバーコードシール。スマホで撮影すればサイトに飛びます。こちらは牧之原市が予算をかけて作ってくれたものですのでしっかり宣伝しなくては。

 

報恩講はそのまま「報恩」の称名をたんたんとこなすだけ。

参詣に関しては各自のお考えによること大。他のイベントに出向くもヨシ、すべておまかせです。

10日は晴れれば相良は賑やかになることでしょう。

ただしどちらも車の駐車に難儀するでしょうね。

 

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2019年

11月

03日

丸子(鞠子)名物と丸子川端の高札場

南アの「デカくない」デクラークとコルビの弾け具合、光っていました。

「歓喜踊躍」(無量寿経)の様相は見ていてこちらも楽しくなってしまいましたね。

人種隔離政策という負の社会から離れて、その社会の成長があったことを確認できたことが素晴らしいのです。

 

ラグビーは「クレバーな連携と協力」が命。

今回のRWCの優勝は人種混在のアフリカ代表チームが真の民主的国家に成長していることを証明したのでしょうね。

日本チームを見ていてもそうですがあの競技はそもそも国籍・人種・民族の区別をとやかく言いませんね。

「みんなちがってみんないい」(金子みすゞ)・・・、それを受け入れて一つにまとまれることの強さを見せてくれました。

 

昨日の法要の締めは地代の墓地。

イイお天気すぎて気温はどんどん上昇。参列者から「11月なのにね・・・」の声が。私としてはうれしい限りですが・・・

 

自宅仏間で拝読した御文、「当流の安心の一義」の「安心」について「あんじん」読み、「濁る」でした。

そういう仏教語と現在の一般的なものとの読み違いについて「結構ある」として本堂本法要に移ったわけですが、冒頭に拝読した「至心懴悔」の「さんげ」読みの「濁らず」、また開経偈から「無上甚深微妙法」を持ち出して「微妙」の「みみょう」読みをあげてみました。

 

特に参列者に教師がいらっしゃることを知っていましたので漢字のカナを振る国語の試験でおそらくその仏教語についての私どもの正論として子供がそれを記したとしたら×(バツ点)をもらうかも・・・と。

私がモンスターペアレントだったら・・・怒鳴り込みに行くかも・・・などと笑いをとろうとしましたが、完璧に滑りましたね。

 

特に現代で使用する「微妙」とは殆ど否定語になり果てていますが本来の仏語でいうそれは「無上甚深微妙法」の通り。

以前も記した覚えがありますが、その語を「ビミョー」と言いつつ(殆ど拒絶の意思表示)物事に前向きににれない若者に虫唾が走ります。

使い方違うだろ!!勝手にしやがれ!!と短絡してしまいます。

それも「それはそれでイイ」と許容すべきなのでしょうかね。

 

さて、私はその店に入ったことはありませんが丸子(まりこ)宿で一番に有名なものといえば何といっても「とろろ」。

近くのカレー屋には入りますが・・・

一度は入ってもいいかとは思っていますが、財布の事情もあって直前で「カレーでいいや」になってしまいます。

最近はバイパスに合流して少し、宇津ノ谷の道の駅で「静岡おでん」というのも悪くないと思っています・・・

 

画像は丸子宿高札場近くの丁子屋。

橋のたもとには復元高札が掲げられていて当時の雰囲気を楽しませてもらえます。

 

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2019年

11月

02日

牧之原市ユーチューブ紹介 寺標工事 丸子宿

いいお天気は本当にありがたい。

昨日はハイビスカスの植木鉢の整理が少々捗りました。

その前夜は駐車場に2台の不審車両が居てその警戒に周辺フラフラと見回りました歯がガチガチなりそうな「寒い!!」を感じました。季節は確実に進んでいます。

 

不審車両の件はよくあることで「夜だからわかりゃあしねぇだろ」程度のお気軽で近所の人が置いていくパターンかポケモンのなんたらかんたらでスマホ操作をする輩が来るくらいですが

「念のため」その車両ナンバーはこちらもスマホ撮影を・・・というワケです。

 

以前は「パンクしたので置かせてもらった」とジャッキアップしてタイヤを1本外した車両を置いて行った方がいましたがそれはさすがに警察に通報しました。

その旨一言ことわりを告げてくれれば無駄な騒ぎにはならなかったのに。

 

日本で就労しているだろう外国の人がニヤニヤしながら境内をうろついていたこともありましたので、夜間ともなると以前は真剣おっ取り刀ですっ飛んで出たこともありました(勿論違法です)。

何かあったら面倒な事になりますが、「最悪正当防衛の主張を」などのお気楽刃傷事案覚悟のかなりのバカでもありました。

信用のおけないご時世で致し方ないのかとは思いますが無茶苦茶なお頭です。奥方は「まだ成長過程にある」からだと納得はしているようですが。

 

信用のおけないのは社会ではありますが、やはり一番に信用ならないのは自分の事。

 

先ごろお寺の門前の寺標が傾き出したことを記しました。

石屋さんに連絡を入れての緊急工事。

4トンユニックでだましだまし支えながらべース部を剥がして正立させたところでした。

 

棹の部分とベース部分はソケット式にはめ込まれていますが、上部を横に引っ張れば接合部分を破損させることになるとのことで引っ張ったり支えたりする部分はどうしてもベース近く、重量のかかる下部になるとのことでした。

壊したら元も子もない、より酷いことになりますからね。

結構気を使いながらの仕事のようでした。

 

重量は「1t近い」ということでした。

前回も記しましたがこれを「まぁ当分大丈夫でしょ」というような感じで放置し、たまたま前を歩く通行人にかすりでもしたらもはや致命的。

お寺が人を殺めるという大皮肉を惹起させかねない「今ここにあるリスク」でした。

 

昨日はそのベース部の半分程度までコンクリートでガッチリ固めるための型枠工事。

とにかくアレに関しては絶対安心を得るために・・・です。

午前9時頃にはミキサー車が来る予定です。

 

それより何より夕刻のRWCの決勝戦はがぶり寄ってテレビの前に居座る予定。

南アで一番目立つデクラークに注目します。

日本戦でも1トライ決めました。

ただしイングランドは強すぎの感ありますが・・・

 

さて、昨日は牧之原市からの各御担当からの2度の接点がありました。

1回目は電話で首里城炎上関連。

お国から、県から各文化財の「防火」についての「念押し」があって「念のため配慮」ということで電話したとのこと。

他人事ではありませんからね。

大いに防火防災について合点させていただきました。

 

あと一つはこれも先般お知らせしていましたが、「ブラ田沼の旅」のユーチューブ版、「大澤寺」の紹介バーコードシールを寺の掲示板に貼りに来られていました。

それをスマホでパシリと撮影すればサイトに飛ぶという具合です。

リンク先はこちら。

牧之原市製作「ぶらり田沼の旅 大澤寺」をどうぞ。

 

 

 

 

 

③~⑥画像は昨日の丸子宿続き。

あちらの石標は少々細身で倒れにくいかも。

しかしこの世の中、「不可抗力」という語もありますし、どんな事故が起こっても不思議ありませんからね。

 

最近の例では保育園の園外活動で子供が墓石の下敷きになったとか、遊びで灯籠に取り付いた子供が崩れた灯籠の下敷きになったなどありました。

伊勢神宮では車両が灯籠に当たって崩れた灯籠に通行人が巻き込まれて亡くなっていましたね。

 

時々保育園児が先生に連れられて拙寺境内で遊んでいますが「墓地はダメ、井戸も気を付けて、鐘楼にあがらないで」は告げなくてはイケませんね。考えてみると色々なところにリスクは潜んでいます。

考えだしたらキリがありませんが。

 

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2019年

11月

01日

丸子宿と近年の堤防決壊の歴史 時を経て痛みを忘れる

昨日は朝から凄まじい炎の状況を見て気分を悪くした方がたくさんあったでしょうね。

酷い有様で特に沖縄の皆さんの心中を思うとどうにもならないことながらこと悔やまれる事必至。

何せ、あの戦争で米軍の侵攻の際本土の「堤防」となって焦土と化した沖縄の第一のシンボル的建築物でしたから。

 

その悲運の城郭については世界中に発信されて各方面から温かいコメントが入っていましたが単純に世界の人の心中は「日本とは特異的に災害の多い国」のイメージでしょうね。

以前の地震津波に原発のメルトダウン、昨今の台風、水害の被災を見て単純に思うに「行っても大丈夫かよ」・・・です。

まったく関連性のない合理性に欠く感覚ですが、人のイメージとはそういうものですね。

 

灼熱地獄のオリンピックに「人命」についてハッと気づいたIOCの決定事項にダダをこねているあの知事殿は見苦しいこと甚だしいかと。

次の都知事選のパフォーマンスという評価もあるようですが、札幌では実は冬季オリンピックの招致活動を控えていますね。

ここでのゴタゴタはカンベンして欲しいところでしょう。

 

決まったこと、決められたことに「イヤイヤ」をする日本人をイメージづければ「日本人に何かやらせるとゆくゆく面倒なことになるかも知れない」ので「できるだけ日本での開催はやめておこう」という図式になるということに気付くべきですね。

 

次回の集票を期待しての「ヒステリックなわからずや」を演じているのか実は本心なのか知りませんが、これ以上粘ってしこりを残せば世界の日本への印象はすこぶるダウンするでしょうね。「ルール度外視の人情論をたらたらと」の面倒くさい人種の烙印を押されるということです。

 

そもそも東京都はIOCとつるんで「ひと儲け」図るべくIOCの規約にのっとり「是非やりたい」と招致したのですから。

このオリンピックには「2億円送って買収招致成功した」という噂は世界周知のこと(それを指摘された日本の責任者は辞めてしまいましたね)。

そんな裏の事情をよく知るIOCを正攻法の理でもって非難しても始まらないことでしょう。「そもそも論」を持ち出されたらぐーの音も出ないのでは・・・

知事殿は「そんなの関係ねぇ・・・」でしょうがね。

 

札幌に「びた一文出さない」風の知事殿コメントは「財布」の件を超えてとことんケチな性分なのだということがわかりました。

あーいやだいやだ・・・結局どうでもいいけど・・・。

 

しかしここはひとつ沖縄の人たちの気持ちを汲んでトライアスロン等のスイムをド汚くてドブ臭満載の東京湾での開催をあきらめて宮古島にお願いした方が絶妙と思います。

その件しつこく拙ブログにて記していますがアレを開催することが東京、それどころか日本のマイナス要因になると思います。

 

トライアスロン開催に経費はそうかからないでしょう。

沖縄は国内で一番にトライアスロン経験のある場所です。

日本の美しい海を宣伝することにもなりますね。

「排水溝」(ドブ)の中で泳がすことに躊躇しないのはその中に入る選手の気持ちがわかっていないからなのでは? 

 

知事殿も花道ばかりを歩きたがるのではなくあの吐き気のする水の中に入ってそれを飲み込みよく味わってその気持ちを体感すべきですね。

それこそ「アスリートファースト」とやらでしょうよ。

IOCも選手の健康を言うのならトライアスロンを東京湾で行うのは危険であること、開催地変更の余地があることを再考していただきたいもの。

沖縄から北海道まで日本中が関与するオリンピック、素晴らしいじゃあないですか。

「都民ファースト」とやらでは選手や他の地方の「民」のことは考えられないのかも知れませんがね。

 

さて、本日も丸子(鞠子)宿から。

昨日は「名もなき人の苦難」のような記述をしましたが、それは「記録にも残っていない水害」を想像するに・・・ということです。

たくさんの水害が安倍川、丸子川でかつてあったという事は耳で聞いて漠然とは知っていますが、こちらの看板「丸子宿年表」

にさりげなくその後半部分に3件ほど記されていてあらためて「ほぉ・・・」と。

それが

①大正11 丸子川氾濫 柳橋付近決壊

②昭和16 丸子川堤防決壊

③昭和49 丸子川堤防決壊

 

一つの川で約100年の間(実際には1922~1974)に地元の歴史に刻まれるほどの水害が3度も。

それ以前の無数に起こったであろう水害とその苦痛を被った人々が隠れて「ある」ことが想像できるということです。

 

年表に記述があってもなくても重大な警告がそこにあるのですが・・・日本全国。

 

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2019年

10月

31日

「丸子」と書いてマリコと読む② 丸子宿水神社

色々と学校の先生がバッシングされているようです。

先生が先生をイジメるという件に関して、「凄いな・・・」とは思いますがある意味「そういうこともあるのか」というくらいにしか・・・

 

決してその手の人権侵害最たる陰湿極まりない今風のテーマを軽んじるつもりはまったくありませんが、一般の会社内、社会人の間でもその件よく耳にする話。

どこにでも転がっていそうで珍しくも何ともありませんが、こと教職員同士のそれとなれば世間の目は一層厳しかったということですね。

 

あの教師たちは吊るしあげられてあたかも公開リンチの如く状況になっています。

まぁ自業自得といえばそうかも知れませんが日頃対学校、対教師、教育委員会へと鬱憤を晴らすべく一気に不満をブチ撒けている諸父兄さま各位に社会全般の学校と教師嫌いの皆さま、ほどほどにしないとね。

 日本全国、「教師になろう」などいう酔狂な若人は居なくなりますよ。

 

遥か昔、私は父親に倣って教職の道へ進むことを願われたにもかかわらず、早々にそれを放棄して祖父含め親類にアホ呼ばわりされながらも好き勝手をやってきましたが、それでも「まったくOK」で後悔はナシ。

父親の背中を追おうという気もなければおそらくあの社界・風習に馴染めるものではないと、まったくヤル気もナシ。

 

最近の教師を取り巻く各バカバカしさを見てますますその選択は間違っていなかったと思うワケですが、私の周囲にいる責任感強い教職に就く方たちに「子供さんを教師に?」を投げかければ皆さん異口同音に「絶対にやらせない」と言います。

「これほど辛い思いを子供にさせたくない」とその理由を付け加えられます。

 

あるニュースには「部活動、寮の管理、体育祭や文化祭などの企画運営、学校ホームページや公式フェイスブックの更新」などで「残業時間は毎月100時間、ある月は170時間」とありました。

酷い「ブラック」このうえなし。

そのうえ例の「モンスターペアレント」の襲来。

おつおつ休んでもいられないと聞きます。

トラブル対処のために呼び出されるそうです。

 

そういう状況と教師バッシング旺盛な世の中、「誰が教師などなるものか」は当然のところ。

ということで「教師の質」というものはどんどん劣化していくワケです。

 

成り手が少ない中でも最低限の頭数だけは揃えなくてはなりませんからね。

ゆくゆくは子供達・・・孫たちの教育環境に関わってくるというもので、教師に詰め寄って言いたい事をブチまけるのは勝手ですが結局は自分のクビを絞めていることになるということを忘れてはイケませんね。

 

以前は寺に生まれると教職の道というのが常道のように思われていましたが、私たち世界でも結構に遠巻きに見るべき職に成り果てています。

本当に大変な仕事なのですから、もうちっとばかし大事にしてあげて・・・などと思うところ大。

 

さて、昨日は安倍川右岸周辺の地図を記しました。

藁科川と安倍川が合流し古来からその流域変更の推測からして「水」の暴走が人々の生活を脅かしてきたことは同時に考えられるところ。

そしてまたこの丸子川の存在も歴史的に相当の悪さを下流域にもたらしたであろうことも想像できますね。

 

表題のタイトルは以前(丸子城)にも使いましたので②としましたが幾度かこの地について記しています。片桐且元の誓願寺吐月峰でお馴染みでした。

 

⑤掲示板の如く、手越平太家継が頼朝に東海道の要衝の手越と同様に与えられて宿場町の元になる開発を行ったといわれ、のちの手越河原の合戦によって荒廃した手越から宿駅機能はこちらの丸子に移り江戸期にまた整備を重ねられ後世名を残す宿場になったのでしょう。

 

この「丸子」の地名は各地にありますね。

先般氾濫した多摩川の支流の丸子川も思い浮かびます。

その「丸」の意は「鞠」であってその通り丸く湾曲する(川)を連想します。

要は千曲川や阿武隈川の「クマ」と同じようなことを伝えているよう深読みします。

 

曲がったり湾曲する川は氾濫するというのが常ですね。

安倍川右岸の住宅地がこの丸子川によって水浸しにならなければいいのですが。

 

画像は丸子宿の丸子川沿いにある水神社。

土手の上にあります。③④は神社の前から。

全国至る所にこの水神社が存在しますが、水の恩恵謝恩と水害忌避二つの願いがあったということでしょう。

どちらかといえば後者の意味合いが強かったのでは。

他にこの地域には「水辺の神」といわれる白髭神社が点在しています。

これら神社の存在から名もなき人たちの苦難を推測することができるというものです。

 

 

 

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2019年

10月

30日

安倍川右岸の万葉歌碑に逢いに行く 長田南中学校

インフルエンザ薬を服用した後に異常行動(突然走る、飛び降りる)をした人が昨季で72人にも上ったといいますね。

奥方に言わせれば「365日異常行動」と言われている私としてはそれを聞いて、「私は異常になりえない」と断言したのでした。

 

去年はインフルエンザで40度の高熱を味わってフラフラになりながらも受診、例のゾフルーザを処方してもらったワケですがあの時は「ただただスグに家に帰って休みたい」の一心でした。

異常といわれるような行動を起こす余力など微塵も残っていませんでしたからね。

 

72人の人が「オカシイ」というデータが残っているのですから、薬剤投与後の様子については周囲が見守る必要がありますが、少なくとも私や奥方の場合は「ただフラフラ」でその手の心配は無かったのでした。

ただ無投薬の人でもそのうち10人ほどの異常例があったといいますから、やはりただの高熱によて頭の中がオーバーヒートしているような気もします。

 

奥方は「どうかしている」というのは墓でも石碑でも「見てみたい」と思ったら時として脱法行為とも取られかねない行動をとることでしょうか。

先日も東京都区の教育委員会の方から「ブログで見た」という問い合わせをいただきました。

 

立ち入りを制限されている某墓地を隣接する空き地から身を乗り出して撮影したものを使用したのですが、その問い合わせの内容は「いつなら墓地内に入れるか」というもの。

私はその旨誤解させたことを謝ってこれは「盗撮」でしたと。

 

たくさんの画像をアップさせていただいていますがそれが続けられているのはひとえに「生身の人ではない」からでプライバシーに関しては希薄というか故人であり「墓石」だからですね。

要はお墓をこっそり「盗撮」したとしてもその墓石の権利の侵害について訴えが起こりにくいということ。

墓地が私有地であれば勿論境界侵入は違法行為になるでしょうが・・・

 

また、カメラを持ってのうろうろ歩きに「不審」を抱かせて「通報された」と思える場面は何度かありますが、職質対応等イザとなれば「本当の事」を言って名刺でも出せばOK。

ただ「変わった奴」と苦笑い程度はされるでしょうが。

 

その「苦笑い」というのは大事なのですよ。

先方さんとしては不審者といえば結構に緊張感溢れての対応となりますので、私がニッコリと自身出所と目的を表せば「ああよかった」の緊張がほぐれた「笑い」が浮かんでくるものなのです。

 

さて、昨日記した手越河原合戦址の碑のある公園の近くに長田南中学校があります(場所はこちら)。

「長田」の地名は消滅して「みずほ」が幅を利かせていますがこのかつての長田村はかなり広域で丸子の先の宇津ノ谷あたりまでがそのエリア。

そんな中、学校名にその名が残っていることは良かったです。

 

私はその学校の安倍川側の門内にこの地区のことを歌った「万葉の碑」が存在することを聞きかじっていて、そのついでということで学校に向かいました。

これまでも「学校」といえばこの御時節がら厳しいチェックがあることはこれまでブログにて記していますがその時は静岡市内の帰り道でしたので奥方が助手席にいて、「無理はよせ」の念入りのお達し。

外側からパッと見てまったく不明につき正門より正面突入しました。

玄関まで行って呼び鈴を鳴らしてその所在について問いたわけです。

 

その時のスタイルといえばアロハシャツにGパンでしたが、最初に出て来た方は屈強そうな体育系の先生。

そのあと3人の方々が同行。計4人の先生方を引き連れての万葉歌碑のご対面でした。

 

大切な時間を私の「急襲」に最後は笑顔で応えてくださり恐縮させられましたが、教師たちからすれば「得体のしれない不審な者」の突然の来訪ですからね。生徒を守るのは至上命題です。

 

奥方は「先生の迷惑も考えろ」とプリプリしながら外で待っていました。

 

画像が私が見たかった万葉歌碑。

「坂越えて  阿倍の田面(たのも)に  居(を)る鶴(たづ)の

           ともしき君は  明日さへもがも」

 

ともしき・・・心慕う

明日さへもがも・・・(鶴の如く)あしたも来てね

 

歌の「アへ」が安倍川の地を指しているかどうかは断定できないようです。

東海道手越の宿に近いこちらに「長田」との地名の通り田園風景が見られたことでしょうし「坂」を宇津ノ谷から岡部に抜ける山路から下った位置関係からもそれを推測できますが、聞き手からすれば阿倍仲麻呂ほか「阿倍」は中央に多くいたようですからね。

私は安倍川、長田、そして東海道の坂超えの鶴の飛来を想います。

 

また、石碑には中学校が昭和44年に「広野海岸」から移設されたことが記されていました。

 

最後の画像が戦前の古地図の安倍川右岸の様子。

水害頻発の昨今、古地図と現在のものさらにはハザードマップを比較してリスクをあぶりだすことが流行っています。

ただしここ相良辺りの古地図はまだ参照用に出回っていないよう。

この図を見て安倍川もそうですが丸子川の方もケアが大事と思ったところです。

 

 

 

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2019年

10月

29日

安倍川駅近 167000人 手越河原古戦場 

トランプのしたり顔と「まるで映画」の言に一つ思った事。

それはイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の最高指導者をアメリカ軍の特殊部隊が急襲して殺すまでのライブ中継の感想でした。ホワイトハウス内で「作戦」を大統領が椅子に座ってモニターで観戦できるシステムですね。

 

その「映画」の件、トランプがIS指導者の最期の様子「犬のように喚き散らして死んだ」との言を付け加えていましたが、その台詞はやはりハリウッド映画で覚えがあります。

 

デ・パルマ監督の「アンタッチャブル」で警官マローン役のショーン・コネリーがカポネの殺し屋にマシンガンで蜂の巣にされて殺されてしまいますが、その後ネスの前でその殺し屋が言った台詞が「マローンはブタのようにわめいて死んだ」でした。

キレたネスが屋上から突き落として観客はスカッと気分が晴れる思いをさせられる場面でした。

 

その手の言葉は演劇などしばしば「言ってはならない、言わなくてもいい言葉」としてそれを吐いた人物の人生を変えてしまう語として扱われています。

まず要はその手の言葉は自分の首を絞めるような結末があるということですね。またそれは特に劇中悪役の台詞です。

 

またトランプは自分のおかげで「世界に平和が訪れる」的慢心を画像から溢れさせていましたが「歴史」から見ればそれはちょっとありえないのでは・・・と思ったのでした。

 

すでに「イスラム国(IS)」を狂信的に支持する人々は世界中に散らばっています。カリスマ指導者は一旦は不在となっても再び誰かが祭りあげられることもありますし、今度は潜伏してゲリラ活動にウェイトを移してテロのタイミングを見計らうかもしれません。

別にISでなくてもそのシンパや反米主義者(貧なる者たち)はいくらでも「我こそは・・・」と出てきそう。世界中に「不満」が蔓延っているからです。

 

また、いつまでも力でもって貧者(反米)を押さえつけられるという発想にも疑問がありますね。

まぁそういうことでトランプは余計な台詞を吐いたこと、一つ覚えておきましょう。

 

さて、先生同士のカレー騒ぎが世を騒がせているようですが私も激辛カレーを人に喰わせて「辛い」の悶絶の顔を見て大騒ぎした経験はありました。

辛いカレーはそれなりに美味しくて今も好んで食しますね。

罰ゲームの使用もありましたが、こっそりと「奥の墓道氏」にだけ激辛カレーを出して喜んでいたことも思い出します。

またそんな時といえばレトルトの「20倍」というものを使用しました。まぁそこまでくると「痛い」。

人に食わせても「自分はちょっと・・・」でした。ズルくて悪い。

 

カレーは家の奥方が作るカレーか外食のカレーかそれぞれ味わいがありますが、辛くて美味かったのは今はなき安倍川駅前の喫茶店のランチ。檀家さんが経営されていたお店でした。

かつて檀家さんで亡くなったNさんを連れて行くなど、何度か通いましたね。

結構に辛めでデザートに出されるヨーグルトによって涙と鼻水を落ち着かせたことを思い出します。やはりカレーと乳製品のコンビネーションはイイですね。

 

安倍川駅前といえば安倍川右岸。左岸は静岡駅方向となります。

最近まで改修整備を重ねてきたエリアですが、古来より藁科川と安倍川があっちこっちと流れを変えていたといわれて、今の駅前から安倍川にかけての低地はほとんど河原だったかとも推測できる地形です。

よって大昔は人の住むような場所ではなかったのではと思うところ。

 

その河原で今から683年前の1336(建武二)年に大きな合戦がありました。

後醍醐天皇が新田義貞に足利尊氏追討を命じて鎌倉に向かわせ鎌倉方が迎え撃っての衝突です。

この河原で何人の死者が出たかはわかりませんが天皇方新田軍67000に鎌倉方足利軍10万がその日の正午から夜8時まで全17回の総組討。

夥しい兵の血が流れたことでしょう。

その割には古い石塔が見えないのも不思議なところですが当初は河原に建てられていたものの川の氾濫によって流されたといったところでしょうね。

 

この建武の新政以後の激しい国内動乱のきっかけは「中先代の乱」ですね。

この「中」とは先代北条氏と後代足利氏との間という意味で短い間でしたが「鎌倉」を占拠したということです。

しかし「中」といってもその先代の最期の執権北条高時の遺児北条時行が諏訪頼重のバックで擁立、鎌倉幕府再興を旗印に鎌倉を奪い返したというもの。

それを討伐するために足利尊氏が京都から鎌倉に下向して北条時行らを一掃、それを機に尊氏が鎌倉に居ついたことから後醍醐天皇が怒って新田を追捕のために送り出した戦いでした。

 

後醍醐天皇は結局は自らの地位喪失と、何より戦乱と南北朝という時代を招いてしまったのですね。

北条家をISに準えるのは無茶ですが、君臨していた旧来勢力を一掃したとしてもその残党たちは再起をうかがい、また一旦戦闘によて勝利を得、好き放題した経験のある者たちは排除されたあと再び徒党を組んで一旗揚げようと試みたくなるものなのです。

 

この時代は武士たちが「土地」(一所懸命)を自らの所領として主張することに芽生えた時期。

きっかけは「中先代の乱」でしたが後醍醐天皇はその土地を自らの土地支配に戻そうとしたために武士層に抵抗されての争乱であったというのが通説です。「不満」が蔓延る時代でした。

 

画像は長田の「みずほ公園」(場所はこちら)。

長田(おさだ)は旧来のこの地の名称(安倍郡長田村)。

ところがそれが消えて1973年に新設された「みずほ」が住所地になっています。要は「キラキラ」ネーム?

 

こちらの公園に戦跡碑が建てられています。

この御時節、この辺りは「河原でした」などと言ったら怒られるかも。

その前に167000人が死闘を繰り広げた場所でした。

南無阿弥陀仏。 

 

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2019年

10月

28日

よろしかったらどうぞおこしください 田沼300年

猛暑も暴風も大雨も過ぎた昨日の日曜日は絶好の行楽日和だったのかも知れません。

神奈川県内在住の妹家族が母親に会いに当地に来ていましたが東名高速は行きも帰りも「地獄の大渋滞」だったとのこと。

まるでGW並みと。

 

きっと関東地方在住の方々の欝憤を一気に晴らしに各レジャーのために移動したのでしょう。

そんなものなのですね。

かたや同地域で過酷な天からのお裁きのごとくの天災の連続で悲鳴を上げている人々がいる中、われ関せずのリゾート気分。

それをいうのもまぁ無茶というものですが。

とてもそれを私は否定などできませんしむしろ当たり前のことだろうと思うところですが少しだけ・・・心に残った現象を見たわけです。

 

私は午前中の法事のあとは夕刻からの南ア×ウェールズの試合が始まるまでぼけ~っとして過ごすばかりですから他人様のお楽しみに対して文句を言う資格など微塵もありませんし、人とは自分主導で生きる動物ですのでその手の傾向は「そんなもの」・・・なのです。

 

ということで以前、被災は皆が抱えている不安で、それを自然への「納税の時」というような言い回しをしたことがありましたが今考えれば考えるほどその実の無いお裁きを何度も何度も受ける人があって、時に命まで奪われるなどの現実、天とはなんて気まぐれで理不尽きわまりないものかと思います。

たまたま私はいつも毎日がお気楽でその「納税」は先延ばしになっているだけですが。いずれ強いお達しがあるのでしょうか。

 

ではその理不尽からどう逃れらるのか・・・どうすればいいかということになりますが、それは絶対に逃れられないということですね。

何と言っても気まぐれなのですから、その督促は。

よってしばしば人によって差があって超理不尽な結末。

どうしても理不尽=人生なのですね。

 

良寛さんの「災難」を思い出します。

 

「災難に逢時節には災難に逢がよく候

        死ぬ時節には死ぬがよく候

         是ハこれ災難をのがるゝ妙法にて候」

 

何度か拙ブログに登場する語で仏に「まかせる」ほかはないところを記した有名な言葉です。

やはり私は「生き長らえたい」・・・(禍には逢いたくない)それが本音です。

世間様は手を差し伸べてくれても限界があります。

自分の命は自身の手で長らえるよう努めなくてはね。

いずれの時も。

 

画像はいよいよ田沼300年本番の月に入ろうとする今、色々なところでその宣伝を見かけるようになりました。史料館では展示が始まっています。

 

①旧東海道、手越から丸子周辺の一コマ。

静岡からの帰り道は高速道路をケチってこの先のバイパスに入って金谷に出るコースを取っています。

バスの鼻先に「わらしな」の文字が見えます。 

 

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2019年

10月

27日

魚鱗鶴翼War Cry 名のり 罵り 私は南無阿弥陀仏

昨日のお楽しみは勿論、RWCニュージーランド×イングランド。

試合は戦前の予想に反してイングランドの勝利でした。

イングランドの守備陣の「圧」に圧巻でしたね。

まぁオールブラックスらしからぬ凡ミスも目立ちましたが・・・

 

まさかと思ったのが試合直前の「War Cry」。

お馴染みニュージーランドの鬼気迫る「ハカ」でしたが受け手のイングランド陣のカタチはいつも見る「整列」ではなくニュージーランドのハカの陣形を包み込むように広がってV型の図。

前回の試合、ニュージーランドのその時間はアイルランドのファンが大騒ぎして彼らのハカをかき消していました。

よって今回も何かあるのではと思っていたところでそれも含めてそのハカに期待していました。

 

あの構図を見て「ほぉ」っと思わなかった人はいなかったのでは・・・実際ハーフラインをも超えてVの字型に広がったイングランド選手に審判が「引っ込みなさい」と注意していましたね。

私の「ほぉっ」・・・は「まるで三方ケ原」の連想からきたものでした。

 

ニュージーランドのハカはまさに陣形でいえば「魚鱗」ですがそれを本来なら整列して見守る儀礼があるはず。ところがイングランドといえば何と「鶴翼の陣形」。

知ってか知らずが「鶴翼」は大軍系、相手を飲み込んで封じる力関係を戦前にアピールするカタチ。逆にハカを挑発しているかの如く。

 

三方ヶ原では鶴翼をとった家康軍は魚鱗の武田に粉砕されましたのでこれを見た際ニュージーランドの突破力に勝利を推ったのでしたが・・・。

 

前の日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズはそれ以前からも「日本」との関わりが深く、日本の文化にも多く触れていたであろう人。もしかしてそれら戦闘の陣形について知っていて一つここ大一番にシャレてみようとでも思ったのでしょうか。

その際、イングランドの主将の顔には笑みが浮かんでいましたね。結果からもイングランドの強さを見せつけられてあらためてエディの凄さを知ったのでした。

少々考えすぎか・・・

 

「War Cry」といえばオールブラックスほか、南太平洋国々、トンガ・サモア・フィジーのRWC御常連の国々でも有名で、今年は日本国内各所でもその人気と気合にあやかろうとしてか、それを集団で行う様子がうかがえます。

奇異に思うこと、異文化を物まねしながら吸収しその本質を学ぶことはよろしいことですね。

 

ただし「War Cry」はそのまま訳せば「戦争」という語が。

最近はそれを何かに採用、肯定すべく「相手への敬意」とか言い訳じみた事をわざわざアナウンスしたりすることが常になったようですがアレはどう見ても自ら力の鼓舞と挑発に罵り、宣戦布告のご挨拶ですね。

 

よく考えればとてもフェアーな精神とも思えます。

これから「トコトン精いっぱい戦います」の名刺代わりの礼を尽くしての行為。

そういえば日本の戦い方には正攻法の陣形(八陣)がありますが大抵は、といえば闇討ち、夜討ち朝駆け、風呂の中などなど奇襲系多様。それこそ機転と臨機が効いて素晴らしいというのがその伝統ですね。卑怯も反則と思われても「勝てば官軍」というヤツです。

 

しかし鎌倉期であれば武士と武士の一騎打ちともなれば「War Cry」・・・「名のり」はあったもので室町期でも鉄砲が出る前はやはり集団の「War Cry」・・・「罵り合い」という前哨があったものでした。

ラグビーのような振付があったとしたら尚面白かったでしょうね。

 

私の「War Cry」とは何事にあたるにおいてもやはり自分に気合を入れるべく称名・・・「南無阿弥陀仏」ですね。

特に目をつぶって「南無阿弥陀仏」が私のルーティーン、アンカリングです。

 

さて昨日は台風19号以来倒れてロープで起こしていた松の木を正立させるための小細工を。

当初以前の材を再利用しようと杭打ちすれば途中でポッキリ。

新たに太めの材を持ち出して何とか恰好をつけました。まだ不安が残りますのでアンカーを打って逆方向に引っ張ろうと考えています。

不安定にはアンカーこれ鉄則です。パーフェクトなものなどあり得ませんので。

 

それから、ついでに排水溝清掃。

ここのところの雨で相当量の土と草木が溜まり、排水を妨げていました。

その件、意外に盲点になるところですね。

街区の排水溝など定期的メンテナンスは必須。イザという時の排水ができず、家屋浸水の遠因となりますから。

 

松がカタチが頭でっかちになっているのは奥方が私の見ていないうちにバッサリと伐ってしまったワケで。

手の届くところだけ伐るのは反則です。アレを見てカチンときましたがそれを言ったら大変です。

 

 

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