報恩講 講師大霜憲司氏「公証人のあれこれ」 

外の散歩は気持ちのいいものがありますが、自宅庫裏の午後の温度は西日がもろに当たって30℃オーバー。

まぁ真夏の頃のそれとは雲泥の差ですが。

こういう季節の変わり目、春分と秋分の近くは往々にして人の体調は崩れやすいもの。

 

今回の義母の入院騒ぎで当奥方は神奈川県と当地を行ったり来たり。きっかけは義母の妹の急逝でしたから将棋倒し的連鎖が起こっているワケでして・・・

奥方も体調不良の中を無理して動きまくっていますのでいつぶっ倒れるかわからないくらいのレベルです。

真夏の間はみんな元気そのものでしたから、人というものの健康恒常などわからないものです。

 

当初ストレス性疲労もあって倒れた義母(妹の葬儀出席も医者に制止されました)でしたが、その後の精密検査で5㎝の腫瘍が小腸に見つかったとのこと。退院後調整して再入院(生検せず取る―見立てでは「おそらく良性」)ということになりましたので当分当家のゴタゴタは続きそうです。

よって叔母逝去後のあと片付けなどは殆ど未着手。未だいろいろ除籍の届けすら出せていません。月末だけあって各種引き落としのある契約だけは解除解約しておかないと、無用な出費が増えてしまいます。

 

かといって先日エンディングノートの件で記しました通り遺言の類は一切なし。

保険、銀行、証券が現状一体どうなっているかもわかりませんしそもそもごっそり詰まった家財道具の行先すら決まっていません。

相続やら面倒な手続きの件は司法書士に依頼するほかはありませんが、「家の中を片付ける」という大仕事がこれから待っています。

 

叔母は相続の件については生前から口にはしていたものの、実際はその段取りに入る前に亡くなってしまいましたので今となっては残った人たちの暗中模索しかありませんね。

私はその手の事は分っているつもりで、「やるべきことはやっていた方がイイ、それも早く」というアドバイスはしていましたが、やはりこればっかりは本人次第。

「外野」がとやかく言うものではありませんからね。

皆さん「自分のその時」についてはあまり考えたくはないものです。元気であれば当然でしょうが、その「元気」というヤツがアテにならないのですよ。

 

遺言書を作成して公証役場に行くというひと手間をかけてさえいれば、すべてが円滑にバトンタッチできたのですが。

特に私が口惜しく感じるのはよりによって今年の報恩講のお話を依頼している講師が「公証人」。

要は誰でも「その時」を迎えなくてはなりませんので、あとくされなきよう、うまいこと「事前処理しておきましょう」というメッセージと、人間界煩悩世界の色々を面白く語っていただこうと企図していたのですから。

それだけ難しい事なのでしょうね。自分の事は特に・・・。

まさに「後生の一大事」ではありました。

 

報恩講寺楽市 11月11日 講演は10時20分頃より。

 

②③④は初めてイガに栗の実が入っていた図。

今年は台風の風で殆ど落ちてしまいましたがその際、中を開けても実らしきものはまったくありませんでしたので、今年は諦めていました。実生用にもう一本苗を購入するか迷っていたところでもありました。

確信を得たからには来年はバッチリ施肥して秋の収穫に備えようと思います。

最後のヒガンバナ画像は以前記した「ダンドク」の繁茂する所。