山岡鉄舟の落款(全生庵所蔵分) 一応の真贋資料

お日様の昇った午後の暑さはいつもと変わりありませんが朝方の涼しさに秋を感じるようになりました。

 

勿論、あの衛生状態の悪そうな土蔵の二階に上がる際はマスクの着用は当然の事です。

暑さと湿気と埃と色々・・・、酷いコンディションで短時間勝負となりますが、くしゃみが止まらなくなって「悪いもの」を吸い込んでいることを実感します。

 

本来ならば冬場の仕事と考えていましたが、今仕上げてしまえばその先がラクになりますからね。

今時、「土蔵がある」ことは珍しく遺しておきたいという気持ちで後ろ髪を引かれる思いですが、本体の痛みが限界に達して機能不全、ここは一気に取り壊して物置を作ろうという算段です。

父はブリキで覆って外壁の崩落に関してはメンテしていましたが。

 

ついでに物置の階上に私の熱帯系植物たちの居場所を作れば、今年の冬は見苦しい鉄管パイプの温室は廃止できるというもの。

仕事の進捗はお天気次第ですね。

暑かろうがこの秋は好天を望みたいところです。もっともまったくのんびりですが。

 

さて、こちら相良には山岡鉄舟が滞留していたということがあり、鉄舟の書の存在についてはここかしこで耳にしています。

鉄舟は酒代に窮して書をその代わりにしたと聞きますね。

よっていたるところでその書が出てくることは理解できますが当地に於いてはその偽物がかなりあるということを念頭に入れておかなくてはなりません。

某相良では名ある歴史に精通されている方によれば鉄舟の偽専のプロがいたといいますから、「相良の鉄舟書」というだけで眉に唾だそう。

 

明治~昭和に日本全国、その偽鉄舟を書く猛者がいたはずで、その「鉄舟書」なる代物は膨大な数になるのです。

タダでさえ多くの書を残した鉄舟ですがその10倍は偽物があるのではないでしょうか。

史料館の長谷川氏に「相良じゅうの鉄舟を集めよう」とその企画展を発案しましたが、「真贋がハッキリしない」という理由で今一つのよう。

それでは最初から「偽物混在をうたっちゃえばイイじゃん」と。まぁこちらでの真贋の参考となるのは出何処でしょう。

そこのところ骨董品の真贋判断の基本なのです。

 

鉄舟が書を多く書いたという記しになるかはわかりませんが全生庵にはそのおびただしい数の落款が残されているよう。

落款であっても「好きもの」はしっかりと偽造しますので真贋の判断をそれだけで行う事はできません。

また、それ以外の落款もあったはずです。あくまでも参考まで。