昨日の東京は26人。神奈川が6人。
東京は3日連続の20人台ということですが、20~30代が主。
感染の発覚が何らかの症状が出ての通院、医者の判断でPCR検査という流れとなるのは必定。
となると発症しないタイプの感染者は野放しということになりますので、これからもこの数字は減っていかないのかも知れません。
最近よく聞くその疑いのある場所というのが歌舞伎町のホストクラブにガールズバーといいます。
夜のお仕事と夜遊び(感染の40%)ということで、私の如く田舎のオッサンには縁のない環境ですが、感染地がわかっているなら「もう少しなんとかならねぇか・・・」というのが正直なところ。
若いころといえば無鉄砲というのがつきもので、半ばジジイの私としては許容すべき点ありますが、感染源となって社会にウィルスをバラ撒くってどうよ・・・です。
経済経済・・・と口癖のように言いますが、一旦みんなでゼロにしてみようという気概はないのでしょうかね。
東京の無鉄砲にド田舎の鉄面皮は甚だ迷惑。
怖くて東京に行けやしません。
その手の社交場で何かの楽しみを得ることがどうにもできない不器用な男の一番の疑問です。
さて本日も巨木。それも2本。
十王仏の掲示板に七曲り道ハイキングコースの標識がありました。
その入り口は「福住矢田原線」(県道186号)の昨日の阿弥陀堂と泥かけ地蔵 ( 阿弥陀+地蔵双仏 石龕仏)の中間あたりの左側、標識が立っています(場所はこちら)。
その細い道を少々行けば画像①に当たります。
この石仏たちに目を取られますが、その右側の石標のとおり、寺の参道ですね。橋が結界ということで。
その奥に大きな杉の大木が2本、近接して立っている様子が見えます。
外から見て右側が樹高48m、7.0m、左側が43m、5.0mとのこと。
樹齢は800年でその名が「婆羅門杉」。
偉大な名前です。
単純計算で鎌倉初期に植えられたということなのでしょうが、門前の細い道左右に植えたのは、まさかこれほどの大樹に育つとは思ってもなかったのでしょうね。
遠目からは1本に見えるほどその2本の間隔は距離がありません。よくもまぁ互いに干渉せずにここまで大きくなったものです。
石段もその根の生育によってうねうねと波打っていました。
「婆羅門」の名称はこの寺の本尊の十一面観音が「聖武天皇と婆羅門僧(菩提僊那-ぼだいせんな)の合作という伝承があるからですが時代的には700年中期のことでしょうから寺が繁栄していたころから500年も経ってからこま杉たちは植えられたということになります。
婆羅門といえばインド、この僧はインドから唐を経て渡来した僧ですから、仏教の伝承の流れにより近いものがあります。
尚③の石標左に下之坊、石標には梵字十一面観音と普光山とあります。
「普光」と言うと「もの知らず」な私は「あまねくひかりを照らす」は阿弥陀仏であると勝手に決めつけてお参りへと進みました。
この「七曲り」の峠道はかつての街道として人々の往来はあったよう。この杉たちも多くの人々の生きざまを見続けてきたまでしょうね。自然のパワーを感じます。
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