於ふうさんの方が気の毒に思う こちらも亀姫 盛徳寺

昨晩も能登半島で地震がありました。

余震の群発が続いているということですが彼の地の皆さんはひき続き緊張を強いられ不安心の継続は必至。安泰の日々が訪れることを願います。

私どもも今思えば「比較的短かった」のでしょうが、あの駿河湾沖地震(震度6弱)のあと、相当回の揺れが続きました。

震度3程度の揺れで大いに身構えた覚えがあります。

 

5月5日の石川県能登地方を揺らしたその地震は震度6強。

私の経験したものより強いものでした。

私はあの時の揺れを味わった際、金輪際あの恐怖は味わいたくないと思ったほどで、大いにその恐怖と不安心・不快の気分について経験済み。フクシマの皆さんが経験した津波と原発の爆発が無かったというのは有難いことではありましたが。

 

このほど本山より当流大谷派のお寺のみですがその被害件数が発表されました。

建物の傾き、壁・柱・瓦の損壊、宮殿・仏具倒壊、墓石倒壊等の被災ですが5/8現在で35ケ寺もの寺がそれぞれのダメージを負ったとのこと。

何から何までうんざりさせられることも経験済み。

辛辣、厳しい「お達し」です。

 

昨日(光國寺亀姫墓)は唐突にも三河から美濃に飛んだワケでしたが、亀姫というとどうも良きイメージがありませんね。

大御所の娘という最大の権威を笠にやりたい放題の感。

臣下や女中の者たちへの不配慮の件、宇都宮城釣天井事件での暗躍などもありますが、弟の秀忠あたりからすれば面倒くさい姉さんだったでしょうね。

結果を見れば嫁いだ奥平家といえば信昌はじめ子らには先立たれて改易の憂き目。

独り我儘に生きたその因果であるなどとは言いませんが、私は奥平信昌といえば思い出すのはその前妻というか許嫁の「於ふう」さん。

亀姫の権勢とは真逆、若くして見せしめの磔で、猶人気のない藪の中の墓。断然その墓のある場所もそうですが不条理かつその儚い人生に気持ちが移ってしまいますね。

 

それはさておき、昨日の亀姫光國寺の墓に続いて今一つその夫信昌の荼毘所と思われる盛徳寺(場所はこちら)の墓を。

光國寺が亀姫荼毘所とすれば分骨して夫婦墓にしたと推測します。

盛徳寺の寺号は亀姫の院号「盛徳院」からですが、何となく恐妻家を思ってしまいます。

お寺はなぜか拝観お断りの躰。

⑥図の林がそれですが、大き目土饅頭の上に五輪塔がそれぞれ建つ形式となります。