できれば行きたくない 火葬場のこと 提案

「舎利」のつづきです。

私が御先祖代々のご縁というか因果なのか寺としてのお勤めをするようになってからやはり最大の「違和感」はこちら(火葬場)にて蓄積していきました。

 

 今回は前もってお断りさせていただきます。

人々が近親者の死に遭遇して、心の動揺、悲しみ、というものが最大ピークに達する場である「火葬場」の「そのバックヤード」について記させていただきます。

かなり突っ込んだことを記しますので不快に思われる方がいらっしゃるかと思います。

その際は適当に飛ばしていただければと。

 

 以前ブログで「寺男」について触れましたが、当地周辺では葬儀という「一大法要」において、雑用その他脇役、とりまき的にバックアップする人たちのことを「土人衆」と呼んでいて、それは現在でも普通に使用されている言葉でもあります。

 

 近所の人たちによってその地区から出た葬式というものを完成補完するシステムです。

よって被差別部落の人を寺に置いておく意味での「寺男」は不要だったと思います。

とはいえ、過去には何らかの形で寺院に常駐して寺院関係の雑務をトータルで手伝ったそのような方(被差別者)も存在していたでしょう。

 

 さて、特に過去では遺体の搬送や墓地埋葬の算段についてまでもがその土人衆の仕事でした。

勿論現代における土人衆の仕事は会葬受付と駐車場係程度で以前に比せば相当仕事の量は軽く、いわば「形式的」、近所のお付き合い程度となっています。

 

 昔から遺体搬送後の火葬という特殊業務にはその道のプロが居ました。

一昔前相良という町では60歳以上の方(ということで私は聞いた話です)ならば皆さんが御存知の有名人がいました。その人は親子で火葬の仕事をしていたといいます。

 

 当山の近くにはかつて、現在相良の二大葬祭社とは別の葬儀屋さんがあってその時代、暇なときは必ず道端で「一升瓶片手に一杯やっていた」という酒好きの有名人だったそうです。よってその御礼は一升瓶だったと。古きまた各個性溢れる時代です。

 

 火葬の仕事といっても現在の様に電気式コンプレッサーと重油で処理する「炉」などありませんので、木端や藁を燃料にして彼らが一晩その燃焼(焼き具合)を見守ったのでした。

 

 このブログは歴史について記していますので敢えてその観点に立って実際そうあったことを記しますが、当然に今となっては「死語」となった差別用語にてその人たちの事を呼んでいました。

「隠坊(オンボ)焼き」ですね。

人によっては「番太」と呼ぶ人もいますが、これは違った仕事(やはり差別用語)でした。

 

 この「隠坊」という語については今は知らない人が多いはずですが、一部尚脈々と生きていて、今その言葉の使用は「職業の差別」そしてもっと深く言えば「人権侵害」になるような言葉ですのでご注意をしていただければと思います。

 

 今は火葬場という施設があってそちらでの火力と収骨の担当をしてくださる方ですので、『斎場職員』とお呼びすればいいのでしょうね。

その特殊性から難しい仕事であることは十分承知していますが、このほど私は問題を提起させていただきました。

 

 というのも今年の4月よりこれまでの火葬場の体制が変わり、民間へ委託されて、人員も変更になったというタイミングがありました。

研修期間中という新担当者2名とその臨時に来ているその2人の上司らしき人の前(計3名)で、私のこれまで「腑に落ちないそれら」のうちの最大のこと1点について提案させていただきました。

 

 その場(炉の裏にて)では、新人の方を新しい職場へ健全にそしてその道のプロとして育てていかなくてはならないという気持ちもあって、「皆さん自由におやりになれば」などという言葉も付け加えて、やんわりとした口調で賛同をお願いしました。

 

 その時は「その通りだ」と快諾いただき、当日もその際私のお願いした通りにやっていただいて安堵して帰ったという経緯があったのですが・・・。

 

 その私の最大の疑問は、「どうでもいいこと」と言われればそれまでですが、私が首都圏関東地区から静岡までこの手の施設を廻って、こちらだけがずっとその「伝統」なのか何なのかの「不思議」を引きずっていることです。今回の新任の担当も前任者に倣って、「まずは踏襲」していたことから上記の如くの「提案」があったわけです。

 

 やはり前任者の場合は私のこちらへ来る以前からその仕事をしてきた人たちですので、そのような指摘は「するべきではない」と自分の中で咀嚼していたのでした。

しかしこの担当者変更を機に「変えてもらうなら今でしょ」という気持ちでその意を伝えた次第です。

 

 それはそれは改善していただきたいことはたくさんありましたがこれだけはまずそう願いたいということです。

 

 当火葬場では炉から出た遺骨はそのままの形で皆さんの眼前には出てまいりません。

バックヤードにて担当が軍手をはめて(熱い!)手早くステンレス製のテーブルに移し替えます。

要はこの段階で遺骨はバラバラになってしまいます。

 

 その「主要部位」が揃って移し替えられたテーブルが収骨室にやってきた段階で待合室に呼び出しがかかり、収骨というイベントが始まります。参列者の収骨が終了すると担当者の出番です。その際にこちらの担当者は「素手で」遺骨を扱います。これはあまり他では目にしない光景で大いに違和感がありましたが、私はずっと我慢してきました。そこで今回その件を第一の改善として提案したのでした。

 

 「白い手袋をしていただけないか」という大した要望でも無い簡単とも思え、スンナリ要望も通って安堵していたところだったのですが、このほど収骨に立ち会おうとそちらにお邪魔すると、遺骨を前にしてその担当者は「住職には気に入らないでしょうが私は手でやる事こそが丁寧だと思う」とのことをぶっちゃけられてしまいました。

 

 葬儀式の時間も押しており、いたって緊張、顔はこわばり、その言葉尻にも異常な雰囲気を感じたため、適当に窘めながら、最後には「お好きにどうぞ」と引いてしまいました。

私はその時に、以前3名の前で言った「不浄の手」についても再び触れていました。

「不浄の手」理論。私がかつて居た東急ハンズの接客方法にも出てきましたが、「手こそ汚れたものは無い」、真摯にお客様に向き合う待ちの姿勢はこうあるべきと、グーにした右手を左手で包み込むようにして腰の前に組むとありましたし、私たちが大好きなサッカーの世界でも「ハンド」は場合によっては「退場モノ」です。

「手を出したら負け」という思想もあります。

「手」こそ「隠し」「見えなくする」べき慣例があるのです。よって私はその「白い手袋」の優位性を主張したのでした。

 

 そしてなにより、素手を使った収骨を見学する側の連想としてはその後に当然に「手を洗う」ことを考えますし、そうなれば手の油にまみえた遺骨は下水道に流れることをも考えつきます。

ならば最初から手袋を使ってはいかがとの提案だったのですが、「手袋も捨てるではないか」とのご反論。

これにはもはや埒が明かぬと時間を見てその場を収めたわけでありました。

 

 いやはや「新人のやる気」らしき思考と逆提案を了解する鷹揚さも人を育てるということとして大切であるということと、口では「お好きにどうぞ」と言ってしまったこと色々家に帰って考えました。

 

 考えてみればあの新人御担当の逆提案は4月から3か月間のお考え、私は副住職時代から約10年悶々としていたことであります。「狭量か」とは思ったものの婦人部の皆さんを捕まえて口頭アンケート『あなた自身かあなたの最愛のたとえば「小さきもの」が荼毘にふされた時、斎場担当者が遺骨を収骨する際、素手か手袋か』をお聞きしました。

それらの意見をお聞きし、挙句これからずっとあの場で悩み続けるのもいやはや御免こうむりたいという思考が勝って意見をうかがいに役場に掛けこみました。

 

 行ったからには「言いたいこと全部言おう」と役場の受付でデカい声も憚らず提案をしてきました。

それでは牧之原市役場での私の提案を羅列します。

 

 ちなみに牧之原市の火葬場は少し変わっています。2つの火葬場があるのです。上記の事は相良の火葬場での件です。

二市一町(牧之原市・御前崎市・吉田町)の組合組織による火葬場経営となっていて吉田町と御前崎市には火葬場がありません。役場は一応の窓口になりますが、経営は「組合」という立場となり、今までは市の職員が斎場職員であったのですが、今年4月から民間委託されましたのでいわゆる「サービス業」という形態になったかともいえます。

①市の今回の民間委託は市民にきめ細かく告知しているか。

②市の火葬場の担当課が環境課であってゴミ処理を扱う課と同じであるのは少しばかり解せない。人間は死ねばゴミか?。

③火葬場の収骨室が汚い。天井の埃と蜘蛛の巣を取って欲しい。

④収骨室等の注意書きが殴り書き風のものがガムテープで貼りつけられて「適当さ」が窺える。

⑤収骨に手袋を使用して欲しい。ハケとトレーをはじめから使って時間を節約して欲しい。

⑥収骨中、もう一人の担当者が掃除機を回すのが聞こえてくる。掃除機=ゴミでしょ。

⑦冬場、収骨室は極寒状態に冷えるので冬場の暖房を。

⑧遺骨の部位の説明等、パフォーマンス的な事はやめて欲しい。

⑨収骨方法等(橋渡し)の指示等不要

⑩遺骨を観察しての生前のイメージ当てをするのも不要

⑪「お舎利さん」がハッキリ出た「頭蓋骨」がしっかり残ったことに因縁染みた事を語るべからず。

 

 

 そんなこんなで言いたくないことまで言ってしまいましたが、あの担当者が手袋をサクっとはめてくださればこんなことにはならなかったのに・・・。

 

 初めて知りましたが市の方からはかねてから手袋の件はそれを手につけることを指示しているそうですね。

 

 火葬場は縁者を亡くし、人生最悪ともいえるほど心が寒々とする場です。

そして究極ともいえる忍耐を強要されているあの場で語られる声はいわば神や仏の声とも錯覚してしまいそうな精神状況にもあります。

 

 そういう弱い状況に陥っている人の前でつまらぬ講釈の披露は無用であり、パフォーマンス的といったらかわいそうですが、「素手でやるほどの親身さ」は却って「人が触りたくない物でも私はこのように」という演出に見えてしまいます。

 

 一粒一粒指にペタリと貼りつけて瓶に入れるよりトレーとハケで集めてくださった方が何よりスムーズです。

 喉仏とは違うのですが(喉仏は焼失してしまいます)第二頚椎が仏の坐像に似ていることらその残存形状(お舎利さま)をやたらと拘る傾向(頭蓋骨も)がありますがまったく無意味です。

 

 炉の温度調節、いわゆる焼き具合、微妙な調整で差がでるものです。たとえば担当者がトイレに行って数分ずれただけでその形は大きく変わります。

極端なことを言えば遺骨ゼロにすることさえできるほどの火力があって手加減で残していくのです。

 

 それを丁度骨壺一杯分に「焼き上げる」というのがテクニックなのです。前述の掃除機作業は大目にあがった分を処分しているのでしょうね。

 

 口に出して窓口で疑問をぶつけませんでしたが、遺骨を取り分けた後の掃除機で吸い取る「残り」について「それってどうなるの?」というのもありますね。

 

 簡単に「処分」と言われても、みなさんからはこういう声も耳にしますね。

「薬指の指輪は?」「ネックレスは?」・・・遺体から取るのもかわいそうだし付けたままにしたけれど、どこにも見当たらない・・等々。

金歯銀歯までいうのもおこがましいですが・・・予想はつきますよ。

 

 それらの「ゴミ」を引き取る業者がいるのでしょうか。

強酸性の液体に浸ければ貴金属が抽出できますね。

これは推測ですが、もしそうであるならばいいお小遣いになるはずです。

焼き加減次第では炉の中にも遺留するでしょうし・・・。

 

 頭蓋骨はまず最初に脳が沸騰して爆発し破損しますのでそこを加減するかしないかによって形状の維持ができるかどうか分かれます。

 私などは、どうせあそこに入ってしまえば頭がぶっ飛ぼうが第2頸椎が無くなろうが、すでに浄土の身、「どうでもよかろう」というところですね。

 

 ということであそこの担当者の指加減一つでカタチは変わる事なのでした。理由をこじつけて何かを考えることがあるとしたらまったく無意味なことです。

 

 そして夏の炉を前にした作業は過酷でしょう。

しかし冬場の寒い収骨室に集まる人たちの事も考えてください。

「悲しくて寒い」は「心も体も」です。すこしでも安らぐ気持ちを提供するのがあの場の職員の心構えでもあります。

 

 無いとは思いますが「迷惑施設」に「従事してやっている」などという気持ちがあったとしたらそれは仕事に対する気概とは違います。

 

 あの場所は人生の集大成の場、「処理場」であってはいけないと思います。

もっともっと厳かでいいのかとも。

私たち皆であの場だから仕方ないと目をそらさず、言うべきことは言わなくてはならないと思います。

民間委託となった今、いよいよ「サービス」が期待される場となりましたので。

 

 画像は波津で建設中の老人介護施設。山を崩しています。

ここが知る人ぞ知るかつての「オンボ焼き場」です。

昔私の叔父さんたちが夏休みのバイトでここの解体作業の仕事に行ったのを覚えています。

土砂の中から石柱が出てきています。これはもしかして「古墳の天井石」かと思いましたが少し新しそう。

いづれにせよついでで教育委員会の方には知らせました。

④は駿河湾方向。当山屋根が見えます。

⑤は当地区火葬場。⑥少し北方向に目をやれば菅山の川田砦の丘陵が。 

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コメント: 4
  • #1

    小山昭治 (土曜日, 05 7月 2014 16:21)

    私も民間に移行したのは知りませんでした。
    広報には載っていたのでしょうが、気がつきませんでした。
    焼き具合?の件 なるほどですね。
    注文に応じるならレアかウェルダムか。(不謹慎かな)
    お骨の量を考えて焼くとは技術ですね。
    私は、サービスが充実して注文に応じてくれるなら
    しっかり焼いて粉だけにしてほしいですね。
    親鸞じゃありませんが、賀茂の川(海にでも)に流してくれれば良い。あるいはお墓に納骨するには、その粉を撒いて
    早々に自然に戻りたいものです。

  • #2

    今井一光 (土曜日, 05 7月 2014 21:52)

    ありがとうございます。
    私は先日の父親収骨の際、例の「二人一組の橋渡し」の「イベント」は拒絶というか、担当者の口からその言葉が出る前に施主の私がさっさと一人で入れて次に箸を廻しました。

    本当は、この事は火葬担当者の独壇場ともいえる「権限」なのかも知れません。それを奪い取ってしまうとなるのは何とも消化不良となりますが、宗教者としてその「まじない」は看過できないものがありました。
    しかし、あの場まで坊さんがこれまで立ち会わなかったことによる弊害が出てしまっているのですね。
    遺骨についた着衣の染料がうつったことでさえ不安になりうる場です。あそこは機械的、事務的で淡々、それがイイ場所だと思います。

    それから、「火力最大」、私もそれ賛成です。
    良く焼き、少な目でOK。
    みんながあの「門」(釜戸)に入るのですから、あそこはキレイにして行きたいのです。
    みなさんそれぞれ時間の違いはありますが必ずお浄土でまたおあいしましょう。

  • #3

    とある火葬場職員 (月曜日, 10 8月 2015 10:54)

    火葬場での葬送行為については地域性を重視しているはずですので、変更すると言うのはあまりしないですよ。自分の火葬場は葬儀社、役所と協議を行い。文言等も決め行っています。
    また、火葬はその人が御遺体の尊厳を持っているかもっていないかで綺麗か不快かは決まりますよ。職員が3名いるのですが、最近指名していいですかとか言われます。びっくりしますよ。

  • #4

    今井一光 (月曜日, 10 8月 2015 12:09)

    ありがとうございます。
    その流儀は地域の違いが大きく出てくる場だと思います。
    まっく「所変われば・・・」で、未だあそこの場だけは慣れずにまごまごさせらています。
    風土的というよりもそれぞれ「システム」が違うということのように感じます。