難読  葵区羽鳥の服織に建穂   25日「怒り新党」

再び寒波が日本列島に襲来中とのこと。 

当地も3時すぎには5℃まで下がっていました。

ニュースによれば滋賀県高島で積雪76㎝、彦根で34㎝は驚きの数字です。

私にとっては結構身近な場所だということと、その付近からは正月明けに逃げ帰ってきた経験がありますので、「桑原桑原」の感。この時期の遠乗りはハイリスクです。

「不要不急の外出」を控えて・・・とは最近よく聞くフレーズですが、「トンネルと抜けると雪国」なんていうのはシャレになりませんからね。

八風街道、国道421号の長い長い石榑トンネルを思い出します。今頃その境界の向うは別世界になっていることでしょう。

 

そういうことでやはり厳冬期の散策は西は尾張・三河にこちら遠江、東は駿河程度、周辺の平地に限定されるのでしょう。

やはり降雪・凍結ほど危険な天候はないですから。

そういうこともこの時分の体重増加の一因になっています。

 

駿河賎機山の麓(今川館、駿府城)のあたりの中心部(静岡市内)を西側から守る自然の大堀と言えば安倍川です。

安倍川にはちょうどその駿府城の真西あたりで西側から合流する藁科川が流れ込んで舌状台地先端の複雑な地形を構成しています。

さらにその二つの大河に作られた三角地帯の中央には大門川が流れて、その山間は恰も城郭をイメージするような地形となっています。

そうですね、この台地を安倍川沿いに北へ向かえばあの慈悲尾(しいのお)の増善寺がありました。

今川氏親にも家康にも縁のある地域です(場所はここ)。

 

この地の名称は静岡市葵区「羽鳥」です。「羽鳥」と言いながらこの地区には「服織」(はとり)の字を冠にする施設が目に付きます。学校に郵便局に各民間施設。

紐解けば「渡来人秦氏率いる服部が移住して養蚕業や機織りをしたこと」が発祥の様。前出の賎機山もそうですが、「機」の「はた」も「はた=秦」を連想させますね。

まぁ「羽鳥」は市の方でそう統一した新しいものでしょうね。

 

秦氏が住するということはバックに聖徳太子がいて「寺があった」というのが定番ですね。

それが建穂寺。羽鳥地域よりもさらに丘陵側、裾のエリアを葵区建穂という地にあります。「建穂」と書いて「たきょう」と読みますが古い伝承はあるようです。変えてはいけない大切にしたい地名です(①航空図矢印)。

 

賎機山、慈悲尾に続き、服織に建穂地元駿府に御縁のある方ならまだしも、遠州の住人からすれば判読は難しいものがありますね。

 

こちらからその台地上に上がるハイキング道(最後の画像)がありますがその途中に建穂神社があります。

その神社の参道⑥にあたる辻に行基伝説の井戸跡というものがありますが、やはりその名に関しては「寺の絶妙」を引き立て飾るためにしばしば引用される偉人であって、少々信憑性には疑問がありますが、とにかくもこの辺りの発祥は古い(行基 天智天皇七年668- 天平二十一年749)事を示唆しているのでしょう。

 

ただしこの井戸のあった場所はこの畑の中にあったワケではないですね。地元の方によれば掲示板の前、道路上にあって、この件は静岡市の方で「埋め立ててアスファルトで覆ってしまった」ようです。

文化財保護と市民サービスについてまた考えさせられました。

この地はまさに宅地化しています。結構新しめの家々が並んでいます。

 

建穂神社の杜には杉の大木が。こういう点もその社の古さを窺うことがことができます。

 

さて、昨日はテレ朝の番組の紹介をさせていただきましたが、本日もこっそり記させていただきます。

昨日やはりテレ朝から「実名を記します如何」との連絡がありました。

今回は昨年来お騒がせしている「除夕の鐘」の件です。

年が変わってからもちょっとしたテレビ内の会話で「その件」について論じられたり、報道のきっかけとなったあのNHKの番組(「所さん大変ですよ」)の再放送があったりでポチポチと「見たよ」との声はありましたが、「ご新規」は意外でした。

 

先般出席した教区の組会にて「最近テレビにしばしば出ているようだが・・・」と他の私の短慮と抱き合わせで先輩寺院様に苦言を頂いていましたが、そんなことはお構いなしの如く「どうぞどうぞ」と了解いたしました。

 

放映は1月25日水曜23:15~24:15 テレビ朝日系列24局

「マツコ&有吉の怒り新党」です。

深夜のバラエティトーク番組で若い人たちに人気がありそう。

 

世話人さん婦人部さん一同かなり盛り上がっています。

今年もやります。大晦日、覚えていらしたらお越しください。