急がば廻れ 阿対石仏に会いに行く 

今年はあの面倒な改元という行事がありますね。

まぁ政府が勝手に決めて勝手にご披露ということになるのですが、基本は数人の中国文学者にブン投げて抽出させたものを適当に選ぶという段取りでしょうね。

 

大概はここ何回かの元号に使用された文字は使用されませんので慶應・明治・大正・昭和・平成に使用された文字がないことは確定的。

私にもその文字を適当に選ばせていただくとすれば・・・「永禄・元亀・天正」から一字をあてずっぽう選択。

これは奥の墓道氏との寿司勝負にもいたします。

 

先日、「平成」に改元が決定した際に中国文学者の目賀田氏という先生に依頼したものですが抽出された元号案が表に出てしまいましたね。

「靖和」「天昌」「修文」「普徳」「恭明」「敬治」「大成」「和平」など計約20案だそうです。

重複文字を避ける慣例からすると「靖和」「天昌」「修文」「普徳」が近いかも。「安」や「康」も世の平穏をこじつけるには絶妙の字ですからそろそろ使用されるかも知れません。

 

さて、奈良市内の殺人的混雑を一瞬でも体感すれば、「次はここは通りたくない」と思うのが人情というもの。

ということで京都や大津方向に戻るとなれば山中林道系のショートカットの選択となりますね。

短絡的という言葉がありますが、まさにそれは.「短絡」は.。

電気信号でいえば「ショート」というくらい。やはりリスクを伴うのでしょうね。

 

以前息子の運転で京都から奈良方面に向かった際、円成寺(または)帰りに「さあどうする」となりました。奈良市内に戻るというのがオーソドックスなコースではありますが、あの時は違いました。

以前息子とも行った笠置山(またはこちら こちら)を経てそちらからさらに甲賀山中を通って大津に向かおうという安直な考えを思い浮かんだのでした。

 

結論から言って何しろ奈良-京都のショートカットなどあまり考えない方がイイかも(フツーの方は)。

その理由は道があるかどうかは「行ってみなくてはわからない」から。突如として通行止めのゲートが現れるということです。

 

あの時は柳生から笠置に出るまで2ヵ所が通行止め。

プランCによってなんとか笠置まで出ることができました。

それもほとんど偶然の幸運だけ。

息子の運転ですから私は助手席で好きな事を言っているダケでしたがさすがに一人では飽きるくらいの山中孤独ですね。

 

画像は柳生街道の阿弥陀さんの石仏(阿対~あたや~の石仏)。

途中そちらに寄り道する予定ではありましたが、そのすぐ先で⑩画像。あとほんの少しで笠置(京都)というところで地団太を踏みました(場所はこちら)。

 

奈良の古道の楽しみは摩崖仏ですがこちらは大きめの岩に素朴な阿弥陀さんと地蔵が彫られています。

朱い前掛けの一石五輪塔肉彫りも室町期以前のものでしょうか。前掛けはいらない!!

そのあと別コースを探索し2度目の通行止めにも遭遇しました。

⑪は笠置山麓の図。

通行止めの最初と最後を画像に納めて少々満足。

息子に罵られました。

と言いながらも「今度は大丈夫だろう」の調子でまた行くでしょうね。