理想的なイケメン?源義経

中尊寺蔵 源義経像
中尊寺蔵 源義経像

わが御先祖様と伝わる(まぁ話半分と思ってOKです)今井四郎兼平とその主人木曽義仲をも滅亡に追い込んだ源義経ですが、散々兄頼朝の為に働いて最期はその兄に邪魔者にされた挙句、裏切りの果てに殺されたという悲劇のヒーローというイメージがあります。

実際に宇治川の戦い「木曽殿最期」から平氏滅亡に至るまでの義経の働きときたら今でいうスーパーヒーローの如くだったと思います。

私のブログでは長篠の鉄砲三段撃ちは無かった、騎馬隊の一斉突入は作り話等々「したり顔の憎らしさをも連想させる」嫌らしいことばかり言って嫌な奴ですが、すべてそれらは現代歴史学からすれば常識ともいえることでしょう。

そしてこれまでも有名な義経の超人伝説として語られていた「鵯越の逆落とし」もひょっとして捏造?という説が出ています。

そもそも敵の意表を突いた奇襲(→卑怯道)成功談、一ノ谷の合戦の一場面ですが、ウソなのかホントなのか現代においてもまだ決着がつかないお話なのでした。私たちは馬と言えばすぐにサラブレッドのイメージをしてしまいますが、当時から日本にはそんな馬はいませんでしたね。古来東国、関東が馬の産地でしたがそのころは「馬=ポーニーみたいな小型馬」という感じだったのです。

鎧武者のポニーみたいに小振りの馬での疾走、ちょっと想像すると変な感じです。

その馬に乗った義経が垂直に近い崖を降りたというのがその真偽謎の一つとなっているようです。あともう一つ物理的に現地の現在の地名との距離の隔たりが問題になっているようです。

 さて、その真偽はさておき、平氏滅亡と頼朝征夷大将軍の道はどう考えても義経のお膳立てといっても過言ではなかったでしょう。

そして前述したように謀殺という悲劇。

後世、この史実を面白おかしく脚色して演出、義経をヒーローに仕立てたことは容易に推測できます。

利発、俊敏、軽快さに富み行動力はビカ一。その頭脳、判断力、決断力は右に出るものは居ないという義経が理想的なイケメン、美男のイメージが固定化していっても不思議はありません。

しかしながら平家物語では義経のお顔を「背が低く、前歯が出てそれが目立った」と記されています。

この間一休さんのお顔もアップしましたが史実に近そうな絵画の方が人間らしくて私は好きですね。

どのドラマも劇画も義経といったら機械的に「即美形!」に描かれていますので。

 

ダリウス・グレニジ博士の講演

次回は「北アメリカ大陸の先住民」についてです。

7月29日日曜日 19時より 掛川市「たまりーな」

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    (金曜日, 20 3月 2020 14:24)