堂内は今年一番の蒸し暑さ。
昨日の法縁ぱ施主家の都合で15時開式になりました。
御家みなさんは盂蘭盆会法要のお参りができないとのことですので、当日に流す映像(10分程度)をテストを兼ねて堂内で放映しました。
内容は昨日記した「回文」の「口は災いの元・・・舌禍」から「地獄の物語」。盂蘭盆といえば「地獄」。
口は恐ろしいもの。病を得るのも口からであって、他人を傷つけるのも口。特に後者の害毒は強烈で最悪。
何気ない一言が人を傷つけ、各ハラスメント、そして詐欺まで。
前者は自身独りが被るだけですが、舌禍は他者を貶めその心や財産を害します。
また、そのテーマは最近の若者の動向を傍観して思ったこと。
我が身の安楽安寧のみを求めて他者の命を踏みにじる事件多発の社会にいて。
考えてみると今の子供たちは「地獄」を知らないかと。
それは学校は勿論、親たちもそれを教えないからですね。
恐怖をも感じさせるネガティブ過ぎの物語は脅しであり「知ること」非ず、といったところなのでしょうがその中身は面白く構成され道徳感を醸成するにはもってこいのアイテムだと思うのですがね。罪と罰の感覚も。
仏教の教えの一つに自身以外、他者救済の功徳を掲げていますのでその殺生を含んだ反対行為はまず地獄行き。
それが犁舌獄、抜舌地獄ですね。
嘘・欺き・欲望・・・罪の根源となるのが「舌」という考え方は当然といっては当然の事でしょう。
まぁ真宗にはその地獄という概念がありませんが(即浄土 敢えて記せば「地獄は一定すみかぞかし 歎異抄」)・・・
よって地獄ではそれを徹底的に責めあげられるワケです。
また表現が違いますが「二心」とか「二枚舌」なる語をもってその悪辣な心を指摘されます。
まぁ閻魔大王は審判官(十王経 十王-こちら こちら こちら こちら こちら)であって彼が罪人の「舌」をどうこうするわけではありませんがね。
そういえば「閻魔さんに舌を抜かれる」なんて言う子供がいなくなりました。
地獄に堕ちてからの罪状は娑婆の刑法に似ています。
強盗に殺人がつけば罪は跳ね上がりますが先日来の若者たちの惨たらしい殺人+強盗の罪。懲役30年なる長期刑がありましたね。
判例上複数の殺人で死刑になることはよく聞くところですがあの事件の首謀者は無期刑にはなりませんでした。
被害者縁者からすれば腹の虫がおさまらなかったでしょうが。
疑問点としては元の総理殿を一発の手製銃で仕留めたあの人が「強盗」の罪もないのに無期刑(一審)になったこと。フェアなる司法の場で如何にも奇怪なことです。
むしろ彼の人は我が身を捨てて、死した者のためだったり他の不幸な人たちを救ったようにも見えるのですがね。
結果としてもそうなりました。
裁判官が被害者によって微妙に罪状を変えている姿のようにも感じますね。それももしかして地獄行きの悪しき業?
まぁ執着というものから離れられない煩悩世界に生きている私たちはどちらにしろ地獄行きですがね。
ただ口に南無阿弥陀仏の名号を唱えるだけ。
画像①は昨日の来迎院後堂、開祖親鸞さんが指定した七人の高僧のうち第六祖、源信(恵心僧都)さんです。地獄の物語(往生要集)を知らせてくださった方ですね。
ちなみに昨日の画像⑤の拙寺無碍館のご本尊の軸作者が源信僧都と伝わります。
まぁ拙寺の勝手な伝承ですがね。
②は聖応大師 良忍上人。


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