右肩上がりの高齢化率 老後破産 いづれ私もその道?

「昔の夢はいい夢だった。かなわぬ夢ではあったけれど、夢を見られたのは幸せだった」・・・かつて当ブログにて「マディソン郡の橋」を語りましたがその言葉は劇の中でのセリフでした。

「夢」の内容はともかくとして、昔の自分の若さや味わったであろう苦しみをほのぼのと回顧する真摯な心の奥底が垣間見れて聞く人に何らかの感銘を与える言葉です。

 

「人の(見る)夢」と書いて「儚い」ことは承知していてもそれが丁度達観できた頃、同時期に感ずる「我が身の老い」について「こんな筈では無かった」と思われる方が増えているようです。

 

昨晩NHKの老人漂流社会「"老後破産"の現実」という番組を見ました。

年金だけではまともな医療や介護さえ受けられない「老後破産」の厳しい現実について知らされました。その中に登場した老人は異口同音、今の自身の状況に「こんなことになるとは想像していなかった」と。そしてこの苦労から逃げるために「早く死にたい」とまで仰る方もいました。

 

現状は相当に厳しいですね。

番組の内容を記すと、日本の65歳以上の「高齢者人口」が3000万人を突破して、「独居老人」と言われる独り暮らしの年配者が600万人を超えるそうです。そのうちの約半数、300万人が生活保護水準以下の収入にも関わらず実際は保護を受けていないとのこと。現状は年金は引き下げられて、医療や介護の負担は年を追って生活に圧し掛かってきているそうです。厚労省はそのような高齢者を「生活保護ボーダーライン層」と呼ぶそうですがもはや「破産寸前」だそうです。

 

不思議ですね、300万人が未着手の申請のシステムである中で残りの300万人に対しての年金支給額が下がっているとは・・・。

高齢者100%に本来受けられるべき保護を受けさせたなら国が破綻でもしかねないのでしょうかね。年金が不足して医療や介護サービスを受けられないという高齢者すべてにその「保護」を受けられるようにしてあげればいいのですが実際問題としてそれを享受されて困るのがお国だったという風に感じます。

 

企業には大判振舞(法人税減税?)のはずでしたね。国民の「老後破産」を傍観し「死にたい」という気持ちを惹起させ、それを「死に待ち」しているが如くの「福祉国家」の謳い文句はますますお笑い草です。

 

自分の老後が「まさかこんなことに」なるとは思いもしなかったと言います。そうですね、番組ではある年配者の若い頃に自身を描いた絵というものを紹介していましたが、失礼ながら今の姿とは違いました。未来に対して夢を描くことは簡単で、それはむしろ当然ではありますが、この夢とのギャップは余りにも残酷です。

 

私があの手の番組を見るとやはり亡くなった父親や母親、叔母、年配の檀家さんの姿がオーバーラップしてくることもありますが、私のその老後の夢(僅かな希望)・・世でいう安寧、「悠々自適」すらも「儚い」畏れが出て来ているということですね。

 

お恥ずかしながら、ブログでも記していますように私は世の中の坊さんの中でもおそらく屈指といわれるのではないかと思うほど各所で「修行」を重ねてきました。

その私にとっての修行とは体よく言えば社会勉強ではありますが、要は色々な仕事に就いたということです。

 

坊さんとして「カネカネカネ」という思考は憚られるべき醜態であるとは承知していますが、齢重ねれば収入も途絶えて生活費医療費その他諸々負担になることは当然です。

そこのところ年金というものが一縷の望みとなるのですが、私の場合自業自得と言われればそれまでですが、まともな企業でのお勤めで厚生年金に入っていた時期は少ないのです(ブツ切り4回)。

沖縄でのアルバイト時代等は今ほど国民年金を納付するという感覚が軽薄で、欠格期間が数年に渡っているというどうにもならない失策があります。

試算すれば食費にもならないくらいの微々たる年金額が予想できますね。

 

父はカネの面では、「NTTの方から来た」というセールスマンにFAXと電話機で驚愕の計700万円のリース契約をさせられたということをしでかし(解約・和解済)、自身の貯蓄というものは殆ど使い果たしてしまいましたが、教職員時代の年金は十分に父母を自立させ、父の入院治療費用もそれで賄ったという点では敬服いたします。

現在の母親の施設入所費用14万~16万も父親の遺族年金が充当されていて大いに助かっています。

 

夢は元気で若い頃に描き、齢をとるとともに儚く消えていくという現実があります。「カネ」というものに拘りすぎれば浅ましく無頓着にしていれば挙句は自らの首を絞める。わかっているのですが、どうしてもその道を歩むような気がしてなりません。早く早くと退場したくもなることもわかります。高度成長時代でしたら「何とか」なった(スーダラ節)のでしょうが今は峠を降りている真っ只中。

あの高嶺の夢を追いかけようともがいている経済界と国の姿勢は滑稽の域を超えていますね。

 

私は息子に嫁が来てくれたら早々に引退して近江か高天神(土方)辺りに引きこもりたいなどという夢があるのですが・・・それとも醜態晒して息子の「脇」を頼み込んで仕事をさせていただくことになるのでしょうか。

まして本山発行の冊子を捲れば嫁や婿を募集する寺が数多あることが分かります。仏教に魅力(将来)を感じる事ができないという社会への変遷でしょうか。

夢を諦めて現実を直視する齢となってきたようです。


今は自分だけでなく檀家さんの心配もしなくてはならない時代に突入しているようですが、いずれ我が身のこともどうにもならなくなる時が訪れることも分かっています。まだまだ私は贅沢な生活ですね。

老後の介護とは言わず、見守ってくれる者の存在があると思うだけでも幸せです。

伴侶を亡くし子に先立たれて独りで老後を送ることも辛いことですが、蓄えが無かったり使い果たしてしまえばさらに心細いことでしょう。

 

画像は国勢調査のデータ。

日本の「高齢化率」の推移です。

2010年の数字ですが現在だと30%を超えている県もあります。

子供が居ないということの裏返しではありますが・・・。