大庭城公園と深溝の大庭 教育上の脅し 

「この晴れ間は大切です!!」と天気予報が

昨日の晴れ間は絶妙、そのあと数日は雨模様だという予報です。

それなら・・・と事務仕事を早々に片づけて、境内に飛び出しました。

案外と気温低めで、いつものようにトレーナーを脱いでの作業とはなりませんでしたが、この日は出来る限りのユリの植替えを行いました。

大き目の鉢を3個、14ℓ入りの土7袋を使用して。

 

奥方に「私の心が和むこと」(それは夜、テレビから聞こえてきた語)は・・・「手をかけた植物たちの成長と春の芽吹き・・・」などというと「フン」という具合に苦笑していましたが、昨日は地植えのブーゲンから新芽が出て大喜び。思わず「ありがとう」と出てしまいました

毎年冬を越している「彼女」ですがこの時期は「ホントにまだ生きているのか」と思うくらいの朽ち、枯れの躰を見せつけていますから。

それが春なのですね。

 

仕事がひと段落してポストに行くと二村氏からの便りが。

月曜日に届くはずだった史料ですが、さすが今の郵便事情。

土日を挟むとこれまでの感覚とは違っています。

内容は三河の歴史探索の件ですが、岡崎地方史研究会の発行した「幸田町深溝の城下~」ほか色々。

 

ざっと拝読していると藤沢(辻堂)の妹夫婦から画像が多数。

妹の娘とその子たちとで大場城公園に。お弁当散歩ということでそちらに向かったとのこと。

妹らの住まいはその城跡公園のある丘の南、国道1号を隔てすぐの場所になります。

 

以前から大庭城公園といえば幼少の頃の甥・姪を脅しの言葉。

子供たちが「言うことを聞かない時」にはその「大庭城公園」を口にしていたものです。「大庭城につれてくよ!!」でした。

要は親たちがよくいう「捨てる!!」の脅迫ですね。

その語によって彼らの幼き無謀は一瞬のうちにコントロール、鎮静化したものです。

トランプの脅し文句と同じようなものでしょうね。

教育上、子供たちにその手の脅威をチラつかせることは家によって可否それぞれでしょう。

当家にはその手の「教育指導」の手法はよくありました。

まぁ私の場合は「森林公園(小田原城惣構空堀)つれていくよ」

でしたが。

夜は大人でも、さすがに恐ろしい。

その手の文言はきっと伝承していくことでしょうね。

親がその脅しで育ったのですから。

 

私はその二上氏に提供いただいた史料の大庭家について目を通している最中でしたのでその妹から送られてきた画像を見て「これは奇遇」と思ったのでした。

深溝城の主の松平以前が大庭(またはこちら)ですからね。

~その関係については不詳です~

私の周辺では滅多に目にする名(大庭)ではありませんし。

 

大庭城は令和三年に藤沢氏の史跡に指定されたばかり。

これからですね。

神奈川中部の「戦国の城」というのがウリです。