説法師子吼は当流三誓偈 御衣黄桜と蓮華塚 橘寺

天気はバッチリ、よって3人で静波墓園へ向かいました。

ずっとサボっていた「宿題」の筆頭ですからね。

日頃ロクな管理をしていませんが草刈と周囲のカイズカの剪定そしてちょっとした測量を行いました。

以前大胆にバッサリやったために2本が立ち枯れしていましたのでチェーンソーも持参しました。

 

伐採してできた空間を埋めるために近くの店からソメイヨシノを購入、その季節は過ぎ去っていますので、不良在庫と化していることは見え見えです。

2m超えの株でしたが60%オフ、1000円以下で販売されていました。

お買い得だったことも嬉しかったですが来年の春、そしてその成長がまた楽しみになりました。

 

私の「春」の趣向は元は梅でした。

当地に来て紅梅・白梅に枝垂れ、そして挿木で増やした梅たちが4本(今は各私の身長ほどにまで成長しました(異種のロウバイは奥方の趣味)。

尚、毎年挿木はチャレンジしていますが、最近はウマくいっていません。あの4本同時に根付いた年は一体何だったのだろう・・・

 

その後、趣向はサクラに移り、早咲きもの二種に早咲きのミニサクラ(盆栽から地植え 今は2m以上)、ソメイヨシノに枝垂れ桜までいろいろ植えて、もはや境内にこれ以上植える場所はナシ。

よってその傾向は静波墓園に移ったのでした。

そして何より墓地の空間に一瞬間とはいえ花があることは清々しい。

できれば静波墓園にあと数本、何かを植えようかと思考中。

そちらに私が何を企んでいるかといえば、石屋さんには怒られますが墓石不要の墓地区画の整備です。

いわゆる「夫婦墓」「樹木葬」という括りになるのかわかりませんが、3人程度が収まる、小家族用の空間を提供しようかと。

世に「墓じまい」の流れがあり、その受け口となればまたヨシ。

大層な墓石を不要とするところ、支出は少なくなる筈です。

 

夜はブラタモリ(成城から喜多見の江戸氏)のあとはBSの縄文ミステリーを。

遺跡・ハカ・人骨・・・興味深く視聴させていただきました。縄文人は江戸期あたりの人たちよりマッチョ系?栄養豊富?という説は面白い。

 

扨、橘寺には蓮の花びらが空から降ったという伝承があります。聖徳太子が勝鬘経(「勝鬘師子吼一乗大方便方広経」)の講義(本尊の聖徳太子35歳の像が講堂-本堂-に)をした際、天から蓮の花が降り積もり塚となったという謂れ。

散華という紙製の花びらを撒くイベントのようなものがあり、また拙寺でもそれらを数枚まとめて御門徒さんへ配布したことがありましたが、その原型でしょう。

 

尚、「勝鬘師子吼」の「師子吼」の語ですが当流「三誓偈」(重誓偈)にも登場。それが・・・

「 為衆開法蔵  広施功徳宝  常於大衆中  説法師子吼 」

です。

「常に人々の中にあって 雄々しく仏法を説くぞ・・・」の場面ですが「要は張りの有る大きな声でガツンと法話」することの価値を言っているかと。

 

そして最近色々な場所でその姿を主張紹介されるようになった御衣黄桜(ギョイコウ)。

栽培品種で古来から存在するものではありませんね。

また、私は桜好きになったとはいうもののさすがにコレは無理。

私の固定されたお頭にはサクラの花のミドリ色というのはありえません。

 

最後の画像2つが拙寺の静波墓園。

新企画の墓域のスペースはそこそこあります。

半年辺りあとに完成できれば御の字。息子に管理してもらうことにします。