往生院天井画 橘寺 オトナは携帯を切る

息子は浜松で催された法縁に向かいました。

私は境内植栽のあれこれ、のんびり作業の後、昼すぎに静波墓園へ。これで生垣の突出枝の剪定は完了です。

勿論切りっぱなし放置のうえ撤収。

先日植えたサクラの水鉢にバケツ一杯を注いで。

来週の中頃までお天気はもちそうですので雨予報の前日あたりに回収に向かうことにします。

 

夕方は本堂天井小屋裏、後堂、内陣・外陣の中間に数個の噴霧薬を焚いて本堂を閉めきりました。

これは毎年恒例の私の気休め行事ですが、今年は少々遅めだったかも。

イメージとしては何となくふっとやってきたシロアリやキクイムシなどが駆除でき、また「こんなところには二度と来ない」となって退散してくれれば・・・などと考えますが果たして・・・そこは私の知らない世界です。

 

知らない世界といえば静岡リニア着工のあれこれ。

私としては水さえ枯渇しなければどうでもいいことですが、その水というのはやはり生活の生命線ですからね。

面倒くさいのでまぁうまいことやってくれ・・・てなところ。

余計な思う事といえば、山を削りトンネルを掘って散々苦労して工事を進めたリニア。

もし水が出なくなったとしたら当然に腹が立ちますが、どれほどそれに乗る人がいるの?もし大赤字となったらそのツケは誰が払うの?言い出しっぺとその責任は? 

おそらくどちら様も私以上に「知ったこっちゃねぇ」の態でしょうね。

それが政治ってものでしょう。誰かが儲けて一部還元されて(誰に?)ワイワイできれば「それでイイ」ってヤツ。

 

昨日も記しました。携帯電話は私も日々お世話になっている生活必需の品となりましたが、それに関わる業界の繁盛の様は其々お見受けしています。

電波はお国の管理のもとその業界が成立しているのですが、まったくもって変てこな管理を思います。

 

「トクリュウ」(匿名・流動型犯罪グループ)なる犯罪組織が秘匿性の高いSNSソフトを駆使しているなど、その携帯端末は彼らにとっても絶対必須のグッズのよう。

「国の規制」はできるだけナイのが一番ですが、あまりにもfreeというのは具合が悪い。一般庶民の敵でもあるその手のグループの支援ソフトなど存在させる必要はないのですがね。

だれがそんな不都合を野放しにさせているの?

 

一方携帯端末というのは警察方の捜査上、最上なる犯罪立証の端緒を掴むことができるもの。

携帯の電波によって位置や動きが特定できますから。

ということでハリウッド映画などでよく描かれますが、本当のプロの組織では携帯電話のONはタブー視するところ。

 

またこれからの世の中は通信傍受も(怪しいフレーズはAIがピックアップ)ありますから、携帯電話を駆使しての犯罪行為など、もはや警察の手の内にあるということかも。

ということは全国民を「泳がして」いるのと同様でしょうか。

よって今回の子供犯罪者たち(栃木の強盗殺人)はきっと全員確保されることは確実。

哀れ16歳の短慮、彼らにはそこがわからない。

 

状況は違いますが仏事参加の際、オトナは携帯電話を切ります。

時として静寂の中lineの着信音が聞こえてきたりしますがね。

当人が一番恥ずかしいでしょうに。

まだお子様だということかも? 

子供の携帯電話への執着はおそろしいものがありますからね。やだやだ・・・

 

扨、橘寺(前回)往生院。

この堂は天井画がウリです。

 

絶妙なリラクゼーションの場を提供してくれています。

畳の上でひっくり返ってしばし休息。

その堂の名の通り、中央に立たれているのは阿弥陀さん。

両脇には観音と勢至でしょうね。余間には聖徳太子。

あの時は踏み込んでアップに迫ることを考えませんでした。