虎御前山からの北国脇往還と小谷城

先日、ETC早朝割引を使用するために朝3時に相良を出て近江を目指しました。スケジュールと天気予報を見ながら急に出向くといった作戦をとります。

 目標は前回小谷城の強烈な歩行距離に疲労困憊して断念した虎御前山(八相山標高224m)です(場所はここ)。

 

 私が北近江、浅井長政の居城の向かいにある、虎御前山に「布陣」したのが6時30分。案外早く着くものです。

 虎御前山には現在撤去工事中のキャンプ施設がありますがその辺りまでは車で行くことができます。

 

 ただし私がそちらに上がった時はまだ工事が始まる時間前ですので、場合によっては工事車両との干渉があるかもしれません。

その工事現場の辺りが丹羽長秀の陣址でしょうか。

 早朝の山の美味い空気と鳥の囀りに気分高揚。

「奥の墓道」氏に画像転付して朝っぱらメールするなどしながらゆったりと時間を過ごしました。

 

 最も小谷城に近い北側最先端から見れば小谷城は現在の北陸自動車道や北国脇往還越しに目と鼻の先です。

信長はこの山全体に自らと配下の武将持ちの曲輪を元々古くからある古墳群の上に設けて広大な城塞を構築しました。

 元亀元年から天正元年の4年間にわたり小谷城が落城するまでこの山に陣取って、信長軍は余裕の宴の姿を露骨に浅井軍に見せつけていたようです。

 

 早朝の虎御前から伊吹山方面(その向こうは関ヶ原)を望みましたが、やはりもやっています。

「あの日」の関ヶ原も明け方は霧が凄かったと言いますが、私が見る伊吹方面も琵琶湖周辺もクリアな視界が開けていた記憶がありません。

琵琶湖からの湿気等、何らかの関係があるように感じます。