通信使平和常夜灯 宝泰寺 「駿河三刹」の一

米語のスラングについて「そんなのアリ?・・・」と思わされたその言葉が「Nagasakiにしちゃうぞ」。

どうやら「Nagasaki」を動詞として使うようです。

意味は「破壊する」で特に激しく「完膚なきまでに叩き潰す」の表現。

ということでその日本の地名ときたら世界中の人々で誰もが知っている原子爆弾を落とされて多くの被害が出た2つの都市のうちの一つ。

 

この件アメリカの人気ドラマの台詞にあったということで物議をかもしていますが表現はそもそも自由であるとはいえ、「潰滅」を喩える言葉としてその使用は日本人としてカチンときますね。

要はその原爆の使用に関しての後ろめたさなど微塵もない「何の気なし」の言葉遣いであって、気分のイイことはありません。

 

全てのアメリカ人がそうであるワケがありませんが色々な人がいるということがよくわかります。

言葉の使い分けができない人なのか、強くその爆弾の使用を肯定謳歌しているのかわかりませんが、その件日本人は「不快である」のメッセージは送るべきですね。

長崎被曝74年に思います。昨日も投下時間にあわせて鐘が衝かれましたがその件忘れてはいけないのです。

 

さてさて国同士、色々なところでギクシャクしています。

それぞれトップの恣意、これは特に国内政(まつりごと)の行き詰まりからテーマを対外的に悪役を仕立て単純な国民感情を「挙国一致」に仕向ける手法ですね。

大抵は末端国民レベルではやれやれの感がありますね。

バカバカしくてお話にならないレベルで私はただの傍観者。

マスコミ各局もお調子に乗って煽っているようにも見えますが・・・。

 

まあ、お隣の国の件、うまいこと仲良くしてくださいな。

未来を背負って立つ子供たちへの教育にも良くないですよ。

それではまるで扇動教育です。

また現状、政治家の「交渉できない」の表れでしょうね。

本来すべき仕事ができない方たちのことです。

 

 

画像は「駿河三刹(臨済寺・清見寺)」の一、宝泰寺本堂前に建つ「通信使平和常夜灯」とその案内板(場所はこちら)。

山号の「金剛」は英訳すればダイアモンド。

超が付くほどの静岡駅前の一等地です。

 

あちらの国は秀吉時代からの恨みつらみもあるのかな・・・ 

儒教的精神が色濃く流れているお国がら父母先祖に辛い思いをさせたという歴史は時折「怒り」として頭をもたげますし、日本人は原爆を2発も落とされているにも関わらず、「忘れちゃう」。イイ意味で「ゆるし」ではありますが、とにかく他国から見れば不思議で面倒くさい相対ですね。