雨は上がってスカっと晴れ渡ったのでしたが前夜からの強風は収まらずにずっと吹きまくっていました。
本堂内は肌寒く、幼子もいたことから石油ストーブを1台だけ稼働させました。
天気予報は「静岡29℃」などと突飛な数字を出していましたがそのような体感はありませんでしたね。
最近の予報はあまりアテになりません。
昨日ブログでは三舟の偽物について記していましたが、以前もその手のことを記していました(こちら)。1日100枚泥舟なんて彼に聞かせたら興味も失せるかも知れませんね。
午後からは材木加工とそのセッティング。
たくさんの掛軸たちの虫干しするための場の製作です。
当家の軸は箱入り、箱なしそのままと掛軸の状態はさまざまですが、その名(虫干し)の通り新鮮な空気に触れさせることによってシミなどの害虫の発生をくいとめること、カビの発生を防ぐこと、表具の糊等の劣化によるシミ、ヤケを防止すること、巻癖が付きにくくすることなど掛軸保存には必須です。一年に一回晴れの日が続く頃に行うのがベストですが、それがなかなかやりきれない。
祖父以前(父の代にそれは見た事もありませんでした)にはその手の仕事は報恩講前に吊るしてその法縁が終わった後に引き上げるというのが恒例だったようですが、1週間もそれを掛けたあと、片づける際、「2~3本無くなっていた」年もあったといいます。
昔の報恩講は数日間続き、遠方の方たちは本堂で寝起きしていましたし、当時は当流は勿論、他流の僧も多く招いていました。
また、その手の雑務(軸掛け)は自らの手で行わず人任せだったことが原因でしょうね。無くなっていたことに気づくのが一年後とか・・・要は管理がテキトーだったということですが、私がショックだったのは当家宝物として存在しているはずの物が実際に今は「無い」という現実。
その一つが白隠の軸ですね。
人気の臨済宗の僧で、何故にして拙寺にあったのかは不思議ですが・・・。当時は勿論画像として修めることなどできませんから目にすることはできません。今更ながら悔やまれるところです。
ということで本堂に1週間程度掛けておくことはやはり無謀としかいいようのないでしょう。
不特定多数のお参りを拒まない本堂に掛け続けることなどはもはや無理。
ということで施錠ができる会館1階で・・・という発想になるわけですが、壁にフックの穴を開けることに奥方からの許諾を得ることはできませんでした。
当初から会館でその為のフックを装着していた場所は正面の内陣のみで、周囲の壁にそれを掛けることなどの考えは浮かびもしませんでした。大工さんにちょこっと依頼しておけば・・・
今回の私のその課題克服のための準備と労力は大したことではありませんでした。
2本の木材を天井下部に沿わせて下から突っ張り棒(3本)で支えるだけ。その木材にフックを装着してそれでおしまいです。
静電気や埃で壁や天井が変色することもありましょうが、まぁ「穴を空けるな」のミッションは達成したのでした。
これで現状7本を並べて掛けられるようになったはず。
7本を掛けたことはまだありませんが重量は耐えうるはずです。
画像は修理したての1本を掛けたところ。
東本願寺法主の歓喜光院乗如。その手の軸6本のうち、もっとも損傷の激しい物でした。
他者からいえば無価値といわれても仕方のない品でしょうが、当家祐厳が願主とあって、その人の気持ちを考えればそのままゴミ同然に扱ってしまうのは無念なことです。
ご存知の通り掛軸の修復は高くつきます。
あの地元の刀剣研ぎ師件八幡さん宮司の中村氏が仰るには「そういう職種の方を大事にしなくてはならない」と。言い換えればその技術は日本の文化を支える屋台骨。
その仕事に就く人はどんどん少なくなっているといいます。
そしてあと一つは額装に変更した浅草御坊御遷仏法要図。
私自身にとっても深いご縁のあるお寺ですし。
そういえば以前も記したことがありましたが、そこでの授業(夜学 真宗学、正信偈購読等)にも「奥の墓道」氏が私の隣で聴講したことがありました。
たしか午前中は昼間の学校で大講義室の法学とフランス語の授業でした。今思えば爆笑です。






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