南北諸士帳なし 和田山城二往復ドタバタお達し

「虎の巻」とは一言で「秘伝の書」。

先日、法務の司会進行をする方と立ち話。

まぁ進行の付く法事とは通夜と葬儀にほとんど限定されるワケですが、たまたま「○○寺様 電報披露は○○」という張り紙を見て、「ふ~ん色々あるからね」と言いながら机の上のヴィトン風の手帳カバーに目が行きました。

別に他意はなかったのですが、その方はちょっと慌てて「コレはダメ」とのオーバーアクション。

「振り」と理解し、「何?」と返せばその「虎の巻」であることがわかりました。

 

何の「秘伝書」かといえばこの地域のお寺さんたちの通夜・葬儀の手順と坊さんのクセがビッシリと記されているよう。

そこで「私のところだけでも見せて」と言いましたが断られました。

よくよく考えてみれば大変な仕事です。

宗派の違いごとの多様は当然にありますし、同じ宗旨であっても違いは様々です。なにより坊さんたちの細かいクセに対応していかなくてはなりませんね。

 

その「坊さん」というものがやはり厄介な存在なのでしょう。重点的に注意事項、厳しく指摘されるポイントが記されているようです。

他のその仕事をしている方に聞いた話ではもし失敗すれば「ぶち怒られる」と言っていましたので。「面倒くさい人種」なのでしょうね。

 

注文の多いお寺さんでは4ページにも及ぶと言っていましたので「じゃあ私は?」と聞けば「1ページ半」とのこと。「結構あるじゃん」といえば、コレは法要進行が主に記されているので「少ない方」と、リップサービスかも知れません。

もし注意事項がビッシリ書き込まれていたとしたら「厄介な坊主」の烙印かもしれません。大変な「資料的価値」もまたあります。

 

学校の先生たちが昔から「人の評価を気にすることはない」という風の言を聞きますが私は結構そういうものは気になりますね。どうにもなることはありませんのでつまるところ「どうでもいい」のではありますが・・・

 

最近の私の法話は「阿弥陀さん、仏さんたち」は「いつも見ている 聞いている」ですし、むしろ「耳を傾けろ」「聞け」(・・・聞法)が主題となることが多いですね。

人の醜さの一番はやはり自らの都合の悪い事に聞く耳を持たないということでしょう。こちらもあちらの大統領殿のクセのようで。

 

さて、本年最初の城址登城は近江の五箇荘和田の和田山城でした。昨日記した光明寺前の道から登ります。

観音寺城のある繖山の広大スケールはありませんが、その繖山を囲むように点在する単立丘陵の一つでその中ではコンパクトな山になります。

 

標高は180m(比高80m)程度(場所はこちら)。

上記最後の航空図では黄色〇になり愛知川に接する様はそれを天然の堀にしいてる感。

ちなみにピンクの□が観音寺城繖山、大きいです。

白〇が安土城、青〇が箕作城、左端のオレンジ〇が八幡山城、緑〇が瓶割山城と有名どころが揃っています。

ぱっと見、「丘には城」は当然の感。これらを取り巻くように実際はたくさんの砦・城がありました。

 

繖山とは直線で約400mの距離。

今は雑木林と化し真冬であっても自身不明になりかねない山ですが、当時は湖東平野を一望にできかつ中山道に接した要衝だったことがうかがえます。 

日本城郭大系によれば「佐々木義弼築城 田中治部太夫守将」(諸国廃城考)とあります。

 

和田山城の件、私はつい江州の郡部としては愛知川左岸「神崎郡」と思い「江州佐々木南北諸士帳」のそちらを開きましたがそちらには和田山は見あたらず、昨日の光明寺の梵鐘の銘の「神崎郡」を今一度確認したほどでした。

甲賀郡には和田氏の和田城がありますが、何故諸士帳に記載がないのかこれは詳細不明の城たる由縁でしょうか。

 

永禄十一年(1568)の織田信長の上洛戦「観音寺城の戦い」で本戦となった箕作山城の落城を見て観音寺城兵とともに和田山籠城の将卒は戦わずに城を捨て甲賀に逃亡したといいます(信長公記)。

 

比高80mの平山城などは誰が考えても「楽勝」と考えるのがスジ。それが今回ガタガタに体がぶっ壊れたというのがその山でした。

 

光明寺門前「食違い虎口」を左に進めば和田神社、直進すればその和田神社から本丸に登城する道にあたります。

他にも山の西側の長勝寺からの登城ルートもあるそうですが、光明寺ルートが手っ取り早いですね。そちらの方はおそらく今、チャレンジは無理のような気がします。

 

神社前のスペースに車両を置きたかったのですが、その日はお隣のゲートボール場が賑やかでその余地はなし。あらためて道を戻って広めの道路に駐車して登りました。

比高80mは普通は「何でもない」でしょう。

それが正月ボケの運動不足の躰であったとしてもです。

 

途中空き缶が投げられている様子などを見て、「よくもまぁ不届きな事を」とブツブツ言いながらそれを横目にして登ったのでしたがとにかくこの城は整備の手が入っていず、「わかり難いの」一言。

わからなければ道を逸れてでも段差、起伏等の人工物を推測できるものを探し回るのが「この世界の掟」ですが転倒躓き多々、挙句前後不覚、自身の所在が不明になって迷いまくりましたね。

 

本曲輪推定地から戻った辺りに小さな段丘と平らなスペースを見つけてそれでも「なるほど」などと勝手に解釈して下山しましたが、車に戻った時は結構キツくて飲み物をあおったほどでした。

 

「さて・・・」と思い運転席に上がろうとしたのですが、ポケットにある筈のモノがありません。スマホが見当たりません。

車両含めて色々探しましたがあろうはずもない期待です。

何故なら最後にそれで時間を確認した場所が本曲輪付近だったからです。

 

以前スマホを高速道路に落として再購入しましたが1年もたっていません。

どう家族に弁解するのか、もう一度登ってあの藪の中を探し出すか色々と頭をよぎりましたがとにかくも再びあの山路を冬なのに汗だくになってあがりました。冷や汗混みです。

 

気持ちとしては「誰か電話を鳴らしてくれないか・・・(探しやすい)」から始まって「電話連絡して電話を掛けるように・・・」「人は誰もいないが猪や猿が持っていったら」・・・と意味不明のこと、そして「どうせ徒労に終わるだろう」と超ネガティブになってあの山の中をまさに彷徨いました。

 

ある時点で完全に迷ったことがわかりましたので、一旦戻ろうとしましたがその道も間違っていました。途中で複数ある竪堀の真ん中の尾根を下っていたことがわかりました。

再び戻ればまた迷うことになりますのでその空堀を一旦降りてから向かいの急坂に取付きました。

これは私の本能的方向感覚でしたが功を奏しましたね。

土砂が堆積して緩斜面となっていますが、途中の木立に手を掛けつつ上りきれました。

しかし上がり切った地点で10分は動けずに寝転んで呼吸を整えるほど。

付近には獣の尿の匂いが立ち込めていましたがそんなことなどまったくお構いなしで倒れ込んでいました。

 

すると先ほど見た缶コーヒーの空き缶があるではないですか。

ということはこの道を真っすぐにあがれば本曲輪方面ということでやっと自分の立ち位置がわかったのでした。

私のスマホはその本曲輪の平坦な場所に転がっていました。

 

このドタバタ七転八倒の山の中の件、肉体的にも精神的にも追い詰められましたが私はこれも如来さんからのお達しだと思っています。結果良ければすべてよし。

①運動不足により2セット+α②比高80mを見くびるな➂物を落とすならいいが命を落とすな④もっと注意深く「ちゃんとして・・・」という声が聞こえてきました。

 

いまだ両腕の関節に痛みが残ります。

 

横の藪に逸れさえしなければまったく何でもない城址です。

よく見れば「テープの残骸」も見えます。

⑧の笹のある平坦地には櫓などがあったのではないだろうかと想像した場所で来たルートから逸脱したのでしたが、もしこちらで落とし物をしていたら困り果てたところです。

 

どこで落としたかわからないということで難しい場所から探し出したのが失敗でした。

落ちていた場所はまさに普通の平坦地、頂上付近でした。道をスンナリまず歩けば大したことのない2セットだったのですが。

 

スマホを拾い返して安堵、感動していたところに偶然、家内から電話がありました。

これが数十メートル手前で呼び出し音を聞いていたとしたら尚感動していたことでしょう。

 

殆ど手の入っていない城址です。

是非皆さんも私の二の舞のチャレンジをどうぞ。堅堀の様子は私、必死すぎて画像はありませんのでそれをお願いしたいところです。

 

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コメント: 4
  • #1

    小山昭治 (水曜日, 08 2月 2017 09:11)

    いくら標高が低い山でも要注意ですね。
    私は必ず地図と無線機は持って行きます。
    低い山で迷ったり怪我をすると笑われますから。
    その為に時計はカシオのプロトレックを買いました。
    コンパス、高度、気圧が分かれば十分です。
    だけど高度計は考え物。まだ何メートルしか登ってない、
    すると残りはまだかなりある。
    なんて気がそがれる時があります。とにかく要注意です。

  • #2

    野村幸一 (水曜日, 08 2月 2017 11:36)

    読んでいて歯医者と歯科技工士の関係に似てると思いました。

  • #3

    今井一光 (水曜日, 08 2月 2017 19:41)

    小山様 
    ありがとうございます。
    私はたかだかお城のあった山をサラッと行って帰ってくるだけ
    なのですが、時として思わぬ苦しみを味合わうことがあります。
    すべて自分のうっかりミスからなのですね。
    低い山ばかりで高度、気圧は必要ありませんが、今回の件、その苦痛は
    スマホを落としたことからきたものでした。
    スマホには地図機能、コンパス機能等何から何までの「生命維持装置」が
    凝縮していますので、まさに皮肉中の皮肉でした。
    とにかく「舐めたらあかん」の心はどちらの世界においても言えることで
    それは常々肝に銘じておかなくてはなりませんね。

  • #4

    今井一光 (水曜日, 08 2月 2017 19:45)

    野村様
    ありがとうございます。
    それに限らず、御商売でも公務員でも坊さんでも
    「人間」として生きていればそういった失笑するようなドタバタ「関係」は
    つきものだと思います。どちらの世界においてもですね。