豊田松平郷冬景色 古城を探してそのまんま

この夏、特に浜松市の船明(ふなぎら)という難読地名を耳にすることが多くなりました。字面としては難しいものではありませんが・・・特殊な読み。

場所は二俣城から少々、天竜川沿いのみずみずしい緑に囲まれた地ですが、何故かそちらの気温が駿遠トップになるとの予報が連日・・・。

まぁ全国的には「浜松天竜」で通っていますが。

そしてやはり昨日は予報通り40℃超えと。

 

昨日は朝からフリーでしたので土曜日でなければ二俣方面にそれを体感すべく向かうのもヨシと思ったほど。

夕刻からは「メディテーション」の時間がありましたのでどちらにしろそちらでのんびりなどでなかったでしょう。

 

テラス前で大工仕事をしていると、御門徒ご家族のお参りがありました。

先日、小中高生向きの夏の講習会(夏休み宿題のヒント)を開催したものの参加者はありませんでした。

それにあわせて「田沼意次」関わりのいろいろをまとめた書面を作っておきましたが、徒労には終わらなかったよう。

後日「興味がある」というご門徒さんが来られました(高校一年生とその母と祖母の御三方)。

東京に暮らしているので、その私の企画には来られなかったと残念がっていただいたわけですが、その書面の内容と持論を少々「あとは自分で調べてね」と手渡しました。

 

研究課題にするのは少々難解ではありますが、ここ相良の人たちでも知らないようなことばかりであり、相良に御縁がある者にとって今こそ是非、ベストなテーマですからね。

 

そしてそれから約一カ月。

休み明けに学校に提出するそのレポートを1冊進呈いただきました。タイトルが「べらぼうな人 田沼意次について」。

わかりやすく簡潔にまとめられていて、奥方がそれを一読したあと深~いため息。

「高校一年生とは思えない・・・」と感心していました。

私のその頃といえば・・・お粗末な時間を過ごしていたかと、圧倒させられて反省。


「田沼意次」という人物の解釈、評価が時代によって変遷しているという疑問を抱いたところから始まったといいますが、その出来栄えはやはりその「変遷」について同様の思いを持つ方にとって「なるほど」と合点させられるものです。

しばらく経ってから承諾を頂き、本堂内に置くことができればと勝手に思った次第。

 

扨、先日記した信光寺を後にして向かったのはそのお寺の北側の山を越えた豊田市大内町の「松平城山城 そのまんま公園」なる地(場所はこちら)。

以前、豊田市内で見かけて驚かされたメッセージ画像のいくつかを記しましたがその際の「採盗者は30000円」という看板のある公園です。

 

そちらに設置された案内板にも十分に興味をそそられます。

地図はかなり大雑把。てっきりこちらに古城の面影を・・・と思いきや、整備された公園でした。

冬の晴の景色です、空気は澄んでいました。

昨ブログではカンカン照りの駿府城人少なしの様を記しましたがこちらは夏冬関係なく、人はあまり見えないでしょうね。

花咲く頃が絶妙かも知れません。