梟雄 3  金山城  森兄弟

「正義」は「正義」でも斉藤道三の猶子で土岐悪五郎に酒宴にて騙し討ちにされた斎藤正義がいます(「正義」が「悪」に謀殺されるという話は思わずニヤッと来てしまいます)。この件は実力をつけた正義を道三が消そうと画策したという説があります。画像はその斉藤正義の築城、美濃金山城(兼山城)。ちなみに斉藤正義を酒宴で騙し討ちにした土岐悪五郎(久々利頼興)は今度は正義の孫に金山城での新年会の酒宴の帰りに誅殺されました。

この件もまたバックに森長可がいて久々利頼興を疎んだ彼の謀略です。そして武勇豪快な森長可は小牧長久手で井伊直政軍の鉄砲隊により眉間を撃ち抜かれたそうです。27歳。三河近隣の状況がこのような中、家康がまとめあげた三河家臣団の結束とその気質は特筆すべきものだったでしょう。

近隣に、長可の父で城主の森可成の名を寺号とした可成寺森家廟所があります。画像は長可の弟たち、本能寺で信長と供にした三兄弟の御姿。左から坊丸(可成四男17歳)・蘭丸(可成三男18歳)・力丸(可成五男16歳)。森長可の墓も同区画にあります。長可は上杉攻めであのとき(本能寺)は不在でした。