徳融寺常夜灯と結界石 本堂と毘沙門堂

昨日お会いした方は関東地区の御城印集めに「3000㌔を走ってきた」と。

車中泊で1週間とちょい、80歳の一人旅。

奥さん家族からはハナから止められたそうで勿論同行者もなし。

 

行ったからには山城も登らなくては気が済まないということで、強行軍として覚悟はしていたそうですが「さすがにキツかった」と。

宿も取らず昼食も摂らない・・・私はそのキツさは大いにわかりますが、まったく驚きです。車中泊などはかつてならまだしも、もはやこの齢ではムリのレベルです。

四国のお遍路もすべてそれで完了させたとのこと。

おそらく最速記録であろうとのことでした。

通常ならば御朱印を頂戴するに並ばなければならないところ、コロナのおかげで、人は居ず、大抵の場合窓口に並ぶことは無かったとの事。

その御朱印並びの苦労については私はわかりませんが・・・。

御城印の方は印刷が多いでしょうから、山登りさえなければ案外ラクかも知れません。どちらにしろ私の趣向とは違いますのでその色々の談は新鮮でした。

 

その方のパワーは圧巻。「次は西の城へ・・・」と。

飽くなき挑戦「年だから」の自重は皆無です。

 

私も、昨年の奈良の街、東大寺の景色が忘れられません。

今更ですが、もっといろいろなところに行けば良かったと後悔しているところです。

 

さて、その奈良の徳融寺

融通念仏宗のお寺ということで興味津々でしたがまぁ一言で「浄土系」のくくりになりますから、発祥は当流と同じ世界があるわけですが、門前の結界石の文言を見て、「葷酒」に関しての戒めの強さを感じたのが第一印象。

何といっても「門に入るな」の主張ですから、葷酒への弥陀の救済はナイとの断言です。

 

以前にもブログで記していますが、蓮如さんは寒中遠方からお参りに来られた門徒衆に労をねぎらって「体を温めて・・・」という具合に酒を勧めたといいますからね。

「やっぱりそこのところ、違うんだ・・・」でした。

厳しいね・・・というか当流が甘いのでしょうか?

当流には「戒律」はありません。ただし「掟」のようなニュアンスのものはあります。

 

「~このうへは定めおかせらるる御掟

          一期をかぎりまもりまうすべく候ふ

                       『改悔文』

 

敢えてその一、二番のものをあげれば「二心なき信心」と「聞く」というスタンスでしょうね。

その前段には「雑業雑種自力の心をふり捨てて 一心に阿弥陀如来」の件ありました。

 

あの時はこちらのお寺も人っ子一人すれ違う人はありませんでした。

もう二度とそのようなめぐり合わせはないでしょうね。