夏真っ盛り 8/15の法要はジャジーに 再び「松風」

イギリスの子供達をターゲットとしたテロは凄惨でした。

あの手の悲劇はその発生のたびに「もう目にしたくない」とは思っていても、忘れたころにあの様を見せつけられ続けています。嫌な時代ですね。「戦争」が国家ではなく、為政者でもなく直接市民に及ぶのですから。

ここで英首相がコメントした「これだけは言っておく 私たちは勝つ」について考えてしまいました。

 

意図としては大いにわかります。子供を狙うという「最大のソフトターゲット」は卑劣そのものですからね。怒りも頂点に達しているのは当然でしょう。

それはトップが国民の団結を促して平穏無事な国家の運営に軌道修正をしたいという気持ちをアピールしたのでしょうが、そもそも「テロリズムに勝つ」ということは何なのでしょうか。

 

それが「差別と格差社会を容認する世風に克つ」ということならばわかりますが「テロに勝つ」とはアピールに過ぎるような気がします。

これば「勝ち負け」のレベルではないような気がしてならないからです。

 

なぜならばテロとは自国民の中から自然発生的に出現する「鬱屈した歪んだ精神」の発露であると定義したら怒られましょうか?

私にはそれは「差別と格差社会」そのものの中に健全性を求め「自身勝ち抜く」ことにのみ有意義第一に生きる私たちの、今ある我らの中から現れると思うからです。

 

自分の体内健全性を脅かす癌細胞と同様で、細胞の突然変異によって悪性腫瘍化する姿に似ています。

テロとは「自身」の変化した姿なのですね。

よって海外の「不穏分子」の流入を想定する嫌いがありますが、これはまったくナンセンス。テロ思想とは市民から自然に芽生えるものなのです。

 

それを誘発するものは・・・

①政治の高慢な施策 ②抑圧された個人の敗北感 ですね。

①②とも受け入れる側の感覚が微妙に違います。

そもそも①などは為政者は高慢であるが故にまた自らの非を認めないものなので、それがありうることでさえも認めないでしょうね。よってもとからその変化などは期待できませんし・・・。

 

また、敢えて③を追記するとすれば「若さ」でしょう。

青年期の潔白意識と犠牲的精神は高く、一たび何か思うことがあれば「行動」を起こしやすいという傾向がありますね。

他者より感化されやすいといったらそうかも知れません。

 

日本政府はだからこそあの治安維持法もどき(共謀罪)の法案を通さねばならないと主張するでしょうが市民レベルの敗北感そのものを惹起するのは「発言と行動の抑圧」からと昔から決まっています。

少々の為政者の傲慢は目をつぶったとしても、その許されていたはずの「市民の権利」を抑止されたとしたら・・・「地下に潜伏」するしかありません。反動分子を生む、それが歴史です。

 

強く縛れば反発心も出現するということ、その副作用(テロ思想)は宗教に関わらず、個人的敗北感が元となることを忘れてはなりません。何人も「見捨てられている」を感じた時に病理のスイッチが入るのです。

 

ということで誰も「敗者をつくらない」「孤立感を抱かせない」ことが政治であって「勝ち負け」の台詞にこだわっていたら未来永劫その恐怖からは逃れられないでしょう。テロの撲滅(戦争も)はやはりイソップ物語の「北風と太陽」なのかも知れません。

地道な対話と共生の努力を放棄してはいけないのです。

 

さて、今年の盂蘭盆会法要の日程と恒例の8月15日の終戦記念日の兼戦没者法要(正信偈の会)のあとのイベントが決定しました。

時に何度か記していますが拙寺の盂蘭盆会法要は7月と8月の2度あります。これは地区によって時期が違うということからそれぞれに対応しようと行っています。

7月15日は今年は土曜日ですが通常、仕事に行って出られない方用に夜間開催も入れていますので法要としては全3回ということになります。

どちらかに参集いただければということなのですが、今年のお客さんをお呼びしての出し物は8月の法要の方。8月がおすすめ。

 

2017年盂蘭盆会法要  正信偈の会


※盂蘭盆会法要  7月15日  午前    10時
※盂蘭盆会法要  7月15日   夜     7時
 
※盂蘭盆会法要  8月15日  午後      2時

 

8月15日の法要開式は午後2時からで、正信偈拝読後の法話はバッサリ飛ばしてジャズコンサートになります。

 

8月15日14時30分頃より「盛夏のジャズライブ」と称してサックス奏者(サックスだけではありませんが)のKoichi Matsukaze 松風紘一氏とのひと時をおすごしいただきたいと思います。

 

松風紘一氏

静岡市出身1948年生まれ

高校在学中から国立音大教授石渡悠史氏に師事し国立音大在学中よりプロ活動を開始。自己のJAZZグループの他、様々な音楽シーンに参加。70年代に初リーダーアルバムを発表。

82年には、自己のグループ(サックスワークショップ)で合歓ジャズインに出演、その他公演共演多数。98年、今村昌平監督(山下洋輔音楽監督)"カンゾウ先生"の映画音楽にフルートで参加・・・詳細は当HPの「ホーム」に。

 

「松風」さんとは風流な姓ですね。昨日記した京都の御菓子の名には歴史の重みがありました。

特に「哲学的」を思わすのは一休さんの

 

  『心とは いかなるものを 言ふならん 

              墨絵に書きし 松風の音』

 

テロとは心の病であることを知らしめているようでもあります。私の心の動きなど私でもわかりゃあしない。

心が荒むとロクなことがないのは御承知の通り。心を大きく開いてお念仏し、美しい音色とテクニックに耳を傾けてみたら「何か」つかめることができるかも知れません。

 

尚、入場フリー、どなたでもどうぞ。

 

画像③は松風紘一氏 ②は昨日到着した真宗大谷派宗務所発行の新聞「同朋新聞」6月号の表紙。今年4月に行われた蓮如上人御影道中 御下向の難所 木の芽峠(福井県)の図。4月17日から23日まで240㎞(京都―福井吉崎)を7日間で歩く御仏事。

興味はありますが、コレは私には無理ですね。

また「6月」の声が聞こえるのも驚き。

 

「同朋」の通り仏道は「みな同じ」を基本としています。

眠そうにしているネコは私の僕(しもべ)。私の近くにいつもいてくれます。寝床は今のところ一所です。よって何度も寝返りで踏みつぶしていますが絶対に怒りませんね。真夏になったらさすがに独りで寝るのでしょうが。

他のネコたちもいたって友好的。喧嘩し殺し合う人間どもを知ってか知らぬか「静観」を決め込んでいます。