扶桑第一の険難「厩崎」 (小島蕉園)  遠州五港

昨日朝9時30分頃は牧之原(インター近く)のお宅でお勤め。

10時過ぎに寺に帰れば境内からの排水をする溝が溢れかえっていました。

「ついさっき豪雨が来た」とのことでした。

原の台地は殆ど降っていませんでしたから驚きましたね。

いわゆる前線の通過というヤツでしょうがその後は晴れ間が広がりました。

 

さて昨日ブログでは古地名の「表」とは何をもって「表」などと記しましたが、それは概して「表立って人目に付く方」のことですね。以前は日本海側を「裏日本」などという記述や評価がありましたが、それを言ったらマズいことが周知されて知らないうちに消滅しました。

しかし字面の変更もありますがまだ「裏」の地名はありますね。

 

そしてそれに似たような字が「前と後」、距離的な感覚が強いもので「こっちとあっち」のような違いでしょうか。

時に「中」がその間にあります。国名でいえば備前・備中・備後等々です。

 

「前」の地名でいえば近くの御前崎。

ただし以前小島蕉園の蕉園渉筆の「厩崎」二題で御前崎の記述を記しました通り、御前崎の地名の元は「厩崎」。

「厩の先」という地名が通説で、それではちょっと聞こえが悪い・・・と思われたか「御前」という大層仰々しい名前が思い浮かんだのでしょうね。

やはり「キラっと」(キラキラネーム)したような。

「前橋」も元は「厩橋」ですので、「厩」は「前」に代わるものというのが私のイメージ。

 

これまた以前、高天神城の「御前曲輪」について記したことがあったと思いますが、これも「厩曲輪」と解せば案外スンナリ合点できます。決めつけはできませんが・・・

 

その旧御前崎町民がカンカンになる蕉園渉筆の記述二題ですが、その他に今一つ「厩崎」について記したものがあります。

こちらは「蕉園渉筆」のトップバッターでもありました。

 

「遠州有五港、曰川崎、曰相良、曰新井、曰福田、曰挂須賀、而其實非港也共皆官船貢運所発、因有港名、勢之鳥羽、至于豆之下田、大海七十五里、無一處泊船、所謂七十灘、扶桑第一嶮灘也況厩崎洋中、巉巖屹立者五六十、伏水底者、不知其数也、西州、上自貢運、下至賈仮、其達江都、必皆由焉、迅雨暴風漂於狂瀾、觸悪巖、闇夜最為甚、自古覆没死亡之患、其餘財貨之失、不知其幾千万也、此危灘而無澳港、可謂闕典矣」

 

「遠州には五港有り、曰く川崎、曰く相良、曰く新井、曰く福田、曰く挂(横)須賀、而して其實 港にあらざる也、共に皆官船の貢運(年貢運搬舟)が発する所、因て港名有り、勢(伊勢)之鳥羽より、豆(伊豆)之下田に至る、大海七十五里、一所として船を泊する無し、所謂七十灘にして、扶桑第一の嶮灘也 況んや厩崎洋中、巉巖の屹立者五六十、水底に伏す者、其数知れず也、西州、上は貢運より、下は賈仮(商船・大船)に至る迄、其れ江都に達すに、必ず皆由る焉、迅雨暴風には漂狂瀾に漂い、悪巖に觸れ、闇夜は最も甚しと為す、古より覆没死亡之患、其餘財貨之失、其幾千万を知らず也、此危灘にして澳港無し、闕典(制度ダメ 不完全)と謂うべし矣」

 

昔から遠州には「湊」の如く静かな海の環境下での小舟の荷下ろしを主とした船着き場は各あったものの大きな船が立ち寄れる場所、特に避難港は無かったということが記されています。

天気予報など無い時代、船行は便利で大きな稼ぎにはつながるものの「水商売」たる由、いつ何時嵐に見舞われるかわからなかったのですがことに船が遠州を通過する際、この「厩崎」に避難場所を求めるにあたって大変リスキーだったことがわかります。

 

画像は土蔵址に建築依頼した耐震物置のベース。

物置なれど拙寺唯一の耐震強化の建造物となります。

いざという時の待避所とする予定です。まぁ庫裏が崩れて生き残った時のみの活用となりますが。

 

②は土蔵を壊して判明した排水溝として利用された墓標。

その名を過去帳で調べましたが不明です。

④は今回の工事で掘り出された相良城石垣転用材であろう石。

計8個です。廃棄という選択肢もありましたが、土建屋さんに頼んで駐車場脇の石垣の上に積んでもらいました。

先の台風で壊れたフェンスを撤去していましたので丁度うまい具合に据え付けられました。

以前は永田邸(旧姓野村さん)から出た石を私が据え付けを行っていましたが現状体力では苦痛でしかありませんからね。

本当に助かりました。

まだまだ置く場所はありますので相良城外堀址付近の工事で出た石については是非に声掛けください。

路盤材にしてしまうのは惜しいですからね。

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コメント: 2
  • #1

    野村幸一 (日曜日, 28 10月 2018 18:02)

    その墓碑には何と書かれているのですか?

  • #2

    今井一光 (日曜日, 28 10月 2018 21:27)

    ありがとうございます。
    ざっと見て宝暦十年二月? 釋妙念かと