昨日も引き続き静波墓園へ。
以前と違って一気にやっつけようという感覚はナシ。
のんびりぼちぼち・・・
というのもそちらに到着するや否や左手の指先三本を切ったからです。
鋸と鋏を吊るすベルトの金具がほんの少々裂けていてそれを装着する際にやらかしたわけで。
出血して「なんだこりゃあ!!」と声をあげると、奥方も息子も完全無視を決め込んでいましたが、その声を聞いたか、お向いの家の奥様が駆けつけてくれて消毒液と絆創膏を。
嬉しき事測りなし。有り難い。
両腕に筋肉痛発生。お茶碗と箸、持つのにストレス。
作業はとりあえずこれから数日間放置することにします。
昼前に消防車が150号線を何度も何度も。
墓園は国道に近いためその通過はスグにわかります。
そしてまた忘れた頃に一台、また追いかけるように数台。
「こりゃあ火事だな~それも大き目の・・・」と3人で飲み物休憩をしていると地区の防災放送がありました。
いつもの「火災発生~」というもの。「やはりね」でしたが耳を澄ませば「場所は・・・」のあとに続けられたその地名を聞いてひっくり返りそうになりました。
「牧之原市波津」でしたからね。
静波にてそのサイレン多数を聞いていたのですが、それがまさかの地名でした。
現場は拙寺から南方に1㎞弱離れた150号線近くの民家でしたが大層な火災だったようです。
家主さんの件は存じ上げませんが気の毒なことです。
扨、矢村宣昭先生の続き。
徳川家直参旗本約15000が慶喜に続いて駿遠に赴き、今の駿遠の産業の基盤発展や庶民教育に尽力されたことは地元では有名なお話。
そして彼らは各地に分散していったわけですが、相良田沼藩が小久保に移ったあと、相良周辺に各々の希望、高らかに胸にして訪れた元の武士たちが「相良勤番組」613人といいます。
ここに相良勤番組職員録という史料、その住所地の記録がありますので概略適当に転記します。
相良地区 浜岡地区
波津村 26 萩間村 1 比木 3
徳村 2 中里村 1 下比木 2
福岡町 20 新庄村 4 池新田 1
相良 1 西新町 1 朝比奈 3
西山寺村1 菅ケ谷 11 横地 1
女神 1 平田村 7 川上 3
堀ノ内村2 落居村 4 堀内 1
市場町 8 法京村 2 高橋 1
東萩間 8 地頭方村4 月岡 1
中西村 1 東松本村1 新野 5
園村 8 鬼女新田1 そのうち寺12
須々木村13 横町 2
西萩間村4 大磯村 2 御前崎地区
海老江村4 白井村 2 白羽 6
大寄村 1 そのうち寺22 御前崎 3
須々木 1 上御前崎 1
笠名 1 他 1
東笠名 1 そのうち寺5
相良勤番組職員録とはいっても寺に居た事例など考えると仮の住まい「居候」を思います。
定住の例はあまり聞きませんね。
矢村先生の記述の他の人物は比木に来た勤番組の面々と。




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