目前の石積み 庭の石塔 三千院 直前サッカー談義

朝方は雨あがり、湿潤な境内。

昼過ぎあたりから陽が出ていました。

私は一日会館とテラスを行ったり来たり、大工仕事に集中しました。テラスには道工具と部材が、会館は床がフラットで仕事がしやすいからですが、そもそも会館一階の物入れスペースを生かすために棚を作ろうという算段。

いつものやっつけ仕事、時間を要していますが、またどちらかでボロが出るでしょうね。

 

昨日の続き。緑の三千院。

その件何度か記しています。何故か中国系の観光客が多いのですが、それでも案外と本邦若手女子二人組などもちらほら。

それは、ある方が「昭和のあの歌(・・・「女ひとり」)の通りだ」

と仰っていました。

 

それはよく「出会いの機会がない」と異口同音にその理由を皆さん口にされるわけですが、そういう方はこういった女子好みの寺をうろつくことが肝要です。

三千院は時間制限なんてありませんからね。片っ端から・・・旅の恥は何とかとも言いますし。

私もよく感じるところありますが、ハカ・テラ・シロをうろついていて結構にそれらと遭遇すること多し。

大原地区とは一線を画しますが「歴女」なる趣向のカテゴリーもありますし。

 

また先般の拙寺バス遠足の夜、四条河原町に皆さんはそれぞれの趣の場に出張っていったのでしたが「焼き鳥屋は女子だらけ」「蕎麦屋に女子グループが」などとの情報が。まぁ外国人の知らないスポットなのでしょう。

私は奥方と一人で参加された年配の方とご一緒していました。

まぁ若い男性諸兄は京都だ歴史だなんてまったく興味の外なのかもね。

まさか自宅に籠ってゲーム?なんてことは無いでしょうが外に出ることこそボケ防止にもなりますが、未知との遭遇がまた面白いのです。

 

昨日ブログから「奥の墓道」氏が「昭和サッカー負け犬」論を指摘されましたが、どう世間が「勝つ」(リップサービスと扇動とは承知していますが)私にはどうしても信じることができませんね。

令和の連中のお頭には付いて行けませんよ。

 

あと少々で始まります。

私のお頭が「昭和枯れすすき」令和の遺物となるか・・・

ただ「奥の墓道」氏は急激に「令和」に変化しているよう。

「三尊形式に加えて左右のウィングバックとツーボランチの

四天王のオバーラップ 北円堂システムだ これで敗けない」とまで。

「そんじゃあ令和じゃなくて奈良ね」と返すと「ひたすら拝むしかない」と「結局それか~い」。

 

サッカー談義はこれから更に続きます。

ちなみに「キーパーの体重移動とニアポスト(狭い方)狙い」(ゴール斜め正面からマークを外してシュートの際)について論じあいました。

ステップを踏んで思い切り振りぬこうとするとバックはつられて「広い方」側に足を出しシュートを阻もうとします。

しかしシューターはその瞬間クイックに「狭い方」側のニア側に打てば「股抜きシュート」となるという寸法。

 

キーパーはシューターの動きがバックの陰になり、またバックのクリアの様を見て瞬間的に「広い方」側に体重が移動してしまい気づいた時は既に遅し。

そもそもキーパーのケアは「広い方」側に傾注していますからね反応できないのです。

 

私はそんなプレーが結構に残像としてあります。

シューターは盲目的にその「狭い方」側を狙って打つだけ。ちょっとした捻りはいりますがね。

わかっていてもキーパーは反応できないのです。

 

三千院は人がいなければベスト。しかし人気スポットでそれはあり得ません。入館料700円は少々お高めです。

庭園の管理に経費はかかりそうですが。

また堂に近接する石積みは珍しきカタチ。

一見して平地にありますが比叡の裾、傾斜地であることには違いありません。