「活を入れる」と「糞喰らえ」を考える 往生要集

昨朝も本堂&墓地での法縁から。

堂内お勤めにはいる直前にキイロシロが後堂から「ニャー」と言いながら出てきたのには驚かされました。

参拝者は驚きつつも大喜び。まさにショータイムの感。

それは私の演出ではありませんよ。

皆が御堂に入る前、既に暗がりに潜んでいたよう。外はクマゼミシャワーで物凄く騒がしい時間ですからね。読経もかき消されるくらい。

当月初旬辺りは今年のクマゼミの勢いについて貧弱を思っていましたが今は「強烈」に化しています。

 

私は後ろの障子を開けておいてください・・・と頼み、読経を始めたところ彼女は勝手に出て行ったようです。

 

昼前には東京からお客さんが来訪。今後のこといろいろについて相談を受けました。尚、そのお話は今流行りになった墓じまいの件ではありません。用件が済んでこれから相良の本家筋に挨拶に向かうとのこと。長距離行脚大変です。

私は夕刻の通夜の準備。

 

昨日は「奥の墓道」氏から我らが熱中症とやらになりそうもないのは・・・もしかしてあの「水飲むな」のT先輩のアホ指導のおかげかも・・・などと振ってきたことに、私はその件はただの「活」であって奴は地獄の極卒の類なのだよとそのバカバカしい無知なる振舞いについて一笑に付したのでした。

その私が「地獄の極卒」と比喩した件「要説明」と彼に返されたためこちらに持論を記すことにしました。

 

要は息子もそうでしたが色々なところでその「先輩(面)」に何かを拘束されているような場面に当たるわけですが、私はそれについて質(タチ)の悪いしがらみであると考えています。

私の場合はその上下関係については部活動という世界を思い出すのみであって他にそれに似た服従に近いグループにいたことはありません。

しかし社会全般を見ていて、その関係が如何にも不合理で常識を逸脱した強制を伴うことが多いものとつくづく感じます。

時に人生未来を左右する致命的犯罪行為に至る場面も。

 

よって私の常套句に息子がその語を口に強制、禁制、遠慮のような雰囲気を醸し出したりすると「先輩なんて糞喰らえだぞ!!」と諭したものでした。

その無価値な上下関係など早々に「縁を切るべし」でしたね。特に間抜けな権威主義的幼稚な上下関係を振りかざす先輩などとの関係を維持する意味がないことを。

 

そういった先輩面諸兄がよく使用する語に「活を入れる」

があります。

学年が上位にあることのみを根拠に下級生に対して各理由付けをし地獄の如くの責め苦を提供したりすることをいいますね。上級生の特権と言わんばかりに時に楽しみながら。

 

その「活」について誤解を招くおそれがあるのが禅宗でよく言う「喝」。その喝となればある意味精神性をイメージしますので許容すべきとも思われがちですがその「入れる」とは「活」の方です。

というわけで私がその「活」=「極卒」と比喩したのは源信さんの往生要集の記述からです。

 

先日も「進者往生極楽」で記しましたが私が御門徒さんに配布した旗にはその次に「退者無間地獄」の文言が続いていました。

今考えるとコレは本当に酷い脅し文句以外の何物でもありませんでしたね。プロパガンダと軽く受け取れればイイのですが。

 

その地獄についてさらっと記せば当然に八大地獄から。

一 等活地獄

二 黒縄地獄

三 衆合地獄

四 叫喚地獄

五 大叫喚地獄

六 焦熱地獄

七 大焦熱地獄

八 無間地獄

       でした。

 

その8番目の無間地獄というのは地獄の中でも最低最悪(どちらも筆舌に尽くしがたいものがありますが)の超最下層。収監期限も異常に長い(一兆六千億年・・・?)。

あの旗はそちらと「往生極楽」とを並列、二者択一にするというのですから無茶苦茶です。

まぁ当時の社会でその8大地獄をきちっと理解していたからこその形容が成立したのでしょう。

今の人でしたら「何の事やらサッパリ・・・」という方も多いでしょうが・・・。

 

そして1番目の等活地獄。

すべて1~8まですべて「殺生」の罪で堕ちるといわれていますがその等活地獄についての記述を往生要集から。

因みに蚊など害虫を殺し雑草を刈っている私がまず行く所です。

 

「若し適々相見れば、獵者の鹿に逢へるが如し(猟師が獲物の鹿に出くわした時の様)。

各々鐵爪を以て、互ひに爴み裂く。

血肉既に盡きて、唯殘骨のみ有り。

或は獄卒、手に鐵杖・鐵棒を執りて、頭より足に至るまで、遍く皆打ち築くに、身躰破し碎くること、猶し沙揣(砕けて砂)の如し。

或は極めて利き刀を以て、分分に肉を割くこと、厨者(料理人)の魚肉を屠るが如し。

涼風來り吹くに、尋で活へること故の如し。欻然として復起き、前の如くに苦を受く。

或は云く、空中に聲有りて云く。此の諸の有情還等しく活へるべしと。或は云く、獄卒鐵叉を以て地を打ち、唱へて活活と云ふと。是の如き等の苦、具に述ぶべからず。」(「活」の声が入ると骨と皮にバラバラにされた罪人が赤子に生まれ変わって最初から苦痛の連続を味わう)

 

「已上『智度論』『瑜伽論』『諸經要集』に依て之を撰す 

人間の五十年を以て、四天王天の一日一夜と爲して、其の壽五百歳なり。

四天王天の壽を以て、此の地獄の一日一夜と爲して、其の壽五百歳なり。殺生せる者、此の中に墮す。

已上壽量は『倶舍』に依り、業因は『正法念經』に依る。

下の六も亦之に同じ 『優婆塞戒經』には初天の一年を以て、初地獄の日夜と爲す。下し去も之に準ず。  

此の地獄の四門の外に、復十六の眷屬の別處有り。

 

一には屎泥處。謂く極熱の屎泥有り、其の味最も苦し

金剛の嘴ある虫、其の中に充滿せり。罪人中に在りて此の熱屎を食ふ。諸の虫聚り集りて、一時に競ひ食ふ。皮を破りて肉を噉み、骨を折きて髓を唼ふ。昔鹿を殺し鳥を殺せる者、此の中に墮す。

二には刀輪處。謂く鐵の壁周匝して、高さ十由旬なり。猛火熾然にして、常に其の中に滿てり。人間の火は、此に比ぶるに雪の如し。纔に其の身に觸るるに、碎くること芥子の如し。又熱鐵を雨らすこと、猶し盛なる雨の如し。復刀林有り、其の刃は極めて利し、復刃を雨らすこと雨の如くにして下る。衆苦交々至りて堪へ忍ぶべからず。昔物を貪りて殺生せる者、此の中に墮す。

三には瓫熟處。謂く罪人を執りて鐵の瓫の中に入れて、煎熟すること豆の如くす。昔殺生して煮て食へる者、此の中に墮す。四には多苦處。謂く此の地獄には十千億種の無量の楚毒有り、具に説くべからず。」

 

画像は親鸞さんが名指しした善知識(七人の諸先輩方)の6番目>

源信(恵心僧都)さん。往生要集を記しました。

聖衆来迎寺の図になります。

先輩というものは善なる知識を与えてくれなくてはね。

②③はその聖衆来迎時。

 

「日本西方第十二番紫雲山聖衆来迎寺

 

あみたふつにしやか(釈迦)ハ  つたへをうけつきて

浄土の御のり ときたもふなり しやかふつ(釈迦佛)ハ

なむあミたふつの くとくをハ 世にとかんとて

出てたまひけり

ねんふつの くとくハ しやか(釈迦)もいちたいに 

とけとも つきぬのりのたふとさ」