肝を冷やす雨天迷子の件 仏門に入った後水尾院

昨朝の暗いうちからの雨音には驚きました。

ただしほんのポツポツ程度で朝までに境内の路面は乾ききっていました。

天気の事ですから文句のつけようがありませんが、私の場合は法縁があれば皆さんが集まりますので、そこのところの難儀を考えてしまいます。

毎度記していますが、私事墓参の際の諸面倒については「大したことなし」の割り切りがありますので、私自身としてはおまかせするばかり。

 

直近でいえばその降雨にストレスを感じたのは先般6月2日のこと。

天正十年のそれは当流にとってハッピーデイなどと軽口を叩いているのではありますが、その拙寺バス遠足2日目の雨は閉口ものでした。

特に結局は早上がりとなって早々に帰路につくなど諦めも早かったわけですが、それは大原で奥方と漬物の土産物でもと店前をふらついていると奥方の携帯に着信が。

今回の遠足に参加されたお二人が「迷子になっちゃった~」の連絡。山の下り道を誤ったとのことでした。

しばらく経つと「それからバス通りに出て停留所からバスに乘る」とのことで電話が切れました。

解散して自由行動というのが私の企画の楽しみの一つ(自賛)です。

また「迷子」というのもこれまで幾度か経験していますが各自携帯電話所有の現代ではさほど緊迫した状況には至りません。ただ「○○の近くにいます」と言われてもそればっかりは私にも理解不能でハッキリとその位置が特定できませんが。

 

路線バスに乗ったとしてそれからどうしたかが疑問に残りました。雨天ですから日頃「機敏に対応」を旨としている私もすべてに於いて二の足を踏みましたね。

そして早めに切り上げて私どものバスに戻ればまだそのお二人のみ着座されていませんでした。

車中待機中の皆さんにその旨話すと「まさか京都行のバスに乘っちゃったのでは・・・」とただ事ではない推測まで飛び出す始末。一瞬「ニヤ」とはしましたがね。

時間がランダムに変更していましたので「待てば海路の~」ではなく「まさかね・・・」といいつつ奥方に再連絡を頼むと、路線バスには乘ったものの停留所二つ目あたりから大原に戻って近くの喫茶店で待機してるとのことでした。

 

そんなドタバタがあったことを忘れてはイケませんね。

まぁ忘れられない思い出になりました。

そして少しばかり肝を冷やしました。

京都駅で待ち合わせなど考えるだけでもトホホですからね。

まぁすべてが終わってみればまったく大したことなし。

いつもの仕合わせを感じた次第。おかげさま。

 

扨、昨日は天皇陵墓の仏教的遺構について記しましたが、雨の大原バス停③④で見かけた「相国寺承天閣美術館開館四十周年〈II〉 後水尾院の京」のちらしを。

 

「室町時代に足利義満によって創建された相国寺は、中世の動乱によって多くの伽藍を焼失しました。近世になり、復興に尽力する僧侶たちに手を差し伸べたのが、寛永文化の主導者、後水尾院でした。後水尾院は相国寺僧、昕叔顕晫を師として仏門に入り、複数の伽藍を再興しました。」とあります。

 

天皇が坊さんを師に仏門に(法名 円浄)・・・

臨済宗にとってはこのうえない「有徳なる人」でした。

文化という面でも保護者となっています。