2021年

10月

29日

真宗本廟(東本願寺)の報恩講ネット配信

コロナの新規感染者の日々「超」減少の数字は圧巻ですが、その理由がまだわからないというのは人の知を超えた何かの存在を示唆しているようで、まだ手放しで浮かれていられません。

まぁ、当面自らの感染の確率が減ったという事実はとりあえずは好ましいことでありますね。

 

これまでコロナ禍によって地区の各イベント・祭典など人を集める場がこの2年の間、次々と中止になっていましたが、それらの開催にはそれなりの経費がかかるもので、もともとそれは地町内会費等の各家割当分からの予算が充てられるものですが、それが非開催となれば余剰金が発生するということになりますね。

 

先般、私の居住する波津区から「避難完了」と大きく記されたオレンジ色の旗と旗差しの金具が配られましたが、それに関して昨日お会いした方が「アベノマスクと同じ」と。

新聞紙上でもあの散財とその配布の根拠、意味不明の数々について昨日報道されていましたので、その語を使用したのでしょう。

 

私は一見してそれほどに侮蔑されるべき代物とは感じませんでしたが・・・

こちらは災害時、たとえば原発の異常、炉心溶融、地震等家屋の崩落に見舞われた際の避難について家族全員が避難の完了が済んだという情報を避難の際に外部に記すというもので、捜索、探索調査の手間を省くというものですね。

それが掲示されていれば他所の救助要請により早く向かうことができるというもの。

「悪くないじゃん・・・」とは思ったものの、その掲示はイコール「この家は留守ですよ」「誰もいませんよ」を悪意のある者にも同時に報せてしまうということになりますのでそれを警戒してその活用について躊躇ってしまうとのこと。

「なるほど」ととは思いましたが、「アベノマスク」と言い放ってしまうのは少々かわいそう。おカネの使い道としてこうなったのでしょうが私は使用しますよ。

アベノマスクなんては使いませんが・・・(これはカビだの混入物だのがあったと聞きますので不衛生このうえなし。そもそもマスクとしての効果もありません)

その旗印は年がら年中旗を丸めて差し込むようにしておかないと・・・、肝心な時に置き場所を失念しそう。

 

さて、ネット上には虚偽の情報が蔓延り詐欺サイトに狙われていることなど記しましたが、当流の本山、真宗本廟(東本願寺)の「報恩講」についてネット配信をするとのこと。

これは気軽でいい。

 

ライブ配信

2021年

 11月21日(日)~28日(日) 画像②参照

 

 

 

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2021年

10月

28日

私はワクチンを接種 阿弥陀はやれやれの私を摂取

市議会選挙が終わって週が明けた今般、その結果についてあれこれと推測・詮索するというのが巷の流れとなっています。

昨日お会いした人が相良全般の衆人の思いというものを語っていましたが、まず基本70代後半で年金を受け取りながらの片手間議員さんは「ちょっといただけない・・・」と。

時にリタイア後の時間の有効利用ということで立候補、当選されて「一度やったらやめられない」などの噂話を耳にしたりすると、やれやれ・・・とは思いましたがね。そういった話が世に広がって定着してしまうと次の当選はナイということですね。

 

そして今回若い方が比較的票数を集めて当選されたこと、着眼すれば、また別の方が言うには「若い人は市議お仲間の限界を知ると上を見過ぎる傾向がある」・・・市民が投資した分を回収する前に離れてしまわないか心配であるともいいます。

 

また、当落の境ですが、やはり地元の色々な集会などにこまめに顔を出す事が肝心と。それもちよこちょこっと来るだけでヨシ。

その場でニコッと笑顔で今傾注していること、問題点などを話せば「それでいい」のだそう。

「顔をだせばまずマイクは廻って来るはず」と。

 

お話ができれば顔を売る機会が増えるというものですね。

よって今国政あたりの候補者の流行りもの、ツイート、ホームページ、ブログ等についてせっせと時間を割いて体裁良くUpしたとしても田舎町の議員選では殆ど効果がないということでしょうね。まぁその国政立候補者では別にそれらを管理運営する者があるのでしょうが・・・

最近は党レベルで「フェイク」や「ヨイショ」のサイトを展開しているともいいますし・・・

 

ネット系にはダマシが多い。 

昨日はフィッシングメールの件、記しましたがこの世の中は虚偽ばかり。三界」・・・虚偽・輪転・無窮でした。

それを思うと本当にガッカリさせられるのが昨日のニュース。あのアベノマスクの未配布在庫が8200万枚もあるとのこと。

115億円分というから一言で「勿体ない」。

何が勿体ないかといえば、思いつきだけで大金をつぎ込んでムダの上にムダを積み重ねていることです。

その管理費用が6億円。ムダにムダな費用を重ねて出し続ける現状、呆れて物が言えませんね。

 

その軽薄な思いつきがなした軽率の反省、懺悔の言も無く、のうのうとしていられるその根性たるや・・・

見上げたもんだよ屋根屋の褌。

まぁ自分の懐は痛みませんからね。きっと彼にとっては取るに足らない「はした金」なのでしょう。

 

さて、今の世ワクチン接種について「2回目終わった?」は若者たちの合言葉。因みに息子は3連休を取って正解と。若いものほど副反応がキツイようです。

そしてまたニュースではアメリカのFDAがファイザーのワクチン の接種対象を5~11歳を許可したとのこと。

その世代の副反応はやはりキツそうな気がしますがそうなると親たちも大変です。

 

その接種と言う言葉。

字面は違いますが私ども真宗門徒でその語「摂取」を聞けば「阿弥陀」さんの顔が思い浮かびます。

まずは同朋奉讃形式の正信偈のあとにある御和讃、大抵はスグに「弥陀成仏のこの方は~」以下6首の拝読となりますが当流にある冊子上それに添えてあるのが「十方微塵世界の~」からの6首。

 

私の場合は枕経と通夜が別の場合、枕経にその「十方微塵~」の(弥陀経讃)5首+1首を拝読させていただいております。尚そのような決まりごとはありません。

そちらが

十方微塵世界の  念仏の衆生をみそなはし

   摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる

ですね。

御開祖の記した和讃ですが出典は観無量寿経。

 

 「一一光明遍照 十方世界

          念仏衆生 摂取不捨

です。

「一々の光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず」のところ。

この本願力「摂取」の凄いところが「ものの逃ぐるを追はへ取

る」という解釈もあってこれが我らの一押し、他力は他力でも絶対他力の有難さ。

アホでマヌケで軽薄、軽率のダメダメ人間の私だとしても南無阿弥陀仏の六字がちょいと口から出て、感謝と反省の気持ちが芽生えればそれが「信」と変わって「ハイ仏」。

一昔前の御門徒が喜んでいただいた「正定聚の位」となるわけです。

 

「真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す」                                                                    (末灯鈔)

 

それだからこそ、私どもは生かされていることを実感できています。

 

この観無量寿経の一一光明遍照  十方世界 念仏衆生  摂取不捨」の件ですが、この「一一光明」、阿弥陀作用の一つから祖父が私の名として銘々したとあって私は特にそちらだけでなく御和讃の「十方微塵世界~」の方も力を入れて拝読しています。

 

無知の躰で弥陀から逃げたとしても追いかけて捕まえて摂取救済するというのですから有難き事。まず捨てられることがないということは素晴らしいことなのですが気づかないのですよね、そもそもエゴに走りがちな人間は。

まぁその救済の確約に漫然と胡坐をかく私は「実は地獄行」なのかも知れません。

 

③は昨日の境内水屋の前のモクレン。白い花です。

昨年は剪定せず放置していましたが今年はよく咲いてくれました。よく見ると果実が一房。

境内にはもう植える場所がない・・・

 

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2021年

10月

27日

右翼に気を付けろ② マヌケ 息子に言いつけられる

日本国内でワクチン接種者が70%に上ったというニュースがありました。

横浜の息子もその2回目を打ったということですからそのくらいの数値にはなるでしょう。

その年代の2回目は彼の友人が39.6度の高熱に苦しんだといいますから若い者への副反応は我らとは違って「覚悟」というものが必要です。

ということで息子は念のため3連休を取っていました。

ワクチンは日にちが経つと抗体が減り感染しやすくなるといいますから3回目の接種は致し方ないにしろ、その3回ですべてが終わるという確証はまずもってありません。

これからの彼らとの付き合いは長くなりそうで思いやられます。

 

軽率な行動を慎むこと・・・それが自身と家族を守る事になりましょう。

 

とはいえ「軽率」とは人間の性。要は行動や発言が行き当たりばったりの思いつき・・・というヤツ。大概は我が身のありさまを忘れたお調子にのった躰を晒しての行動・発言なのですが、新聞紙上には「やはり老害・・・」を思いつかせるような嘲笑を買う発言をしていた政治屋がいました。

 

宰相殿のバックで糸を引くといわれる「3A」のお一人、副総裁殿。チンピラヤクザの風体でお馴染みのあの方がいつものようにお調子にのってペラペラ。

先日は、今回の政治家はどちらも経済とコロナ、おカネのバラマキのことばかりで温室効果ガスの排出等、環境問題をテーマにアナウンスする人がいない・・・といったことを記しましたがその御仁の言ったことはまったく変てこりん。異常な発想の持ち主であることを改めて知らされました。

 

記事をそのまま転記すれば

「昔、北海道のコメは『やっかいどう米』と言うほどだったが、今はやたらうまいコメを作るようになった。農家のおかげか・・・違う。温度が上がったからだ。

温暖化というと悪いことしか書いてないが、いいことがある」

でした。

 

このご時節、温暖化による猛暑を喜んでいるのは年がら年じゅう「お頭が夏休み」(奥方)の私くらいとは思っていれば、これはこれは・・・笑わせていただきました。

「夏休み、軽はずみ」の私であっても世界中が危惧する「温暖化」について「おかげである、いいこともある・・・」などとは思ってもいませんでしたからね。それを軽々しく言ってのけるなどある意味スゴイ。

40℃の猛暑はつまるところ地球がぶっ壊れていることに他なりません。

 

それが日本の政界に「君臨」されているというオエライおっちゃんが言ったというのですから、世界からその日本人のセンスというものを疑われてしまうでしょう。

「寅さん」のオバちゃんが彼の後援者であったとしてもやはり「バカだねぇ~」でしょうね。

いやそれを「バカ」と思えなければやはりセンスを疑われます。自浄というものをのぞみますが・・・

まぁ忖度政治の権化ですから周囲はそれができないのでしょう。

グレタさんに言いつけちゃえ。

既に彼女の耳に入っているでしょう。

世界的発信力というところではあの少女の足元にも及ばないのでは・・・副総理殿。

 

さて、私の軽率・軽薄・軽はずみは今に始まったことではありませんが、一昨日磐田方向から帰宅する際、バイパスを出てスグの食料品店に寄ることになりました。

帰宅して奥方が夕食をつくる手間を省くため「何か適当なモノ」を所望するためです。

 

車中では丁度「右翼に気を付けろ」の件、私の眠気除けの「勝手に講釈」が展開、そして「実は交通事故についても通じるところがあるのだ」と話したあとでした。

 

データとして横断歩道で人身事故を起こす側の車の進行方向で、左側から横断した人と見側からの横断者ではハッキリと「右側からの横断者の事故が多い」というものがあったこと。

右側ハンドルで右側のドアミラーやフロントピラーに横断者が隠れてしまうこと、つい近い方で開けた中央から左側を気にしすぎて視点を切ってしまうことが要因のよう。

車両同士の右折時の事故の多さもやはり右側の視認の悪さが要因かもわかりません。右折の際は中央にあるバックミラーやそれに色々なものを付けていれば視界を邪魔するかも知れません。

それを「右翼に気を付けろ・・・②」と語っていたのでした。

 

その雨の降る日のどっぷり暮れた夕刻食料品店を出てスグのこと、奥方に車で待つ私に、出入口まで車を寄せていなかった私に「気が利かないヤツめ」と罵りながら奥方が車に入って来ました。ビビりながら「出ようと思ったら入って来た車が目の前でモタモタしてたのだ」と言い訳しつつ店の駐車場を出ました。

 

よせばいいのにスンナリ国道に出ず、鬼女に向かう県道にショートカットしようとしたのが大間違い、右折時、まさに「豪快に」縁石にのりあげてしまいました。

雨の中、パンク修理は真っ平御免と自宅まで酷いザマで何とか辿り着けましたが後悔しきり。

 

奥方は「やれやれ・・・」の嫌み。「小遣いは無いね・・・」。

夜が明けてパンク箇所を見れば、補修などできないほどの穴がサイドにポッカリと空いていました。

初めてこの車(軽)でのタイヤ交換と後部座席の荷台の下を見て驚き。スぺアタイヤはありませんでした。

ジャッキはあるがタイヤはナシ。補修材と空気入れがお印程度に添えられていましたが・・・。

 

その時、私の脳裏には色々な思いが・・・

①タイヤの破裂は1本だからこのタイヤのみを交換、購入に走る

 か

②後輪も乗り上げているのでそのタイヤもどうなっているかわ

 からない

③タイヤの溝は6~7分は残ってスリップサインはまだ出ていな

 いが縁石に乗り上げだけでこれだけの破損は経年の劣化もあ

 るのではないか

④新旧タイヤでの走行のマッチングはいいはずがない。

 

⑤ひょっとして大事故に繋がる前の警告がなされたと如来の大

 慈悲を感じれば早めの対応こそ有意義であろう

⑥そうであるならいっそのこと4本すべて交換するのが適正かも

 しれない

 

でした。

 

ということでその件⑤をおしいただいて、4本全部の交換の了解を奥方に願い出て承認。

いくらぐらい?と問われて、「大したことないんじゃね」と。

スペアタイヤは軽トラのものを装着。

4本のタイヤを全交換、工賃処理代含めて6万円也。

 

奥方は卒倒しそうになっていました。

早速息子に言いつけられて、「もはやジジイ」「免許返納は近いぞ」と酷い脅しも受けました。

 

私の言い訳。

雨天夜間の視認性の悪さに加えて、「右翼には弱いというのが人間の性質」。ミスはつきもの。人がいなくて良かった。そろそろ替え時。劣化したタイヤは怖い。

 

今後右折と「右側の人」には特に気を付けます。

夜と雨の運転も避けたいところ。

まぁ、いつもの「ついてないぜ と苦笑い」でした。

 

③は昨日咲いた夏すいせんとハイビスカスのつぼみ。

暑い日でした。11月前ですが境内はまだ夏の雰囲気。

夏すいせんは数日前に、真夏に境内で咲いたそれを見た檀家さんがその自宅で木に生えていたものを鉢植えにして持ってきてくれたもの。

 

④は忙しい時に携帯に入ったフィッシングメール。

奥方には「アマゾン」を語った「大量のカード購入があります」のフィッシングメールが奥方にありました。

年を重ねるとこういうメールにご丁寧に反応してしまうのでしょうね。

 

奥方などは「アマゾンなんか利用したことがないし・・・」と即消去していました。カードの管理も完璧のようです。

私の場合はこうして公開しちゃいますが・・・。注意喚起です。

ヤマト運輸がこんなものをショートメールで送ってくるワケがありません。そもそも名称も文章も変です。

政治屋のそれは勿論、詐欺の手口に気を付けろ・・・。

 

 

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2021年

10月

26日

ちょっと寄り道八相寺でご挨拶 三の姫さま

小笠原の海底火山からの噴出で流れ出した軽石が打ち上げられる沖縄の海の画像は、酷すぎます。太平洋をはるばるたまたま流れ着いたとはいえ目も当てられないの一言ですね。

私どもは長期に渡って沖縄で生活していましたし、子供のころから小田原、相良と海岸の真ん前で暮らしていますがあのような様は未だかつて見たことがありません。

 

早々に大きな台風でも直撃してもらうか、これから西風が吹いて荒天が続き、あの浮遊し堆積した軽石を大海原に飛散されるのを待つしかありませんね。

あれらを人力で集めることはまず不可能でしょうし、集めたらどちらに捨てればいいのか大問題となりますね。

基地の埋め立て用に戦没住民たちの墓域の土を使用しているというそうですが、まさかその代わりの利用はできないですよね。

 

集めて海に捨てたとなれば今度はそれが「海洋投棄」となって世界から顰蹙をかうことになりましょう。

要は自然に任せるほかないのですが、観光の視点からも大打撃です。沖縄のウリは白い砂と青い海ですからね。

それが今灰色一色。

養殖の魚たちが軽石を誤食して死んでいましたが、もう一つの沖縄のウリであるサンゴのお花畑、海表に漂う軽石が日光を遮ればサンゴも死滅していくのでは・・・そうなると生態系の破壊も進みます。

 

その中でも軽石の微細なものはことに厄介です。

船は海水でエンジンを冷却していますが、それらを一緒に吸い込めば冷却水のパイプを詰まらせます。

そうなればオーバーヒートは必至。船は漂流することになり即、命に係わる事故に繋がってしまいます。

要はそれが怖くて船が使えないということになりますが、海人が船を駆使できないとなると観光だけでなく沖縄の生活そのものが壊滅してしまうでしょうね。

 

沖縄は外部からもたらされたコロナで大きく疲弊したのち再び今度は自然からの不都合な提供に困惑しています。

大自然を享受満喫できる地ゆえに正反対の自然の驚異を味合わなくてはならないともいえますが、国レベルで支援する必要があるのでは・・・人は亡くなっていませんがあれは激甚災害レベル。

灰色の海では観光客も来やしません。

 

さて、昨日は真夜中に判明した市会議員選挙にトップで当選した檀家さんにラインで祝意。議員唯一の檀家さんになりました。

いろいろ選挙は大変です。

特に落選などしたらショックは大きいでしょうね。当市でも今回4人がその涙を飲んだようです。

 

あっちの方では市長の座を放り出して国政に躍り出ようとした御仁がいました。

きっとお調子にのってしまったのでしょうね、その方は結構地元の人たちにはそっぽを向けられたようで思うほど票が集まらなかったと聞きます。

市長の地位からただの無職の人になりました。

まぁそのバクチに自ずからサイコロを投じ、ただその結果、裏目に出ただけの話。

奥方が「きっと辛いね・・・」と言っていましたが私は「貴女が心配することでナシ」と。

好きなことができるということは「実にありがたいこと・・・命を取られるワケでもナシ。」

 

朝になって小雨の中、始まった叔母の家の解体工事の状況を見つつ、掛川から磐田方面に所要で向かいました。

ちょうど八相寺(掛川市高瀬1490)の前を通りましたので三の姫

さまにご挨拶をと左の脇道に入りました。

大抵は中腹に並んでいる墓を見やる下の駐車場にて手を合わせる程度で失礼させていただくのですが、たまたま雨があがったのと、この土日で仕上げたであろう草刈り後のサッパリした様を見て「これは」と思って一気に駆け上がり墓前でお参りをさせていただきました。

こちらに来ると不思議に気持ちがサッパリします。

 

なぜ・・・といえば、たとえば少年たちがハマっているカードゲームや仮想アイドルのようなもの。

生きている私の存在について阿弥陀様以外に感謝の気持ちを向けたいと思うのはこちらですね。

ただし一概にバーチャルとは言えません、実際にこの世に生を受けた人間ですから。

「三の姫さまの言葉の響きの良さ」そして「大河ドラマにもなりうる時代」とお調子に乗って話すと隣の席で待っていた奥方が「こいさんやろ・・・ほんな好きなら大河の脚本でも書いたらええやん・・・」と返されて絶句しました。

 

「実は詳細について知らない、実名も・・・」と言えば「(そこは)ちょくちょくやってる(勝手な推測)ヤツやん・・・」。

人をおちょくるときはしばしば関西弁になります。

 

歴史小説などそもそもそんなものではありますが、三の姫さまの時代背景は少々通好み、要はメジャーではないことから以前の「花の乱」(日野富子)同様、さすがに視聴率が低迷しそうなところ。しかし「三姉妹」というのは何かと描きやすいのですが・・・

NHKさんどうかチャレンジしてみてください。私は視ます。

 

 

 

 

 

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2021年

10月

25日

歴史溢れる町 日坂宿川坂屋再再訪

昨日日曜日は午前の法事から。

この日は市議会議員選挙の投票日ということで、拡声器との張り合いはなくマイペースで進行できました。

先週の騒音からすれば格別です。

これが本来の秋の空であるとのんびりスタートの喚鐘を叩きました。ちなみに参院補欠選の立候補者の音声はこちらでは聞こえてきません。ド田舎はどーでもいいんですね。むしろそれでいいのですが。

 

扇風機もいらずストーブもいらず本堂の空気は心地よい。

これから半年以上の間、本堂の身に染みる寒さときたら半端ではありませんからね。

 

先日境内で立ち話した方はご商売をされている方。

「選挙は怖い」といいます。

店舗にたくさんのお客さんが来てそれぞれの応援候補者のパンフレットを置いていくので今、テーブルの上には10人以上のそれが並んでいるそうです。

誰もかれもその際は「よろしくね」と言って置いていくそうですがその方としては「ハイね」としか言いようがないと苦笑いしていました。

そしてまた以前はパンフを並べポスターなどの掲示を依頼されたこともあったそうですが、今はそれをやらないとのこと。

面白い話です。

その方が言うにはどなたかのポスターを「1枚貼るとお客さんが3人減る」と。

2枚3枚と貼っていけば店の客はいなくなる・・・?と考えれば義理堅くそれだけは「ハイね」とは気軽に言えないとのこと。

選挙には行くけれど投票行動の推奨には「ハイね」としか言いようがありませんが腹のうちは表に出さないのが商売人の心得ですね。

 

さて、先日、田沼意知だか意正かハッキリとは覚えていませんが(意知の可能性強し)その名が彫られた薩摩あたりの名工鍛冶に

よる刀剣が某コレクターより牧之原市に購入の打診があったことを耳にしました。当初脇差かと思っていましたが立派な拵え付きの大名刀と。

正式なプッシュではなくあくまでも周辺の人々への打診レベルのもののようですが、既に市長の耳には入っているとのこと。

まぁ今のところそれ以上話は進んでいないところなのでしょう。

 

お金のない牧之原市ですから、基本「無い袖は振れない」というのはわかりますが、もし私が決裁権者だとしたらまず何とかしたいと思う代物ですね。

要はその物の価値というかそれを今後生かすことができるかというところですが、元はといえば相良に謂れのあるものですからね。その刀からすればそれこそ「元の鞘に戻った」ということ。是非帰ってきて欲しいですね。

 

ところが、今のところ牧之原市は様子見である中、同じ田沼街道として所縁のある藤枝市ではその刀に食指を動かし、ちゃっかりと既に借り入れを進めていて11月にはその展示を行うといいます。

 

ある方は「藤枝市で購入してもらって牧之原市で借りる」のもいいのでは・・・とはいいますが、それを所有するコレクターの方はあくまでも相良にあるべきもであるとして「牧之原市に購入してもらいたい」と言ってくれているようです。

その御厚意も汲んでいただきたいものです。

値段?・・・その方の購入価格は300~400だったといいますが、まだ交渉にはなっていませんからね。

まぁその購入に対して賛否いろいろありそうですからね。

市長も即断は躊躇するところでしょう。

観光協会、教育委員会、学芸員の皆さんの総力で、何とか頼みますよ。

 

今言う城下町相良という地は「田沼」のみにあらず。

戦国~江戸期はもちろんそれ以前の各時代からそれなりに登場している地です。

それを「歴史ある街、歴史に造詣深いひとたち」であると決められるかどうかというのはその物差しを知りませんのでわかりませんが外見からは確かに事実として相良は「歴史ある街」としてあるはずです。

その「城下町」でかつては城持ち大名が居たというところは少なからずそれを標ぼうできましょう。

いわゆる、それは観光資源なのですね。

 

それがどうでしょう、相良はそれを利する術を生かしていないような気がしてなりません。

「お金がナイ」のは了解していますが、施策として今イチのような気がして・・・。

 

空振りは大いに結構、お金のかからないことでもいいので市民を広範囲に巻き込んで歴史の掘り起こしにチャレンジしていただけないものか。もっと、もっと・・・です。

空振り三振を怖がっていたらホームランは打てません。

 

昨日ブログでは諏訪原城に顔を出したことを記しましたがさらっとその先の日坂まで行ってみました。

川坂屋をざっと「変わりはないか」という具合で見廻すと、ちょうど日坂ではイベントがあったようです。

2件ばかりその宿場町時代の宿屋を利用した展示物を見てあるきましたが、先週には「《オンライン開催》東海道シンポジウム in掛川宿・日坂宿」が催されたことを知りました。

 

やはり小和田先生の講演(戦国末・近世初頭の東海道―掛川宿~日坂宿~小夜の中山を中心に―)がオンラインでありました。

ユーチューブでも見ることができますね。

 

日坂川坂屋は何度か訪れています。

まぁ変わりはないということで・・・しかしオープン日限定ながら建物を維持保存し担当者を常駐させるということはなかなかの力の入れよう。

②「坂か阪」の字。「どっちでもイイ」で収まるその感覚が歴史。④は大域の間の篆書のお軸。

 

⑥の土蔵の中は⑦蝶の細工がたくさん。

⑧は当流法讃寺の入口。大域の石碑が立ちます。

 

 

 

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2021年

10月

24日

諏訪原城 「寿桂尼」大河 発想の天晴れ 悪くない

一昨日の静岡県内新規感染者がゼロの日はたまたま叔母の定期健診がありました。

大腿骨に2本のボルトが入って車椅子が手放せなくなっていますが、その後その補強具の様子を判定してもらうというものです。

施設から病院に連れてきてもらいそのあとの診療については私どもが同伴します。

 

最大気がかりだった叔母の様子は健康そのもの。

足の状態もそうですが痴呆の進行が殊に気がかりでしたが意外や意外、以前と変わらずと言っていいほどの健全でした。

第一声が「久しぶりじゃん」には引っくり返りそうになったほどでした。要は機嫌が悪くないというのがほっとするところ。

それでいて手術から8か月経って未だ車椅子のままでいるというのはこれも意外なことでした。

 

素人考えでは治癒によって早々に歩き出すかと思っていましたが老体での骨折、そしてボルト等の器具が体内に埋め込まれるなどすると、やはり周辺の骨との癒着が骨そのものの劣化によって100%の完治(骨折前の「大丈夫」)は難しいということを思いました。

老化、劣化した骨にガッツリとチタン合金が装着されたとしてもその保持する基となる骨がその力を失いつつありますので、補強箇所周囲の骨や筋肉に負担をかけ、神経に触れるなどして「痛み」となるのでしょうね。

もはや単に「リハビリの失敗」とは言えませんね。それが老化なのです。

かといってリハビリに日々励まないで漫然と過ごせば、スグに立ち上がる事さえもできなくなって、同時進行で痴呆が進んでしまいます。よってリハビリは最大重要課題。

何より叔母はまだ「終末」医療ではありません。

 

「息子はどうしている?」と質問されて「坊さんしてるから奴に葬式やってもらいなさい・・・」と返すと「わたしゃ、まだまだ死なないよ・・・」でした。

そういえば先般「100まで生きる」と豪語していたことを思い出しました。あと12~3年。

こっちがそこまでもつものかまったくわかりませんね。

 

以前は、骨折する年配者が多かったため、私は骨折したとしても「リハビリさえしっかりやれば大丈夫」などとは言っていましたがやはり今、70代後半より「骨折してはイケない!!」が主眼になっています。

とはいえ、「骨折」は「ものの拍子」による事故ですのでどうにもならないことですが、案外と年配者の骨折は特に無茶なことにチャレンジした結果ではなく、自宅、日常生活の中での不注意が主ですね。

飲酒酩酊による転倒は論外ですが部屋の畳のヘリや何かに躓いたり、ひょいと庭に出た時の中途半端に突っかけた履物などが原因になっています。

 

まぁ不注意は誰にでもあることで転倒自体(筋肉と運動神経の劣化)が老化であるので仕方がないといえば仕方がないのですが、「蹴躓きそうなモノ」を周囲に置かないという対策はできますからね。

 

骨折部位、色々ありますが「大腿骨」をやると生涯車椅子というイメージが定着してしまいました。

叔母は、浜岡の自宅について気にしていました。

「自宅にはいつか帰られる・・・」ような希望を持っているようで数時間の間幾度か自宅の心配をしていました。

口が滑ってもそれを今解体中であることなど言い出せませんが、「車椅子で一人たげでの生活は厳しいからね まぁ3日で再び骨折して病院行き・・・」と言い聞かせておきました。

 

 

今後叔母の住所地の転出手続きを行っていきます。

牧之原市に一名様、御転入ですね。

夜間、BS NHKの「おうちに帰ろう〜医療者たちの新たな挑戦〜」を 視聴しましたが叔母の実家といえば私と同じです。

どっちが早いか(心の中では「私も100まで生きる」と思いつつ)

分かりませんが、「自分の家で迎える」ことは仕合せなことなのでしょうね。

その後の親族の煩わしさは別として・・・

 

さて、絶妙のお日和の昨日午後は、久しぶりに諏訪原城に。

駐車場前の「諏訪原城ビジターセンター」に寄ってブラつくというのが最近のならいになりましたが、私が小和田先生の講演会の催しの告知②に目が行きそれが「島田市民限定」というところに「なんだこりゃ・・・」と口を開けて奥方に言いつけようとすると「こんなものがあるよ」と指を差したのが①。

 

もっと驚きました。

寿桂尼といえば当家の今年18歳の老婆ネコの名。

それが大河に・・・イヤ、ネコではありません。

意外や意外、その切り口があったのか~でした。

「女城主直虎」の二匹目のドジョウの感がありますが、ポイントとしては「わるくない」と思いますね。

今川サイドから見た織田・徳川・武田・北条と戦国でもメジャーなところでもあります。

私も色々と想像力を発揮して、どうこうブログでもその大河採用人物の件記していましたが「まさか・・・」とその場に立ち尽くしてしまいました。

駿遠地区の大河ドラマがまたしても早々に採用されるはずもなく、お調子に乗りすぎの感も禁じえません。

もしそうなったとしたら全国から反感の嵐が。しかしポイントとしては外していないのです。

 

③④⑤は二の丸北馬出しの様子。

殆ど様子は変わっていませんがずっと工事は続いているようです。この城には今川氏真も入っていましたね。当家の氏真(ネコ)は数年前に他界してしまいました。

 

 

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2021年

10月

23日

一豊創建の掛川真如寺 松平定吉 廟 

昨日は遂に静岡県内の新規感染者はゼロ。

信じられないようでもありますし、ありがたいことです。

ただし、ロシアではデルタ株よりも感染力が10%upといわれる新しいコロナ変異株が出現。

1日3万人以上の新規感染者、1000人超えの死亡者があるという現状を見ず、浮かれて「元のように・・・」と今動こうとすれば同じ途を歩むのではないかと・・・

 

ロシアもそうですが、再び感染者数が爆発しているイギリス(1日5万人弱)などの国内映像を見ているとマスクを着けている人はまず見かけませんね。

まぁ私ども、気の小さい者からすれば「イカれている!!」国民性・・・?としか言いようがありませんが、ノーマスクでそれほどハッピーにはしゃげるものなのか、私には正気の沙汰ではないとしか・・・まったく不思議でなりません。

それとも私が人間として本来の愉快を知らないということなのでしょうか・・・。

冗談じゃあない。私は十分に満足しています。

 

ウイルスの水際対策で来日できない外国人(7割が技能実習生・留学生)が10月1日時点で約37万人に上るといいます。

海外では経済再開ということで入国制限を緩和する動きが相次ぐ中「入国を拒否」にあることはけしからんの意見もありますがイギリスの背中を拙速に追いかけるという時期ではありません。感染力の強い変異株によって速攻で人々の健康が奪われることになるでしょうね。

命にかかわる事ですから慎重に事を進めていただきたい。

 

イギリスはコロナ感染もその後遺症もまた死亡に至ったとしても個人の苦痛。病院や医療従事者に負担がかかったとしても「経済を回す」は一大事・・・。大層な政策だことで。

国民がそれでいいなら他所から口を挟む余地はないのでしょうがね。ご勝手に。

 

まぁ地球規模で考えればヒトの人口過多こそ地球環境に負担をかけているといいます。

コロナは自然からの使者で人減らしに一役買ったということも別の角度からも見られるワケで。

となると「私が死ぬこと」が地球に役立つことである?とも考えてしまいます。

そうとはいえ地球の計らいにも国家の計らいにものろうとする気にはなりませんが。

ただし前者の場合は計らうも何も黙っていればいずれ・・・どなたでも・・・(昨日ブログ)ですね。

 

さて昨日の掛川の松平定吉ですが実は彼の廟は掛川城の東、真如寺というお寺の墓域にあります(場所はこちら)。

元はと言えば山内一豊の建立という寺でしたが、やはり一豊が土佐に転封となった際に一緒に土佐に移っています。

その後に入った松平家は名をそのままにして新たに開基したというお寺です。

 

かなり昔の画像で現状は更新されているかも知れませんが、由緒は掲示板の通り。その定吉の肖像画はウィキにありました。

最後の画像は境内から見た掛川古城の丘陵。

 

 

 

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2021年

10月

22日

独り生死去来 わからない十九歳切腹 松平定吉 

朝一はお内仏(仏壇)閉扉のおつとめへ。

簡単な式ですが、思いは複雑でした。

2年ほど前になりますが、一人住まいだったご門徒さんがお風呂場で亡くなりました。

相続された親族は今回その自宅を解体することになったそう。

ところが何の気なしに、まずは・・・と家の中の清掃を業者に依頼したところ施主に「仏壇は何とかしたか・・・」との問い合わせがあったそう。

 

それは要は世に言う「供養」とか一歩踏み込んで「除霊」「お祓い」とかいうもので、「それなりの者」による「それなりの段どり」を踏んだものが催行されたかどうかであって、それがマダであるなら「やってくれ」ということです。

 

私ども真宗の教えに追善供養や霊的発想は皆無、ましてお祓いなどは宗旨違いなのですが、「念仏を同座してタノム」の依頼については当然の如く承ります。

ただし、今回は一昨日イキナリ、電話での依頼でしたので一旦はお断りしましたが、昨日は朝は時間がありましたので9時の約束で了解しました。

業者さんが現着するのは8時というのが本邦当然のならいですから奥方に「8時に行く」と言い出した頃、丁度施主より業者さんは遠方なので「10時過ぎに」と電話がありました。

施主もまた遠方ですので業者さん2人しかその閉扉式に立ち会う人はいません。

 

私の父でしたら憮然とするところなのでしょうが、真宗の坊さんは阿弥陀さんの正面には参って導師はつとめはしますが同座する念仏者が「ある」というのが一理となります。

ところが作業員さんにそれを強制するのも酷なことで、私はもはや独りであっても諸仏が「ある」と割り切ってお内仏前に進みました。

すると作業員さん2名は作業の手を止めて、すすんで私の後ろに立っていました。

私は感謝して点火した線香を二人に手渡して参拝していただいたのちおつとめに付き合っていただきました。

 

その後、何一つ損傷ない綺麗なままのお内仏に掛けられたお軸を回収し扉を締めさせていただいたのですが、私の祖父と故人がおそらくその父母の法要の際に撮影したであろう2ショットの写真を中から発見したり、上に掛けられた故人の父母の遺影はどうなるのだろう・・・と。

しっかりと大谷祖廟への分骨も済ませていることもわかりましたが、ご当人の分骨はまだのよう。

あれだけのお内仏を相続しないということも心残りですが、檀家さんとしてそれが繋がらなかったことですのでうやむやが残りました。

 

話は変わりますが世にはまったくアホらしくてナンセンスな表現「事故物件」という大衆の興味を煽るような言葉があって、ましてやそれをネタにしたオカルトチックでおバカなストーリーをつくりあげ、客寄せ、ひと儲けを企む風が見受けられますが、そればっかりは反意を思います。お遊びは大概にし己を知るべしと。

 

なぜなら人は100%死にます。

また独りで亡くなったとしてもさして不思議なことではありません。その時は「独り」というのが普通のことですよ。

以前といえば自宅で亡くなることは当たり前。

何故にして病院はよくて家では「お祓い」が必要なのでしょうかね。まったく意味不明。

 

私が通夜などで拝読する帰敬偈はひとりひとりに作り、表紙も用意してそれに包みます。

法要でそれを拝読することはありませんが、その表紙裏に記した文言が仏説無量寿経からの言葉。

 

 「 人 世間の愛欲の中に在りて 

    独り生れ 独り死し 独り去り 独り来る 

 

なお、それを記すという法要のいわれはありません。

要は私の勝手な差配のこと。

そう考えると独りで念佛も悪くナイですね。

 

そして今回のその閉扉式が

「それなりの者」による「それなりの段どり」であったかどうかはわかりませんが・・・。

 

画像は掛川の住宅街にある松平定吉の墓―遠江塚(場所はこちら)。相当前の画像ですから現在のところよくわかりませんが。

 

父親が松平定勝で家康の弟(異父)。こちらは掛川城でお馴染みの山内一豊がありますが彼は土佐に移封されますので藩制としては定勝から。その長子が定吉になります。

ちなみに、この系の末にNHK「その時歴史は・・・」のナレーション、松平アナがいますね。

 

定吉は家康の甥っ子ということになりますが、なぜか十九歳の時に腹を切らされています。

理由は家康の機嫌を壊した(鷺を射殺した)等、推測されていますがその件「腹まで切らせること?」と大いに疑問に思います。

家はその弟が継承していますので「家」そのものへの懲罰ではなかったはず。

 

そして、この墓石の有り様。

結界として門扉には葵紋が見られますが、「松平」を名のっている割にいかにもいかにも・・・という感。

そして五輪塔がまともなカタチで残っていないことも腑に落ちませんね。

 

世の中、わからないことばかりで・・・

 

 

 

 

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2021年

10月

21日

火こそ恐ろしいものはない 「火とまる」壬生寺

朝から一日中風が吹きまくっていました。

気圧配置は西高東低、西から北の風となって冬の序章を思います。朝はさすがに半袖1枚ではムリだろうとトレーナーを1枚着こんでからテラス1階の整理作業にとりかかりました。

日中秋晴れで気温は上昇。あっという間に半袖に逆戻りしたくらいです。

午後からは叔母の家に向かい廃プラを整理し、軽トラ1車分を積み込んで処理場へ。

それから再び叔母の家に舞い戻って利用できそうなものを積み込んで帰宅しましたが日没後東の空にオレンジ色の満月が上っていました。風はやまず日が暮れるとさすがに寒い。

オレンジ色はネアンデルタール人が愛おしく思った色・・・と言いますし日没の色でもありました。

日没のお日様には父母がいるとも。

夕暮れ時の景色には色々なことに思いをはせます。

 

風が吹けば・・・とはいいますが、気がかりなのは火事ですね。

私は出火原因となるローソクと線香のケアはしているつもりですが、人間はその徹底というものができないどうしようもない生きものです。

それは我が身のことでありますから、その件重々承知はしているつもりではあるものの、往々にして「他のこと」へ注意が振れたとき、ふっと頭の中からその重大事案が消えて、その件思い出した時は「取り返しがつかない」ことになっているのです。

 

漏電という目に見えないうちに忍び寄る出火原因もありますが、それに関しては「漏電遮断器」のブレーカーの作動を信じ切る他はありません。

その例外的な火事以外の出火原因の元は「自身が点けた火」なのですね。

タバコ、天ぷら油、たき火等が主たるものですが、寺と言うと「私が点けた火」以外の火もたくさんあるわけで。

墓参やら本堂内の焼香がそれですが、それを気にし出したら何も手につかなくなります。

 

どちらのお内仏前の畳には線香の焦げ跡があるものですが、たまたま運が良かったということなのでしょうね。

新聞紙上「仏壇から出火」のニュースが絶えません。

特に風の強くなるこの時節、相良では最近火事による死亡事案が忘れたころに起こっています。

他人事ではなく「私のお頭の具合」を信用しないで、火には入念な消火チェックを心がけていただきたいものです。

季節風の強くなるこの頃、一旦火を出してしまと他人様の家に延焼させてしまいかねませんからね。

夜間の消防のサイレンと広報スピーカーはどうしても気がかりになります。

 

さて、壬生寺(先日)の壬生塚には柿本人麻呂の碑という不思議な石碑が立っています。

その名が「人丸塚」。

人麻呂だから人丸塚・・・シャレ?と思いきやまだあります・・・

→ひとまる・・・ということで「火止まる」とのこと。

この人麻呂を持ってくる理由はそこにあったようですね。

京都と言えば大火によって散々に人の命と財産が失われた地でした。

 

「火止まる」を願いに人丸塚に参ることこそ「私のお頭の具合」を適宜修正、念入りに気づかせるシステムがあったのでした。

 

②はお百度石。

昔はその「百」を忠実に実践したのでしょうね。人目をはばからず執心したその姿を見るのは時代劇中のみ。

③は広報まきのはらの記事。

緑茶が廃れていますが体にいい習慣なのですがねぇ。惜しいことです。

 

 

 

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2021年

10月

20日

南鐐二朱銀と井沢元彦氏講演会 500席

大分気温が下がりました。

夜間の雨はあがったものの外仕事などする気になれず、テラス1階部分整頓のための部材の買い出しやら吉祥寺の叔父に送るお菓子「南鐐二朱銀」などを求めに東部方面に。

車内の気温は25℃に設定していますが、10日ほど前まではそれが冷房、今はその温度が暖房として心地よさを提供してくれるというのは妙なものです。

 

気温と言えば、選挙が始まりましたがどちらの皆さんもお金配りの件、要は耳辺りのいい庶民の煩悩の最たるところをくすぐるところに力を入れたサービス部分ばかりですね。

世界では当たり前となった地球規模の気温上昇や海洋汚染を危惧し、何かのアクションを起こしてそのリーダーシップを取るのだ・・・と言った真に切羽詰まったところの打開策については殆ど触れられないというところ、お寒いですね。

10年後には地球が壊れるかも・・・と言われているのになぜにしてそれが争点にならないかという不思議。

 

二酸化炭素の排出を減らすというのが最大のテーマとなるのですが、なべて言えば彼らがお得意とする「経済」の足を引っ張りかねないことともなるわけですからね。

それをプラスにしていく対策を進めていかなくてはならない時期に、これから地球にとって肝となる4年間を、国債発行とおカネの印刷をして愚かな庶民への飴玉配り。そして確固とした地位を得ようとする浅ましさよ。

 

この地球が危篤状態である今、それを元の健康に戻すため、私たちはどのように動かなければならないのか、若くてキレキレの指導者を求めます。

そのためには経済発展(おカネ儲け)について我慢というものが必要なのでは?

それこそ若いキレキレの指導者です。将来の危機感のない漫然とした自身地位安泰指向の方は早々にお引き取りいただきたいものです。

 

さて、①②はお菓子南鐐二朱銀」(またはこちら)を販売する 

「甘蔵さかした」の長文の解説文。

かなりの力の入りようがわかります。

お菓子屋さんのお菓子の品書きとそのいわれについてそこまでやるか・・・とも。

 

久々にお店にお邪魔して1個270円と他と比較すれば値の張る品に一瞬躊躇しましたが私どもも頂く分を併せて奮発させていただきました。

 

③は井沢元彦氏による講演会のちらし。

たしか順延3回目だったかと思いますが・・・

 

12月19日(日曜) 会場1320 開演1400 「い~ら」にて

 

申し込みは11月5日(金)~26日(金) 詳細パンフ

 

500席とかなり増やしていますが、その頃はどうでしょうかね。

ロシアにイギリス、毎日1000人の新規感染者。

日本でもミックス株の出現が・・・

一応、申し込みはしておいて様子見ながら・・・ヤバかったらドタキャンすればいいのです。

 

④は史料館入館券。先週の土曜日に・・・

 

 

 

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2021年

10月

19日

壬生寺最古 鎌倉期の宝篋印塔 江戸初期の五輪塔

昨日の吉祥寺の叔父夫婦は歌舞伎座解禁、観劇の一日だったそう。

強者振りの発揮でした。もはやコロナ関係ナシのトーキョーの皆さん方を拝見していて思うのは、怖気づいているのは私のような田舎者のみの、まぁ人それぞれですね。

浮かれることなくゆっくりのんびりでOKかと。

もう少しは様子を見たいですからね。

 

どちらにしろ叔母の家の解体工事が終わるまでは気持ち的にもすっきりと晴れわたりませんからね。

今週は雨予報のほか叔母の定期健診の立ち合いという時間があったりで時間が費えます。叔母との久々再会は3か月程度のインターバルがありましたからその反応が楽しみでもあります。

 

「すべてにおいて回復基調、いたって元気」という情報を得ていますが「家に帰る」などと言われたら収拾がつかなくなりそうでそりは恐ろしい。

最近は「家の事は口にしなくなった」とのことですが、私の顔を見てそれを思い出されることは痛く辛いこと。

まして「家の中身はすべて処分して家は解体」など口が滑っても言い出せやしませんね。怖すぎます。

 

先日、「早く施設に入れた方がいい」と私どもが事あるごとに言って聞かされていた近所の方から電話がありました。

叔母に「会いたい」と。

「時節がら無理」と断ったものの、そればかりはこれまた恐怖の一言。

その家の処分と解体の件、ノー天気に伝えそうですからね。

その方には家具と仏壇もすべて処分したことなどを知らせると、「(叔父の)位牌をお寺に納めなさい」などと説教される始末。

 

叔母は「自身遺骨は実家の墓地」ということで真宗の教えを踏襲。

ご主人の遺骨は地元の禅寺の実家の墓地に納められていますが叔母はそちらには「入らない宣言」をしていて以前から私どもへは「骨は拾ってくれ」と。

その方には「私も寺ですから」と言って位牌の件は一蹴しました。叔父の位牌と遺影は当分の間本堂阿弥陀さんの後ろ側に。

いずれは叔母の法名札と一緒におたきあげすることになります。まぁ叔母の方が早いとは思いますが・・・

 

叔母の家で昨日驚かされたことはテレビ台を引っ張り出した際に気付いたのですが、御前崎ケーブルテレビからレンタルされた分配器を発見しました。

半年以上もテレビを点けていないのに早いところキャンセル手続きをしていれば・・・と思うも、奥方もその料金引き落としには気づかなかったとのこと。年配者は支払いが少なくて済むのかも。

御前崎の原発恩恵システムは傍から見て理解できないところがありますからね。

 

ということでそちらの会社まで分配器を持って出向き、解除手続きを完了させました。

配線撤去料11000円也の請求が後日あるとのこと。

 

さて、壬生寺の墓域は新選組、近藤らの墓域の存在が有名ですが、それらに交じって鎌倉時代に建てられたという歴代住職の供養塔がありました。

相輪上部の欠損と基礎底部の返花座の代わりの大きな方形台はその威容を誇ります。石塔を大きく見せるには効果がありましょう。

隅飾りの直立具合からしてその古さを主張しています。

 

五輪塔は「壬生官務家墓塔」。

「地下家」の壬生家は格としては殿中にあがれません。

昇殿を許された人(家)を「殿上人」、それが許されない者を「地下人」と呼びました。

地下人でも要は特別な役人。今の官僚のようなものなのでしょうが、その仕事もほとんど世襲。それが日本の歴史でした。

家ガチャとしては代々アタリ・・・でしょう。

 

それを考えると庶民として頭角を現すことができる下剋上は力と才覚と運次第で地位をゲットできたのですから一部の者にとっては「夢」というものがあったことでしょう。

地位が約束されていた者にとっては不安以外何物でもない世情だったでしょうが。

 

地位が生まれながらに約束されている・・・それはまた不合理以外何物でもナシ。現代のにそれあってそうであればなおさら。

やりたい放題になりますし腐敗の政が蔓延してしまいます。

 

五輪塔は江戸初期の建立とのこと。

 

 

 

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2021年

10月

18日

平成24に復元 芹沢鴨 平山五郎 壬生寺

法事の「三昧」の空間に厄介なスピーカーからの大音聲の週間がついに始まりました。

今回は本堂の真裏、以前弁当屋があったピンク色の小屋に選挙事務が入ったため、その初日となる昨日は特に気がかりでした。

初日は出陣式がありますので往々にしてそれはお義理の来賓ご挨拶などが続き長くなることは必至。

 

拙寺の法事直前にそちらを見やればこれまで見たこともないようなたくさんの人だかりが駐車場に。これは案の定「法事どころじゃ」・・・といやはやの感。

9時40分くらいから「ご近所の皆さんには申し訳ありません」とは言いながら強烈な拡声器マイクからのトークが始まってしまいました。

堂内の読経がかき消さかねませんので私も単純、ついついそれに張りあって大声をあげがちになるのでした。

 

施主より時間(10時)前だが「始めてください」とのGOサインが出て、開式前の喚鐘を叩く力が普段の倍化。無意味な対抗心を発していました。

気合を入れて、気持ちだけでも負けないよう堂内だけでもと。

結局のところその強烈な騒ぎは10時前後でお終い。

拙寺法事の頭の部分で消えて無くなりました。

街宣車がどちらかに発したということでしょう。

その事を知っていたのなら10時30分開式にしていれば・・・などと地団太を踏んだ次第。

 

今回は菅山地区の議員(檀家さん)が引退して立候補者がナシ。

大江地区も不在のようでその2地区は相良の他の候補者が集中する場所(・・・草刈り場)と言われています。きっとそちら方面に向かったのでしょうかね。

以後結構に静かな波津の街区でした。

私など、街宣活動の有無に投票行動の差はナイと考えますので「無駄」を思いますが一つの祭りのようなものなのでしょうね。その頻度をもとに投票しようという有権者はある程度はいるようですが・・・

 

法要は血管がちぎれるばかりの大声を張り上げましたので最後の御文の拝読中、ふっと目まいが・・・

脳梗塞か何かに突然みまわれて、このまま御文を戴くように突っ伏してしまうのではないか・・・などとも思いを巡らしながら拝読していました。

 

大昔、相良市場地区にかつて開業していた御門徒さんの医院の医師が診療中に亡くなったという件思い出しました。

亡くなるその時まで「聴診器を離さなかった」ですね。

苦しむこともなくす~っという具合に。

そこで私があの「白骨の御文」、「朝には紅顔あって 夕には・・・」とばかりにすーっと息絶えたとしたらさぞかし「伝説」になるのでは?などとニヤっと。

坊さんとしては有難くまた死にざまとしては奇特なことです。

 

さて昨日の壬生寺

文久三年九月十八日と時期を違えず同じ場で斬殺された芹沢鴨と平山五郎の墓。

この墓は平成24年に再建されたものです。経緯は⑥の通り。

墓石としての面白味よりもあまりにも空しい死にざまに名が残る二人が並んで記されているところがポイント。

やはり近藤の差配での暗殺というのが定説です。

 

 

 

 

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2021年

10月

17日

近藤勇遺髪塔と河合耆三郎墓 壬生寺

小雨交じりの午前中でしたがおかげさまで法要の方はなんとか収めることができました。

大雨ならまだしも墓前焼香は傘を差しての読経となってそれはそれは不都合なことしきり。よって「この程度なら」と開始すれば、故人の奥さんが傘を差しだしてくださり、恐縮。

「私は大丈夫」と断ってもそれはそれで先方の気持ちが許さない・・・雨は本当に厄介です。こんなことなら傘を差せばよかったと・・・。

午後になって雨があがって夕刻前には青空に陽射しまで。

逆だったら最高だったのですが。

 

しかし本当にラッキーだったと皆さんに紹介したのは、本堂の裏側に急遽出来上がった市議選の選挙事務所の件。波津地区からの立候補者の一人ですね。

今回の市議選は4人の落選が出るそうで特に票数の少ない波津は激戦の様。

 

日曜日はおそらく事務所開きになりますので「法事にならないくらいかも・・・」と。

きっと「うるさくて法事どころじゃあ・・・」ですね。

法要の最中の選挙カーの大音声は無理やり耳に入れられる方からすれば「同調」よりも「反発」の気持ちが芽生えるというところあります。特に葬儀などあれば罵声があげられても不思議な事ではありません。

拙寺ご門徒様にも宣伝カーに乗られるという方がいらっしゃいますが、その「悔やみの場」を早めに察知して、音量をダウンするなどの配慮は不可欠でしょう。

 

そして事務所の設置選択は注意深く行わないとね。

そちらの事務所は山のお寺(泰盛寺)と下のお寺(拙寺)の間になりますから。

街宣車の場合でもお名前の連呼がありますので、スグにどなたかかわかります。

本日、午前中も法事がありますがさて、どうなることになるのやら。

 

さて、昨日は壬生の屯所跡について記しましたが、そこに隣接しているお寺が壬生寺です。

近藤勇の胸像と遺髪墓がありますが、そのお隣には近藤に腹を斬らされた河合耆三郎の墓が。

五輪塔形式の塔婆型の細長い石塔で結構に異色のスタイルです。

 

新選組の先鋭さは両刃の剣、内部の統制を厳密にするばかりに粛清と暗殺に走ったところは残念なことでした。

統制が過ぎた「支配」といったらファンとしてちょっと・・・とは思いますが、もう少し何とかならなかったのか・・・考えさせられます。また、慶喜が大政奉還しなかったから・・・などなど。

 

 

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2021年

10月

16日

司馬遼太郎 「峠」より先に「燃えよ剣」壬生の鶴屋 

午前中は門前に長い間放置していた陶器類をどうするか思案した挙句、水洗いして乾燥、軽く新聞紙に包んで新しいプラケースに整理してテラスの棚の下に放り込みました。

中には日露戦争あたりに従軍したどなたかの除隊を記念して作られたものであろう杯が出てきて「とりあえず」保管ということにしました。

まぁどうせ息子がある時それを引き釣り出して「イラネ・・・」とばかりに処分されることでしょうが。

 

丁度その「ガラクタ」を整理していると御門徒さんで、ある道の講師をしている方が、自身のたくさんの道具類資材が積まれた部屋についてその相方から「イイ加減片付けてもらえないか・・・」とよく言われてしまうとのこと。

しかし、あとの事などはわかりはしませんが「なかなか自分の手で処分などできるものではない」と。

よくわかりますね。家に残っているものでさえ処分に躊躇しているのに私の気持ちの籠った品々をイザ片付けて・・・と言われてもどうしていいかわかりません。

 

当家の場合さすがに古文書の類は残されるはずですが、私の個人的趣味のものなどどうなるかなど、分かりはしませんからね。

まぁ息子に任せるのみですが。

 

というわけで午後からは浜岡の叔母の家にて片付けの続き。

金物と燃えるゴミを軽トラ1車処分場へ。2回戦目の金物は自宅まで持ち帰って当地の回収日に合わせてゴミ出し。

帰宅した際は暗くなっていましたが、ウソのように暮れが早い。考えてみればあと2か月もすれば冬至でした。

 

畳を処分したのちは「あとは楽勝」などと超楽観の躰でいましたが細かい処分品の分別があって一言でまったく辟易です。

 

昨日は満タンのヘアスプレー缶を「何とかして」と奥方が。

バールを片手にしていたためそれで一気に缶に穴を開けたところ、強烈な勢いで液体の噴霧を浴びてしまい以後自身から発するその匂いで気分は最低・・・クタクタの一日でした。

 

さて、今年の日本映画でも楽しみにしていた「峠」(人物は河井継之助)の公開が2022年にズレ込んでしまったことは残念でしたが何と同じく司馬遼太郎原作の「燃えよ剣」が映画化されて昨日から公開されていたのでした。

 

どちらのお話も感情移入すれば相当歯がゆいものになりますが、爽快に討幕派をやっつけるところは気分がイイもの。

やっぱり主人公は「こっち側」でないとイケません。

特に新選組を扱った色々は枚挙に暇がありませんが、この「燃えよ剣」はその元祖といっていいかも知れませんね。

小学校の頃のチャンバラごっこが思い出されます。

 

殆どが彼らのイキのいいところといえば京都が舞台となりますが、画像は新選組発祥の地といわれる壬生屯所旧跡にあたるお菓子屋さん、鶴屋の図(場所はこちら)。その奥が屯所跡になります。

金戒光明寺や西本願寺ほか名所の数々、出てくること必至です。チャンバラの最高峰でしょうね、新選組は。史実というところがまた面白い。

日本映画でも好みが合うものは観賞に行きたいですね。

もっとも洋画の方も最近はご無沙汰ですが。

 

奥方を誘うも「映画館はおしゃべりはないし換気もイイが・・・・まだ恐ろしい」と。 

 

 

 

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2021年

10月

15日

気づかなかったでは・・・脱法行為 畳処分完了

昨晩は当地でも一気に気温が下がって寝苦しい夜を脱しました。雨のせいかも知れませんが。

朝方も涼しくて爽快、昼間は好天となって夏の様な陽射しとなりました。ただし、これから気を許して昼寝などすれば風邪をひくことなど警戒しなくてはなりません。

つい先日まで聞こえていたツクツグボウシの声もナシ。

 

気の緩みは体内防御力が低下し、免疫が甘くなって外部からの攻撃に対し脆くなりがちです。

「コロナのおかげ」といったら語弊がありましょうが、この一年風邪をひかなかったことはまさにそれ。注意深く行動していましたからね。

今年の事はわかりませんが、昨年はインフルエンザの発生が激減しました。各個人レベルでコロナから身を守ろう・・・といわれてきた基本的な健康維持、防疫の学習からの結果でしょうね。

 

ところが最近になって「今年はインフルが蔓延する」などと言われてだしていますが、私どもは今年もその予防接種はパスすることにしました。

空気感染もあり得るコロナよりも感染力の弱そうなインフルエンザの感染が私の日常の生活では「ナイ」と踏んだからですが、マスクとアルコール消毒過剰の日々にあってそれは当然のことだろうと考えます。

以前のインフル罹患、40℃近い高熱には懲りているはずではありますが、吉と出るか凶と出るか・・・

 

さて、私どもは今月25日から予定されている叔母の家の解体工事の事前作業、残った畳14畳の処分にあたりました。

6畳間と8畳間14枚を残していたのは処理場ルール「1日畳受入れ15枚まで」があるからですが、色々なものが上に散乱していたこともあって後回しになっていました。

この晴天を無駄にして予定日直前に雨だ、急な仕事だと入ってしまったとしたらそのチャンスを失いますからね。

ずっとそのことばかりが頭にありました。

 

今回の業者さんからの解体見積の中、畳に関しては1枚2000円とありましたが手前どもで処分場に持っていくのとでは雲泥の差となります。おカネで解決できる人はそれでヨシですが・・・

 

まったくおカネをかけたくないという御仁が世の中にはぎょうさん居て、それは山野に打ち捨てられた家庭ごみの山を見ていればわかる事。

先般も家具類を山に捨てていたことがバレた消防士のお二人が検挙されていましたね。

懲戒の程度について重大と評価されるのか軽微とされるのかは私のあずかり知らぬところではありますが、その方たちは「バレなければ大丈夫と思った」との言いぐさがありました。

 

取っ捕まったあとにその言葉が、イイ齢して出てくることへの違和感は激しいものがありました。おそらく部下もいれば子供もいる身でしょう。

「バレなければイイ」の訓示や子供たちへの「いい聞かせ」にあたって「その考えで果たしていいの?」と思いますがね。

 

「不法投棄」についてはどちらでも見られます。

拙寺境内墓地へもかつて液晶テレビなど平チャラで捨ててありました。草むらを探せば色々なものが出てきそうです。

また門前の墓地(他流)の墓参りの方が花ガラを当家庫裏の築地塀の中にブン投げていく人もいました。そちらの墓地は花ガラに関しては自己処分になっています。

その際はたまたま中で作業をしていた私の頭に命中したものですからその人を追いかけて問い詰めて返却しました。

バレちゃったことに狼狽えていてかえって気の毒になるようなオバさんでしたが・・・

 

みんなその件、軽微なこと、大したことでナイと思っているのでは・・・片付ける人がいることを考えなくてはね。花ガラと大型家具産廃物と同一にはできませんが、手っ取り早くおカネを掛けないには違法行為-傲慢-がつきものですね。

 

とはエラそうに言いながら私も昨日は脱法行為をしでかしました。

計量の際のさりげない指摘「ちょっと重量が・・・」で「え?」と思ってレシートを確認すれば410㎏とありました。

言われた当初は助手席の奥方を見て「そりゃそうだ」と納得しようとしましたが考えてみれば最初にカンカン(計量器)に載ったときも奥方と一緒ですからね。

 

軽トラの法定積載量は350㎏。60㎏の積載オーバーでした。

まったくその件失念していましたね。

「一日15枚までOK」の告知ばかりに気を取られて、重量のオーバーについては気が回りませんでした。

「ハッと」その違法に気づいたワケでした。

 

お寺の畳は重たくてイイものを使っているからね・・・とはご担当に言われましたが、叔母の家のものとは言い返せませんでした。

 

ということで410㎏÷14枚で約30㎏/1枚。

トータルで2340円でしたから2340円÷14枚で約170円/1枚。

2000円が170円に化けることばかり考えて「悪いこと」をしました。しかし積載重量がどの程度いくかなど全く気にも留めていないこと。これからはそういった仕事があるかどうかわかりませんが(当家には畳の部屋だらけ)350㎏以内(11枚)にするよう頭に入れておかなくてはなりません。

 

今の法律は軽微か重大かの判定は主に「知っていた(故意)か知らなかった(過失)か」ですが、道路交通法は「過失」が検挙の対象でした。

どちらにしろ消防士さんの「バレなければイイ」の言は社会的責任のある者の言葉としては完全にアウトですね。

もっとも今時、「バレない」悪行などまずあり得ませんからね。

 

30㎏といっても取り扱いがしにくく×14の積載は結構腕に来るヘビーな仕事でした。

 

 

 

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2021年

10月

14日

桜が咲いちゃった福田沢 磐田見性寺掲示板

昨日はとりあえず「3度目のワクチン」を遠慮してワクチン未接種の人たちの国々に廻したら・・・の思いを記したワケですが

昨日は「次の山(第6波)」のピークは2月中旬という報道がありました。

あたかも収束したかに見えるこの感染者数グラフの下降線がウソのようです。

活動の再開を喜んでばかりはいられませんね。

お調子にのっていろいろと人々が動き回れば来年1月以降に徐々に増え始めて、東京都の1日あたりの感染者は短期間で急増して「2月に5000人、第3週には1万人・・・」なる試算がされていました。

本当にそんなことが起こるのか・・・とは思いますがそうなるとすれば3度目ワクチン接種もしたくなるというのも人情というもの。

 

軽症者向きの経口薬の承認、認可について囃されていますが、誰もがその完成を望んでいてその完成があればワクチン、特に3回目など不要になりましょう。

「まさか」のこととは思いますがこれまでずっとその「まさか」の坂を転びまくっていましたからね。未来の事はまったくわかりません。

 

さて、最近のウソのような話といえば気温の高さ。

私どもの住まう庫裏は「夏暑く冬寒い」という無茶な「保温」環境ですが、今節「10月の熱帯夜」を何度も味わっています。

首都圏では10℃代に落ち着き始めているようですが今、温度計に目をやれば夜間で26℃ありますし。

外はさすがに涼しくなりましたが昼間にご門徒さんに会えば「暑いですね」がまだ第一声のご挨拶になっています。

 

鬼女、行僧原方面から比木の谷に下りる際福田沢ビオトープ公園を突っ切ってみました。

するとサクラたちのうち2割ほどが開花していました。河津桜ということですがこの時期異様です。

サクラが狂気する天候なのか、この時期咲くサクラなのか私にはその区別ができませんが、以前見たものとは色合いが違いました。

世の中が狂っているのかも知れません。

 

またこちらの池には今一つ狂ったように泣き叫ぶ者たちがいました。「何か喰わせろ」の主張をしていることは一目瞭然。

人に慣れていることはわかりますが今回は何も持ち合わせが無いため、「また来るよ」といってその場を後にしました。

果たして食べ残しのパンなど持参して食べさせてもいいのやら。

 

最後の画像が久々に拝見した磐田見性寺の掲示板。

人々の目に留まる磐田市内のど真ん中、国道1号線沿いに看板が設置されていました。

 

 

 

 

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2021年

10月

13日

木津某の築城 木津殿城 五輪塔は和泉式部の墓

「ブースター」とかいう3回目のワクチン接種ですが、今年中には始まるよう。

そりゃあコロナの予防ということなら私も従順に受けたいとも思いますが、果たしてそのようなシステムに乗っかって安寧の果実を独占していていいの?という気持ちも起こります。

 

当初WHOが言っていた~2度接種したのだから3度目などと言わず、まだ1度も打っていない国にワクチンを回しましょう~の声はトーンダウンしてしまったよう。

 

「まず自国民を」という姿勢は国内への説得力はありましょうが、それではワクチンが入手できない国からすれば「健康と安心の独占」以外の何物でもないでしょうね。

「3度目を買い上げて確保しました」の手柄より、「お先にどうぞ」とそれを譲って淡々と新コロ対策を持続しながら耐え、機会があればその3度目を接種すればいいのでは・・・

世界からはズル賢く生き長らえるというところを見透かされますよ。それが「先進国」とやらなのでしょうが他のすべての善意が今「偽善」だったと・・・雰囲気が一変するかも知れません。

 

さて、南山城、木津川の田舎の部分を歩き回っていましたが、ちょっとした住宅地の中に重厚感溢れる少々イカした五輪塔にお目にかかりました。

如何にも元は寺院として参詣の人々を集めたであろうその御堂の裏にありましたが、こちらの地名が「木津川市木津殿城」(場所はこちら)と一段と興味をそそる地名になります。

 

「木津の地は古代から山城国より大和に入る水陸交通の要衝で、平城京の港町として発達した。中世に入っても、材木座・塩座がおかれ、問丸が発達するなど商業の中心地として栄えたが、一方、木津の馬借がしばしば土一揆を起こしている」(城郭体系)というのがこの周辺のロケーション。木津川が大きく湾曲している場所になります。

この「殿城」にはその字面の如く、元はといえば城館のあった場所だといいます。

殿の城というくらいでこの地区を治めていた領主(木津氏・・・)が住まう館がありここから南東方向の丘陵城山の木津城と分けて言った歴史があってその名が字として残ったのでしょう。

 

また、城郭体系から転記(京都府地誌 木津村誌)すれば「木津某邸址ハ村ノ東北字殿城(とのしろ)ニアリ。四履欠ク面積凡三百坪。里老伝元弘ノ頃木津某ノ築城スル所ト。

天正中ニ木津某ナル者此ニ居ル。慶長中徳川氏ノ為ニ亡ボサルト」とあります。

 

そのちいさな堂の裏で「どん」という具合に意思表示をしている五輪塔が和泉式部の墓と言われています。

「墓」とハッキリ主張しているところ、地元の気合を感じますが彼女の墓といえばあの巨大な宝篋印塔を思い出しますね。

 

世の人々の人気もあってその追善の供養塔らしきものも各あり、また実際の墓の確定要素は無いようです。

 

 

 

 

 

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2021年

10月

12日

一石七体阿弥陀仏 てんこ盛り 忍辱山墓地

相良の老舗、乃庄さんが今年いっぱいで店を閉めるという報せは拙寺周辺ではもちきりになっています。

店舗を継ぐ後継者がいないということに尽きますが悲しくショックが大きい事件です。

そちらの御子息は既に医師として活躍していますので仕事の選択肢としてそちらを選んだということなのですが、地元の乃庄の釜めしや寿司の味を知っていた方たちにとっては寂しいことになりました。

私の父も祖父もそちらには相当お世話になっていますが聞けば今のご主人で4代目。

元は新町(現在は根上り松の隣)で営業を始めて百数十年、相良の歴史を見続けてきた名店でした。

 

既に店舗での飲食は中止して現在はメニュー限定で近隣配達のみでの対応となっています。よってふっと店を訪れても食事をとることはできません。

自宅用に仕上げていただけますが釜めしは当日でもOK。

寿司の方は前日までに問い合わせて欲しいとのことでした。

また場合によっては(繁忙の場合)品物を店まで取りに行くなどしてお手伝いをしなくてはならないかも知れません。

 

そこで私の思いつき。

店舗での対応がなく配達のみですから、味わいたくもそれはできません。よって遠方の方向けに、拙寺本堂を使っていただければと。

乃庄さんは木曜が定休。

拙寺は法要が入っている場合もありますので各事前調整が必要ですが、うまいことやれるはず。

尚、本堂の使用料は不要、お茶の提供くらいはおまかせください。

 

さて、石仏のデパートの如く、種類豊富でこの目を楽しませてくれる忍辱山墓地ですが、一つの石面に複数の仏たちが肉彫りされたものがあります。

子たち孫たち縁者が近親の者たちを一石でもってまとめて弔おうとするものでしょうが、そうは目にするものではありませんね。

 

こちらは花崗岩製船形板碑( H128 W66 )。奈良県史より。

(よく確認できませんが)中央上部に梵字「キリーク」その向かって右に「サ」左に「サク」と阿弥陀三尊の種子。

その下に7体の定印阿弥陀座像のレリーフ。トップに1つその下左右に3体ずつの配置です。

トップの阿弥陀の真下の空間に「元亀二年辛未十月十五日」

 

向かって右の阿弥陀上からそれぞれの阿弥陀仏の側に

「スケ二郎」「ゴハ」「マタ六」。

同左阿弥陀側に「コ四郎」「フチワカ」「ヒコ六」。

 

 

 

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2021年

10月

11日

モミの大木 檜原村 三頭山(みとうさん) 

各報道によればあの日本大学の理事だか理事長さんとやら、相当えげつない方々のようですね。

大学の系列病院の建て替え費用のいくらかを還流させて、ちゃっかりポケットに入れていたのでは・・・と思わせる事件です。

やりたい放題、勝手し放題の独演会が知らないところで行われていたなどそちらの学校の学生さんたちからすれば寝耳に水の事、「関係ない」とはいえその大学の印象はいいものではありませんね。

例の悪質タックルで名を馳せた大学ですがますます地に堕ちた感あります。

大学経営というものが利益優先となっているなれの果て。

 

今回タイホされちゃった片割れの巨大医療グループを背景とする御仁が籔本容疑者。

それがまた「なるほど」というくらい合点させられる友好関係のある人といえば「アベノマスク」。マブダチだというところですね。

日大には文科省から年間で100億近くの補助金が渡っているようですが、それは結局は国民の税金。

その連中の喰い物にされていたというワケで。

 

最近の世のインチキの様に必ず顔を出す「アベノマスク」ですがイイ加減にお引き取り願いたいところと思うのですがね。

今度の内閣も彼(マスク)筆頭にした三頭政治と聞きます。

カッコよく言うのがお好きのマスコミでは「3Aヨイショ」の内閣とも言うそうですがあの「マスク男」の影がチラホラしてくるというのはどうもイケません・・・。もう、すべてがです。

いい加減あのお顔を拝するのもクサクサしてきますよ。

ちなみに私は「ちっ」と忌まわしいモノを排除する如くテレビを消します。

 

 

さて、三頭政治ならぬ三頭山。

「みとうさん」なる山は東京都内の山。ただし都心ではなく檜原村になります。

数日前そちらの山歩きをしたのはいつもの「女墓場」です。

夏山の如くのお気軽スタイルで行けるのもそろそろお終いでしょうが、それにしても今年の秋口は殆ど夏状態で晴天に恵まれました。

大きなモミの大木と、夏の象徴、まだまだ健在のクワガタの図を送ってくれました。

そのクワガタも自からの死を知っているかのよう。人の前に姿を現すことは異例ですからね。

 

人間世界だといつまでも存在(威勢を張る)しているというのも迷惑なものだということが往々にあります。そこのところわからないというのもお目出度いこと。

坊さんの場合、気の利いた住職ならばさっさと身を引いて次代に継承している姿を各拝見させていただいていますが。

私は息子次第ですが、何より「声が出なくなったら」お終いにしたい・・・と思っています。

 

先日聞いた話では、両脇を脇僧に抱えられて入場した導師の声は「か細かった」との談ありました。

抱えられて入退場というシチュエーションは他流では「長老の御出仕」ということで有難がられそうですが、当流では導師一人だけの場合もあって結構無理な話。

 

声が出なくて「何言ってるかわからねぇよ~」などと後ろで揶揄されたとすればちょっと辛いですからね。

そういった話というものは案外聞こえてくるものなのですが偉い人というものは知らんぷりしながら怒りに変える・・・。

四苦八苦の「老」について身をもって法話にするのであれば相当の説得力がありますが。それこそ自虐ネタですね。

 

ご年配の皆さんの頑張りは応援したいところですが、私ども僧侶というものは一応は「終身現役」。

退役時間のシバリはありませんがその分、自重して早めのバトンタッチするか「脇に回る」ことが肝心です。

勿論、脇に回ったとしたら口を出さず、影にもならず、フォロー一筋に生かさせていただくものですね。

 

ところが人は偉くなれば偉くなるほどそれができなくなるものですね。実はそこのところを他に曝すのは本当に見苦しいものです。

よって仏道を歩むものは特に「偉くなっちゃあ お終いよ~」と思うのですが。

私がいつまでたっても「ぺーぺー上等」と開き直れるのはそこのところですね。

 

捨ててこそ」はそこにあるのですが、捨てきれたとき、孤高のモミの木の聳えるが如くになるのでしょうね。

ただしそれは威風堂々の外見のことではありません。

「心底」というヤツ。

心のモミの木。あー私・・?・・・まだまだ育っていません。

 

しかし今のところ声だけは出ているようです。マイクとアンプの力も借りての事ですがね・・・

 

 

 

 

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2021年

10月

10日

五輪塔地輪の座仏 忍辱山墓地

グループで「見学会」を催すということで、この日はいかが・・・などいう問い合わせが時に寺にあったりします。

牧之原市には市の尻押しによる市民向けの各講座の開催があって、それが旧相良町の「田沼塾」、旧榛原町の「はりはら塾」という名称となります。

どちらにも地元の歴史に触れようという講座があって毎年参加者を募集していることを承知していましたが、今年はコロナ禍で一切中止されていたようです。

しかしこの度の宣言解除によって再開されているとのことで、その田沼塾の講師より「みなさんをお連れしたい」とのことでした。

 

その講座の開催日は平日の午後ということもあり、法事の予定もありませんので即OKの返答をさせていただきましたが、中には日曜日の午前中にバスで向かうなどいう件もあります。

そんな時は予定を入れずその企画を最優先にして本堂を空けようと心がけていますが前回のその「日曜如何?」には閉口させられました。

 

掛川市内の某研究会のバスチャーターしての来訪の予定が夏頃にありました。

このコロナ禍によって中止順延の報せがあったのちその開催日が先の日曜の午前ということになって私も了解していました。

客が来られるということですから当日、一応は少々の準備をして待ちましたが何かのトラブルが起こったのかドタキャン以前、無連絡説明が無きまま来訪はありませんでした。

奥方が変更の連絡を受けていましたので「この件一体全体・・・」と憮然としていました。

 

当方もひょっとして午後にズレ込んだかも・・・いやそれでも遅延の連絡は入れて来る筈・・・などともやもやが晴れぬ一日を庫裏で過ごしました。

待ちぼうけでしたが、「まぁそういうこともある・・・」ですね。 

 

今回の「田沼塾」の皆さんは拙寺の本堂の見学ということで、初歩的な田沼の歴史という感じ。

因みに「はりはら塾」の教材は「相良海老」とのことでした。

 

さて、昨日の五輪塔いろいろのうち、忍辱山墓地にはその五輪塔の地輪に仏を肉彫りしたタイプが目立ちます。

地輪や水輪に四仏を肉彫りするものを見かけますが、こちらでは板碑状のものの地輪部位にそれを描いているものがあります。

中には各部位に梵字を刻むものもありますが、地輪下部にその像が浮かび現れていると五輪塔そのものを仏のように感じます。

 

 

 

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2021年

10月

09日

五輪塔バリエーション 忍辱山墓地

昨日はのんびりと本堂の障子を3枚張り替えました。

やはり正面の障子には手こずらされました。

一般家庭のそれより一回り大きい規格外で「紙がナイ」ため、切って張るの繰り返しは神経を使いますし面倒なこと。

そもそも虫食いによってまともに糊がのりませんし紙を接着すること自体が難しい。

また、障子の木枠から灰汁あるいは埃かよくわかりませんが糊の水分が茶色に変色して染み出すなど、あまり愉快な仕事とはいえない出来となりました。

もっと時間をかけて枠を固く絞った雑巾で何度か拭くなどしなければイケませんでした。

 

まだ残り4つほど予定としてはありましたが、様子見にしておきます。

根を詰めて完成させたとしても敵はネコと子供。

どうせスグにヤラれて泣くことになることは必定です。

多少見苦しくとも破けた個所のピンポイント修正張りで対応しようか・・・と。

 

境内で障子と格闘していると色々な方たちとお会いします。

昨日は神戸から来られたご夫婦が墓参りに。静岡一泊でお墓参りが目的だったようです。

 

御主人の仕事は半導体製造会社ということを以前の法事で聞いていました。

昨今の旺盛な世界的半導体需要によって品薄だというその業態について「ここのところ どうですか?」などと窺えば「去年最悪 今年V字回復」につき絶好調であるとのこと。

電子・車両関係は勿論、様々な業界でその需要が高まってまだまだ好調が続きそうな業です。

昨夕もSONYが台湾の半導体企業と共同で8000億円という巨額投資の件、熊本に新工場を建てるというニュースがあったくらいです。

世に浮沈はつきもので沈みっぱなしから消えていく仕事もある中、今絶妙突っ走っている壮大かつ世界的な業種ですね。

 

さて、石塔の中で一番にメジャーなものといえば五輪塔

どちらにおいても見かけることができる五輪(下から地・水・火・風・空)のスタイルはあまりにもありふれています。

特に各パーツが巨大な大きいものから小さな一石で仕上げられたもの、または塔婆の如く地輪が長いもの、そして時代による微妙な作風の違いがあったりしますが、その他にも板碑に線刻されたものや肉彫りされたもの、そして板碑状でもまさに五輪塔のシルエットに削り出ししたものなど多種多様です。

 

➆のものは後補かオリジナルかわかりませんが、宝篋印塔の塔身を思わす水輪の形状(球体ではなく四角柱)であって目立っています。

⑧はオーソドックスな立体ですが地輪に大永二年1522。

判読可能というのもうれしいところです。

 

 

 

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2021年

10月

08日

名号板碑と弥陀仏(らしき)石仏 忍辱山墓地

御門徒さんの奥さんの実家のお爺さんが103歳で亡くなったそう。

拙寺でもここのところご長寿の方々の逝去が続いていますが大正生まれの存命といえば本当に珍しくなってしまいました。

 

先般の立ち話で「私の父はすこぶる元気」という方が。

元気で快活な100歳を讃えていました。

思わず「スゴイ!!」と唸らされたのが「まだ運転しているよ・・」でした。

あの池袋の事故の件以来、高齢者の免許返納が一気に増えたことは誰もが知っていること。それでも周囲からの心配をものともせずミッション車のハンドルを握っているとのこと。

その話を一緒に聞いていた女性が「え~オートマでなくて・・?」と再度驚いていましたが私は「だからイイのでは・・・」と口を挟みました。

 

ミッション車であれば走らせるためにオートマ車とは比較にならないくらい余計に神経を使うもので、何よりエンストしてくれます。暴走するにもクラッチを踏んでシフトアップしなくてはなりませんので、踏み間違いのトラブルには早くに気づくはず。ということでアクセルを踏みっぱなしでミサイルの如くにスッ飛んで凶器になるようなことはまずありませんから。

しかし「いくら何でも心配」との声も上がって当の本人は最近になって返納を口にするようになっているとのこと。

 

その判断ができるということも頭がハッキリしていることですが、その方の100歳の誕生日祝いの画像を拝見してまたびっくり。爆笑している絵でしたが白い歯が光っていました。

これは・・・と思って確認すれば、「80歳の時に褒められた」と。8020運動(80歳で20本の歯を保つこと)の達成で歯科医師会からの祝いの言葉があったといいます。

それどころか「10020」というのには実に圧巻です。

 

ここまで凄さを見せつけられて是非にその背中を追いたいものだと余計な事までチェック・・・。

やはりタバコと酒の習慣はないとのこと。

 

100歳のお誕生日を一族で祝ったそうですが、どうも腑に落ちなかったことが。

市町の長に県知事からのお祝いの品が到着済みの中、例の「内閣総理大臣」からの賞状と贈呈品は誕生日の過ぎた10日後に届いたとのこと。

そしてその品物に貼られた熨斗のタイトルが「老人の日」とのこと。その方はそれには特に「違和感がある」と。

 

この名称については「敬老の日」の祝日をこれまでの「9月15日」から分けることになったというか、その「9月15日」にも「祝う」という意義そのものを残すために無理やりそれを銘々、似たような名称として作ったものです。それが「老人の日」。やっつけ感満載の名です。

 

そう言われればその語はテキトー過ぎてそれでいて敬意もへったくりもないまったくオカシな言葉だと思います。

上から目線というか1回決められたことだから意地でも続けるといった姿勢。自分がそれを言われればショックを受けるクセにね。

「何それ・・・」と思うばかり。

言葉尻を捕らえるようで申し訳ないですが、その言葉は今あまり、使いませんよ。

 

特に仏教世界では四苦八苦の四苦の一つ「老苦」です。

「苦しみの人」にも見えてしまいます。

まぁ役人の発想。一言で「センスがない」のかも知れませんがもう少し国民に「気を遣え」というのがその違和感です。

 

まぁ100歳の祝いをお国から頂戴することなど稀の中の稀の奇特。

大抵の方はそんな疑問にまで辿り着かない、関りのないことでしょう。

 

ちなみに内閣総理大臣の名は・・・?などとつまらない質問をすれば「ガースー」だったそう。

 

本日の画像は昨日にひきつづき忍辱山墓地の名号板碑ほか阿弥陀さんらしき石仏。

摩滅の激しいものは地蔵なのか阿弥陀なのかハッキリわかりません。

 

 

 

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2021年

10月

07日

忍辱山墓地 月輪に阿弥陀種子-キリーク板碑

浜岡の叔母宅の取り壊し工事の予定が今月の25日に決まって私と奥方はいよいよラストスパートです。

と言っても厄介な大型電化製品の処理は済んでいてあとは各部屋の電灯類と畳の14畳、そして散乱している陶器と廃プラくらいのものです。畳以外は市の指定日に近くの集積場に出すだけです。

先週末はベッドをやっつけましたが、事前に心配していたほどの困難はありませんでした。

 

ベット・ソファー類の頭の痛いところは外枠のフレームにしろ木枠にしろどちらも気安く処分ができますが、マット内のスプリングを出さなくてはならないというところが難題。

鉄と燃やすゴミを分別することになります。

 

自分で分解して持ち込むか市営以外の私設回収業者に依頼する他はありません。

今回のベットのスプリングは一体化していてスンナリと分けることができましたがやはり運搬には軽トラが必要です。

ソファーはさすがにそううまくはいかないでしょうね。

以前は親戚から送りつけられたソファーを処分するのに難儀したものです。

当家物置にはその時同時に送られてきたシャンデリアが突っ込まれていると思いますがいずれはゴミですね。もう亡くなっていますが母の姉が無理やり送り付けたものでした。

あの当時は片っ端から不用品を当家に送り付け閉口したものです。

 

ちなみに回収業者へのマットの受取代金は持ち込みでシングル~ダブルベット4000円~6000円とのことでした。

今回叔母さんのシングルベットを私の手で分解。

全部で200円の処理料金はナイスでした。

 

そして余裕が生まれたため今週は2枚目の障子貼りが完了です。

拙寺には障子がいたるところにありますが、特に本堂の障子が酷過ぎて殆どお化け屋敷状態でした。

まぁコロナで風通しがイイと開き直っていたのでしたが。

よってその最悪の景色だった北側サイドの障子貼りに手を付けたわけです。その箇所はあと1枚でおしまい。

 

本堂の障子は雨戸が締め切りになっているところも多く、その北側1枚をやっつけたあとは正面の4枚へ。

正面の障子は一回り大振りで市販の障子紙では間に合いませんから2(縦)~3(横)回に分けて貼ることになります。

よって少々面倒な仕事になります。

お天気が晴れて無風の日がチャンスです。

 

さて本日も忍辱山墓地(昨日)。

南無阿弥陀仏の名号の上に月輪に阿弥陀種子(しゅじ)キリーク。顕教四仏、金剛界四仏とも「西」方の主催者は阿弥陀如来。

このタイプの供養塔(板碑)はいたるところで見られますが、阿弥陀仏そのものを肉彫りしないで済むのでよりカンタンかと思います。石大工は不要となりましょう。

どちらにしろ当流にはこの梵字を使用することはありませんが。中には全面大きくこのキリークを記して六字(南無阿弥陀仏)を表したりするものもあります。

簡略化にはもってこい・・・それを言ったら怒られますね。

 

 

 

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2021年

10月

06日

転がって埋まる?の如く地蔵の姿 忍辱山墓地 

暑くてイイ天気が続きます。

本来ならば5日6日は拙寺のバス遠足の予定でしたがコロナ禍世間により再再再順延のうえ中止にしていました。

中止になっていなければ、この晴天の下京都市内から南山城の浄瑠璃寺に岩船寺そして円成寺の散策を楽しんでいたはずです。

 

その3つの寺は奥方も息子も行っていますが、「この天気は勿体ないねぇ・・・」。

実は昨日3人で久々吉田町の「さわやか」にて食事をした際に出た言葉です。

 

京都納骨行脚は息子が留守番に来ることになっていましたが、中止につき一旦は断るも息子はようやくワクチン接種の順番が巡ってきてその1回目の日が昨日でした。

前夜遅くに帰宅し、昨日午前に打って昼食後スグに横浜に帰っていきました。

1回目ですからまた3週間後に2回目を打ちにやってくることになります。

 

「しかしまぁ・・・コロナにヤラれずにここまでうまくやってきたもんだ・・・」と感慨深く呟くと、息子は「ひょっとすると既に感染していて、たまたま症状が出なかったのかも・・・」と言いますがそれは違うでしょうね。

無症状感染者は当人が何ともなくとも他者、社会への感染源となりますから。周囲で感染者が増えるはずです。

彼がお世話になっているお寺ではコロナ感染者はいないといいます。

 

私はそんなとき「阿弥陀さんのおかげだ」とは会話の中に入れなくては気が済みませんのでその有難さを強調するのですが、彼もその件、本当に不思議だ・・・と言っていました。

彼の動き回るエリアでは比較的遠方に散らばっていますが、回忌法要となれば自宅お内仏前というのが主流になります。

あのコロナ全盛の7~8月頃であっても自宅仏間にお邪魔しての読経ばかりだといいます。

 

法要後となればお茶が出て、時節柄コロナの話題ばかりといいますが、「一番ビビった」というのは「うちは家族全員コロナにかかって先日まで自宅でダウンしていた」とぶっちゃけられたこと。「内心大丈夫かよ・・・」と思いつつ帰宅したそうですがやはりご先祖様への快癒の御礼の法要だったのでしょうね。そう考えると「逆に安心」とも。

 

先日のお宅では「うちはワクチン打たない主義」と豪語されてそれもまた「大丈夫かよ・・・」と。

人それぞれで色々な人がいて楽しそうです。

また豪快なお金持ち感漂うお宅にもお邪魔するようで、横浜みなとみらいの高層マンションからの絶妙な景色を見させていただいたことに痛く感動していました。

 

若いので待遇に少々の不満があったとしてもそんな経験は滅多にできないことばかり。「人」との触れ合いを重ねることは貴重です。

よって「有難き感謝すべきこと。先方にはお育ていただいているのだ」と強く言い聞かせました。

 

その件、息子は神妙な面持ちでハンバーグに喰いついていましたが、前述の京都奈良のお寺の件-そのすべて奥方も息子もかつて行っていますので話は通じますー成寺近くには忍辱山という墓地があって「そこにはみんな行ってないよね~」と振りながら一つ能書きでもと思いきや「そりゃあ結構・・・」とつれない態度。

二人とも墓地の話は嫌いのようです。息子は墓参りは「仕事」ではありますが毎度のことだけで十分とのこと。

以前はムリに各所に連れまわしましたそっち方面への興味はまだまだ湧いてこないようです。

 

その忍辱山墓地の地蔵石仏を。

私はこの中でも法面の下、おそらく転がって埋もれて顔を出しているかの如くの石仏に趣を感じました。

きっとやはりその姿に感銘した方がいるのでしょう花立てが差されてスポンサーの存在があり、参詣の対象になっていることがわかります。

 

 

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2021年

10月

05日

忍辱山墓地惣供養塔 墓地中央大きな重文の五輪塔

「水」は「寿命を延ばす」とは昨日記しました。

私の場合、習慣として寝る前に葛根湯一包と一緒に飲みますが、あとは朝起きでスグと気が付いた時・・・というパターンです。

お茶はまた「体にイイ」と確信していますのでその水で沸かしたお茶は食事の際に。

夏はひっきりなしに水とお茶を飲みまくっていました。

 

これまで私は水を飲まないでも「平チャラ」の生活をしていて喉に渇きというものを感じにくい体質になっていました。

高校時代のサッカーの夏合宿などではアホな先輩が「水を飲むな」とヒステリックに怒りまくって監視。

今のスポーツ医学からすればまったくナンセンスな根性論を振りかざされまくるという無駄な経験を積んできましたし、沖縄の炎天下や外仕事にあたっても今のように水分補給の大切など言われた試しがありませんでした。

 

それでいて今夏場のニュースでよく言われる「熱中症」で倒れるなども聞いたことがありませんでした。

こればっかりは不思議でなりませんが、私も齢を重ねて今しきりに言われ出した「水分補給」の大事を信じるようになってまた、それが起因すると指摘される各重篤な病に陥らないよう、少しでも生きながらえられるようそのカンタンすぎる習慣を続けていこうと画策中。

 

当家では今、その命題「水」の調達はペットボトルではありません。

お茶の安易な500mlモノでさえ、最近地元各JAが手掛けだしたアルミ缶に変更しペットボトルの排除が始まっています。

まだまだ完璧には程遠いですが飲料系からペットという環境汚染の元凶を同時に締め出し中です。勿論これから冬場にかけて私達はこのペットを原材料としたフリースとやらに温かさを求めてはイケません。

これはブログでも何度か記していますようマイクロプラスチックとして海洋汚染のトップバッターにのしあがった最悪役でした。

 

そこで水の調達に戻りますが、水道水は直接に口にするのは、いかにも辛いこと。

よって当家では「ブリタ」なるメーカーの簡易浄水器を使用して「飲める水」を毎日「生産」しています。

当初は面倒な作業かとは思いましたが、味はまずまず、原材料が水道水というところが何より。ペッボトル入りでないのでその処分に頭を痛める必要もなし。 

 

さて、昨日の忍辱山墓地の続き。

墓地の中央にいかにも存在感を主張している石塔があります。その五輪塔は両墓制の墓地としての詣り墓のようにも思えますが、詣り墓にしては墓地の奥に入りすぎのように見えます。

建立当初は有力寺院等の教義を中心に集まったグループ(結縁衆)の中でスポンサーを得るなどしてどなたかの供養塔として建てられたかと思うところです。

 

やはりこの墓地の中心的存在になりますから有力地元結縁衆の遺骨を収め、その故、墓地の惣供養塔(奈良県史)として永年、参詣の人々を集めたのでしょう。

重文指定の花崗岩製五輪塔で地輪に

 

元享元年(1321)辛酉六月日

一結衆敬白

 

各データ(奈良県史より)。

「H210㎝。その下に大和系の複弁式反花座と二重の基壇。

地輪H51.5㎝W74㎝

水輪H57㎝W74㎝

火輪H42㎝W(軒幅)70㎝

風輪H21㎝W49㎝

空輪H28.5㎝W43㎝

 

空・風輪の形は横幅が広く、火輪の軒厚みは厚く、隅で強く反り

水・地輪の形もよく整っていて鎌倉後期の典型的な様式」

 

 

 

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2021年

10月

04日

忍辱山墓地 受取地蔵と棺台

ワクチンの副反応の対策として友人にできるだけ多くの「水を飲め」と脅したのでしたが(昨日)、実はその水の件、まんざら出鱈目な話ではないことはどなたも理解されているところでしょうね。

ワクチンの副反応などよりも通常の生活の中でも実に大切なことだといいます。

あまりにもカンタンすぎてつい忘れがちになるということがイケないところ。

また特にお酒を飲む人は晩酌の時間が近くなると水を飲むことを控えがちになるといいますからね。

お酒の美味さが台無しになるようです。

 

特に年齢を重ねるにしたがってホースが劣化してヒビだらけになるように血管が柔軟性を失って硬化するのは当たり前の道。

いずれ詰まりを起こしたり破裂の途を辿ることになるのですがそれは概して「寿命」と呼んだりします。

即死するようなものもあれば重篤な後遺症を共にしながら意識・無意識関わらずゆっくりと死の床に就くなどするのは各人それぞれですが、せめてこの血液対策ができていればもっと違う寿命の迎え方もあったかも知れないというところです。

 

「水」は「寿命を延ばす」ことになること間違いなし。

少なくともその後遺症でも最悪(脳溢血などで長期間昏睡状態のまま亡くなる)の終末だけは何とか避けられるのでは・・・

まぁどれもこれも必然(寿命)とはいうものの往々にして偶然、運・不運に左右されるものですが・・・。

 

モノの「経年劣化」と同様、弱っている(に決まっている・・・)ヒトの血管の中を循環する血液がドロドロとなって、いつ目詰まりを起こして血管が限界を迎えるかという対策にその「水を飲め」は効果があると私は信じています。

 

先日聞いた方の後悔譚を。

その方は日々その「水」の件、注意怠りなく生活し仕事には必ず水筒を持ち歩き、喉の渇きが無くとも水を飲むよう心掛けていたそう。

しかしその日はたまたま水筒を家に忘れて出勤してしまったとのこと。

途中それに気付いて「あそこのコンビニで買えばいい」などと思って走っているとついついそちらを行き過ぎてしまったと。よくあることです。

 

そのまま終日仕事をして(昼時には水分を得たようですが)帰宅してからいつものお楽しみの晩酌をして、うとうと・・・。

すると妙に「左腕が痺れる」不調があることに気づいたものの、寝相が悪かったと思い、そのまま朝まで就寝。

朝になって症状改善がないことを感じつつ立ち上がるとそのままぶっ倒れたといいます。

要は脳梗塞ということで今も左腕に力が入らず重たい物は持てなくなってしまったといいます。

 

その程度で済んで良かったのでしょうが、奥方が「じゃあ、お酒はやめたのね」と聞けば(冗談じゃあない・・・)「飲むよぉ~」とのことでした。

お酒についてコントロールできないということは未だに飲酒運転が無くならず他者の命を無駄に奪っている事案多々あることからよくわかります。

人間はどなたにおいても皆「喉元過ぎれば・・・」もありますが「私は大丈夫!!」一本で「生きている」のでしょうね。

ちなみに真宗的に言えば「私こそ不安定そのもの」であって「たまたま生かされている」のですが・・・私もそれ、大いに忘れます。

 

そしてタバコと酒への健康害毒のお説教はその嗜好者のみなさんは特に大嫌い。その件タブーなのですね。

私はよくノー天気に「死してもかまわないもの?」と聞いたりしますがそのどちらも「やめるくらいなら死んだ方がマシ」とまで言う方も。

それを言われたらもうグーの音も出ませんがね。

 

しかし、医師に「(それらを続けていれば)死ぬよ」と言われて「キッパリやめた」という方もいたりします。

本当のところは皆さん、死に急ぎたくはないのでしょうが、酒もたばこも症状の発症が遅めで何らかの病的状態が出現したとしても小康状態が続いていれば「大丈夫じゃん・・・」となるのでしょうね。

 

また「やめなさい」を強く言えば喧嘩になるというのはどちらの家庭でもよく聞きますね。

「煩悩」を手づかみで掘り起こされているように感じるのでしょうが、もしそれが家族の言葉だったなら真に心配されてのこととを感じ取らなくてはね。

それこそが本当の優しさと愛情であることを。

 

さて、昨日の忍辱山墓地

まず墓地に到着してその入口の六地蔵の件、記しましたがその「入口」の向かい正面の一段高くなったスペースには「受取」のご担当がおわしました。

 

こちらの墓地にも受取地蔵がいらしたのですが、七曲峠の受取地蔵と棺台の位置関係はじめその手のものとの違いがありました。詳細不明ですが、それを考えても仕方ありません。 

人為的な移動もありますし。

棺台は単独タイプ。当尾の千日墓地の堂内や柳生の墓地と同様です。岩船墓地のダブル地蔵と大き目の棺台とも見た目が違います。墓地によって地蔵の受取方はそれぞれ。

 

小振り(85㎝)の地蔵の光背(134㎝)~花崗岩製~には天文六(1537)年の銘。

 

 

 

 

 

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2021年

10月

03日

円成寺から奈良方向スグ 忍辱山墓地 六地蔵が出迎え

いろいろ訳あってワクチン接種の遅れていた横浜の奥の墓道氏がようやく第一回目の接種が終わったと。

彼は何かしらの副反応の出現を恐れていましたが、私のアドバイスとしてはただ一言「水を飲め」でした。

 

ワクチン各社副反応の出方は色々あって一概には言えませんし、受ける方の個体差があるものの、やはり「血栓」が発生するかも知れないというのは一番に厄介なこととなります。

腕の痛み、発熱、頭痛、倦怠感などならまだしも、その副反応だけは絶対に避けたいですからね。

心筋梗塞に脳溢血に即繋がってしまい後遺症も重大です。

 

その最悪の副反応が免れるという期待として、一番にカンタンな準備が「水」でした。この「水を飲む」作業の副反応はゼロに近いものがあって効果は絶大と考えます。

 

あまりにもカンタンな「処方」のためついその水を飲み忘れることがあるので、そこのところは注意ですが、彼の場合、起きている時「1時間おきに150㎖飲んでいる」と豪語していました。

トイレが近くなることは致し方ないことですができるだけ血液の流れに滞りがない状態を維持するにはそれしかありませんからね。

 

さて、七曲峠道の墓地に続き、次回拙寺の分骨バス遠足の帰りに寄ることになっている忍辱山円成寺についてはブログにて何度か記しています(こちら こちら こちら こちら こちら こちら こちら)。

私どもの好みのうどんを食べさせる店が苑池前にあるお寺ですね。

 

そのお寺の駐車場からほんの少しばかり県道を奈良市内方向に行った左手の山に忍辱山墓地があります。

①②の通り、地図看板が目印になりますが車を置く場所はありません。

お寺の遠足で皆さんをこちらにお連れすることは100%ありません。しかし世に墓好き、墓石好きの方たち散見されますが、その世界では名のある墓地なのではないでしょうか。

 

当尾の千日墓地ほどの古さとそのインパクトはありませんが、一度は詣でる価値があります。

 

緩い登り道の左手には埋まりかけた石仏がお目見えして「らしさ」を醸しだしてくれます。墓地の入口前に六地蔵。

 

 

 

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2021年

10月

02日

古道七曲峠 受取り地蔵周辺 ここにも笑い仏

NHKの番組を視聴しましたが同居している家族の死の発見に「3日以上経過」したという事案、推定で日本全国で年間3000件はあるといいます。

 

一言で今の家族内での関係性が「一昔前のそれとは違う」とはいうもののいくら何でも・・・の感ありますね。

寺の庫裏の如く広く部屋が散らばっているのならば親と言えど「見かけない」こともありえるかも知れませんが・・・

 

その家庭内超希薄化関係からくる各戸各個の孤立化については地区の見守り、声掛けなどの補完システムが立ち入る隙がありませんね。家の中の細々としたところは見えにくいというのは当然の事。

 

昨日の番組では5年以上父親の遺体をそのまま、放置して、ひたすら消臭剤で誤魔化し続けたという例があって唖然とさせられましたが、通常の神経ではまずありえない、と思われることではあってもその手の事案が確実に増えているという現実にやはり「病んでいる社会」というものを感じます。

 

社会の隅々の人々の心に隙間、荒みがあるという現状、その孤立化している人々に手を伸ばさずして如何にこの国の将来の繁栄を見られるのでしょう。

「経済」にばかり片足を突っ込んで「人」の命の軽重につき最近有りがちになった「些末」(大局は経済成長)なこととして「見捨てられて致し方なし」の如くの風潮は解せません。

「先進国」であるなど胸を張るなどとは誠、おこがましいことと。

 

家の中を国に覗き見られることはプライバシーに関わることで難しいこととは思いますが、国はもっと強く積極的に動かなければならないでしょう。

民生委員等、地区コミュニティに活力を与えるよう工夫し、自治体、警察などとの横のつながりを密に情報を共有し「関わる」ことを意識していただきたい。

 

新しいソーリ殿は「聞く事」が得意だとのこと。

私どもも「聞法第一」という語があってその言葉に「ほほう・・・」などとうまいこと言ったと感心したのでしたが、評論解説者の池上氏がそれを「誰の言うことを・・・」と投げかけていたそう。

そういうことでその件「アベノマスクの『言うことを聞く』」ことね・・・とさらに合点した次第。

それでは以前と同じ傀儡じゃあ・・・。

海外投資家はじめ「旧態依然のガッカリ人事で資金を引き揚げた」と解説していました。ガースー退陣でお祭り気分だったので元の木阿弥。

 

さて、昨日の古道七曲峠道の受取り地蔵の続き。

「受取」があるからには「埋め墓」がつきものですが、そちらは古道を隔てた真ん前の林の中④。

ぱっと見、こんなものか・・・の感。

鎌倉期に造立された受取地蔵となれば相当数の墓碑があってもいいのか・・・というところ。

尚、埋墓墓域とわかっていてそちらを放っつき歩くのは少々憚られるというか、踏み抜くなどして荒らしたくないという気持ちもあります。

 

そして「埋め墓」の対になる「参り(詣り)墓」についてはやはり各自宅にというのがこの辺りの流れのような。

通常はデカイ五輪塔があったりしますね。

 

この受取地蔵の石龕前には棺を置く石が二つ、しっかり残っています①②③。そういった石の対を見て尚、これが受取地蔵であることが判るというものです。

周辺には石仏たちが並んでいます。

室町期から江戸期のものですが当初はこれらが各家の「参り墓」だったのでしょうね。

中には大永八年(1528)、天文二十三年(1554)、弘治二年(1558)の銘があるとのこと(奈良県史)。

 

私もついニッコリと微笑み返ししてしまったのは最後の石仏。

まさに笑っている地蔵です。

こちらも十分に「笑い仏」。

受取-埋墓-参り墓そして最後に笑う仏。

墓地は楽しい。

 

 

 

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2021年

10月

01日

古道七曲峠 建長五年石龕仏は受取り地蔵

昨日の叔母の家から持ち出したものは地頭方の処理場や電気店での引き取りを断られた物たちいろいろ。

よって地元のリサイクル業者に持ち込みました。

そちらは断られたものの引き取りの最後の砦になります。

 

この世の中には新規の販売に関してはすこぶる良い顔をして「売りさばく」という風はお目にかかりますが、イザそれを廃却しようとする際になってどちらも引き取り手がなく苦悶させられることが多いものです。コストも思わぬ出費となること多し。

 

その手の事で思い出すのはかつての私のボロ車の処分(上記とは相当離れますが「受取り」に関して)。

最近は国内トップのTOYOTAが新車を売るは売ったで車検の手間を省くためインチキの車検飛ばしをやっていたことがバレて大変のようですが、私の場合はかつては車の譲渡人として困ったというか酷くビビらされたことがあります。

 

それは沖縄で使用していたセドリックのステーションワゴンを本堂の裏手に放置していたことがありましたが、そろそろ廃却しようと考えていたところ小田原の「後輩の知り合い」(名前は忘れました)が後輩経由で「欲しい」と言ってきました。

かつて小田原でそのような話をした覚えがありました。

これ幸いと、「1万円と言いたいところだが」名義変更を確実にしてくれることを約束して「そのまま持ってけ・・・」というと早速小田原くんだりから車を取りに来ていました。

 

肩の荷が降りて「ハイさようなら」とばかりに安堵していましたが約半年後に神奈川県警から電話が入りました。

その車が「箱根の山中の崖下に落ちている」とのことでした。

こうこうしかじか・・・と事情を説明すると「貴方が何とかするのがスジ」とというか私を疑っていました。

「そりゃ当然だ」と思いつつ真っ青になってその「下手人」にあたりました。

私の後輩の「知り合いの後輩」でしたが「やっぱイラネから捨てた」ということを後輩から聞きましたので私は血相を変えて「何とかしぃや!!」と落とし前を付けるように言ったことを思い出します。

 

当然ながらその怒りはその実行者に伝わって何とか対応したようですがレッカーまでチャーターして廃棄コストは数倍に膨れ上がったよう。

その者は「ナンバープレートと車両ナンバーは削ったのに・・・」とボヤいていたそう。

警察は事故と事件の存在を気にしていましたがそれは不法投棄というアホさ加減だったことに呆れていました。

 

車の譲渡の際は名義変更は自分の手で行うか相手の信用度によって対応していかないと酷い目にあうということを勉強させていただいた例です。

そして「後輩の知り合い・・・」「知り合いの知り合い」は一番信じてはイケないパターンでした。

もしその者が消えてしまったとすれば私がその経費を見なくてはならなかったのですからね。社会的信用失墜に至る可能性までありました。

 

面倒なものは山谷海川に捨てるというのはあまりにも短絡的で、ほとほと肝を冷やさせられた件でした。

 

叔母宅の廃棄物のうち今回受取りを拒絶されているものは業務用カラオケのセットとブラウン管モニターそして電動機付き自転車に空気洗浄機。液晶テレビの映らないものも数点ありました。捨てることを小まめにしてこなかった咎です。

 

カラオケ用のブラウン管モニターは量販店でも受取り拒否されたものです。業務用はダメだとのこと。

これは叔母夫婦がその手の店を開いていた名残で趣味で残しておいたよう。

 

また通常の自転車ならば処理場で受取っていただけますが電動機付き自転車は月1回の特別受取日以外は拒否されるということも知りました。

空気洗浄機も機種によっては拒絶されます。

ということで前述した地元の処理業者に持ち込みました。殆どダメ元で。

 

テレビ系とカラオケセットは値が張りましたが(合計15000円)自転車、アルミ門扉、ガスレンジ、ガスヒーター、ミシン、電子レンジは無料で引き取っていただきました。

何より懸案の空気洗浄機が無料だったのは驚き。これは数万円の引き取り料が発生するかも・・・と言われて処理場で拒絶された物でした。

 

あとで気づきましたが洗濯機と冷蔵庫も量販店ではなくこちらに持ち込んだ方が格安に済んだかもしれません。

引き取り料を聞くのを忘れましたが・・・。

また次回、当家の洗濯機を持ち込む予定があります。

何しろ処分、受取り料金は高額です。

捨てることを頭に入れて購入しなくてはね。

あとになってから苦労すること、縁者に思わぬ困難を招きかねないことを承知のうえで。

 

さて、私ども自身の「その時」ですが、地方によっては「受取り」をお願いするというのは地蔵であるということは拙ブログでも幾度か記しています。

それを「受取地蔵」と呼びますが奈良福住周辺といえばつい数年前まで土葬が行われていた地でその土葬前の儀式として地蔵前に棺を置いて読経があげられるというのがその流れです。

よって墓地の入口近くの空間には、錫杖と宝珠のスタイルで他とは明らかに大振りの地蔵が控えているものです。

墓地の主役たる石造仏となります。

個人的には数ある地蔵の中にあってこちらの森の醸し出す雰囲気もありますが好みの石仏の一つになります。

掲示板④の通り古道七曲り峠道のスグ脇に立っています。

 

以下奈良県史より。

「花崗岩製H216㎝W185㎝の切り石で作った石龕の中に収まるH190㎝W74㎝の壺型光背(二重円光背)を背負って二重蓮華座に立つ像高148㎝の肉彫りの地蔵。

力強い面相と両肩の張った体躯をもつ豪快な作風の地蔵で、鎌倉彫刻の特色をよく示す石仏である。

光背面左右に刻銘。

 

建長五年(1253)癸丑十一月七日

造立之□(中)巨勢国弘也

 

七曲り峠道へは「下の坊」の前を走っています(場所はこちら)。

下の坊婆羅門杉が(またはこちら こちら こちら)。

 

 

 

 

 

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2021年

9月

30日

天竜川河口 西遠物流の拠点 本光寺宝篋印塔

昨晩はNHK「クロ現」の「孤立という病」を視聴しました。

コロナによって外出ができなくなって、運動不足。人とのコミュニケーション不足から鬱になったりの健康の危険性が高くなってしまっているとの警鐘。

これは高齢者に限っての話ではなく「誰であっても」のこと。孤独・孤立は心身にとって具合が悪い・・・その「孤立」の不健康さを表すのに「タバコ1日15本分に匹敵」するといいますから、タバコを吸わない私としては相当のダメージを思います。

 

マイアミ大学の調査(18~35歳)では孤独感により増加したもので飲酒58%、薬物使用56%、不安76%、鬱78%といいます。

タバコ15本のほか、アルコール依存症と同等、肥満の2倍、早死にするリスクが5割アップとも。

英国では孤独対策について「孤独担当大臣」を設けて日本もその件、後に続いていますが、その部署、仕事の内容も成果もなかなかわかりにくいものがありますね。

 

老若男女関係なく、その孤独(非社会性)が体に不調をきたすのですが、体力が衰えて「できないこと」ばかりが増えていく年配者の場合はかなり深刻です。

その件承知はしていながらも今年のお寺の各家のコミュニティー「お取越し」をやめてしまったこと、うしろめたい気がします。

 

1週間1か月、独居の上「人との会話がナイ」となればあっという間に人は衰えるということ、かつて何度も見てきました。

もし、このまま新コロが収束したとしても一旦孤独期間を味わった人たちの「後遺症」についての出現も怖いですね。

特に若い世代の長い精神的鬱屈からの何かの反動的アクションも考えられます。そちらの方は突発衝動もあって予知不能ですから事前のケアもできません。どういう対策をしていくの・・・?

 

さて、久しぶりに浜松市内。

静岡県博物館協会(平成16年度)「遠江西・中部地域の中世石塔の出現と展開」なるネット上にアップされている文献には県内の石塔についての学術的解説があって興味深いものがあります。

私がのんびりと150号線で浜松市内に向かうなどする場合は天竜川を渡って頭陀寺方向へと辿るわけですが天竜川の名所というか(大渋滞の)掛塚橋を渡ってスグのところに本光寺があります(場所はこちら)。

 

そちらのお寺の位置についてその文献の記述を転記します。 

「現在の天竜川本流の河口付近西岸に位置し、対岸に竜洋町掛塚を臨むことができる。掛塚付近は中世において外洋に面した湊として栄えていたと考えられる。

 

天竜川が各時代に流域を変更し、特に頭陀寺辺りの浸水害についての歴史を聞いていますが、この掛塚付近が中世には外洋に面していたという件は横須賀の姥ケ懐もそうですが大井川あたりまで広範囲に海岸が隆起した歴史があったというところに合点した次第。遠州灘は隆起して海岸線は後退している・・・

 

湊があるということはそれは物流の起点であって当然に人、物、カネの充実と繁栄があったことが推測されます。

 

そして「寺には石塔の来歴は伝わらないものの、掛塚湊を管理していた有力者が寄進した石塔であることが推測される」とありました。

安山岩製宝篋印塔の件で「同一個体ではなく同サイズの宝篋印塔が最低3個体あったと思われる。」

ありがちです。

14世紀~15世紀頃の造立とのこと。

 

相輪部分は欠損し、塔の下に転がっていましたが失礼して笠の上に載せてパシリ。

やはりコロっと幾度も転がしてしまっているのでしょうね。

私どもの子供の頃の遊び場といえば墓地。

地震による崩落もありますから相輪は欠損しますね。

 

他に一石五輪塔も。

最後の画像は首をぶっ飛ばされた石仏。

明治期の廃仏毀釈の罪。

子供が遊ぶにしろ、こうスッパリとは首は飛ばせません。

 

 

 

 

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2021年

9月

29日

洗濯機5000円冷蔵庫エアコン1万円畳2000円

イキナリ解除って・・・

何度も記していますが、あの「宣言」自体に感染爆発の効果はあまり無いように感じていましたが、ここへきてその「晴れて解除」を全面的に一気に行うというのはちょっとはしゃぎすぎ。

国民へのメッセージとして疑わしきこと甚だしい。新しいボス誕生につきそれに合わせたようにも。

「さぁ、よ~いドン」のお気楽が始まるのでなかろうか・・・と心配してしまいます。

 

新コロのこと、先のことなどまったく予見などできませんが新規感染者数が下げ止まっての反転は来週以降始まるのでは・・・というのが私の予感。

専門家がまともに説明ができない謎の鎮静傾向であるだけに人間の思いに対して「それほど都合よくいかない」というのがその論拠。

そしてお調子に乗れば足元を掬われるというのも人の道。

 

私は臆病者、ホントに初期軽症時に絶妙の効果を発するという経口薬が出回って、コロナがインフルエンザ並の病となることを切に望みます。せめてその確約を得るまで「おそるおそる」の気持ちが必要だとおもうのですが。

また少々の臆病が少しばかり生きながらえるための足しになるかと。

 

昨日、一昨日と叔母の家の片付け。

奥方は「私の人生は他人の家の片付けばかり」とボヤいています。

箪笥は二竿庫裏にて使用しますので一つは2階まで。重労働でした。

冷蔵庫は庫裏の裏に引き取ってにんにくの貯蔵庫として稼働中です。冷蔵庫の引き取り料は電気店に依頼すれば1万円というのが相場です。いずれ処分するにしろその時までは何とか使いまわそうという算段です。

尚冷蔵庫の引き取り料1万円は電気店まで持ち込み料金。どんな家電も搬出まで依頼したら人工と搬出料がかかります。

 

ところが叔母の家には洗濯機が2台。当家にも1台、母の使っていた洗濯機が余計にあるくらいですので当然処分。

叔母は洗濯機など新調しても引き取り依頼をしてこなかったせいで複数の家電製品が溢れています。

エアコンが壊れるとそのままにして他の部屋に設置したのか合計3台。ストーブに扇風機たちも・・・

この二日間、それらと六畳間の畳を処分しました。

地頭方の処分場には4回戦です。

 

洗濯機は叔母宅の近くの量販店に持ち込み1台約5000円。

嫌な顔一つ見せずにあの汚ならしい洗濯機を引き取っていただき感謝です。

地元の電気屋さんからは露骨に嫌な顔をされましたからね。

 

エアコン外しもついでに依頼。

手続きのミスがあったらしく待ち合わせして来訪した現場担当者が「1台の指示しかなかった」ということで少々の手間はかかりましたが、懸案のエアコン撤去は済みました。

値段は3台で約33000円。

 

そして畳。解体屋さんの見積もりだと1枚2000円とありましたが、自分で処分場に持ち込むと約200円/1畳になります。

処分場には畳の持ち込み制限1日15畳までのお約束がありますから、あとの8畳間と6畳間の14畳はどこか台風が過ぎたあたりにでもやろうかと。

 

まだまだ整理するものが溢れていますが、どれもこれも無駄とはいいながらコストのかかるものばかり。

山野がゴミの山で溢れている様子を適宜拙ブログにても記していますが、「こっそり捨てればタダ」の発想が蔓延しているのでしょう。巷には「性善説」・・・などいう言い訳染みたことを言う傾向がありますが、問題をはぐらかしているようにしか思えませんね。

 

野山、山道のいたるところに監視カメラを設置するしかもはや無理なのですよ。人の心を制御するためには・・・

以前と言えばお天道さま、ご先祖さま、阿弥陀さまが見ているとそのコントローラーが心の中にいらしたのです。

 

 

 

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2021年

9月

28日

長生院小栗堂 照手姫と鬼鹿毛 照手姫建立地蔵

昨日は最近あまりお目にかかることがなくなっていた檀家さんから電話がありました。

問われたのが「大澤寺はお東だっけ?お西だっけ?」。

突然の電話で「そこ・・・」とずっこけるところでした。

東であろうが西であろうが、親鸞聖人の教えというところは一緒で檀家さんサイドからすれば「どちらも同じ」であって、京都駅から見て「京都タワーの真後ろのお寺」はどっちだったか・・・

などなど普段の生活の中で「どっちでも・・・」のレベルなのでしょう。

応えは極シンプル「お東です」「はいそうですか」でお終い。

 

その件どうやらお内仏を新調するようでした。

金仏壇と言っても東と西ではかなり違いますし、中央の阿弥陀さんの脇のお軸も違いますので、仏具屋さんにその確認を念押しされたのでしょう。

 

しかし朝からのそのシンプルすぎる設問には驚かされましたがある意味そのお内仏新調の件、奇特なことであると思ったのでした。

お内仏の開扉式を今年だけでも4~5回ほど行っていますがそれはお内仏を①古いものから更新新調②新規導入がありますが(上記の方は①)、①といえば家の建替えか引っ越しというタイミングになりますね。

 

要は以前の先祖伝来の伝統的真宗金仏壇(お内仏)を処分しての新調ですが、その際まずは「コンパクトなモダン仏壇」への変更となってしまいます。

理由は「場所が無い」そして「嫁が・・・」となるのがどちらの家でも同じこと。

真宗坊主としては昔からの先祖の意志を受け継いで次代に繋げていって欲しいという願いがありますが、そこは各家事情があるわけで私が強くそれを要請することはできません。

 

昔ながらのお内仏がモダンコンパクト型になってしまうことは古い仏具製造の技術が無くなってしまい、業種としての仏具製造業が衰退してしまうことは寂しいことですが、そのモダンタイプにつきものの焼香鉢やお鈴まで凝ったものに変貌していますので初めて出会うものが多く大抵の場合、ドギマギさせられます。

そして、コンパクト過ぎて御燈明用の鶴亀はあっても実際にローソクーに火を点けるのは躊躇させられます。天井がこげそうで・・・。実際に古いお内仏であっても燈明からボヤ騒ぎに発展した例がありました。

 

私は開扉式でお灯明に火を灯す場合、その天井の熱の件を考慮して、「こういう事情で・・・」と一言付け加えて、仏前の机に移し替え点火しています。

勿論、お内仏の燈明からの火事が多いこと注意は怠れないとも、その機会に添えさせていただきます。

 

さて、昨日の小栗判官一党の墓域ですが、その伝承の記された標識(藤沢市教育文化センター解説文)とその墓を建てたといわれる照手姫当人の墓があります。

石塔の形状はやはり宝篋印塔の塔身部分が五輪塔の水輪に替わっているもので昨日の小栗らと同様。

 

また近くにはやはり「照手姫が建てた」といわれる地蔵たちに名馬「鬼鹿家」の墓も。

掲示板には十勇士の名と戒名が記されていますが、「時宗は戒名っていうの?」が私の第一印象ですが、さすが時宗、すべてに「阿弥陀仏」が入っています。

 

③「鬼鹿毛」は各演出多様の暴れ馬。小栗が乗り回したということで。

⑥は近くにあった「観無量寿経一千部供養塔」ですがやはりその経典の名が出るということは「照手姫」が韋提希に自身準えて主に拝読したのでなかろうか・・・と想像しました。

 

最後の画像は名号板碑まだまだあるよ・・・の図。

 

 

 

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2021年

9月

27日

長生院小栗堂 小栗判官と一党の墓

当地周辺の不動産の動きが硬直化していることはブログでも度々記していますが、昨日は意外にも「やっと買い手が付きました」との件。

まぁその手の売買についてはタイミング(たまたま買い手が現れる)以外何物でもありませんが何より「良かったね」でした。

 

亡きご主人が手に入れた趣味の別宅だったそうですが、本宅からかなり離れていることと、子供たちも「いらない」と継承者不在の現実には「頭が痛い」と聞いたことがありました。

それが「満足がいく金額とはいかない」が何とかケリがついて肩の荷が降りたと。

ここでも「有無同然」。

購入者は首都圏の方だったそうですが、そちらの不動産が「住宅」ではなく今少々流行の趣味の「隠れ家」的なものだったから値が付いたのでしょうね。

 

その前、別件聞いた話では、ある方の隣家の物件で上物建屋を壊して更地にするということで購入を依頼されたそうですがやはりお断わりしたそう。

「タダでもいらない」レベルの土地が増えるとなれば当地の活性化など程遠いことだと思った次第。

 

その土地は囲繞地であって隣の家への譲渡が約定できない限り第三者の買い手は皆無です。

まぁ特殊な例なのでしょうが、不動産譲渡に関して頭を悩ませている人がたくさんいます。

人がいなければますます不動産の価値は下がります。

相良に「移住したい」と思わせる施策が渇望されますが・・・

 

さて、昨日も記した遊行寺の塔頭、長生院小栗堂ですが、大鋸の坂道(国道1号旧道)から境内に入ってスグ、あの上杉禅秀の乱の「藤沢敵御方供養塔」がある段の道を隔てた向かいに「小栗判官墓所入口」の石柱が立っています。

 

その小径の途中に逆修六地蔵酒井長門守忠重の墓などが並んでいてその突き当りが小栗堂となります。

こちらにはその石標の通り小栗判官ほか10人の家臣の墓があります。

歌舞伎・浄瑠璃で超がつくほど有名な人ですが、たくさんの演出、創作があって本当のところはよくわかりません。

とにかく「墓」があるという事実。

墓があればその人物の死があって生があったということになりますが・・・

 

その墓域正面には「小栗判官眼洗之池」なるものがあって石橋で繋がっています。

はかの中心に小栗判官、その脇、左右に彼の家臣「十勇士」の墓が並んでいます。

 

まず気になる墓石のスタイル。

宝篋印塔の隅飾りの部分は古の雰囲気を漂わせています。

しかし塔身部分が五輪塔の水輪の如く球体になっています。

また真ん中の小栗判官のそれ、相輪部分の装飾は過剰。

おそらく後補ではないでしょうか。

 

とにかく謎多き小栗判官だけにお墓といっても、今一つ合点には至りません。

 

 

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2021年

9月

26日

長生院小栗堂 名号板碑

スズキ相良工場のクラスターは既に三桁を超えていますが、この相良あたりで未だポツポツと新コロ感染者が出ている理由はそれ(昨日の牧之原市は2人)かもしれません。

昨日聞いた例は、やはりそちらの工場で「貰って来た」お父さんが家族に感染させて、その子供が保育園に行ったことからその保育園でクラスターを発生させて閉鎖。

祖父母は店舗の経営をしていたそうですがそちらも閉鎖せざるを得なくなったといいます。

感染してから発症するまでタイムラグがありますから、「健勝」と思って活動すればするほど感染源としてウィルスのために「活躍」することになってしまいます。

 

超有名で大きな会社なのにも関わらずそれだけのクラスターを出すとはお粗末なことです。

まぁ正直だといえば正直なのかも知れませんが。

食品の大手になればなるほどその発生に対して早めに「揉み消し」工作に動くといいます。

揉み消しするほどピリピリしなくてはならないのは取り扱うものが鉄の塊ではなく食べ物であるということもありますが、それだけコロナ感染に気を使っているということです。

早めに探知して隔離していくことも会社の使命なのですね。

そういう姿勢が会社を守ることに繋がります。

スズキは操業停止に追い込まれたわけですが、そうなればなったで損失が発生しますからね。鉄を扱っているからと言ってケアを怠ってはイケません。

個々のレベルでは「病気になること」は致し方なく罪などありません。しかし会社システム下における管理の不手際であったとしたらダメです。

今回は他に類を見ないほどのクラスターでした。

恥ずかしいことであると認識されたし。市中感染源となってしまったのですから。

 

さて、以前記した遊行寺塔頭の長生院

鎌倉期の六字名号の板碑が2つあります。

藤沢市の指定文化財になっていますが、私はそれ以上の価値があると見ますが・・・

本堂の中のガラスケースの中に納まっているところ寺側からもその価値を見抜いているかのよう。

地中から偶然掘り出されたものといいますから以前とは雲泥の差。

 

ガラスのおかげでテカリが発生、何枚もチャレンジしましたがまともに捉えられたのは上記④のみ。

良き遺物です。

③に閻魔さんが見えますが元は閻魔堂といいますから合点。

 

 

 

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2021年

9月

25日

奥平の亀山城下 天子南面? 貞久か貞久夫人 姫塚

昨日も良き天気。

溜まった花ガラを処分するために地頭方処理場へ。

連休の間の平日となればどちらも家の中の片付けを行うものでその処理の集中、混雑がしばしば起こっています。

よってその渋滞について「ありうる」ことと覚悟していましたが処理場は閑散とし各担当者は持て余していた様子。

さすがに各家の中の仕事は後回しにして観光その他、あっちこっちと出向いているのでしょう。

 

お寺としては昨日は法事がありませんでした。

先般の再再にわたる庫裏の雨漏り対策も空振りにより今度もまた何かしらの対策に迫られているのですが、喫緊の仕事といえば、叔母の家の片付けです。

施設に入所してもはや家に帰ることが無くなったからです。

 

持ち帰れるものは何とか考えたいところですが庫裏に置く場所は限られています。

あの時代の人の好きなものといえば1に箪笥2に箪笥と言うくらい。部屋の周囲にビッシリ。

よって基本は廃棄ですが、その中の衣類の量に圧倒されています。

 

1人の人間がこの娑婆世界から暇を戴くとき・・・を私はもう何度も立ち会っていますがその残されたものの膨大はスゴイの一言です。そんな時、いつも、「私の残り物」を片付けるハメとなる息子の労力を思いますが。

 

叔母の衣装ケースを見ていて空しさ一番はプライスカードが付きっぱなしの新品の衣料品たち。

きっと着る事よりも買い集めることが楽しみだったのでしょうね。勿体ないと思っても当人は「いつか着る」つもりだったのでしょうがこれまでその手の空しさはどちらでも感じています。

 

奥方に「コレ着れるぞ」と言っても「そりゃムリだ」の返答ばかり。

人間が生きることは無駄の積み重ね・・・と言えばそれ、まさに私自身に跳ね返ってきますが。

昨日は来客用の新品に近い折り畳みベットと物干し用の支柱セットを積み込んで退散。

来週から本格的に動くことにしますが、台風16号の北上は嫌な感じ、来週末が怪しいですね。

 

さて、作手の亀山城の周囲の地名に「市場」だとか「」があることを記しましたが亀山城から古宮城方向に国道を行くと旧巴小学校のバス停があります。

「旧」ということで廃校の憂き目にあったことが推測できますね。世の中の小学校の統廃合はどちらにおいてもです。

 

その「巴」、旧巴小学校前の道路の周辺に二つの「土饅頭」(墓)があって巴の交差点前に「姫塚」なるものが。

亀山城二代城主奥平貞久夫人と言われています(場所はこちら)。

手前には貞久の墓といわれる土饅頭がありますが、歴史の中で混同があったのかどちらがどちらだかわからなくなっている感。

場所は亀山城の北側。

平地と言うのが腑に落ちないところがありますが。

 

⑤画像奥に巴小学校の校舎、その奥の山の尾根に文珠山城が。

⑥は土饅頭の側面に見える石材。➆は向かいの亀山城方向。

やはり円墳を窺えるものの存在も。

 

 

 

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2021年

9月

24日

宝島社の朝刊見開き広告と黒にんにく醸成の一手間

「経済と両立」なる言葉が蠢きだしましたが、どうもそれ、詭弁の如く感じてしまいます。

「経済も命にかかわる・・・」などとも必ずその語のあとに続けられますが、私がそんな時にパッと思うのが「命あっての物種」・・・。

 

どなたでも知っていることですが新型コロナは苦痛を伴いながらの死ぬ・・・というところ(昨日はトーキョーで18人が)。

実際、感染者が減少していても確実に毎日どこかで亡くなっている人がいるわけで・・・コレ現実です。

 

巷では「ワクチンを2回打ったから」の大丈夫の風が吹きまくり「接種証明」を出して「GO!!」の如く。

イケイケ政策の緩和雰囲気に乗っかったのか、昨日の秋分は朝から東名高速大渋滞の図。

各観光地も大層な人出で溢れていたよう。

 

よくもまぁ「次の波」への対策もままならないで解除の甘い話を吹き、折角引き締まっていた社会を緩ませるられるのか・・・

「まだ早い・・・」の感でいっぱいです。

「出口戦略」等のかっこイイお体裁話もその類。

 

お国はワクチン接種が効果があったと主張しますが、息子をはじめ私の首都圏在住の友人2名もまだ1回目のワクチンすら接種できていません。

11月までに全国民希望者に・・・といいますがね・・・

 

だいたいブレークスルーの無発症感染者が市中闊歩し、それを基にした変異株が出回ることを予測しているのかいないのか、知っていて知らぬフリをしているのか、それとも相変わらずの無知・無能なのか・・・もっと慎重なアナウンスができないものか。

これも業界へのリップサービスなのでしょう。

 

「社会実験」と称しての再開ともいいますが、それならば先に用意すべきものは用意するべきですね。まずそれからです。

次の感染爆発による医療崩壊を予測しての増床と、もしもの時のロックダウン用法整備は当たり前。

次いで家庭内療養の解消(医療崩壊への手当て)とPCR検査の拡充のアナウンスをしていただかないと。

このド田舎でどう気軽にPCRの検査が受けられるのでしょう。

 

ブレークスルーの頻発で効くのか効かないのかわからない、ワクチンと治療薬への「未来の楽観」ではなく、一人残らず「絶対に死なせない」といった命大事の気概を見せていただきたいものです。

「少しの犠牲はやむを得ない」の毎度の「些末な者の命」の存在を感じます。

 

画像は22日の朝刊(朝日・読売・日経)の見開きの広告。

いろいろ違和感アリの声も聞こえますが、私はまったくその通りであると思いますがねぇ。

曇鸞の言うこの世界・・・「三界」・・・虚偽・輪転・無窮の通りですから。

 

新コロの味わい、その苦境を知らない連中がその広告を否定されたとしてもねぇ・・・国のあり方を批判したとしても変わらないかもしれませんが、そういった意見も汲んでいくというのもまた政治の責任。

為政者は自身の希望や安泰をのみ望むのではなくて国民の僕としてその命を守ることに励んでいただきたいものです。

それができていないということの表れとして受け入れなくては。

政治家は人気アイドルや学芸会とは違います。

いつも厳しい目で見なくてはならないというのが国民の役目。

 

私からすれば「死んだ人の声だって・・・」というところもありますが、「見殺し」というのは事実だと思いますよ。

ケアらしきケアをしないでお楽しみ(五輪・・・)のみを強く推し進めたのですからね。

経済活動の復活・・・? まるでそれこそが倫理や正義とばかりに大手を振って闊歩する思考こそ違和感があります。

最近は「〇×の一つ覚え」の如く聞こえてきます。

 

まぁ、新コロによる臨終の「その時」、家族や自身が「自宅療養」という体のいい放置でもって見捨てられた時に初めてそれに気が付くのかも知れませんが。

しかし「〇×は死んでも・・・」とはよく耳にする語ではありました。

 

私も前回の宝島の広告よりもインパクトあって「なるほど」などと感じ入って本堂正面に貼り付けておきました。

あの見開き広告のコストの方もいったいどれくらい・・・などと心配してしまいました。

 

最後の画像は奥方の黒にんにく醸成のひと手間。

庫裏の廊下ですがもはや臭いは無し。

釜から出してスグのものは湿気多くしてコクもあまりなしといいます。

そこで干物用のネットを持ち出して、そちらに干すこと約10日間。好みによっては2週間以上干してもイイそう。

すると美味さが「全然違う」(奥方)とその時間の貴重を吹聴しています。

まぁよく言う「グミ」「プルーン」の食感がありましたが・・・。

私はその味の方よりもサプリメントとして頂いていますから、どうでもイイといっちゃあどうでもイイ。

 

 

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2021年

9月

23日

作手善福寺近く 巨石と樫の木 仏頭石 雲龍ガシ

今政策側として、今月までに何とかそうしたいというのが、例の宣言解除の動き。

要は経済活動を元に戻したいというものですね。

まぁ、この調子ならばこれまで同様のこと、解除されるのでしょうが、どちらにせよこの「宣言」と感染爆発の抑制とはあまり関係ないような気がします。

解除されるとなれば同時にやることがたくさんあるということだけは忘れてはならないのですがどうしても衆人は「解除」という言葉に浮かれ騒ぎたくなるものです。

そちらの方もしっかりケアしていただかないと同じ轍を踏むことになるでしょうね。

 

私は新コロ「第6波がある」に一票というところですがそれは今回膨大に増えまくったウィルスの大部分は天与の「ウィルス自壊」(昨日「エラー カタストロフ」の性質)によって5波の収束を見たわけです(ただし収束はあくまでも推測)。

 

そのウィルスの増殖コピーミスの性質上、彼らのほとんどが自壊してしまうことにそれは一旦は収束が見られる分「嬉しい報せ」であったことは間違いありませんが、ちょっと待てよ・・・と諸手をあげて喜んでいられるのか・・・と思うところです。

 

ウィルスの性質によって膨大なコピーエラーが起こることはわかりますが、多くの中にはノンエラーで変異の複写が成立している株もあるはずで、それらの一部のウィルス中、感染力up、致死率up、ワクチンブレークスルー力up、ウィルス薬対抗性upしたウイルス変異が登場する可能性があるワケで。

 

まぁ当分の間はマスクは外せませんし、お気楽さんがたくさんいらっしゃる海外への旅行なんぞできるはずもなく。

そもそも「海外旅行行ってきました」がバレてクラスターを発生させました・・・なんてあれば周囲からボコボコにされそうな気がして。せいぜい国内旅行で諦めて・・・

 

よってウィルスの自壊を喜んで浮かれているのではなく、次の手当、5波のたくさんの反省を生かしていただかなくてはまた無能のレッテルを貼られましょう。

 

さて、昨日記した作手善福寺に向かう道のその手前、右方向に開けた畑がありますが、そちらの奥に仏頭石なる巨石があります(場所はこちら)。

どんなお顔をしているのか近くまで寄って、角度を変えつつ仰ぎ見てもまったくもって私には「仏」の顔をイメージできません。

看板には「大きな岩を見つめていると、やさしい仏の顔に見えてくることから仏頭岩と呼ばれている」と。

どうにも岩にしか見えません私は「まだまだ修行が足りない?」などと尻尾を撒いて退散。

 

またその岩の上にアカガシの巨樹が立ち上がっていてそれをまた「雲龍ガシ」と呼んでいるとのこと。

作手という町はつくづく「木」を大切にしていることがわかります。

まぁ「山の中」ですから・・・巨樹も多し。

私は岩よりも大木の方に畏敬の念を抱きます。

まさに今を生きていて私よりもずっと以前からその命を繋いでいることに。

 

最期の画像は善福寺への道沿いにあった石仏たち。

 

 

 

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2021年

9月

22日

仏像の手を作ったから「作手」・・・ 善福寺

今年も「お取越し」は無理ですね。

当流一番のイベント、報恩講は開催時間を増やすなどして分散して本堂での開催になりますが、そのプレ法要、ご自宅仏間でのひと時は昨年同様中止になります。

 

昨日も記した通り、「一番怪しい」のは私であって仏間という密空間にノー天気で参ってウィルスをまき散らすことはできませんからね。

私としてもその辺りの件十分に注意はしているつもりですが完璧など有り得ません。

 

世間の相当数の感染者減少の値は目にしていますがあの未知なる生体?について各専門家の推測もままならず、ましてや政治屋どもの楽観などまったくアテになりません。

9月解除の政治の尻押し、お調子に乗って踊らされ地獄の苦しみを味わうのは御免です。

それら真に受けて浮かれていれば「ピシっとヤラレル」ことは必定・・・という警戒感まだまだ。

慎重に、うまくいったらまた来年ということで。

しかしながら人間の思うようにそうカンタンにいかないということも承知しています。

 

今節第5波の強烈は全国民が度肝を抜かされたわけですが、今のコロナ最盛期の1/20とまで下降した感染者数の不思議をただ「幸運だった」「神風が吹いた」的楽観で「終息」との早とちりを醸し出すのは愚の骨頂。

新コロ終息は有難いことですがやはり「第6波のその時」への対応準備はしっかりお願いしたいところですね。

とかく「GO TO」はじめ「コロナ後」のお楽しみの方に先走って旗を振るというのはね。

とにかく検査能力の充実とゲノム解析によって「今のコロナ株」の変異状況を把握しつつ感染者をどうするか、収容と治療の段どりを整えて、次は間違っても国民を「自宅療養」の体のいい野垂れ死をさせないでいただきたい。

 

今回の「謎の収束」についてはウィルス変異の「エラー カタストロフ」説が言われていますが、これはウィルスそのものが自身変異エラーによって自壊してしまうというもの。

時間を追って各波(幹)が立ち上がっては消えていますがそれらはウィルスが勝手に自壊しただけであって人流抑制だとかお流行りの「宣言」のお陰ではナイというというころがミソですね。ワクチン接種もイスラエルのブレークスルーを見ている通り安心などできません。

 

ということで第6波の恐怖はこの冬の最大のテーマであってその立ち上がりの片棒を担がないために「お取越し」には行けないのです。

 

さて、先日記した作手善福寺の仁王門を潜って先に進みます。

大木の間の参道を上り詰めた観音堂周辺には石仏たちに新しめの観音さんがお出迎えしてくれます。尚、この堂の脇に文珠山城への登り口があるのですが、そちらをこのお寺の奥の院と呼んでいたとのこと。

 

特にあのデキすぎた石塔の存在に目が留まるのは当然の流れです。

しかしあの気の利いたスタイルは古き時代のそれとは少しばかり異にします。凝り過ぎているというか・・・江戸期のもののようですね。

文珠山城の石仏もしかり、江戸~明治期に揃えられたもののようですが、歴史ある寺院の割に石仏に古いものが見えないのは如何に。

 

 

 

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2021年

9月

21日

北条の滝山城を攻める武田の陣? 陣馬山(陣場山)景色

一時はどうなることかと思っていた新コロ感染爆発、感染者数はピークアウトしたように見えます。今のところですが・・・

何故減少しているのか専門家もハッキリとは「説明できない」というくらいの減り具合です。

重症者数はその割に減っていませんから何かウラがあるのでは? 油断は禁物ですね。

今、お調子にのったらバカをみることになるのでしょう、きっと・・・。その辺りの件、少なくとも私の経験上鉄則中の鉄則です。またそれを知っていて暴走、痛い思いをするのも私でした。

 

昨日は久々真っ青な空と心地よい空気が広がってどちらの行楽地もどっと人が繰り出していたようです。

「いいのかね・・・そんなんで・・・」というのが私の思い。

それよりも自身の心配を・・・と指摘されそうなのが、最近の法要。昨日も記しましたが悩ましい自宅お内仏からのスタートの法要が続けてありました。

勿論仏間に親戚一同が集合しますから場合によっては過激なほどの密状態ですね。

 

基本、自宅開式はパスして「本堂から」ということでお願いしていますが、ここのところ「お内仏を新調したので・・・」という開扉式依頼付きの法要がたて続けにあって、私としても躊躇しつつも「えいやぁ・・・」の勢いだけで各先方宅に向かったという次第。

ここ1週間の法要でお会いした皆さんは多数。埼玉・東京・神奈川・兵庫に大阪・・・まさに不特定多数。

 

彼岸前の連休とあってお寺の駐車場の出入りはひっきりなし。

私はあっちこっち行ったり来たりの一日でした。

火葬場での時間調整の間、10分余りマスクを外してモアイ像の如く、お日様に顔を向けていました。

傍からの見栄えなど完全無視です。

 

ちなみに故人は九州出身の独り暮らしの方でした。

初めてお会いする方でそれは写真だけの判別。

適宜、葬祭場から「対応タノム」の連絡がありますがいわゆるそのピンチヒッターです。

九州にも真宗門徒さんはたくさんいらっしゃいますが以前は熊本からの方の葬儀に立ち会ったこともありました。先方の檀那寺に依頼するのはムリですからね。

 

その方は五十代。「発見が遅れた」ということで黒いパッケージに入ったままでした。

その悔やみから故人の弟さん(施主)の眼はずっと充血したまま。突然の訃報のうえ今後部屋の片づけからの「戦後処理」の負担もあってご苦労が思いやられます。

 

担当から「棺の蓋を開けますか」と言われて、私は「問題なければ・・・」と返答。

そもそも蓋を開けないままで帰敬式を執り行うことは異例ですからね。それは何度か行ったことがありますが、その際は「決して開けてはイケない」の注意がありました。

「死」にも色々あります。

ただし「白骨」になるのは誰もが同じ。

 

「モアイ像」の件、コレは私の免疫力アップのための一試行。

コロナ除けに自身抗ウィルス力を上げるために緑茶や葛根湯を飲むなどブログでも記していますが、これはお日様に肌を曝すことによってビタミンDを増やしてやろうというもの。

サプリメント数ある中、低コストで確実に身に付けようという作戦。

タダでビタミンDをゲットできる(免疫力が上げられる)のですからその時間は大切です。

 

シミだシワだホワイトニングだを言うガラではありませんのでその自然の賜物を無駄にする理由はまったくナシ。

母などは昔から冬場などガラス越しで浴びていましたが、それでは効果がないといいますね。

お日様が出たら大切にそれを意識して外でジカに日光浴。

たった10~15分紫外線を肌で吸収すれば「あとは体の機能におまかせ」です。

ビタミンDのサプリほど無用のモノはありませんね。外に出られる人は・・・

 

さてトーキョーの新規感染者激減の中、友人「女墓道」が山好きカンタンなお気軽散策の場、高尾から抜ける「陣馬山に行ってきた」「何より最高のお日和だった」とその羨ましい画像が送られてきました。

 

山頂の休憩所の名が「信玄茶屋」で武田方の旗も立っていたと。山歩き好きたちが大挙訪れていたようです。

この山の名称「陣馬」はもとは「陣場」だったといい、説として武田方の陣の跡だった・・・と。

それは北条方の滝山城を武田勢が攻城するために陣を張ったというものです。

 

画像は都心方向を撮ったところでしょうが、以前行った八王子城(またはこちら こちら)から見た景色に似ています。

山頂の無粋な造形物「白馬」の画像は割愛。

そして人多すぎの感。

まぁコロナ感染の確率は彼女より私の方が多いのでしょうね。

「勝手にしやがれ」ですが、その主演の彼は先日亡くなってしまいました。

 

 

 

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2021年

9月

20日

もう一つの文殊山城登攀口 善福寺仁王門仁王像阿吽

昨日も記した磯子郵便局留めとなっている荷物について横浜の彼は遂に電話を入れたとのこと。

すると「今、配達員が積み込んで、持ち出し中です」との返答があったそうで、その件私にlineしてきました。

では昨日の配達予定日の「10月1日」は一体何だったの?

もっとうまいアナウンスできないものかと。

あれでは顧客を苛立たせるだけですよね。

 

まぁクレーマー(横浜の友人)が「追い出し」をかけた成果、そして「蕎麦屋の出前」を感じたワケですが、それを言っては少々気の毒かも・・・。実際のところはわかりません。

配達員とたまたま出くわした彼は一応「今回の件聞いてみた」とのこと。

すると「陰性判定が出た従業員と近隣局員のヘルプを得て、局内の消毒を行ってから配達を始めた」とのことでした。

彼は荷物の外側に満遍なくアルコール消毒液を噴霧して梱包を解いたそう。中身については大丈夫とのことで私も一安心。

 

その「蕎麦屋の出前」は当方でも使っている・・・というか実際「本当の事」なのですが、世間で言うそれは「体のいい言い訳かつ納得了承を得やすい応答」ですね。

問題を無難に収めるベスト対応としてそれをよく聞きます。

 

私も先日もありました。

法要のスタート場所(本堂か自宅か)を勘違いしたり、ご自宅に向かう直前に境内でご門徒さんに呼び止められるなどして約束時間に遅れることはしばしば。

 

人によってもその遅滞について受け方は様々で、心配性の方などは約束の5分くらい前に電話がかかってくることも。

他宗ながら近隣寺院のご住職に法要来着が遅いので携帯電話をかけると住職がゴルフ場に居たなど周辺には笑えないお話が伝わっていますからね。

 

そこで奥方はそのような時「ごめんなさい。今向かっていますので、しばらく、しばらく・・・」ですね。

当方は「嘘も方便」によって事をうまく収束させる意図ではなく「本当の事」ですからその「蕎麦屋」ではありませんが、奥方はその件「蕎麦屋の出前だった・・・(もっと早くしろ)」と苦虫を潰したような顔になります。

私も遅延に対しては玄関を開けて即「ごめんさ~い 遅くなっちゃって・・・」からのスタートになることは当然です。

 

そしてクレームの件、それはまた人によってやはり温度差があります。

それは「被害に程度もありますが「泣き寝入り」を許容し辛抱ができるか文句を言うか、「人」によってその物差しは違います。

私もサービス業に足を突っ込んでいた時期がありますが、間違いは数ある中やはりクレームを指摘される事は身が引き締まり、反省しつつおそるおそる対応します。

何しろその重大指摘(クレーマー)についての対応を誤るともっと激しいクレームに発展することはままあること、それは承知していますので「その時」はより丁重、より迅速に積極的に関わるということを学んできました。

 

その件サービス業の鉄則です。

またクレームを受ける側の人によってもその対応が苦手の人も多く、過度な逃げ腰、弱腰、緊張しすぎで改善策を打てない人がいるものです。

パートのおばちゃんなどの泣きながら逃げ回る姿まで・・・

一言で相手の言い分が理解できないということなのですが、特に怒られ慣れていない人、他者の憤怒に対して萎縮してしまう人、無意味にプライドが高い人にその傾向(話がデカくなる)が多いような気がしますね。

 

私はその辺り「うまいことやってきた」と自負していますが、きっとお相手さまは「コイツに言っても仕方ない」を受け入れさせているのかも・・・まぁ親身になって「ごめんなさい」を示して、顧客に満足してもらえればクレームの発展などはあり得ないのですがね。

案外それが下手くそな人が多いものです。

上手く取りまわしてより良き関係が作られるなどよくありますのでそれこそ勿体ないこと。

 

また、世の中のシステムは結構に間違いだらけを感じることがありますが、殆どの日本の庶民は基本「しゃあない しゃあない」のお人よし。

コロナで経済が破綻しようが、医療崩壊しようが、政治家が勝手なことをやって感染を止められず、子供用布マスクを配ってしたり顔であっても、コロナに感染して苦しもうが死のうが、難渋させられても「仕方ない」の大丈夫。

こういう国民に支えられて一番幸福なのはやはり「政治屋」なのでしょうね。

もっともっとクレームして気づかせてあげなくてはイケないのかも。

 

拙寺の場合はその「コイツに言っても・・・」とそもそもあまり注文をつけることは僅少(やはり忍辱か・・・)シチュエーションのせいか今のところ安寧のもとのおかげさまを享受しています。

 

さて、文珠山城を塞之神城から辿るのとは逆の登攀路ですがそれが善福寺なる古刹からとなります(場所はこちら)。

そちらには今にも朽ちてしまうのでは・・・と思わせる仁王門を潜ります。果たして・・・どんなものか・・・と中を覗くとしっかりと左右に仁王さんが待ち構えていました。

 

案内板の通り、鎌倉期作の記述通りだとすれば、歴史的価値は高いもの。

果たしてこのまま(殆ど放ったらかし)でいいのでしょうか・・・というのが正直なところ。

まず「愛知県」が何とかしましょうよ。

感染拡大野外フェスティバルのお祭りの尻腰を押す方向から少しでもこういった文化財の保護に向けていただけたらと思いますね。勿体ないことです。

 

 

 

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2021年

9月

19日

文殊山城の石仏たち ベトナム人のバッテリー彷彿

例の連日、恨み辛みを記している磯子郵便局扱いの荷物についてどんなものかと思って配達状況のページを開いてみました。

9月14日に相良郵便局に出した荷物が翌日には磯子郵便局に到着していることがわかりました。

そこで気絶、卒倒するほど驚かされたのが「配達予定日」。

なんと「10月1日」だとのこと。

「バカも休み休み言え」とはこのこと。

宅配便の類で今時2週間以上かかるなど「海外からの船便」と同じだと「奥の墓道」氏が。

 

相当前にベトナム人から中古のバッテリーを購入した際、到着があまりに遅いためメールで問い合わせたところ、「船便で遅れています」という返信があったことを思い出します。

その時はそれでも到着しなかったため再び問合せするもメール宛先は既に削除されていて、そこで初めて騙されていたことが分かったという次第。

奥方はそれ以来、私が何かするたびに「また騙されるのか」と私を嘲る始末。

騙されるヤツが悪いとばかりに。

今回の業務請負業者は「まともな会社」と人口に膾炙されているはず。

それがのうのうと「船便だから」の詐弁をするでもなくむしろ2週間以上の遅滞をまっとうに記すところ、責任というものの一片も感じさせませんね。

「当たり前」と言う雰囲気が漂っています。

ついこの間まで国営だったというその流れが延々と続いているような気がしないでもありません。

佐世保郵便局でもコロナクラスターが発生していますが、16日時点で未配達の郵便物が約10万通とのこと。その解消が27日頃とのことでしたが磯子の状況はそれ以上に酷いということでしょうかね。

 

郵便物など配達をしなければ溜まる一方になることは必然。

問題は鮮度の古いものからの配達優先順位となるかの心配です。今回の荷物の内容物として「食品」と提示していますが中身は黒ニンニクその他です。

保管場所が高温多湿の場所など考えられ、状況次第では一暴れするよう彼の方に仕向けています。

 

ただし彼は、そんなクラスターで全滅しているような場所から届けられることもまた、長時間そのような場所に滞留したような品物は「恐ろしくて・・・」とも。まったく台無しにさせられました。これではベトナムのバッテリーと同じ・・・。

 

さて、先日記した作手の文珠山城

模擬櫓はじめ石仏たちが本曲輪跡に散見されて、こちらが何かしらの地元の畏敬の場所であることが察せられますが、その石仏たちはそれほど古いものではなさそう。

 

塞之神城の尾根続きの城で私はその塞之神方向から来て同じ道を戻って帰ったのですが、逆コース、善福寺という寺から登るコースもあります。

 

⑧掲示板。この「市場」が鳥居勝商の奥さんの出身地か。

 

 

 

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2021年

9月

18日

さてどうでしょう「信虎」曲輪の再現状況も見てみたい

相変わらず磯子の郵便局は稼働していない様子、奥方が出した横浜の友人へ出した荷物は未配達のまま。

そんなこととは知らず(コロナクラスターにつき配達員不在)に荷物を出したのでしたがそれなら少々のコストがかかっても宅配便にすればよかったと地団太を踏んでいます。

それにしてもイイ加減なシステムということが分かったのですが同情の余地はナシ。信用丸潰れですね。

 

期限のある荷物も中にはあるでしょうし困り切っている人は多いのでは・・・

 

宅配便だと、たとえば「おい、荷物が届かないがどうしてくれるんだ」などのクレームがあれば即対応しますね。

未配は」遅配か誤配かによるものですが、客からすれば不手際以外のなにものでもないことです。

特に宅配便は翌日配達というのが主流ですからね。

よって「荷物が届かない」はグーの音も出ません。

 

荷物一つのために赤帽なるフリーの宅配車両などをチャーターして責任を全うしている姿を見たことがありますが私の知るその件は関東から広島まで届けるというものでした。

たった1枚の書面のために車とドライバーを1台雇うくらいの責任を負っているという姿でした。

 

今回は周辺の局の作業員を動員したり臨時雇用したり徹底対応していかないと郵便物はどんどん滞留していくはず。

たまたま事案が発覚する前に出した奥方が出したクリックポスト、その到着がいつになってどのような謝罪があるのか、楽しみにさせていただきます。

 

そろそろ「追い出し」のクレームでも入れようか・・・今すぐ持って来い・・・友人の「奥の墓道」氏は案外と気が短いところがあって傍から見ていれば十分にクレーマーですからね。怖いですよ・・・。

スズキの車体組み立て工場が滞ってもそれほど大差ありませんが、荷物・郵便の遅配はいろいろヤバいことも起こりうる件ですからね。

 

さて、最近の日本映画は滅多に見ることはありませんが、~ちなみに前回はといえば「沈黙」でした~まぁ、現代ものや荒唐無稽、CG、吊りもの(ワイアーアクション)、アニメなどはハナから無理です。

それでも次にこれは絶対に外せないぞ・・・とばかりに期待していた映画は「峠  最後のサムライ」でしたがコロナによる順延で2022年の公開となってしまいました。

まだまだ映画館の密空間でのんびり鑑賞する度胸というものが湧いてきませんが。

 

するとその映画より先に公開が決まったというのが「信虎」です。時代的には私が最も興味ある「時」ですが・・・。

 

今若者たちの間で「親ガチャ」なる語が流行っているそうですが、ハッキリ言って親と家は選べないという達観なのでしょうね。

 

もっともそれを言う人とは今の境遇に大いに不満、悲観があるからこそその手のボヤキにも似た語を吐くのでしょうがそれを言われた親としては惨めなものです。どちらにしろそのまた子供もその言葉を吐くようになることに気が付かないでいるのでしょうが。

そしてまた「家-出自-にこだわらず個人」を重きにする時代と言われて久しい・・・にも関わらず・・・ですからね。

 

その映画でスポットが当てられたのが信玄の父、信虎です。

時代的には申し分ありません。

映画製作の意図が息子信玄に追い払われたなどネガティブ山積の信虎のイメージを払拭し、信虎あったからこその甲州武田家であるとその高揚をチャレンジしようとするものとのこと。

 

聞くところによると「クロサワを意識」しているとのことで時代考証に気を配るなどヤル気を見せています。

どう仕上がっているのか、まぁ甲州観光の引き金としたいというところは見えているような気がしますが、興味がわかないワケがありません。

 

同じ富士を囲む地、駿遠と甲州で大河ドラマ取り扱いの回数では静岡県にヤラれっぱなしの山梨県。

出し物が武田甲州軍団オンリーではありますがね。

しかしよく見てみると「役者」は勢ぞろい。

公開を楽しみにしています。 

 

画像は躑躅ケ崎館「西曲輪北側桝形虎口」と無名曲輪跡発掘現場。

甲府は清水からの道路も開通してすこぶる行きやすくなりました。

天気のいい日に久々、ほっつき歩くのも悪くない。

 

 

 

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2021年

9月

17日

塞之神城から文珠山城へ ブナ大木のお出迎え

イイ加減テキトー書いてるなら「ヤメロ!!」と、奥方から厳しいお達しがありました。

日々ブログが成り気、いい加減で誤字脱字が酷すぎるとのご指摘でした。

「見苦しい・・・」とのことですが、基本「当方知ったこっちゃあない・・・」ですね。失礼・・・

「イイ加減」も「見苦しい」も今始まったことではありませんし。

まぁ最近は見直しチェックもせずにただの書きっぱなしというのがイケなかったよう。少々の反省はあります。

所詮変わることはないでしょうが・・・そういう開き直りはいよいよジジイになったということ。

その手の指摘と反省の弁も時折記していましたね。繰り返しでお頭の硬直化は進んでいます。

 

昨日記した磯子郵便局のクラスター発生による機能不全について昨日朝から「再開の目処が立たない」ということから引き続き奥方が送ったクリックポストは「奥の墓道」氏の元に届いていないよう。

前代未聞のことですね。

そちらの方が余程見苦しいことだと思うのですが。

 

このところのトーキョーの感染者は減少傾向にあるものの、これまでの「波」の収束の際と同様に「ウィズコロナ」だとか再開や緩和などの声が上がりだしていて、気持ちとしては「また繰り返すのかよ・・・」ですね。国のお頭も同じまま。

 

横浜の磯子郵便局のクラスターもそうでしたがこちら静岡県は「高い水準で下げ止まっている」という表現がありました。

それを象徴する事案がスズキ相良工場からのニュース。

14日からの三日間で79人(1700人のうち)のコロナ感染が判明して車体組み立て工場の稼働が止まったといいます。

 

その79人が家庭に帰って家族に広げれば再びあっという間の元の木阿弥でしょう。

相良にはそちらで仕事をされている方、たくさんいます。

 

昨日は神奈川県在住の方と話しましたがその方は7月末に「娘が感染した」と。

やはり入院はできるはずもなく、自宅療養となったそうですが、その夫も子供も同居している家庭内隔離であったため相当の困難が伴ったよう。

幸いにして家族への感染はなかったようですが、保健所からのケアはお印程度で、ただ耐え忍ぶのみの時間だったといいます。

 

治療薬の投与はなく解熱剤や抗生物質などの対症療法のみで、自力の免疫力で回復したようなもの。

その母親は不安と心労、政治への不信が積み重なってテレビで能書きを垂れる政治屋どもへ「恨み骨髄に・・・」だったそう。

自身や縁者がコロナにかかったとき、普段は他人事として許容できたことなどであっても、いよいよ不満が重なっていくのでしょうね。

 

一部の人たちにしか回らないのかカクテル療法、出し惜しみ甚だしいと感じるばかり。

「軽症です」の判断から自宅療養となり数日後に急変して亡くなる人たちが多くいらっしゃいましたからね。

 

さて、先日は奥平家が武田の介入を受けた頃の城塞、古宮城に塞之神城について記しましたがその塞之神城から尾根伝い、あの時 

は冬枯れの歩きやすい林の中でしたが、少々行けば文殊山城に到達します。

いつもの「城郭大系」の記述も本編での扱いではなくさらりと記されるのみ・・・文献への登場が少ないということでしょう。

 

別名「一夜城」の名があります。

そもそもこの城は武田方からの築城の要求があって奥平の手で築城したといわれています。当初奥平はその要求にヤル気を見せないでいたところ、それにキレかかった武田に対して大慌てで(一夜で)仕上げた・・・という謂れの如く(場所はこちら)。

 

両城とも奥平の本城、亀山城の向い側の山の尾根に連なっていて、どちらにしろ武田方から監視・威圧される城となることは必定。

奥平(あなたたち)の城だから作りなさい・・・と言われてもそうは気分が乗らない場所であることは一目瞭然です。

 

塞之神城からの進路、文殊山城の曲輪入口にお出迎えいただけるのがブナの大木です。ここまで大きなブナとなると樹齢は・・・ひょっとしてこの城と同じくらい?・・・などと考えたところ。

作手には大木がつきものですね。

 

②は途中で出会った鳥居と石龕。

あちらを歩くには冬場がいいですね。土塁や曲輪らしき削平地の跡はストレスなく判別できます。

 

 

 

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2021年

9月

16日

飛雲閣は京都新城の天守閣? 「秀吉の城」

一昨日は小雨の中、郵便局にクリックポストを出しに行きました。奥方が横浜の「奥の墓道」氏の所望により「薬 ヤク」(黒にんにく)を送付したということです。

ところが昨晩21時の段階で未配達のままでした。

これまで宅配便と同様で翌日配達が常でしたので明らかに異常。

その原因として磯子郵便局で新コロクラスターが発生。

29人がダウンしたというニュースがありました。配達員がいないから遅延というのはまぁわからないでもありませんが、企業サービスの責任というものがあるならば是が非でも配達完了するというのがプロでしょう。

ちょっとした荷物を送るに格安便利なその配送アイテムでしたが大いに裏切られましたね。

 

さて、先日は「京都新城」についての番組放映について記しました。

その「幻の城」はその昨年の遺構発見から晴れて「幻」が外れたのですが発掘によれば高い塀に囲まれ中には堀が廻らされていたとのこと。

番組ではその「城」の縄張りとして土御門殿が紹介されていましたがそちらが藤原道長邸のあった場所。

秀吉が「関白」の地位を秀頼に世襲させたいという意図がこちらでも見えてくるというワケです。

 

関ケ原前夜、西軍の手で壊されたといいますが、それは結構に意外。内裏に近接していることから戦乱は憚られるとはいいますが、東軍家康の手に落ちたとしたら最悪・・・などと考えたのかも知れません。

 

これで話がわかった・・・風の結論の如きことを記しますが、秀次事件で聚楽第を打ち壊したその遺構であると言われてきた飛雲閣でしたが、そうは言っても飛雲閣建設の時代は微妙に聚楽第よりももっと後の建築であるという異論もあったそうです。

ということで、今回の京都新城の発見により、あの飛雲閣はこちら藤原邸跡にあった新城のもの・・・というのが歴史の訂正事項。

 

現在の西本願寺の飛雲閣は京都新城が解体され、持ち込まれた材で庭園と共に再建築されたということになります。

ということで飛雲閣は京都新城の天守閣だった・・・のかも知れません。

 

①画像は平成24年の大坂城の企画展「秀吉の城」のポスター。

その年のバス遠足の出し物は大阪が二日目、初日の京都は飛雲閣と西本願寺の裏側探訪の出し物がありました。

「秀吉の城」に「京都新城」が一つ加わったことからまた新たな企画展が催されることでしょう。

もっともまだ登場したばかり、メジャー化していないこの城だけでも十分に探求したいという方はいるでしょうね。

それだけ画期的発見でした。

 

②~画像は檀家さんからの頂き物。

これからまた飛雲閣を見直したいという人も増えて人気のスポットとなるのでは。

秀吉らしくない渋さ溢れる建築物です。

鐘楼は元和四年(1618)に再建されたものの再再建で平成のものですが、いたく豪奢です。

あの鐘楼は絶品でした。

 

 

 

 

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2021年

9月

15日

有松絞りといえば桶狭間 大将ケ根と武待 釜ケ谷

小雨霧雨の一日でした。そのような日々が続くのは健康上よくありませんね。

植物も同様、今年の境内ハイビスカスは元気がありません。

立ち枯れも数鉢、残ったものにはカイガラムシが付いて絶不調の様。

ア奴らはまず先端の花芽に密集しますので早めに取り除かなくてはなりません。

根元にはスミチオンを撒き、発見次第水流で吹き飛ばしていますがまったくイタチごっこでらちがあきませんね。

降雨だと何事も当方サボりがちになりますので彼らのやりたい放題というのが現状です。

どうやら害虫が薬剤の耐性を付けたような気がして・・・これから大量散布を試みようと思っていますが、植物にとってもいいワケがありませんから。

 

要はヒトと同様、薬剤投与には副反応がつきものということですね。雨ばかりで根腐れ寸前ということもありますがやはりそれは植物の免疫力が弱っているということ。

私の植木達、ハイビスカスやブーゲンなどは亜熱帯の日光が降り注ぐ環境を好むもので、ブーゲンなどは特に降雨の少ない乾燥地大好きの植物で水気が多いとトゲばかり生やして花が咲きません。

 

我々人間はやはり、基本は自己免疫力アップを心がけるべきです。それによって外部からの攻撃に対抗できる体を維持しておくこと。

まぁこれまでの社会の状況と感染爆発を見ていて「夜間飲み食いすること」の頻度が多ければ当然に免疫力は落ちることに繋がることがわかります。

 

そして、紫外線降り注ぐ昼間であっても密になって騒いで酒を飲めば免疫力が落ちることも。あの愛知県の野外フェスティバルなる騒ぎの一件でもよくわかりました。

感染発症するということは自己免疫力がウィルスに敗北したということですから。

 

免疫力もさぞかし落ちたであろうとおもうのがその愛知県、名古屋の市長殿。

金メダルをかじって当人の意に反する超絶バッシングを受けて御給金三か月分を返納を決めたというあの方ですが、さぞかし自身の失態ながら落ち込んだことでしょう。

自業自得といえばそれまでですが、おっちょこちょいの私なども他山の石として勝手に反省させていただきました。

 

やはりそのあとあの方はコロナに感染したことが判明して名実ともに?「謹慎待機」とあいなったわけでしたが(一瞬表敬訪問した金メダルの彼女は大丈夫?と思いました・・・)その感染の理由は「布マスク」だったとのこと。

残念無念が重なった心労に免疫力ダウンにその「布マスク」はウィルスの体内侵入を容易にさせたのでしょうね。

 

私どもも布マスクを使用する場合があります。ただし不織布マスクの上のお飾り程度のWマスクですね。

あのオッサンは名古屋名産の有松絞りのマスクを宣伝を兼ねて使用していたそうですが少々「足りなかった」の感。

やはりこれだけ世に言われているのですから不織布マスクを着けている姿を行政の長として「見せる」必要があったわけですね。

地場の産業、町おこしとして布マスクを宣伝したかったのなら不織布の上に着けるだけだったのですから。

皮肉にもそれによってコロナに罹るマスクというイメージを発してしまいました。

 

さて、「有松」といえば、私のイメージは桶狭間です。

桶狭間の合戦場の今川義元討ち死の場は未だ確定していませんかこちら「有松」とは国道一号線(場所はこちら)「豊明」側になりますね。

 

国道一号、東海道の交差点に「大将ケ根」なる「有松」へ辿る道があるのも印象的。

「町名の由来 鳴海町の小字名<大将ヶ根>による。古くは「太子ヶ根」「太子が根」「太子賀根」と呼ばれていたが、桶狭間の戦いの際、織田信長が当地で兵を結集して旗揚げをしたことから<大将ヶ根>に変化した」とのこと。

 

交差点の掲示板にある二つの大学の地番は「武待」。

学校の敷地内で立ち入りは遠慮しましたが、近くの釜ケ谷の看板には信長が待機していた場所とありました。

 

 

 

 

 

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2021年

9月

14日

篤姫曾祖母智満方の宝篋印塔と蜂須賀桜 清浄華院

台風14号は台湾と与那国をかすめて北上、そのまま大陸に上がって消滅するのか、せいぜい前線を伴う温帯低気圧になってから本州に近づく程度と思いきや、この台風は東シナ海で数日停滞し日本海側を本州に沿って北上する・・・かもしれないとの予報が出ていました。

その辺り、日本上空は高気圧のヘリにあたって低気圧の通り道、今週末にかけて秋雨前線と台風が刺激しあって大雨に見舞われるおそれがありますね。

当家庫裏の雨漏りが再発していることもあって愉快なことではないです。まったく辟易。

軽く済ませていただく、あるいは前回の屋根補修がうまく効いて室内のバケツが不要となるくらいなら許容できますが・・・

雨ばかりで敵いませんね、今年は・・・

 

コロナ死亡者の件、自宅で亡くなった人が8月は全国で250人いてそれは7月の8倍だったといいます。

感染者で病院に入れなかった人たちのうち亡くなった方がそれほどいたなんて、本当に驚かされます。先進国の言葉、返上モノ。そのうちの半数が50歳以下というのも。

最近になっての新規感染者の減少傾向には一応は息がつけた感がありますが、これから冬場にかけて次の波が立ち上がってくるのは必定でしょう。

それも簡単に許していただけないものか・・・皆の願い。

からお国にはやたらと「緩み」の助長を煽るような拙速なアナウンスは切に謹んでいただきたいものです。

 

さて、小和田先生情報ですが9月15日のNHK「英雄たちの選択」のテーマが「秀吉の“終活” 〜発見!幻の京都新城〜」と。

「京都新城」なる語は耳に馴染んだものでありませんので「え?」と聞き返したくなりますが、こちらは秀吉が死ぬ1年前に建てた秀頼のために作った城(屋敷)ですね。

 

その語「京都新城」は最近作られた名称で当初は「太閤御屋敷」の名だったそう。

その遺構が昨年発掘されたことから俄かにその「新しい城」にスポットがあてられるようになったというわけですね。

 

その場所が今の御所内、仙洞御所付近というのが秀吉らしい。

聚楽第を怒りのまま壊したあと、それに準ずるものとして秀吉が京都に出張った際の屋敷を兼ねてと考えたのでしょう。

それほどの権威があってのことなのでしょうが図々しいというか手に負えないボケ老人の姿も思料します。

関白としての権威を得たついでに貴族と化して天皇家に顔を出しながら秀頼に娘でも出来たら天皇家に嫁がせて天皇の祖父にでもなろうという意気込みが見えます。

夢は儚いもの、大層な夢を見るのはかまいませんが、人間には寿命がありました。いつまでやるつもりだ・・・というか恥を曝すばかり。私も注意しておかなくては・・・。

しかし案外と坊さんだけはそれでヨシという風潮がありますので。

まぁ番組を見てのお楽しみ。

 

その仙洞御所は禁裏の南東側。

私の思うそのあたりといえば鴨川との間を御所寄りに走る、寺町通です。

以前もその寺町通の清浄華院について記しました。

そちらの境内には江戸期の宝篋印塔がある桜の木の前に立っていますが、こういう場合(隅飾りの開ききった)のこの手の石塔はちょっとしたお飾りの雰囲気がありますので「墓あるいは供養塔である・・の主張」をあまり感じないものです。

しかしこの石塔の由縁を記した掲示板を見て「へ~ぇ」でした。

また、そのスグ後ろに立つサクラの木を紹介するそれを見て再び「へ~ぇ」。

 

天璋院篤姫の曾祖母の智満方(春光院)の宝篋印塔と蜂須賀桜だそうです。ただし石塔には文字は見えず・・・そう古いものではナイのですがね。

 

春光院は公家、堤家の出で島津重豪の側室となった人。

 

ちなみに島津重豪の娘が当家波さんの大ボス広大院でした。

また蜂須賀桜は寺と蜂須賀家との縁から植えられたもの。

 

なにせこの御所のお隣、寺町には天皇家縁の人々の墓がある寺が多く、そちらに出入りするということがスティタスだった時代です。お寺としても大名家のスポンサーは有難いことです。

 

 

 

 

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2021年

9月

13日

塞之神城は武田の手の構築だった可能性アリ

昨晩はNHK「巨大地震2021」なる番組を視聴しました。

地震も科学的見地からの研究が進みAI知能を利用するなどしてその発生を予測できるかも知れない・・・というもの。

次に起こる致命的大地震といえば南海トラフなるプレートが動く事とまず決まっていますがー50mも滑るといいますーその発生予測が3年~4年以内の予測ならまだしも、3秒~4秒のような予知となっても、殆ど意味が無いような・・・

その与えられた時間でなせることといえば、ちょとした覚悟と身構え程度のこと。

 

どういうカタチでそれが知らされるのかわかりませんが、私など何事においても「聞き漏らし」の様ですのでそのよな数秒後に起こる地震の予報の意味を感じませんね。

それでいて3年後、4年後といわれるのも・・・毎日毎日ビクピクして生活しなくてはなりませ。精神的にどこかおかしくなりそう。

 

それでいて人によってはより安心を得られる場所へと退去してしまうなど事例も発生するでしょうね。

何も「巨大地震が来るよ」と言われる場所に長居する理由もなし、まともな人は一刻も早く安全地帯に逃げ込むことでしょう。

 

ロングスパンでパニックが進んでいくということですね。

ただし3年のような時間を戴けられるのならば、色々と手筈は整えることができるかもしれません。

ただし私など、本堂をどうやって倒壊から守るか・・・など殆ど現実的な対策など立てられる筈もなく・・・

 

また、地震発生時にスマホに津波発生の有無と現在地への到達時間、浸水域など知らせるようなシステムを開発しているそうですが、是非私もその手のモノができたならば取り入れておきたいアイテムだと思ったところ。

 

新コロ蔓延で地震・火山・原発のリスクをついつい棚の上に置きっ放しにしていましたから。

それらから得る苦痛を頭の中に思い描くだけで大きな憂いとなってしまいます。

やはり私はシャクトリムシや蚕と同様なのでした。

 

さて、作手の古宮城の西を走る街道は西側の作手の低地の原を囲む山系となりますが(といってもそうは高いものではありません)以前記した亀山城の向かいの石橋城と同じ山塊になります。

そちらが塞之神城(場所はこちら)。

この城は謎の城といわれてはいるものの、古宮城との近さから武田構築の城というのが定説になっているようです。

 

小字名を見ていくとその麓に「才之神」なるものがありますが、その周囲に「本城」とありますので、古宮城を平時の城として兵站活動をし、戦時用、あるいは古宮城との連携を期待し塞之神城を「本城」と名のったのではないでしょうか。

そこは見栄えの差でしょう。暫定的補足的な意味合いが強いものかと・・・

 

高低隣り合わせの城塞では高い方にある城が威圧感あって主力を思わせます。

三河と信州方向を結ぶ街道を挟んで東西の城塞に武田菱がたなびいていれば相当の脅威にもなります。

勿論その近く亀山城の奥平と徳川への強いアピールに他なりません。

 

比高も80m(城郭体系の「その他」にて記載)と堅牢とはいえない尾根上を進みますが、少々進めば平たんに開削して、周囲を土塁で廻らした曲輪が迎えてくれます。

内容は掲示板の通り。「よくわからない」というところから城郭体系の本編で取り扱っていない理由なのでしょうが、要は文献に登場してこないということなのでしょうね。

 

「塞之神」の名から連想するに信仰対象がもともとあったのか城塞砦の如き施設が先なのかわかりませんが、作手の民との関りが古くからあった身近な山だったことが窺われます。

 

①画像は塞之神城への登攀路の手前辺りから古宮城方向を見たところ。スグに②となって④⑤不動明王の祠が。

各所標識が立てられていて迷うことはありません。

 

 

 

 

 

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2021年

9月

12日

深志-深瀬-鵞湖はフケ田 松本城水野忠直奉献灯籠 

若者が多いようですが未だにウレタンマスクを着けて街を闊歩する様子をテレビ画面で拝見します。

この時節「バカなの?」などとトーキョーの友人「女墓場」風に嘲りたくなりますが、慌てて息子に「まさかウレタンマスク着けて息巻いているのではないだろうな・・・」などとメールで再度確認。するとさすがにそれはなく不織布マスクを確りと着けて日々過ごしているとのこと。

ウレタン系のそれは見栄え100%のみ、マスクとしての効果はゼロといいますからね。その言葉に一応は安堵させられました。

 

トーキョーの叔父は外に出る時はその不織布をダブルにし、必ず決めていることといえば「飲食店に入らないこと」と。

奥さんも外に行く頻度も少なくなって家で黒にんにく作りに励むようになったのでしょう。

 

またテレビは9.11関連の番組が連なっていました。

午前の法事が終わって私どもは『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を鑑賞。

いろいろと思うところがある映画でした。

「何もしないでいるより失望した方がマシ」のような言葉だったと思いますが主人公の少年の超越した探求心に恐れ多さと何やら懐かしいような心持ちとなって、そのインパクトのあるタイトルの意味を終始考えつつ、人とはたくさんの人たちとの関りを得て成長があり彼のその探求のきっかけとなった「キー」と結末には(悲しすぎますが)どこかほっこりした感じも漂わせていました。

あの事件で家族を壊された家庭そして子供たちがどれほどいたことでしょうか。それにしても20年(2001年)とは早い。

 

またNHKスペシャル「9.11 閉ざされた真相〜遺族と国家の20年〜」を視聴。番組紹介を転記すれば「経済と安全保障で深く結びつく両国の特殊な関係。国益を優先し、遺族に背を向けてきたアメリカの姿を伝える。」の通り、あの重大事件とサウジアラビアとの暗い関わりの部分がますますと浮かび上がって、国家優先の被害者置き去りの雰囲気が漂っていました。

不可解な点が山ほどあるサウジアラビアというお金持ちの国とのかかわり、嫌な感じプンプン匂っています。

 

また、どちらでもそうですが我が国など新コロ初期対応の稚拙による国民大量死とワクチン副反応による死者増加の点なども「国家優先」の計らいが見えています。

「ある程度の死者は許容されるべき」・・・いつでもそんなものですね。

特筆すべき点はいつもおエライさんは「自分が死ぬこと」を頭に入れていないところ。

 

それからNHK「事件の涙」。

9.11事件で亡くなった日本人(24人と)の家族にスポットが当てられていました。おそらく番組冒頭と中盤のお内仏前でのご称名の姿はお西のものだったかと。

「早く帰ってこい」とお内仏前の空の骨壺に語り掛けていた姿が痛々しく印象的。

 

さて、昨日のブラタモリは松本城でした(ちらも)

昨日まで記していた三河の武田構築の古宮城とその付近の件ですが平城ということで要害性は周辺の「深田」のみで二つの大河(矢作川・豊川)の分水点があるなど「水」の恩恵の計り知れなさを思う城でした。

食べ物が枯渇しても水さえあれば数日間は持ちこたえることができるといいますからね。

何しろ水の存在は防御性はもとより生存維持のためにも不可欠でした。

 

その番組ではその水の存在こそが山城との優位性であるとさらっと触れていましたね。

大河ドラマ「風林火山」ではこの「松本」の語は出てきません。ただし昨晩の番組でも言っていた通り「信玄が30年余」関わった城でもありました。

元の名は深志城または深瀬城そして鵞湖城。大河ドラマでは「ふかし」と呼んでいたかと。上田城のフケも参照。

その字面はまさに「深田」であり湖沼。

殆ど信玄が好む平城の要素を感じ取れます。

 

その辺りの城郭体系での記述は

「松本城があるあたりは松本平でも最も低平な場所。女鳥羽川・薄川・牛伏川・田川と奈良井川が城の近くで合流し、湧水にも恵まれている。城の北西4kmの地点で奈良井川が飛騨山脈から発する梓川と合流して犀川となり、大河の趣を呈している。」とありました。

 

もとからこの城の南には小笠原長時時代の城塞、林城がありましたが天文十九年に信玄が入った際、他の支城群と林城には着眼せず、この地「深志」に信玄の城として改築を行ってからがその城の始まりとなります。

そこをベースとして東から北信濃の切り取り攻略に励み、または対上杉戦を持続するための有力な城となったのでした。

 

城代として馬場信春の名まである武田としては最重要城塞でしたが空しくも長篠戦以降の武田の凋落ぶりの流れから城は放棄、そのあとは目まぐるしくその城の取り合いが続いて管理者が入れ替わる時期を迎えます。

 

安定期と城郭の改装拡充時代の城主を石川数正二代(息子康長)とするのが今の城郭形成のスタートで徳川時代になってからも目まぐるしく城主は変わります。

 

石川-小笠原秀政・忠真-戸田康長・康直-松平直政-堀田正盛-水野忠晴・忠職・忠直・忠周・忠幹・忠恒-再び上記戸田氏~ 

戸田光慈から九代で明治維新という流れになります。

すべて徳川と関りのある家でそこからも信州の要所を思わせます。

 

画像石灯籠は松本城本丸庭園に立っていますが元は上野の寛永寺から。寛永寺が競売にかけて手放したそうです。

それを松本出身の人が買い取って松本城へ寄贈したという流れ。

 

「延宝九年五月八日」(1681)「信州松本城主従五位下水野忠

」とあります。

松本藩主水野忠直が、「厳有院殿」-四代将軍家綱-の供養に寛永寺に奉納したものですね。

灯籠の装飾、猪目にもご注目。

 

 

 

 

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2021年

9月

11日

おほのの原のみだれ橋 巴川は矢作川と豊川に分かれ 

昨日は夏が舞い戻って絶妙の外仕事日和。

境内落ち葉と草ぼうぼう。

そろそろ「誰か来ないかなぁ」などと奥方と話していたほどです。

長雨で旧墓地周辺の木々が生い茂り、雑草も落ち葉の堆積も酷いものですから日当を支払ってでも・・・の承諾を奥方に得たのでした。

以前なら、誰かしらフラっとやってきて「何か仕事を・・・」などという人が現れたものですが最近はまったくといっていいほど見えません。

 

晴れればやる事が多くて、そちらまで手が回らないというのがまぁそのやらない理由、言い訳となりますが、とにかく今あそこいらをうろつけば蚊の餌食になります。

イライラに拍車がかかりますからできれば人にやっていただきたい・・・それ本音。勿論蚊取線香は提供しますがね・・・。

仕事を選ぶのはイケませんね。

 

私が昨日、顔がひりひりするほど日焼けしながら仕事をしたのは①に塗装②に収穫した銀杏の皮むき③が庫裏の雨漏り原因と思しき箇所の補修です(「福田」のところで記していました)。

私の決めた優先順位ですが、③については奥方に梯子の保持を依頼。一つ目の梯子でひさしに上がって二つめの梯子で上棟の端の瓦を1枚固定しながら隙間を塞ぐ作業をするためですが、その瓦が浮き上がっているところから雨漏りが発生していると予想しました。

小屋裏に入る気にはなれませんので外見から判断するしかありませんが、前回補修した(つもり)の箇所が違ったということで、今度はこちら・・・と考えたのでした。

 

私は奥方に2つ目の梯子を「ちょっと押さえといて・・・」と奥方を引っ張り出してきたのでしたが、現場に来るや「冗談じゃない 真っ平御免だ」と即却下されてしまいました。

「何かあったら救急車は呼んでやる」でした。

どうか雨漏りが解消されますように・・・

 

夜はNHKの「静スぺ」なる地元番組を視聴しました。

富士山について次の噴火の怖ろしさを報せる番組でした。

今年の3月に改訂された「富士山ハザードマップ」がありますがまぁそれを見回して一部神奈川県の火山灰の被害を除けば殆どの致命的被災地は静岡県ですからね。

今回の改訂では北東方向と南西方向への災害拡大が広がったようです。

 

しかし私と奥方はそれを見て・・・

奥方「この辺りは大丈夫だよね」 私「楽勝でしょ」・・・

須走はじめとして富士宮・御殿場に住まう皆さんには申し訳ありませんが、「富士山の近くでなくて良かった・・・」がやはり本音ですね。

海岸線に住まう我らが良く言うよ・・・ですが。

富士山は近くで見るとその雄姿に圧倒されますが、やはりここいらあたりから望む富士が丁度いいかと。

富士登山などとんでもない話、それは都会並みに混雑する場でもありました。

その番組はいつ噴火しても不思議ではないということと、富士山の噴火は山頂火口とは限らないということ。

宝永山の如くですね。

となると富士山周囲どちらであっても噴火口に・・・。

 

さて、昨日記した古宮城の近くには興味深い標識が建っていました。

豊川と矢作川の分水点と(場所はこちら)。

内容は掲示板の通りですが、こちらが湿地帯(大野原)であったことがわかります。

武田信玄が古宮城構築に力を入れた理由はその湿地帯に囲まれていることに他なりません。

城の要害性とは山谷深い山城に限らないところありますね。

近場で言えば小山城、田中城などがそれですが攻め手はむしろそういった平城に難儀するものです。

「深田に人馬の足を取られる」など言う件良く聞きます。

 

 

 

 

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