東山の雑踏を忌避するなら西山に行く  竹林公園

京都の「東山」に関してはあまりにも耳に馴染んではいますが「西山」という地名はそうでもないような気がします。

また「北山」という呼び方もありますね。

京都盆地には当然に「西の山」は存在します。

南側は巨椋(小倉)池という湖沼と3本の河川(桂川・宇治川・木津川)が集積(淀川)する湿地帯で「山」はありません。

 

その「西山」は国内での「京都観光といえば東山」というイメージが固定され外国人向けパンフには掲載なしというところが功を奏し今のところ「人混み」というものは感じません。

場所的には漠然と京都の陽が沈む方向ですが、桜の季節に東山のうどん店を紹介したブログで「十輪寺」(またはこちら)について記しました。

要は「そっち方向」のこと。

 

漠然と西の方角でよろしいのですが、人が少ないのは竹林だらけで「気の利いた店」が少ないからなのでしょうか。

だからこそ「ナイスな場所」ということなのです。

ただしちょいと北よりの嵐山などに行ったら「筆舌に尽くしがたい」ほどの大混雑に見舞われてしまいます。

 

5月のバス旅行で「竹林撮影といえば天龍寺裏」ということで竹林狙いに行った檀家さんがいらっしゃいました。

ところが「人の多さに辟易して諦めた」と言われました。

私は「人の居ない竹林」に行けばいいのに・・・とご注進。

なるほど嵐山の竹林も壮観ではありますが、「アレと似た景色ならまだたくさんありますよ」と。

春先の八百屋さんの店頭に並ぶ「京都の筍はデカくて高い」などと適当な事を言いながら竹に関わる一大産地であることを強調し「西山」についての講釈をつらつらと語りました。

 

よってお気軽に整備されたエリアでしたら向日神社から北へ向かった竹林公園周辺をお勧めした次第です(場所はここ)。

ただし交通の便といえばあまりよろしくないので車での移動がメインです。

 

そもそもこの公園は宅地開発によって竹林を破壊しつづけた京都市がその罪滅ぼしのために作った公園で竹に特化して一歩踏み込んだ資料をも提供しています。

あくまでも人の手が加えられた庭園形式で古来より日本に伝わる自然の竹林を目指す方はその周辺エリアの散策で事は足りるでしょう。まぁ入園料金は無料ですのでお気軽ですが。

 

しかし私がこちらに赴いた理由はこの公園が近年洛中で発掘された石造遺品の安置場となっていることからです。

置き場所展示場所がない中、散逸も防ぐためやむを得ない処置ですが、いかにも「それでここ?」と思うくらい唐突な場所ではあります。

 

公園は昭和56年に開園していますがちょうどその年に開通した京都市内の地下鉄の工事によって出てきた石仏です。

話は変わりますがその工事によってあの杉本家の井戸は枯れてしまったといわれていますね。

 

それが足利義昭が槙島城に籠城する直前までいた二条城(烏丸出水~丸太町間の390m・・・とのこと →平安女学院)の石垣にされた石仏たちです。

安土城にてもこの手のものを散見しましたが、まぁわざわざ庶民が手を合わせている対象を「紐で縛って引きずって運び出す」(ルイス・フロイス)ことまですることは不必要ですしその手の事を暴挙といいますね。

信長が「罰(ばち)があたる」結果を招来したことも致し方ないと思わせる由縁です。

その仏罰の発生とはむしろ仏に対してというよりも今生きている庶民に対しての所業を言いますが・・・

 

あの石造美術世界での権威、川勝政太郎氏もこの二条城発掘の石仏たちの勢ぞろいは目にしていないでしょう。

とにもかくにも石仏美術ワールドをお楽しみください。

 

門を通り抜けて西方には団地ほか住宅地が③④。その向こうに「小塩山」が控えます。「西山」の連なりです。

⑦⓼⑨は「清明」とつきものの「☆」マークが記されているという石仏です。おそらくそのお印は土の下に埋もれているのでしょう。