昨日の法縁は午前が私、午後は息子による時間がありました。
同日の依頼があったとしても時間帯を変えることによって対応可となっている点は心強いものがあります。
もっとも同時間帯であっても本堂と会館で振り分けることができますが、やはり本堂での勤修あっての法縁ですからね。
あくまでも会館は補助的に使用できればと考えていますが、それでいて厳冬期は「会館でもOK・・・」を告知しています。
まぁすべてが臨機にまかせて。
息子の法縁の施主さんは愛知県中部からの来訪で拙寺本堂へは初のお目見えでした。そういった方々には是非本堂にてお参りいただければ有難いことですからね。良きご縁でした。
この時節、法縁の依頼は年間を通して多めになります。
それに対応できているのは余裕というものが生まれるわけでよきことではありますが、何せ私のお頭の方が覚束ない。
何せ「自分自身が信じられない」わけですからね。
各予定についてはGoogleスケジュール(端末4本)で奥方と共有できていますが、その更新に関しては私の仕事。
奥方はそれとは別に主として筆記ノートと冷蔵庫に掛けられたカレンダーに記入するという前近代的方法も併用しています。
ということで完全な1本化ということではなく更新ミスも大いにありうること。そして後から問題を提起してくることもあります。
よくある問答に「この法縁は誰が(承った)?」 とその責任について明白にしようとするものがありますが、往々にして直前になって不明点が出てくること多々。要は記憶の方も劣化中。
その中で一番に不安に思うのが、いわゆるダブルブッキングですがもっと恐ろしいことが承っていたもののスケジュールにもカレンダーにも上書きされていなかった・・・かも知れないの疑心暗鬼。
以前にも庫裏でのんびりとうたた寝などしていると「みなさん集まっているがまだ~?」の呼び出しの電話。一瞬間パニックになったことを記しました。それはただのお寺間違いの催促電話でしたからセーフ。あわてんぼうさんの間違い電話だっただけのことですが、それを受けた私どもは顔面蒼白、心臓がぎゅっと凍り付きますからね。
昨晩も同様の電話がありました。
それは故人のお名前を告げられて「明日はそちらのお寺でお参りですね・・・」との念押し。
その名はまったく心当たりがありませんし、そもそも相良に多いその苗字は拙寺のご門徒さんには1件もありませんので、難なく「お間違いかと・・・」即答できました。
しかし、拙寺ご門徒さんに多い苗字だったりすれば大いにパニックになるところ。電話に出ること、心臓に悪い。
ただし昨晩のその電話の主は、その間違いについて丁重に謝罪されていてましたし一瞬の困惑から開放された安堵から「いいですよ~」。
お相手は毎度の如くその名のりはありませんでしたがその他は上出来。
というのは間違い電話で逆にキレながらガチャ切りする人が多いことか。「ごめんなさい」を知らない大人、反省しなくちゃね。
今、ナンバーディスプレーやリダイアルのシステムがありますから、無茶な応答が思わぬ諍いを起こすこともあり得ます。
基本「口は災いの元(舌禍)」なのです。
また昨晩は岐阜県山県市のお寺で仏像泥棒の被害のニュースがありました。
その手の輩の流行り事の件、嫌な感じです。
売却目的ではなく、当人の趣味保管の為だとすると出てくることは難しい。裏市場にも出て来なければ発覚に遅延が。
表に出る機会を想像すればその泥棒が亡くなった時なのでしょう。まぁその時「大罰が当たった」と後ろ指・・・そんなところ。そちらのお寺もとんだ災難、施錠していたといいますが・・・
その輩を早いところふん捕まえて「ごめんなさい」してもらわなくては・・・
扨、来迎院に戻ります。
あの本堂を見下ろす段上に大き目の五輪塔と覆堂が目に入ります。覆堂には古仏たちが居並んで・・・
まぁどちらもこちらの寺の古き所縁というものを伝える仏たち。
最後の画像は午後の法縁の施主から頂いた上等の品。
夜のテレビ小僧はBS「京都骨とうの深~い世界」。
磯田さんは骨とう古書を買っては「在るべきところ」へ寄進しちゃうとか・・・
「お宝所有の喜び」を問われて一笑していました。
人はどうせ死んでいくものだから・・・面白き方です。











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