當麻山無量光寺 墓石たちいろいろ

風もなく案外と過ごしやすい昼間を提供していただきました。

山梨と和歌山の震度5の揺れに挟まれている当地ですがそれはまったく感じず。

 

来週は妹家族が墓参りに来るというので、ここいら周辺の日持ちのする土産をと購入に走りました。

そうはなかなか見つかりませんがね。

そこで今度ヘマったことは帰宅後に判明しました。

その店で購入した袋入りのお菓子は私のためのものでしたが奥方がそれを取り出す際、「なんだ、こりゃあ・・・」。

取り出された菓子袋に目をやると、何故かほんの少しですが「開封済み」でした。中身が微妙に外に出てきて判ったそうです。

数量的に数が減っているワケでもなく一見して問題はなさそうですが・・・。「私が食べるからいいよ・・・」とは言ったもののやはり気分がいいものではありませんね。

 

ただ、かごの中に放り込むのではなくしっかり「目で見て確認しなさい」とのお達しがありました。

そもそもおしゃべりも覚束ないところへきて「見ない、聞かない」ではお話にならないと。

特に私の場合、「聞く」について「聞こる聞こえない」のレベルでは無くハナから「聞いていない」との評価。

真宗では「聞法」第一といわれる中・・・最低です。

 

先日は「三猿」について記しましたがその猿どもの信仰のベースは「庚申」のシャレとはいえ、現在の私たちのあるべきスタンスとしてもそれは最低のカタチ。

今更そうあるべきなどという人は余程の「卑劣漢」(あるいは卑劣婦)かもしれません。

 

その大切な「聞」を頭に入れてくれる器官といえば「耳」というのはどなたでも承知していること。ここ数日その「耳」について2つの違った事案に触れました。

一つはイヤホン装着の高校生が無灯火で歩道を走って歩行者を跳ねた事件。跳ねられた方は車道に転倒したところ後ろから来たトラックに轢かれて即死したというもの。

 

腹が立ちますね。

私はスマホにダウンロードした音楽を聴きながらの歩行、運転は「命とり」になることを息子に度々言い聞かせていますが、今の若者といえば音楽と言えばすべてそれ。

メーカー品でなければほんの千円札数枚でそれが購入できます。中国の深センでは約3000件のイヤホンメーカーがあるといいそのイヤホンは日々進化、世界中の需要に応えるべくその技術にしのぎを削っていますね。

めんどくさそうなコードが・・・などと思うのは昔の話。今はコードレスの時代です。それもスマホから。

音楽は勿論画像までダウンロードの時代。一昔の頭にあった「暇だからビデオ屋行ってくる」の発想はジジイだけ。

 

若い頃、電車の中でウォークマンを大音量でシャカシャカやっている輩を白い目で見ていた口ですから、そんなイヤホンを耳にしている若者たちにも「なんだろうな~」の呆れた感。

私が息子にそれを言って聞かすのは、「自ら外部情報を遮断して無防備に陥ること」を言いますね。

愚の骨頂であるとそれだけはやめるよう口を酸っぱくして言い続けて尚、通学用の自転車には保険をかけておきました。

 

その事件で他人の命を奪った加害高校生の今後に少々の気の毒は思いますが、業務上過失致死の罪と損害賠償については当然のこと、それでいて命を奪われた当人も縁者も「殺人」に近い被害者感情となるのでは。加害者の年齢は関係ありませんからね。

まぁ、未成年者の加害行為による損失はその親が弁済することになりましょう。

 

私も血気盛んな頃といえば家族で歩道を歩いている際に後ろから自転車で「どけどけ」とばかりに警告のベルを鳴らされただけで、一言言い返さなければならないという性分でしたが、歩道は歩道、歩行者最優先ですからね。

イヤホンで耳に栓をして自身のみ「心地よく」「安全な歩道」を走って歩行弱者へのケアは無し。

言ってみれば酷い話( The Ugry )ですよ。

 

そしてあと一つ。

先般NHKの番組で「ろうを生きる 難聴を生きる『いのちの格差~“逸失利益”をめぐって~』」を視聴しました。

これも酷い話でした。

「ろう」ですから生まれながら「耳が聞こえない」というハンデを背負って生活していた小学校の女の子の話でした。

 

番組案内から概略転記すると

「3年前に大阪市で発生した、聴覚障害のある小学生の交通死亡事故。損害賠償を求めた両親に対し、加害者側が当初提示した「逸失利益」(将来働いていたら得られたはずの利益)は、女性平均の40%という低い水準だった。

「娘の命の価値は他の子より劣るというのか。これでは2度殺されたようなものだ」と両親はショックを受けている。

障害者の逸失利益をどう捉えればいいのか、遺族や専門家の声をもとに考える。

 

被告側の減額した理由は「聴覚障害者は思考力・言語力・学力を獲得することが難しく、就職自体も難しい」とのことです。

要は被告側車両の対人保険屋さんの弁護士の主張でしょうが、その件も酷い話( The Ugry )。

 

保険屋の名前曝せ・・・とも思いますが。

人間は皆平等の権利があるはずで、障害の有無は関係ないはず。

両親には「カネが欲しいだけだろ・・・」などの心無い中傷の言葉も投げかけられたと。

民事訴訟の解決はお金での解決以外ありえませんから。

2度も3度も「殺される・・・」。

それが私たちの社会なのかも知れません。

 

さて、當麻山無量光寺。

昨日の土饅頭から墓域が広がります。

古刹だけに歴代住職の墓塔が目立ちます。

後補修復の跡の見られるものがありますが、美形のものも散見されます。

 

最後の画像が先日の前線通過の大荒れの関東の朝。

マンホールから水が噴き出ている様子を友人が殆どライブで送って来た図です。

単純に、人がそこを歩いていたら・・・を思いますが友人は「ちょくちょくあるよぉ~」でした。

それって行政の不手際ですよね。怪我人が出て初めてその重大性に気づくというパターン。

歩道の自転車と「耳栓」も何とかしなくてはね。

きっと「耳栓」メーカーはこう言うでしょう・・・使い方が悪い・・・ゲーム脳を提供するゲーム屋さんの言い分と同じ。