好天のもと昨日に続き遠州中部の街でご門徒家のお弔いに。
大体の流れはわかりますが「ところ変われば~」で進め方は色々違います。
一つは葬祭場それぞれのオリジナル、そして葬場職員のそれぞれ進め方の違いがあり、「私のいつも」とはギャップが出現するわけです。
その度に私の方で修正しながらなんと対しているところ。
私がよそ者ですからね。
昨日朝、その出がけに訃報がありました。
私の即対応がどうにでなかったため息子のスケジュールを確認、彼に動いてもらうことにしました。
これまで通り「私の都合」でそれらスケジュールを設定すると、例の「友引」の休業のブランクも重なるなど時として相当の日にち繰り延べとなってしまいます。
そうなれば当然ながら先方に経費いろいろのアップがありますので、ここは一つ「最短」を推奨させていただいたわけです。
先方からは7時前に連絡をいただきましたのでごく円滑に物事を進めることができました。
私が帰寺した後、既に彼が枕経に赴いて通夜・葬儀の段取りを済ませていました。
有り難いことです。
扨、昨日は「消える木陰、世界と逆行日本の街路樹50万本減、庭木も相続で伐採」なる記事見出しに目が留まりました。
「街中の木陰が縮小している。東京23区では9年間で東京ドーム256個分が消えた。国内の街路樹はピークから50万本減り、枝葉が広がらない品種に植え替えが進む。
気候変動で夏の暑さが厳しくなるなか、海外の大都市は気温上昇を抑える木陰の拡大に取り組む。日本も街づくりを見直す転機を迎えている。」
というものですが、何とも情けないニュース。
それはそれは管理する側からすれば「樹木」は厄介者かも知れません。しかしだからといってそれらを伐りまくっている様はあまりにも間抜けで滑稽。
東京という地はまさに日本の恥晒しを思いますね。
樹木といえば最近殊に倒木や枝の落下等で負傷者の発生事案が散見されますが、だからといって根元から伐採するというのはね。つい最近あったあの車屋の悪辣事件(店舗前に植樹されている樹木に薬剤を注入して枯れさせて展示物を見やすくした)も思い出します。
何といっても木々の緑は人のこころを和ましてくれます。
実際に都市の高温化、砂漠化を防いでるということ、広く認知されていないということでしょうかね。
日々植物を植える場所を考えている私からすれば「正気かよ?」と吐き捨てたくなります。
並木道はまた美しい。
かつて通った学校正門前には同じ樹木が道の両脇に連なっていました。
樹木のないアスファルトとコンクリートのみの都市など考えられませんし世界から見てもその地の劣悪を思うのみです。
画像は近江高島のメタセコイア並木。
あそこまでヤレとはいいませんが、すばらしい。
拙寺本堂前にも一本。
冬季は葉を落して街路は明るく、夏期は完璧な日除けになりますね。成長が物凄く早いのでヤル気さえあれば10年~20年で並木道に早変わり。樹形もキレイですし、うまいこといきますね。
緑は目にも心にも心地がよいものです。
場所は近江高島でも北、こちらです。
一つ指摘させていただければ電線は見栄えが悪い。





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