「二葉」直ぐなる木は幼木時きうくつに 神君御文

「新手の詐欺」っぽい電話があったという件某所で聞きました。

独り住まいの年配の方が出るとイキナリ「かつてあの頃、色々お世話になりました。感謝しても感謝しきれません。ありがとうございました。」と始まるとのこと。

勿論どこの誰とも名乗りません。

 

一方的に感謝と御礼の言葉の羅列(貴方様がいなかったら今の私は有り得ない風の言葉・・・)を提示したあと「数日後に改めてご挨拶に伺いたい」旨伝え、「ご住所の確認」となるわけです。

電話をブチ切ってしまえばそれでお仕舞なのですが、ついつい丁寧すぎるほどの感謝の言葉に騙されて聞き入ってしまうとのこと。

尚、住所氏名などを伝えたとしたら、まず「面倒なこと」に巻き込まれることは必定。

 

まずは人の言を「聞き入る」ことは大切なことですからね。

それを子供の頃から重ねて叩き込まれている人は特にそういった一見正当風トークともなれば警戒心が解かれてしまうのでしょうね。

要は犯罪者たちも手を変え品を変え、変化を遂げているわけで。

お気をつけください。聞くことは大切ですが、瞬時の正誤の判断力も必要です。

齢をかさねるとその判断力が落ちますので付け込まれやすくなるのですね。まず留守電待機が一番。

 

昨日地代の墓地は今年最高ともいえるお天気に恵まれました。

須々木区の展望良好の墓地ですから私がその墓地管理に関わっているとすれば、東屋風の建屋とベンチとテーブルが欲しい・・・などと提案したくなります。トイレはありませんが・・・

 

さすがに冬場の北西風が吹くころは一刻も早く退散したくなるような吹きっさらしの地ですが、昨日は霞がかかって富士山はお目見えできなかったものの、この時節ならではのお日和に、ウグイスほか鳥たちの声を聞きながら墓参りそしてお弁当のセットなどあれば何とも余裕のリッチな時間となります。

 

さて、昨日は「三河国二葉松(ふたばのまつ)」について記しましたが、その「二葉」という語を耳にして思い出すのは「神君御文」に登場する「二葉」です。

当流にも「御文」という蓮如さんが記した書物があまりにも有名ですが家康にも「是非に語っておかねばならない」件がありました。

 

やはり愛知県図書館より「東照宮御真筆写」としてあります(→こちら)。

そちらの紹介文をそのまま転機すれば

 

「駿河在城の徳川家康から二代将軍秀忠婦人のお江(崇源院)に宛てて出された書状で、二男国松の教育についての訓戒状である。家康自ら書いたかは不明とされる。

長子の竹千代(家光)と比べ利発な国松をかわいがる秀忠夫人に対し、二男としての立場をわきまえた教育を行うことなどを述べている。」です。

 

その「二葉」はその御文の中、幼少時教育について子供を立木に喩えたところに登場する語です。

私が嬉しいと思う件は「直ぐなる木にするため幼木時に<きうくつ>に育てよ」。

甘やかすと「ロクなことが無いよ」の忠告ですが、長男「岡崎三郎信康」の育て方の失敗・反省含めての語りアリ、説得力があります。

私はその「きうくつ」に育てる件表現も面白く「悪くない」と思います。

今、ひらめきましたが、来年から新生児誕生の祝いの際、わかりやすく簡略の「神君御文」を添付しようかと思った次第です。

 

「幼少之者、利候とて、

 立木のまゝに育候得 成人之節、気隋我儘(わがまま)ものに成、

 多く親の申言さへ聞かぬ様に成候へは、 

 召仕候者も申事、猶以之事  

 左候得は、後に國郡を治め候事は扨置(さておき)、

 身も立申さぬ様になり申候

 

 

 一体幼少の節は、何事も直成(すなおなる)ものに候まゝ、

 いか様にきうくつに育候ても、最初より仕附次

 外より存する程大義共なく候、

 

 是を植木にたとへ候へは、初(はじめ)二葉かい割候節、人之産

 立候(人の生まれたちと)同じ事故(ことゆえ)、随分養育いたし

 一二年も立、枝葉多く成候節、添木いたし直(まっすぐ)成候様  

 結立、そのうちに悪敷えたかきとり(悪しき枝はかきとり)

 年々右之通、手入いたし候得は、成木の後、直成る能木に(まっ

 すぐなよき木に)なり候

 

 人も其通り、四五歳より添木の人も附置候、悪敷えた(良くな 

 い枝葉)の我儘に育てぬ様にいたし候は、後直に能キ人と成 

 申候、幼少之時、育さへいたし候へは能と(ただ元気に育って

 くれさえすればヨシと)心得、我儘に致置、年比に成、急異見い

 たし候ても、我儘の悪敷枝斗り茂り、本心本木うせて、植なを

 り不申候(木の本来の心を失っているのでなおらない)

 

 是に、今以て存出し候事(存置候事)有之候」

 

最近は家庭教育もソフトになって「ビシっと厳しく」の親は減っている様。

大甘環境のもと、やりたい放題の子供が世に蔓延って歳ばかり喰ったら・・・それこそ無茶苦茶な世の中になるような。

家康は「少々の窮屈」-制限について推奨しているのであって子供を力で制圧しろとは言っていませんね。

また要点「言って聞かせ」、「聞く耳を持つ」よう育てるのがポイントと。

子育ての一つの考え方として面白く、できれば「次があれば」(息子の子・・・)採用させたいものです。

 

画像①②は岡崎市開催のシンポジウム「家康公と徳川四天王」のチラシ。とっくに満員御礼とのこと。

③④岡崎城の家康の銅像。⑤⑥は若き頃の馬上の家康。