インフル 警報レベル突入 静岡県発表

今年はインフルエンザの予防接種の予報が外れて、大流行のよう。昨年の師走前に例年、恒例となった家族での予防接種参りをキャンセルして正解でした。

父が亡くなり母も同居していないのと、次男の我武者羅受験勉強の回避が早々に決まっていたため、「今年はいいや」と放置、「勝手にしやがれ」とここまで何とかやってきました。

 

低気圧が近づくと絶不調となる私は「もしかしてインフル?」といつも疑心暗鬼になって早めの静養を心掛けていますが、現状セーフが続いています。

往往にして口からこういう「大丈夫風の事」を示唆したりすると足元を掬われるのが常ですが、「体質強化」により「風邪をひかなくなった」と豪語する男が私の身近にいます。

 高校以降ですから「竹馬の友」とはいえるかどうか、「奥の墓道」ですね。

彼は正月に実家に帰ってきては毎年必ず風邪でグズグズしているのが常でしたが、今年はそれに罹患しなかったようです。ところが彼が横浜に帰ってスグ、家族でインフルエンザに罹患した人が居て、その直後母親に伝染し風呂湯船で昏倒して救急車で搬送されたというのは驚きでした。

横浜に帰った彼が罹患しなかったのはただ幸運なだけですね。

 

お母さんは肺に風呂水が入ってしまったそうですが、家族の発見が早く、事なきを得たそうです。退院は早々とのこと。

私の父親もかつてインフルエンザにかかっている中、風呂に入って昏倒したことがありましたので、まさに同様。

インフルエンザと熱い風呂、そして高齢が重なるのはタブーかも知れません。

 

特に戦中戦後を通して生き抜いて耐力に覚えのある方は非常に「忍耐強い」こともあって危険です。これはすべてのことに言えることですが、「頑張れば頑張るほど傷を広げる」という人間社会の営みと共通しています。「何もしないでただ寝る」それに尽きるようで。

話が飛びますが「頑張る」とはいい言葉のようですが、同時に「頑張らない」(諦観)という言葉もよりいい言葉で大事であることも承知してくださいよ。

世の中は前者の言葉が大好きで皆さん使用しますからね・・・。

仕事に頑張り過ぎて家庭を顧みないことから少子化が進んでいるともいいますね。

 

よってヤバいと思ったら「スグ休む」ことが肝要。もっとも私が若い頃は「休むこと」「休む人」を罵倒して無理する事が美徳と勘違いしていた頃がありましたが。

 

ちなみに私の養生の方法は・・・、もっとも風邪には日々ビクビクしていますので、自分なりの方法を開発しています。

加湿器の使用も当然ですが通常時、就寝時は首回りにタオルを巻いて喉をケアし、かつバンドエイドを使って口の開きを強制的に閉じさせています(1つの絆創膏を斜めに貼っています)。

これに慣れることには時間がかかりましたが、いびきの原因ともなる口呼吸が出来ないので一挙両得のような気がします。口の中の乾燥はロクな事が無いそうですから。

 

そして「ちょっとヤバいかも」と思った場合はビタミンB6とB12の錠剤を余分に取ります。私の風邪は喉から来ますのでまず、喉粘膜に栄養を送り込む作戦です。

そして喉をたくさん使った場合の晩は葛根湯を飲んで休むことにしています。

以前も記しましたが喉(声)が使えないのは勿論、人様の家に入り込むという仕事ですから、尚更その伝染の元とならぬようケアしなければなりません。

 

さて、標記は昨日の静岡県から発せられた警報の件。

『平成27年第2週(1/5~1/11)における静岡県のインフルエンザの 定点当たり患者報告数が44.83人に増加し、「 警報 レベル 」(基準 値30)を超えました。

また、1月14日までに、県内の学校218施設403学級において学級閉鎖の措置がとられています。

例年、1月下旬から2月上旬頃に流行のピークを迎えることから、今後さらに流行が拡大する 可能性も考えられます。』

 

12/22~12/28が17.68人 12/29~1/4が16.30人だったとのこと(定点報告数=指定139医療機関の1週間の患者数)。

 

予防に「手洗いにうがいの励行」とありますが、あらためてそれに追記すれば、

①個人マナーの推奨と小さい頃からの教化が伝染を防ぎましょう。

また極論は②人混みに行かない

そして何より③頑張らない

ということでしょうか。サラリーマン諸氏②③は絵空事と笑われますがまぁ、うまくやってください。

私も私なりに油断せずに努めます。

 

画像は最近当地での大流行自然エネルギー発電所の図。

色々な場所にできています。最近は広大な茶畑の上を活用しようという動きもありますね。

本堂の上はどうだという方もいらっしゃいましたが「それだけは勘弁」と。

しかし大型の太陽光発電に限って6月末で優遇固定買取価格は終了するとの噂です。

 

「高天神の間」はどちらか忘れましたが、旧大東町をぶらついてひょいと昼食に入ったお店にて。