先日、大正生まれ、百歳の方が亡くなりました。
お名前が「ふみ」さん。
欲深い私ですから、もっともっと長生きしていただければ・・・などと思いもしますが、ご当人からすれば「もう十分」と吐き捨てられるかも知れません。
私の母も晩年そのフレーズを連発していました。
俳句を愛した方でその俳号が「芙美」だったそう。
そこで、法名について縁者のリクエストを聞けばズバリその俳号を・・・とのことでした。
私はそれを即了承しました。美しい法名です。
それは芙蓉の「芙」ですね。
私が長年お付き合いいただいているハイビスカスたちはアオイ科フヨウ属。芙蓉のお仲間です。
この時期にして旺盛に開花してくれていますが、昨夏あたりに墓参のふみさんの目に入っていたか・・・それをふと思ったのでした。
百歳超えの女性といえば、私の身近なところでいえば、当家三代祐傳の母、勒さん釋尼妙意ですね。「勒」の名も素敵です。
そして三方ヶ原で亡くなった成瀬藤蔵正義の妻ですね。
当家で百歳超えの奇特な人といえばこの勒さんだけです。
その齢については甚だ疑問が残るところですが私はその勒さんに関する記述「釋尼妙意記」を眺めるにあたって、やはり毎度毎度、頭の中が「なにもかにもがくしゃくしゃ」(ブログ)になって結局は「まぁ、いいか・・・」で思考を停止してしまいます。
思考停止の第一がそのブログで記した通り、勒さんの過去帳に記された年齢ですね。
まんざらすべてが「作り話」とは言えない釋尼妙意記の内容ですが、その件が腑に落ちないことによって他の件も首を傾げてしまいたくなります。
年代の誤記もありますし、表現の仕方も・・・。私がただのアホなのか・・・
結局は450年も昔のこと、ひとえに「よくわからない」ですね。
さて、私の石垣遊びについてテキトーに記していますが、ブログでは昨日は観音寺城の石積みへの思いを少々。
野面積みの美しさでいえば松坂城も特筆でしたが・・・。
石積みを見ているだけで色々な思いが沸き起こってくるのはその真似事のチャレンジがあるからですね。
それも痛い思いをしながら・・・奥方は初回に手伝ったそれ(ゴロン・・・下敷き)で指の腫れがまだ引かず、日々私を罵っています。
最近ブログにて記していた岡崎城の堀の石垣もなかなか見事ですから角度を変えた画像を。
近くに何故か芭蕉の句碑がありました。
「木のもとに 汁も膾も 左久良哉」
桜の花見の情景、満開が過ぎた頃の花見の宴。
散る桜で椀の中は「なにもかも」(「くしゃくしゃ」の一緒くた) 椀の中は「汁+膾+桜」で・・・
私の方は石のカタチを目で見て・・・、その石の重たさに耐えきれず落下させて・・・
昨日は危うく関節も足も「くしゃくしゃ」にするところでした。
最後の画像が2020年に行った又兵衛桜とその周辺。
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