神奈川、千葉、埼玉のトーキョー隣接三県が揃って緊急事態宣言を要請するとのこと。
トーキョーが3117とこれまで見たこともない数字となってそれにつられて3県の状況も酷いもの(神1051 千577 埼877)。
私ども静岡県も120で牧之原市にも2人ほど出ています。
息子も私も仕事の内容は他人様の前に出て声を出して(当然大きく呼吸)おしゃべりもするという「特殊」な職種のためその感染についてのおそれは少なくないことは承知しています。
それでいて私も息子もその時は「しゃあない!!」との開き直りがあるのですが、他人様に感染させてしまわないかということに、以後スケジュールが台無しになってしまうことがとても心配になります。
8月のお盆シーズンは結構に埋まっているのです。
こちらが「だいじょうぶかよぉ~」と思わせるくらいに・・・。
その感覚は元に戻っているのです。
昨日は「だいじょうぶ~」の心について記しましたが、それは一つの「世話をやいてくれるな」であってやんわりとした反意の主張ですね。
よってその三県揃い踏みの「宣言」に関して私は「100%意味ナシ」を思うワケです。
それをどうこうとしたとしても、もはや人々の、特に若者たちの「だいじょうぶ~」の内心「世話やくな・・・」と見ます。
要は「私のやりたいようにやる」し、コロナに掛かったとしても「まぁ、なんとかなるだろう」ですね。
その雰囲気を社会全体に広げたのが五輪の開催。
お偉いさんに「感染状況どうするの?」の質問に対して「五輪はTVでみてください」・・・とは如何に。
まったくもって質問の回答になっていないですよね。
最近のワンパターン「はぐらかし」。
先日の4連休以前のあれこれトーキョーの人々の行動がその3000オーバーの数字となっているのですが、ではその「だいじょうぶ~」の最たる4連休五輪開催のデタラメ、オーバーおちゃらけ気分の高揚時期のその結果がまだであるということの怖ろしさたるや・・・
そしてまたその4連休の各地へのトーキョー脱出者が18万人もいたといいますので、これからもっともっと強烈なしっぺ返し(おちゃらけ気分の)を各地で喰らっていく図も想像できます。
相当な蔓延を覚悟する必要があるのでしょうね。
おちゃらけ気分といえば「この世は私のためにある~」という女性歌手(山本リンダ)の曲のフレーズがありましたが(年が知れます・・・)その流れの別の曲に「どうにもとまらない」なるタイトルもありました。
「この世は私のためにある」といった具合におちゃらけ気分を盛大に盛り上げたガースー総理の施策が国民の行動「どうにもとまらない」に繋がったというワケです。
さて、以前当地より奈良方面に向かうに「東名阪を伊賀で降りて笠置から加茂のコース」と記しましたがその道が国道163号線になります。
先日記した残念石から加茂の石仏などもそのルート上にあってきょろきょろしながら走っていれば奈良に到着できないくらいのお楽しみがあります。
要は歴史が詰まった地。キリがないのですね。
また、それら、以前のブログに記されているコロナ新規感染者と今の状況が雲泥の差でその時の私の考えも違っているところなど面白いところでした。
その163号線を伊賀から南山城方向に向かっていると道路の左手に「笠地蔵」の案内板が目に入ります(場所はこちら)。
ただしこの道路は車がひっきりなしにそれもハイスピードで通過しますので、車は安全な場所に停めてからその地蔵さまに会いに行くことになります。
掲示板の通り「天正伊賀の乱」の際の伊賀からの逃走経路がその裏手の山道にあったことか記されていること、そして地蔵堂の中の奥にあった五輪塔の残欠に心が向きました。
地蔵はオーソドックスなタイプで身長130㎝とその存在感をアピールしています。
何故かとってつけたような笠がのっかっていました。
石室の違いも一目瞭然。
なるほどこれで笠地蔵というワケか・・・勝手に納得した次第。
昔から地蔵といえば「笠」と一番に考える人が必ず居て、案外とその「仏への優しさ」を推測させる提案は周囲の人々から承認されるということですね。ワンパターンでもありました。
私からすれば頭の上に石を載せられては「たまったものじゃあナイ」ですが。
これもいつもの赤い前掛けと同じ感覚なのでしょう。
古き時代のオリジナルに「手をかけるな」。
これこそまさに余計なお世話。
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