昨日は総代・世話人・婦人部の皆さんが揃って報恩講寺楽市の準備。また講師をお願いしている史料館学芸員の長谷川氏より連絡があり、プロジェクターとスクリーンの稼働について打診を受けました。
どのようなお話を紹介していただけるか、楽しみです。
扨、昨日は高天神城の「逆療法」について記しましたが現状維持を保てています。「悪くもならず 良くなった感にもあらず」といったところ。
風邪の場合、一旦は落ちるところまで落ちるというのが私の常。
「維持」については悪くないということ。
高天神城を中心に尾根伝いに歩いたのですが取付いた追手側の駐車場に廻りこむ直前、「林の谷池」前に立つ「岡部・板倉の碑」へ。
池の方向へ10トンダンプの往来を見送っていましたので「さて・・・」とは思っていましたがその碑は跡形もなく消え失せてかつてあったその場所は作業者の駐車場になっていました。
ダンプの進行を制し無駄とは思いつつも運転手にその件伺えば「オレはしらねぇ」でした。
「そりゃそうだ」とばかりに見送って昨日、管理者であるはずの掛川市役所に一報。
関西風に「何してくれてんねん~」の気持ちになったのは、その前夜に「歴史探偵」が放送されて高天神城主体の編集だったことと「横田甚五郎の抜け道(犬戻り猿戻り)」の途中「林の谷池」への分岐から引き返して来た方とお会いしたことを記しましたが、その際「岡部・板倉の碑なら搦手側駐車場手前から500~600mにあるから楽勝ですよ~」とテキトーな案内をしてしまったからですね。
その方には申し訳ないという気持ちでいっぱいになりました。
要はそれ「あんたのせいや~」です。
まずは掛川市の市民課に繋がりました。
私はその担当が判りませんので闇雲に「教育委員会か観光課か知らないけどお城関係の部署を・・・」とお伺い。
すると掛川城関係の部署に繋げてもらいましたが高天神城は別(発掘関係の部署)管理だったようです。
「あんたのせいや~」の問題点はその石碑が「今はない」のだけでなく駐車場側の案内板にはまったくその「ないこと」の件、記されていなかった事。
一部のファン、観光の皆さんにとって不親切このうえなし。
で、「どうなってるんや~」になるわけですが、その工事は静岡県発注の工事であって尚、石碑を管理しているのは地元の有志とのこと(要は掛川市は関与していないとのニュアンス)。
ということならば「悪いのは地元の衆ね~」とそれを落としどころとして納得しようとすると「そういうわけではない」と。
ということならばと私の持論をぐだぐだ。
私の感覚でいえば、テレビのおかげで盛り上がったわけでこれからも人々が集うでしょう。
市の感覚とは違うようですが、一般人としてはその岡部・板倉の石碑は知っている人も仰山いるわけで、そういった(工事中)情報を出してこそが管理者としての市の役目では・・・などと。
いわゆる面倒くさいクレーマーとなったのでした。
大体工事現場にそれを知らない観光客が訪れることになりますからね。そっちもまた危険。
「犬戻り猿戻り」の尾根道にある「林の谷池」への分岐標識に
もその工事の件、記されていませんでした。
下りたら工事現場、どうやって帰るのでしょう。
駐車場側の入口③④にはクッキリ、その先の⑤⑥にはボンヤリとその存在を主張していましたが、「今は無い」の情報はありません。⑤のユンボが見える下部に石標があるはずでした。
ここまで歩いて来て、それが無かったら・・・どなたも「何やってんだ~」の怒りが沸いてくるでしょう。
「県が、地元の人が~」の台詞は通らないのでは。
石碑は今どこでどう管理されているか、工事完了は26年1月とありますが石碑の復帰は何時頃になるかなどもできれば伝えていただきたいものです。
「処分しちゃいました~」はさすがに無いでしょうが。







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小山昭治 (土曜日, 08 11月 2025 08:44)
あらら、施工者が「若杉組」。
義兄の会社です。施工者は言われたことをするだけですが、後ろめたいですね。
少なくとも、処分はしていないでしょう。
今井一光 (土曜日, 08 11月 2025 19:55)
ありがとうございます。
この件、施工者を責められませんね。発注元の無配慮ということで。