解体費用をケチって 畳搬出用スライダー

昨晩のNHK「ためして~」の誤嚥解消の裏技、「ももウラ伸ばし」には目からうろこの半信半疑。

舌と太ももの裏の筋肉が繋がっていたなんて・・・

 

口の中のことですからてっきりそれに関わる筋肉を強化するために「おしゃべり」が一番大事などと思っていましたから。

先般の「春の法要」では皆さんに「誤嚥」含めて運動不足解消の為には外に出ておしゃべりすることが大切です・・・などと皆さんに向かって偉そうに吹いたばかり。

結局、姿勢を整える(骨盤を起こす)ことが「飲み込み」を変えるとのこと。

話術を生業としている方であったとしてもその「飲み込み」によって死に至ること多々ありますし、また単純に「老化」であると溜飲を下げるワケにはいきません。

 

昨日ブログでは脳梗塞について記しました。

前兆の症状を見極めて間髪入れず救急車を呼ぶ判断ができるかどうか・・・。自身昏倒していたらそれはムリですが。

いただいた脳梗塞関連の番組ビデオを拝見したわけですが、その病への私のこだわりは父が心発性の脳血栓により寝たきりになった挙句その後亡くなったからです。勿論あの胃ろうを施術していました。

あたかも「お前もこうだぞ」と言わんばかりにただ動かず眠り続ける躰を見せつけていました。

 

そして一昨日のブログではコロナワクチン接種による副反応で伝え聞いていた「血栓の発生」の例を記しましたが昨日は英国製のワクチンで血栓を起こした「22歳~49歳の11人の症例」というドイツの研究についてのニュースを見ました。

血栓の発生はワクチンの副反応であることはほぼ間違いなさそう・・・というところまではいいのですがその11人のうちなんと6人の方が亡くなっていたといいます。

 

私は血栓の発生といっても軽度のもので、てっきりうまいことみなさん「回復している」などと思っていましたのでその死に直結するワクチン接種には驚き。

ということはハッキリ言って中には「死ぬことがある」というのが親切な情報ですね。

「22歳~49歳」などの若者たちであっても場合によっては重篤な副反応の例(死)があるというのならばいよいよその注射をためらってしまいます。

国が都府県からせっつかれている「宣言」発出について躊躇しているのと同じかな・・・。

 

少し待てば国産の優良なものが出てくることを信じていますが。脳血栓になる可能性が少しでもあるというならば慌てることはありません。

脳血栓になるならコロナの苦痛の方を選択します。

病は定業、ワクチンは政策的恣意を推測しますから・・・

そもそもド田舎住まいの私にはリスク僅少でしょう。

そして周囲の皆さんがワクチンを接種していけば私はその壁に守られてしまうというのも計算づく。卑怯かな?

 

さて、お天気続きにつき、会館撤去の準備に入っています。

半世紀ほど前にTDKの山﨑貞一氏の御寄進によって建てられた同朋会館ですが、老朽劣化の為に取り壊しが決定しています。

既に2階の屋根の崩落個所が3か所あって屋根瓦の落下が一番危惧されるところ。

これまで瓦屋根の補修やら各難題を私の手でクリア―してきましたがもはや退館

 

そもそも婦人部の皆さんの高齢化により、「2階まで上がれない」という理由から本堂会場の会合にシフトしてきてから以後その使用がなくなりました。トイレに物置化です。

使用しない建物の痛みというものは急速でした。シロアリも発生していましたし。

 

今回解体の見積もりを取る際、当方でできそうなところは「やります!!」ということで解体価格の低下を目論見ました。

昨日は午前の片付けに続き、午後からはその準備、畳の搬出のための滑り台を設置しました。

2階は30畳、うまいこと捌ければと思っています。

2階のものは上からブン投げる・・・基本でしょう。

 

この畳の処理場の受け入れ価格は業者と個人では雲泥の差。

あの重量のものを処理依頼するのはバカバカしいですからね。

請求は直接こちらに来ますので。

ただし1日15畳までと受け入れ制限があります。

檀家さんの軽トラ持ち込みのヘルプがありますので15畳✖個人搬入2台という計算・・・それも卑怯?

 

画像は日没近く、1枚だれその実験したところ。お天気のうえ日が長くなって仕事がはかどります。

うまいことサクっと軽トラの荷台に滑り落ちてくれました。

 

また瓦の撤去も考えましたがそれは奥方に止められました。

土蔵を壊すときは私の手で瓦を下ろしましたがその瓦たちはまだ捨てきれずに色々な場所に放置されていますから。

今回、ついでに処分してもらおうと考えます。

 

③は例のカラスの幼鳥。

それほど利口ではなさそう。

あの日の翌日には成瀬鼎墓石の看板の上に再び舞い戻っていました。きっとその上の槙の木に巣があったのでしょうね。

ようやく昨日の午前中、本堂の屋根に上がっていました。

生きているということは親がずっと面倒を見ていたのでしょうね。親たちは墓参の方たちが来ると上空で牽制していました。