昨日の法縁には息子と坊守そして私の三人がお斎にご招待されました。
さすがにそういった機会はこれまでありませんでしたが、よき機縁であると息子を浜松から呼び寄せました。
親子で恥をかくことになること承知の上ですが、息子にもお斎への参加は法縁の「+α」の部分であって、出来得る限り「お邪魔する」こと遠慮せず、図々しくとも顔を出すよう「心掛けよ」とその課題として日頃申し付けています。
「聞法」がそもそもの当流のテーマですが、生身の人間との会話あってのものですからね。
ましてやAIの音声や文字だけでは脳細胞はますます劣化していくにちがいありません。
施主はじめ御一同は私より一回り、それ以上年上の方々でした。
よって一昔ニ昔前のいろいろをお聞きしました。
やはり空襲で焼き出されたこと、縁者が南方で戦死し、「帰還」した白い布に包まれた箱の中身は空っぽだったこと・・・
またその悲しみとショックで皆が意気消沈したことなど、その家族の物語について多数の登場人物を写真と系図を交えて解説くださいました。「戦争はやっちゃあイケない」それに尽きる・・・
「のぼせ上った人間が出て世の支持を集め、それに反対意見が言えなくなった時・・・ヤバイ」。
まずは言論と表現の自由をコントロールしようとしますから。
扨、東栄町の国道沿いの安山岩柱状節理を見て、こちらの入り組んだ山系がかつて異常な力による大地の地異、地殻変動の強烈を思わされたのでしたがやはりあの金座淵や千代姫橋下の露頭に化石が出たといいます。
それがホタテガイの一種だというから驚きです。
以前歩いた岩村城(岐阜県恵那市)下の史料館でクジラの化石の展示を見て同じような思いをしました。
何せ海とは縁のなさそうな地ですからね。
その時地球は「どんだけ動いたんだ~」の思い。気の遠くなるほどに大昔の話ですがそれを物語る品が遺されているということでこの目にすべく目標としました。
あの戦橋を渡って眼前の台地上から轟音と共にヘリコプターが飛び立っていきましたが、つまるところそこが目標でした。
その時はまったく知りませんでしたが。
私はそこからスグの地にある東栄町役場①に飛び込んで情報をゲット。「学校だから・・・」のうやむやな返答のみをいただいたばかりでしたが。
どうするか・・・といえば東栄中学校(場所はこちら)に行って直接交渉するのみ。「見たい」の願望を通していただくだけ。
現状不審者対策として部外者への眼は厳しくなっていますので怪しい行動は不可、正攻法以外は考えられませんから。
基本ダメ元なのですが。
まぁどちら迄先方が信用してくださるのかわかりませんが、名刺の一枚は揺るぎないアイテムとなります。
そもそも私の調べものの基本は「地元の人に聞く」こと。
スマホに頼るのはその先の先のことです。
そのように学校の門を叩くことはこれまで何度もありました。
この直近では蒲郡塩津中学校グラウンド横の竹谷松平四代の墓でした。そちらは教頭先生に案内していただきました。
仕事中に職員室に押し入って「甚だ迷惑な野郎」・・・奥方はそう罵ります。
「だからもう一緒に行けないのだ!!」と。
ヘリポートがあるのは学校グラウンド脇。
救急車も当然にこちらを目標にすることでしょうから、その際は音を消すのでしょうね。
私が書生なら窓の外ばかり見て先生にお目玉を喰らいそう。
生のヘリコプターも興味津々、悪の権化(私)は「一体何をしでかしてくれるか」と奥方。
コメントをお書きください