灌頂幡 透彫鍍金 「波太」の原形 電気配電カット2回

まごまごしていれば時間ばかりが経過、あっという間に「ハイ大晦日」なんてことはいつものパターンです。

仕方がないので迎えた一日をうまいこと過ごすことができれば上出来。

「うまいこと」なんてそうは続きはしませんからね。

 

大盤振る舞いの予算配分、この国は経済や兵力の強さを強く主張する気風が感じられますが、昨日お会いした方々―たまたま来訪が重なりました―とのお話で出てきたのが「身障者手帳の取り方・・・」と日々生活の原資のこと。

難病指定あるいは障害を受けてのそれですが、「歳が行っちゃうとムリかも・・・」と。

私はまったく知らない世界ですが、その年齢とは「70歳くらいではないか・・・」とも。

その不承認の理由とは「年をとったら病気になるのは当たり前」とのことのよう。

 

要はもうじき「お迎え」が来るのだから「受忍せよ」とのことなのでしょう。

 

病気の発生ほか人生いろいろ、生活に困窮し将来を悲観する家庭の件、拙ブログで記しています。

御両人とも各悩みは尽きないところですが、昨日の約1時間の間にお聞きした困窮の詳細について、一方の方の原因は深いものがあり一朝一夕には解消でるような問題ではありませんが、「あのガチャンは辛い・・・」と。

それは電気料金の滞納から中電がイキナリ配電をストップすること。電気が切れることを「ガチャン」なる表現をしていましたが、これまで2度やらかしたそう。

2度目は「そろそろ来る頃・・・」と開き直っていたとのこと。

 

やはり私が想う事と言えば、「この国は決して強くなんてならない」と思うばかり。

片田舎の困窮に喘ぐ人々が現実世界に居てその方たちに手を伸ばす姿勢が見られない国の方向性からそう思わされるところですね。いわゆる自己責任であると言い放つのでしょうかね?

一部の人たちがラクして儲けてハッピーになりたいなどいう世界など、まぁ「受忍」などできませんね。

 

扨、画像は東博法隆寺館の灌頂幡(かんじょうばん)。

透彫―すかしぼり。飛天に忍冬唐草文(にんどうからくさもん)

 

「幡」とは文字通りハタ。

以前拙ブログでは本山図絵のそれを記しています

 

赤い生地は「赤地平絹幡足残欠」とありました。

まさに「波太」、旗の原形です。

 

お偉いさんたちが大風呂敷を広げ、旗を振って煽っても、私はそれを信じません。