朝の体感温度はトレーナーの着用が必要でした。
しかし降雨の心配はなさそうで一安心。午前と夕刻の法縁が控えていましたので。
午前のお勤めは地元のご自宅と拙寺本堂でしたが夕刻は遠州中部の初めての会場でした。
数日前にそちらの担当者との面談あと、別れ際に渡されたのがいつもの法名板(仮位牌と呼ぶらしい)2枚と加えて塔婆板1本+α。
それを見て私は「真宗は塔婆はいらないよ」と言うと、真宗であってもそれを持ち帰る住職がいるとのことでした。
「郷に入っては郷に~」とはいうものの・・・不思議すぎる。担当の勘違いとは思いますが。
いつもと違う場所は新しい発見がありますね。ドギマギさせられますが・・・。
当然その不可思議な代物の持ち帰りは遠慮させていただきました。また+αの包みの中については未確認。
以外付随する何かがあるのだろう・・・とは思いますが。他宗の事はまったくわからない。
また一つ驚かされたのが棺の大きさでした。
豪奢をも感じましたがもし相良の葬場だとしたらその高さでは天井が閊えて入らないかもしれません・・・
扨、今年初めてシロを訪ねたときのこと。
毎年、年明け早々にでも一人で山城を歩き回っている私ですが、直近、自然界の様相と私の気持ちがかなり変化しています。
要はクマの出没と実際の被害が増えていること、殊に感じるようになりました。
以前は時々耳にする程度でしたが最近は毎日のようにクマ出没のニュースがあります。
また案の定「冬眠しない」例や、春先早々に活動を始める個体があるというのは気持ちが萎えます。
高天神城には「クマは出ない」と豪語していますが、他所のことはまっくわかりませんからね。
よって私独りの山歩きについて気乗りがせず、今年はどちらも歩いていませんでした。
奥方を誘うもやはり「冗談じゃない」とけんもほろろ。
「奥の墓道が喰われるのならイイが、私は真っ平御免」でした。
ということで彼を誘って日帰りで奈良の高取城へ。
私もあの山は躊躇するところでしたので彼が当地に舞い戻った際に、面白がって連れ出しました。
2人で行けばもし遭遇したとして被害の確率は1/2の50%。
私はどちらか言えば下り坂にダッシュが効きますので(ちなみに彼は下り坂は弱く登り坂得意)下り坂に弱いクマに対して「何とかなる」と踏んだのでした。
もっと記せば、もたもた下る「奥の墓道」氏がクマに捕まって私が生き延びるだろうという卑怯道の算段。
もっとも「クマなんか出やしねぇ」というのが私の見解でした。すると彼は「あんな物との遭遇だけはイヤ 出るかも知れない」と言いますので「大丈夫、大丈夫」。
「出る」の件「ファクトベースのエビデンスはよ・・・」と。
すると彼は携帯端末をいじり出しGoogleで「高取城 クマ出没」を検索。その結果がこれ・・・
「高取城周辺のクマ、動物出没情報 高取町内での状況:
高取町内では過去に子グマらしき動物の目撃情報が寄せられたことがあり、町や猟友会が警戒を行った記録があります。
周辺の目撃状況:
奈良県南部はツキノワグマの生息域であり、近隣の東吉野村や下市町などの山間部では定期的に出没が報告されています。
時期によるリスク:
特に冬眠明けの春(4〜5月)や、秋の餌を求めて活動が活発になる時期(9〜11月)は遭遇リスクが高まります。」
というわけでした。吉野の山にクマが出るのはあの山の深さからして十分合点。
しかし修験道(私は煩悩具足 我執の「卑怯道」・・・)の方たちの100日回峰だ1000日回峰の行について耳にしますが、それは自然(クマ含む)との融合にありますからクマ遭遇のリスクなど完全無視なのでしょうね。それとも昔のクマは人を襲わなかった?
勿論私はクマ除け鈴をリックにブラさげて彼とおしゃべりしながらの徒組でしたが、さすが有名どころの城だけあってポツポツと人とのすれ違いはありました。
途中出会った人たちはほぼ100%鈴をブラさげていて、中にはクマ撃退スプレーを瞬時に出せるようなスタイル「何時でもやったるでぇ」の強者もお見受けしました。
余裕の軽口は歩きながら。
年末までにこの地でのクマ出没ニュースが「ある・ない」博打を。
私は鰻重一杯を「ない」に。「そんなもん出るか~」です。
ところが本丸下の曲輪で目撃した物体を目にして二人で固まってしまいました。
画像②の虎口手前のスペースにそれ③④が残されていました。
よってその痕跡の「犯人」が向かったであろうその先へ進むのはヤメに。
一気に怖気づいて反転したことは言うまでもありません。
何せデカくてそれで臭いがない。彼はスマホで撮影しその検索を行っていましたが確定できず。
もう山には単独で行けませんね。いや行く気がしない。
複数人で行くならまだしも。




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