三河龍照山順成寺 西尾市教育委員会報告書の存在

いつもお参りに来られていた方の顔が見られなくなって1か月。

別の檀家さんから「知ってる?・・・」と投げかけられました。

聞けば「今、入院しているよ・・・」とのこと。

お酒大好きでそれが原因の脳溢血で倒れてからこつこつとリハビリに励んで「復活」していましたが最近はそのお酒について「もうきっぱりと止めたのですよねぇ~」などと問えば(冗談じゃあない・・・)「飲むよぉ~」の語が返ってきていましたのでその入院を聞いて「やっぱり、やっちゃったのか・・・」と思ったのでした。

しかしその入院の理由は「転倒」だったとのこと。

転倒してどこかを負傷したということではなさそう。

 

その転倒の原因がただ「筋力不足」ということでその回復のためのリハビリ入院と聞きます。

何故にして筋力がなくなったのか・・・

 

それは数年前にシニアカー(電動カート)を導入したからだそう。それまでは杖と自分の足で墓参りに来られていましたね。

これで介護ナシで「どこにでも好きな時間に出向くことができる・・・」と喜んでいたことが思い出されます。

 

結局自身の足を「使わなくなった」というのが筋力低下の最大の原因のよう。

足が悪くなったら・・・より一層自身の足をイジめてやらないとイケないということでしょうね。

家康の「御文」の如く、幼少時教育だけでなく毎度自身を甘やかすことなく「きうくつ」にしておかないとダメなのでしょうね。

日々ラクばかりを求めている私は大いに反省させられました。

私はその方の今回の「リハビリ入院」に関してお酒も飲めない環境になるでしょうからむしろ良かったのかな・・・などとも思ったところです。

 

他にも医師から「酒はやめなさい」と言われながら「少しくらい」「たしなむ程度」から始まって「毎晩晩酌」に戻ってしまっている方を知っています。

人が自己のコントロールができないということはわかっています。私がそうですから。

 

さて、昨日の拙寺や私自身の「遠い親戚」三河の順成寺ですが残念ながら今は無住寺院になって、本堂に立ち入ることはできないというところ昨日記しました。

しかし西尾市教育委員会の発行する調査報告書にはその本堂についてさらっと記されていました。⑤画像がその一部。

 

そちら西尾市での研究課題としてただそれ(真宗寺院のくくり)だけで一つの冊子が出来上がってしまうということには驚き以外何もなかったですね。

さすが、真宗繁盛の三河の地というところです。

 

「現状(平成15年当時)西尾市域内の真宗寺院は58ケ寺、三河三ケ寺の末寺が多く、徳川家との所縁もあって51ケ寺が東本願寺(大谷派)・・・」という件がありました。

三河門徒の圧倒を再認識するところですがさりげなくそこに記された「徳川家との所縁」こそがその三河真宗の特殊性を示唆しているのかと。

 

何度もブログでは記していますが、家康はいわゆる一向一揆をやらかし、自身の地位を危うくさせた「反発の敵対勢力」としてただ一掃排除するのではなく「それはそれ」とスンナリと許して(三河三ケ寺―本證寺、上宮寺、勝鬘寺―については当初は国外追放に)門徒衆を自分の懐の中に取り込んでしまうその家康の「深い」人間姓は他の大名領主系にはあまり見られないところですからね。

真宗系武士団もしたたかに家康に随って協調、家の存続を図ったのでした。

 

尚、家康が寺そのものを赦免したのは妙春尼の願いを聞いたその20年後でした。

各家臣団もその」配慮に基づいて家の在り方について「上様と阿弥陀様」のダブルスタンダードもヨシとするスタンスに変化していったというところでしょう。

そもそもその二つを同じ土俵の上で崇めることはムリな話ですからね。