昨晩のクロ現は息子運転の車中で視聴しました。
最近の真夏の高温傾向と紫外線に注意を呼び掛けるものでした。紫外線の害毒はだいたいのところはこれまで一応は適宜知らされ承知はしていましたが、番組での警鐘姿勢を視てかなりのショックを受けました。
「そうだったのか~」です。
しかし今更そんなことを聞かされても「知らねぇや」の開き直りもありますね。
まさかそれほど体に悪いものだったとは・・・
紫外線のケアなどまったく気にもかけず、指導者からもその指摘を受けたことはありませんでした。グラウンドを泥と埃と紫外線を浴びながら駆けずり回っていたことが思い出されます。
番組では日焼け止めクリームやサングラスの活用について推奨していましたが私のその時代にその手の心配など口に出すことなどあり得ませんでしたし、口にしたところで「バカ言ってるな」などと罵声を浴びせられること間違いなし。
隣のテニスコートの女子たちも、大学時代の憧れのグランドホッケー女子もスキー部女子たちもブルー系のアイシャドウに真っ黒に日焼け、白い歯は印象的でした。
そういえば最近は女子中学生の下校時に日傘を差している様を見るようになりましたね。
男性も日傘を差すともいいますが、暑さだけではなく紫外線対策もあったのか・・・唖然。
時代が変わると人の感覚はこうも変わるもか。
それまで私どもが無知だったからだといわれてもね・・・
私はかつて夏といえば周囲がドン引きするほど南方系の人たちを思わすような黒肌の躰を曝していた頃がありました。
あの「奥の墓道」氏もしかり、学生時代の銭湯で周囲から「奇異な眼でみられること必定」とまで。平チャラで陽の下にいましたからね。
しかし私はこれまで通り、外歩きに日傘などは不要です。
そして日焼け止めのお世話になる気などさらさらなし。
まぁ習慣として陽光の下にいるときこそ至福と感じるからですがね。もうあとのことはどうでもイイようなレベルです。
その息子の車中にあの時間に居たのは昨日が息子の誕生日。
夕食に「焼き肉を喰いにいく」ということでした。
それに同伴して食事にありついたわけです。
勿論、彼の長男赤子も一緒でしたが、帰りの車中その「10か月と少々の者」はベビーチェアにて爆泣き状態になりました。
「暗くなると泣く」といいます。
あまりに酷く泣くものですから一旦車を停めて母親と代わって私が助手席に移動、なんとかあやしながら・・・という対応をしていました。
私は特にその爆泣きに関してはお手上げとはなったものの「しょうがないね~」の心境。「泣くのが仕事」と言いますからね。
そこで連想したのが沖縄戦終盤のガマ(自然洞窟)の中で起こっていた事々。
米軍の地上侵攻によって住民たちは近隣の避難所、ガマに逃避するわけですが、そこに日本兵が同居してきます。
知っての事か住民の中に戦闘員が混ざるのはあってはならないタブーですね。
米軍が探索に現れた際、日本の兵隊さんは真っ暗な洞窟で鳴きだす赤子がどうしても許容できなかった。
米兵に見つかってしまいますからね。
「声を出すな!!」とばかりに赤子を母親から奪い取り、口を押えつけて殺したと聞きます。
私の沖縄時代そんな話を各地で耳にしました。
「日本兵なんてロクなもんじゃない」とね。
自分の命の為に他人の子供ならカンタンに殺すことができる。
(自分の子ならどうするのだろう・・・)
自分が助かるために軍服を脱いで住民たちに紛れる(そこで米軍は民間人と軍人の区別ができなくなってしまう)ことによって民間人に多数の犠牲が出てしまいました。
暗闇が恐ろしく感じるのは子供の性分。
それは本当の人間の心の暗さというものに畏れているのかも知れません。
洞窟で日本兵が赤子を殺した例はグァム・サイパン・テニアンでもあったようです。また私がその立場だったら・・・をも思いますね。
「自分が信じられない」私はそんな時「南無阿弥陀仏」を。
というか今月の「100分de名著」は「教行信証」です。
真宗開祖親鸞さんの思いが凝縮した書で、あまりにも著名。
NHK好きの当流些末な坊主として期待する番組です。
Eテレ(本) 月曜 午後10:25~10:50
Eテレ(再) 金曜 午後 3:05 ~ 3:30
まず7月6日(月)ですね。何と「7 6」なむ~の日。
扨、画像は昨日の続き。
庭園をぐるっとまわってあの阿弥陀三尊の阿弥陀堂(往生極楽院)の正面になります。
そちらには石垣に囲われた朱雀門が。
大原は門跡寺院として名を馳せた地ですからね。
朱雀門は内裏に南面するといいますので、やはりこの往生極楽院が中心と言うべき堂なのでしょうね。





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