付録に「嶋記録」 「近江浅井氏」小和田哲男先生 

まずまずの天気で暖かめ。

比木地区の元庄屋のお宅にお邪魔しました。

何度かそちらで色々な品を拝見させていただいています。

歴史のある家からはとにかく興味深い品が出てくるものです。

それらに出逢うことの楽しみ、いよいよ深みにハマっている自分がいます。

 

日没後、庫裏の蒸し暑さを感じて気温計を見ると27℃にまでなっていました。

昨日ブログでは「そろそろ害虫が・・・」とその準備が遅れていることを記していましたが、またしてもその用意について失念していました。

というよりも疲労度が激しく帰宅後は「さぁ」という具合に動く気になれませんでしたね。

 

扨、前回の大河ドラマの演出に相当の違和感があり一瞬固まってしまったくらいでした。それは、お市をあまりにも悲しくも、凛々しく生きる戦国の女として描きたかったようですが、「ちょっとね~」の感。

それ以前も「金ヶ崎の退き口」にて記しましたが、ドラマではまだその件、さも史実の如く「やってるの?」との思いが。

それが例の小豆の小話。お市が兄に「袋のネズミ」を連想させい「逃げて~」を伝えるものです。

そもそも秀吉の演出も奇異このうえなく、ため息をつきながら・・・でしたが先日は腹を切った長政を介錯するなどの新解釈。

「んな、ワケねえだろう」ですが人のイイ視聴者は「そうだったのか~」とそれを史実として合点してしまうでしょうね。

 

ドラマですから「何やってもイイ」との理はわからないではありませんが、ちっとばかしその辺りに親しんでいる私どもからは

「戦国ダイジェスト漫画」を供されているような気も。

本願寺顕如との11年を視聴してから考えることにしましょう。

 

扨それらとはまったく関係がないことですが、私は好みの地、近江行脚から、かつて「これは」という書籍を入手し、適宜ぺらぺらっと捲っています。

それが小和田先生が昭和48年に出したズバリ「近江浅井氏」です。

守護名門の京極、六角の両佐々木家の内訌、決して一枚岩となり切れない土壌の中からそれを利しつつ成長して戦国大名化するも結局はその土豪たちの日和見(我執-昨日)を慣例とするが如くの「土壌」は往々に戦国の領国経営を破綻させてしまうというところ。

その書の「家臣団構成」の「国人と土豪」~の記述は特に興味深いものがあります。

そして巻末、あの近江今井頻出の「嶋記録」全文は価値あるコレクションになっています。あの「江州佐々木南北諸士帳」も。

 

何もその土豪たちの日和見我執からくる「家」の存続の欲求、下剋上が近江に限定されることではありませんが、比較的国人領主と土豪たちの関係が当初の紛争数多の時間が醸成し固く安定化し保ったのが三河だったのでしょうね。

まぁ私なりの感覚で言えば領主と土豪、家臣団との信頼関係、WinWinで相互に補完しあいながら成長していこうというものだったのかも。

そういう意味では本願寺という特異な形態で反権力、自由を標榜した当真宗一流が今も継続できているのはその理由なのかも知れません。

「決して裏切らない」信頼関係です。

 

④図は小谷城(または または または または または または)の図。城郭大系からです。

そして浅井三代