烏丸下立売交差点 信長二条城武衛と御所の境界

昨日も朝から風と低温。

夕刻に、ある方から「寒い日だったね~」と声を。

私の応え・・・「頭にくるほど寒かった~」

一寸でも外に出れば指先、足先が冷たさで硬直し不快を存分に味わいました。特に本堂内は・・・

血流が歳のせいで悪化したのか、というより完全に寒気のせいだと思います。

ただ以前ならばそんなコンディションも平チャラでいられましたが今は忍耐こそ肝要と。これは心身にとって大いなるストレスになっているということですね。

この季節、いろいろ体に良くない・・・。

 

扨、これからお天気情報の中で各地のサクラ開花日を予想する場面が出てくる頃です。

あと10日もすればあちこちでそんな声が聞こえてくるかと思いますが、やはりサクラといえば日頃自身が住まう地のものではなく、何気なく通りすがりに咲くそれに感動を覚えたりしますね。

因みに私ども境内のソメイヨシノやシダレにはまったく開花の雰囲気はありませんが。

 

烏丸下立売交差点から。

この突き当りに息子の学校やらその北に息子が1年目に入った寮がありました。

画像はあの2016年の熊本地震の2週間前にそちらを通過した際の図ですから新しいものではありません。

 

「〇〇交差点」など記すと私の頭の中はイカれているのか「110番街交差点(Bobby Womack)」のイカした曲を連想します。昨日触れた「Like a Rolling Stone」と同様、テーマは

「路上」でしょうか。

道の傍らには色々な人生が交錯し、流れにまかせて、仕方なく生きるための必死というものがあることを示唆しているようです。そして石ころの如く道に転がる・・・のですね。

 

日々困窮してその日暮らしとなる者も、カネ次第の刹那の楽を望む者も、もっともっと、さらにさらにの欲望見え見えをちらつかせ演台に上る者も・・・時にガードレール脇に倒れて石ころの如く転がる・・・いや既に石ころなのかも知れません。

世界では飛んでくるミサイルの下にいて何時石礫、瓦礫になるかわからない運命を待つ子供たちがいました。

 

私の死する場所がどちらであるかなど知る由がありませんが

せめて寺で死にたいというのが大いなる望みです。

ガードレール脇の道端と病院のベッドに寝たままというのは想像し難いところ、それ以外だとしたら・・・山城で滑落・・・それを言ったらいつものように「誰が引き取りに行くんだ」と怒られます。まぁ、勝手にしやがれ・・・まかせます。

 

その交差点の先(京都駅を背にして)右側が蛤御門。

要はここいらから通の向こう側は御所ということです。

サクラの満開画像はその年の3月31日。

①④青天門です(場所はこちら)。

 

そちら烏丸下立売交差点を左折してスグ右手に長屋門。

それを見やりながら進めば次の交差点左角に立つのが信長の二条城の石碑でした。

そちらは平安女学院の区画になります。

烏丸通に戻り交差点前の左側には教会が。学院はこの教会に併設されたということですね。

そのスグ脇に菅原院天満宮でその対比が圧巻。

いろいろな信仰と歴史が交錯するのが烏丸通でした。

やはり画像にはガードレールなどを一緒におさめたくないですね。