駿河に戻った首 富春院 旧天澤寺今川義元公墓所旧蹟

暖かさは申し分なくも、お日さまは終始隠れ気味。

私が特に冬場、太陽の存在を気にするのは、少々の熱帯系植物たちを室内で育てているからです。

 

庫裏2階には小さな鉢が4つありますが、朝と昼に太陽を追いかけるように鉢を置く窓を変えています。

「日照が不足している」を感じれば植物用の投光器のスイッチをオン。暖房シートも。

私なりの愛情を彼らへ注いではいますが、思うように育ってくれません。寒期への耐性がないことから、細菌等の感染もあってガッカリも多し。

特に一昨年発芽したマンゴーの健康状態が悪し。

この間散布した殺菌剤が悪かったか・・・あと少しで「夏」を迎えられるのに。何とか生かしたい。

 

静岡の秋野氏が静岡県議会を傍聴したと。

教育長の発現にあったといいますが以前持ち上がり、てっきり消滅したものと思い込んでいたあの件、まだ検討課題になっているとのこと。

それが相良高校と榛原高校の合併案。

昨日の幼稚園先生の給与減額の件もそうでした。子供が少ないから、教職員が少ないから・・・という理由はわからないでもありませんが、功利主義も甚だしい。

 

歴史の古い榛原高校が統合後の学校として残ることはあきらかですが、「相良藩の、相良城の・・・」の如くもっと古い歴史「相良」の名称がまた一つ消滅するというのは何とも残念。

横須賀高校と池新田高校の合併の話もありましたが、その話は最近無くなったようで聞こえなくなりましたが、ここ相良だけ酷いイジメにあっているような気がします。

人口減少なんてロクなことがない。

 

あらためて国の無策を呪ってやりたい。「エロイムエッサイム 我は求め訴えたり」(グリモワール)・・・もうハチャメチャどうにでもなれ・・・冗談半分。

 

扨、桶狭間で首と胴体がわかれてしまった今川義元

義元の胴塚のある大聖寺のブログにてその経緯についてサラッとふれていましたが、首だけが駿府に戻っていました。

その埋葬先が天澤寺。

何故かその寺は足利系(またはこちら)だったからか明治以降廃寺になっています。

その首塚のあったあたりには現在富春院というやはり臨済のお寺がありますが、やはり少々古めを感じる五輪塔覆堂が。

場所は浅間神社と臨済寺の中間。背後の崖は賤機山の縁。

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    お祭り大好き (土曜日, 28 2月 2026 00:13)

    冨春院の今川義元供養塔は今週2/23月におまいりしてきました。 静岡市歴史博物館の「徳川家達と静岡のつながりを探る旅」では、門前の中村正直の石碑のみで境内には立ち入りませんでしたが、単独で墓地を訪れました。 父親の今川氏親については、同博物館で4/25土~6/7日に企画展を開催予定です。 静岡市内某所で運良く企画展パンフレットを入手し、博物館に追加を打診したところ誤植があり改刷中の回答で珍パンフレットになりそうです。 なお、今川氏親は1526/6/23の没後満500年となり、2026/6/21日の13時より菩提寺の増善寺にて命日法要が斎行されます。 一昨年までは6/23に命日法要を営んでいましたが、明治期に直系末裔が途絶えたこともあり昨年より参拝者の利便性を考慮して日曜日に改定しています。 昨年は500回忌の法要としていないため、今年が節目の法要となります。 (今川氏親の命日法要には一番多く参拝しています) 現住職はブラジルにて布教時に「今井崇記さんにお世話になった」とおっしゃっていました。

  • #2

    今井一光 (土曜日, 28 2月 2026 21:10)

    ありがとうございます。
    いろいろ楽しみな企画があるのですね。
    初めての博物館訪問もそろそろ考えています。