朝から雨。
天気予報も昼にかけて酷くなると言いますので本堂は閉めきりにしていました。雨天にお参りに来られる方は僅少ですが、その件は少しばかり後ろめたさがありました。
昼すぎから日が出たり曇ったり、そしてまた雨が降ったり・・・
夕刻前には雷雨まで。そして22過ぎには収まりつつありましたが風も吹きまくっていて、まったく「おぞい」一日でした。
午後は新たに湧き出た一課題のチャレンジのため、材木等の購入に走りました。たまたまその時間帯は降られずに済みましたので超ラッキー。低気圧が通過したとはいえ、頭痛の名残りがあって宿題は後回しにしました。
先日の三舟の書にハマりだしたご門徒さんの「泥舟の生き方が好き」と高橋泥舟の書を探索されていることを記しましたが、真贋に拘ることは当然でしょう。悩んでいました。
勝海舟の真筆ならばここのところの鑑定団放映にて鑑定人の増田氏が続けざまに80万円の値をつけていましたが、まったく素人目には判定不可能。
よって大いに偽物を掴まされることは覚悟しなくてはならないことも彼には伝えています。
とにかく筆一本でその「個」の唯一無二の美術品が出来上がってしまうわけで真筆であっても多数の書が世に出回るわけですね。その品々を見た、腕、否、筆に覚えのある人たちが模倣、丁寧に落款まで似せて作って売り捌くなど普通にあったこと。
一昔前にはそういった書画を売り歩く人がおカネのありそうな家に突然現れたという話も聞きますからね。
大抵はインチキなのでしょう。
史料館の長谷川氏が近隣某質店に大量の三舟の書が持ち込まれている形跡を確認したとも仰っていました。
三舟の名声は高く、当時から人気がありましたからね。
特に鉄舟などは豪快な男で、偽書上手の者に落款一式を渡して書かせたといいますので恐ろしい。
よって「三舟があります」と胸を張って言われてもまずは眉唾、笑って返すだけ。
ちなみに拙寺縁戚にあたる書家成瀬大域はその名が出てから一日1000枚を目標に書いた時期があったといいます。
彼の場合は酒代、宿代、投資のためではなく廃仏毀釈で傷んだ寺社復興のための資金に充てたといいますが。
まぁ大域の場合は三舟ほどに名を轟かしたというわけではありませんので、さすがに偽物を書こうなどという人はそうは出なかったでしょう。
駿州藤枝出身、田中城本多家家臣、小野清右衛門の子の小野鵞堂
はその成瀬大域に就いて書を究めたといいます。地元でも「知る人ぞ知る」書家。
維新後本多家の国替えと廃藩置県によって東京で活動することになりますが小野家は代々藤枝蓮生寺門徒で、遺作の数点がそちらに遺されています。
①潜心観道妙 丁巳初秋書於二柳屋 鵞堂
②性海澄渟 大正六年丁巳八月中浣書 鵞堂
③鍾得秀霊気 築成東海湾 天工霊于此 不復出山名
録雲嶺先生詩 鵞堂
為書き&年号が記されているものは真筆度合いを計れます。
ただし為書きの書を第三者が持っていてもね~。



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