歴史秘話は岩村城 天空の城のイメージはないが・・・

一昨日から続くグズグズ天気は昨日も一日中つづいて少々不機嫌。これからの本格的梅雨の季節が思いやられます。

外に出なくてはならない理由がありましたのでそれは仕方ないといったら仕方なし。むしろ霧雨状態ということで有り難く戴かねば・・・

まぁ、こんな日にお寺の遠足とぶつかれば目も当てられませんのであらためて先般、京都旅行の「高気圧のご機嫌」をいただいたことは感謝するところです。

 

さて、一昨日は「北風と太陽」などいう語を記したのでしたが、今年の初めころ、アメリカ大統領の「悪口」を並べたてたところでその語を使っていました。

いつの時も御日様の下にいることに人は「快適」を感じますし逆に不順な「天」を仰いでいればヤル気も失せましょう。

「明るくて暖かい」が一番です。

それを「人の恣意」でもって「緊張」を強いられるのはたまったものではありませんからね。

 

さて、昨晩の歴史秘話は「おつやの方」でした。

この人がいわゆる戦国史上「女城主」の括りの中では断トツ大本命の人ですね。

上記「悪口」のところで少々記していましたが大河ドラマとして採用されるとすれば「井伊より岩村」と思うのが普通の感覚。歴史好きであれば誰もがそのように思うところがあったでしょうね。

 

また時間はかかるかも知れませんが、大河ドラマ採用の選考には「絶対」といえるくらい「おつや」は挙げられている筈で、案外と「女城主」シリーズというシャレもあって実現も早いのではないかと思っているくらいです。

 

一昨日の昼は当家奥方の親類が千葉の大多喜町から来られましたが、聞くところによれば「大河ドラマ誘致で盛り上がっている」とのこと。どちらの地方でも歴史に関わりがあって胸を張れるような遺構が残っていれば「大河ドラマを・・・」というのがまぁお決まりのスタンスであり、それは市民の目的を一にして団結するということからも良き古の縁です。どちらさまも実現に向けて一所懸命になっていただきたいと思います。

 

ちなみに大多喜城は主役としては「本多忠勝」ということになりましょうが、彼を中心に描くとすると・・・少々焦点がボケがちになるような気がしないでもありませんね。彼の主たる位置は「戦場と転戦」、戦いに生きた人でしたからね。

 

井伊直虎の場合はどちらかといえば成功譚、「おつやの方」は悲哀で、日本人好みの趣向としては後者の方です。

何よりも歴史的文献の少ない「直虎」を現状ドラマ演出でよくカバーしていると思うくらいですが、「おつや悲哀」については比較的文献も残っていてシナリオ次第では面白くならない理由はありません。

彼女の立ち位置と来たら戦国でも中心位置に近いところがあって(織田信長の叔母)その運命ともいえる結末に人は同情・同化していきますからね。人気のドラマに仕立てるには絶好の素材だと思います。

 

私が驚いたのがおつやさんと秋山虎繁との息子を落城前に持仏観音菩薩を抱かせて密かに脱出させたという話があったこと。

その伝承のある家が村上水軍に属していたことですね。父母を殺した信長と戦ったというイメージが湧きますが・・・彼の父母が長良川にて斬られたのは天正三年(1575)です。石山合戦が元亀元年(1570)~天正八年(1580)ですから水軍として戦場参加は不可能ですね。

おつやさんと秋山虎繁の婚姻は天正元でしょうからその子の齢は城を脱出時に1歳か2歳、大坂への兵糧搬入がなくなる天正八年から信長が死ぬ天正十年であっても7歳~9歳です。

気持ちからすれば信長に「一矢を報いた」とあれば気持ちのいいところですが、それはムリがありました。

番組冒頭に「天空の城」と称したのは「標高が高い」ことを喩えたのでしょう。岩村の「岩」の代表たるものが①②の画像に見られる巨石とのこと。

 

下の画像では秋山虎繁を秋山信友としていますがこちらは同一人物です。

 

余計なことですが、ウィキペディアの「村上水軍」を見たら「え?」と首を傾げる記述がありました。

そちらは上から3行目「彼らの多くは~」のところです。いかがでしょう。