雨は殆ど一日中。
外に出て五月のうまい空気を吸い込むことはお預けです。
よって庫裏に籠って寺務仕事いろいろ。
ネット上は先般の「16歳の無知無謀」の事件について続けて報じられていました。案の定16歳4名と20代の現場指示役の夫婦が逮捕されていましたが、これは「自身の撒いた種は自身が刈らねばならない」 (因果応報 自業自得)の諺の通り。そしてまたこれからの彼らの人生、親兄弟縁者、夫婦の生まれたばかりの赤ん坊までその強盗殺人という重大責務を長く長く背負って生きなくてはなりませんからね。相当な過酷を思いますよ。今回現場で動いた者たち逮捕者6名+別件で捕まった1名は捨て駒といわれていますのでこれからの黒幕確保を待ちましょう。
まったくもって意味不明の犯罪に手を染めるなど若い衆の考えていることはわかりません。
学校でせめて万引き・窃盗と強盗の違いを教えた方がいいかも。
その後者に+傷害の場合、そして殺人に至った場合の罪科の重軽を比較させて「それをやったらおしまいよ」と若さと調子づいた高慢を自身抑えることがいかに必要であることかを教育の現場で。
親鸞さんは「さるべき業縁のもよおさば いかなるふるまいもすべし」と仰っていますので、その罪については私は「しょうがないね~」であるとは思いますが、先述の如くその「種の収穫」が各周辺に多くの残念無念のこころを及ぼします。
偏に後悔のみ以外残ることはないでしょうが執着から隔絶した時間の中で自らの無知の所業から新たに発芽した何かを醸成していただければ。
未成年者ですから民事で訴えられれば「親の責任」も存在。
親たちは地元にはいられないかもね。
ちなみに当地でもそういった例(刑法案件から家族離散)がありました。
そういう切り口からも教育の現場でそれらを知らせることは大切なことでしょう。
犯罪はまず捕縛され収監。頭を冷やす時間を十分に与えられることを。
扨、今度皆さんをお連れする京都大原。
自由時間を比較的多くとっているものの三千院周辺が中心になると予測しています。
そんな中、「寂光院は・・・」という声が出てくるかと対応を少々思案中。
迷子になること、途中何かあったら・・・というのは常なる不安ではありますが。そちらは比較的平坦な道ではありますが大型バスの進入は不可。
タクシーがあればラクに行けますが、大抵の方は農道の如き細道を片道15分程度を歩かなければなりません。
三千院周辺を散々に歩き回ってそちらを往復するとなれば、年配者となれば相当な疲労度アップ。
まぁそちらに向かう方はいないだろうと高をくくっていますが。
その寂光院、あの本堂内に立つキラキラ彩色を放つ地蔵菩薩像を見て寂しさを新たに感じ、まさにその寺の名の如し・・・と溜息が出るのは私だけではない筈です。しかし相変わらず外国からの来訪者も多いのでした。
その溜息の事実は26年前にこの寺で起こった唖然呆然の出来事から。
本堂が放火されて各遺物が焼失したのでした。
「犯罪はまず捕縛される」と記しましたが、その手の意味不明犯罪の中でもまっくその意図・理由がわからない犯罪だからでしょう、それに火を放った人は未だ逮捕されていないのでした。当時は防犯カメラが街区に整備されていない時代ということもありましょう。
なによりガッカリで悲しくて悔しすぎます。
放火犯を捕まえてその罪を問うことができたとしても焼失したものは元にもどりませんが。
その憤怒と悲しみを感じていただくにはあのキラキラ地蔵と宝物館に展示されている焼け残った地蔵から奇跡的に出てきた胎内仏を目にするのが一番なのですが。
最後の画像が鎮火後堂内に残った地蔵像の様。当時のニュースから。まさに心を打たれます。奥方はこれを見て「炭!!」。
人はこういったことをしでかす業縁を持っているのです。
お寺の歴史所縁の件、看板にて。












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