京都「三大門」のくくり 南禅寺三門に上がろう

何をベースにその順位を言いだすのかその世界の「ベスト」を言い囃すことがあります。

伏見稲荷の「一番」でいえば「外国人好みの・・・」というくくりでした。これは何かのアンケート調査のような結果で得た数字を基に順番を決めているようですが、中にはその根拠がわかりずらい順位というものがあります。

 

それは、同乗していたバスガイドさんのフレーズ「三大門」を聞いて、そういうのは「人それぞれで違う受け方があるだろうな~(いわゆる好みの問題)」と思ったものでした。

しかしガイドさんの仰っていた3つの門の羅列はそのスケールの大きさ(高さ)をベースにしていましたので、そうなれば必然的に「順位」(大きい順)が決定しますね。

要は好みという曖昧さではなく京都のお寺の三門(山門)の中で大きさ高さ順に3つあげれば・・・ということになります。

 

ということで①真宗本廟東本願寺御影堂門の約27mでブッチギリ。続いて②知恩院三門24m。③南禅寺三門22m。次点が東福寺三門22m弱。仁和寺仁王門21m弱でした。

 

東本願寺御影堂門に関しては当たり前のように身近で毎度毎度私どもはその門を潜ってお参りをしますのでそのような偉大な(大きさ1位の)栄誉のあることなどまったく気にもしませんでしたね。

個人的に惜しいと思ったのは御影堂門の修復が終わって、内部の一般公開の際に上がれなかったことでした。

愚息に連絡して内部に上がって真宗寺院では珍しい釈迦如来坐像と脇侍の弥勒菩薩立像、阿難尊者立像の三尊形式を「見てこい」と指示はしましたが、結局行けなかったとのこと。折角の「チャンスを生かせない」ところは、まぁ私と同様でしょう。

 

先般の遠足で、私が皆さんに「みんなで行こう」と声をかけた場所がありました。ツアーは祖廟と本廟(東本願寺)を除いて自由行動が基本ですがそちらは「みんなで」を提案しました。

それが南禅寺の三門のチャレンジでした。場所は東山。以前記した見返り阿弥陀の永観堂のお隣です(場所はここ)。

 

この門は常時拝観可能な門で、かなりの矛盾がありますがあの石川五右衛門の伝承で有名な門ですね。小説「羅生門」の如く寺の山門に潜んで寝起きすることはあったのかなかったのかわかりませんが、五右衛門はこの三門に潜んでいたといいますが時間的な矛盾があってその有名な叫び「絶景かな~~」は創作でしょう。

 

藤堂高虎が没する2年前に大坂の陣での戦没者のために寄贈した門です。「五鳳楼」という上層階にまで上って回廊を周回できるようになっています。

釈迦如来に十六羅漢像そして藤堂家歴代と大坂の陣戦没者の位牌を安置していますが、拝観可能なれど例によって残念ながら撮影禁止になっていました。

 

拙寺檀家さんの縁者で南禅寺境内を遊び場に育ったという人が仰ってましたが、おそらく階段の角度とその長さではトップレベルと。つい最近まで「300円で上がれたのにねぇ」と。今は500円です。

 

私が皆さんに投げかけた言葉は、年齢や身体の問題でこの「絶景かな」を味合わせられないのは「寺の名にかかわるというもの。みんなで協力して上がりましょう」でした。すると朝からの自由行動の方たちを除いて団体割引400円が適用される30名以上となりました。

 

しかしあの階段を落ちたとしたら・・・やはり「死」を連想しますね。上の人が落ちてきたとして自分に非がなくとも大けがは免れないでしょう。

なるほどと勝手に合点したのは、チケット売り場以外にスタッフはいないということ。あの状況は自己責任のレベル、下手に警備だの案内だのの人員を配置したら逆に「責任」を問われかねませんから。ある意味誰もが上がりたがる「高い場所」を開放するというのは観光客には嬉しいところですがお寺としては度胸がいることです。

そういった事故のニュースはあまり聞きませんので人はあの急階段を見てより注意しての乗り降りを心がけるのでしょうね。

 

拙寺最高齢の88歳の方はじめ身体的に不自由な方も皆さんに手を引かれたり、お尻を支えられたりで全員登攀成就できました。

さほど混んでいなかったというのもよかったです。

 

下図は光の加減にもよりますが知恩院三門のすばらしさ。

門の撮影は往々にして暗くなってしまいますがこの画像はまずまず。

こちらの門も上れるものなら上がってみたいものですが・・・。