夏の風物詩 人混みだけは勘弁 今年のミニ登山 笠置山  

「夏の風物詩といえば花火大会」などというフレーズを聞いて少し反発の気持ちを抱くようになったようです。

まぁ、この言葉を聞いてやはり「冗談じゃあない」と同感してくださる方もいらっしゃると思いますが、きっとそう思う方も私と同じような年齢かも知れませんね。

 

 それはそれはそれに胸を躍らせて今日はどこどこ、次はどこどこと言っては駆け付けた時期もありましたが、何故かもう、そのイベントに「楽しさ」を感じないのです。

露店のプロパンが爆発したり、キュウリを食べて入院させられたり、諸々、何かロクでもないことが起こりそうな気配があるのがそれだということと、最早あの殺人的な雑踏に足を踏み入れることに相当な躊躇があるというのが本音で、殆どその言葉に「嫌悪」すら感じるような「オヤジ」に成り果てたということでしょう。

 

 ここ数年、8月の恒例となった「お盆すぎ」に訪れる「私の時間」は今年は京都所用の日に合わせて、その日の前日早朝から始まりました。

 西日本の天候の不安定、目まぐるしく変わる1日の状況を見て、まともなスケジュールを建ててもムダ!とその労力も放棄、「とりあえず」の気分だけで行き当たりばったりのツアーを始めたのでした。

 

 その日、早朝3時30分に東名高速に乗っての「ETC深夜割引」の使用はいつもと同様。

高速に乗ってスグ、隣の寝ぼけ眼の息子に「じゃあ天王山に行こう!」と何となく決めてナビ指定を指示。ナビ操作OKの返答があったのち助手席で眠り続ける愚息を尻目に目的地付近に至ってスムーズに到着。

ところが車両はそのまま通過するハメになってしまいました。

 

 途中休憩もせずに向かったため、確認を怠った私も悪かったのですが彼のナビ設定は高速道路上、天王山トンネル付近だったのでした。

トンネルを通過後はI.C.も無く、ずるずると大阪市内に。

腹が立って隣の者を叩き起こして、支離滅裂に思いついた場所を指示。それが堺でした。

 

 堺の街を午前中、ブラついていると「紀伊街道」の文字が目に入り、息子に「和歌山行こうか」というと「ご自由に、オレは寝てるから」と言う言葉にハッと気づきました。

これ以上「戦線」を伸ばせば自分の首を絞めるだけだと。

その日の1900に京都のホテルにチェックインの予約を入れているのでした。

 

 そこで思いついたのが、それでも一応「京都」で安心感のある、といっても距離感覚はまったく無しの「笠置山」でした(場所はここ)。標高は288mですが比高はもっと低い。

将に行き当たりばったり、昨年息子と行った「教如岩」ほどの厳しさは無いものの途中、「良き選択のはず」と自画自賛、既に気持ちは目的地に向かって意気揚々としている私がありました。

 

 まず、京都方面から気軽に観光で訪れる場所では無さそうで関西本線の笠置駅から笠置寺を往復する間、観光客とは一人もすれ違いはありませんでした。花火大会が100としたらこちらはゼロ。凄いギャップです。

 駅の手前の観光協会の駐車場に車を置いて歩いたのですが、やはり案の定お寺の下の駐車場まで車で行くことはできました。

 

 最近の夏の「岐阜城」「教如岩」と恒例となった真夏の行脚はある程度のストレスが無いと面白くないということと、息子の忍耐力と体力を1年振りに確認したいということもありました。

 

 結論は出ました。子供というものに親はいつまでも「青二才の愚弛ら(ぐうたら)」をイメージしますがこれはそろそろ修正を入れなくてはならないな・・・と。

体力も忍耐力も既に私は彼に付いていけませんでした。私の体力も減衰していることは間違いありませんが、彼はいつもボケっと居眠りばかりしているように見えていても、イザという時の動きに関しては満足のいくレベルに達していました。

 

 思い付きだけで行動して制御すべき判断力の欠如に難がありますが、これはこれからの経験によって身に着けて欲しいものです。

しかしその経験の一つが致命的な結末に繋がる事もあるので、注意力は同時に磨いてもらいたいですね。

まぁそれらは全部私にあてはまることでしたが。

五月雨は 水かみまさる 泉川 笠置の山も 雲かくれつつ

山深い渓流系のイメージのする木津川がこの城塞をより堅固にしているのですが、夏のこちらの河川敷、観光客はこちらの方がお目当ての様、眼下を見降ろせばたくさんのグループがバーベキューを楽しんでいました。

こちらの川砂もそうですが山の砂も白っぽくキレイ。支流の名も「白砂川」です。

息子の「川に飛び込みたい」との要求を制して人様の趣向とは逆の方向に向かったのでした。

 

 泉川とは木津川のこと。駅から笠置山に向かう最初の橋が「大手橋」。木津川に流れる白砂川に架かりますが、その途中にこの歌が記されていました。